第5話 異世界での再会
「生きる世界を変える・・・」
「そう。少年が常識だと思っていたことが常識でなくなり、異常だと思っていたことが当たり前になる世界だ」
そんな世界が・・・
「いや、たとえそんな世界があったとしてももう遅いんだ。俺は死んだ。小春と木陰も死んだ。今更何を言っても手遅れなんだ」
「それはどうかな」
「どういうことだ」
「あたしは女神だからな。少年たち兄妹を転生させてやろう。そうすれば、少年がしたかったこと、成し遂げたかったことができるんだ。どうだ」
俺の成し遂げたかったこと。
小春と木陰を俺が一生支える。
「それだけじゃないだろ」
「・・・」
そうだ。
俺は小春と木陰を支えたいだけじゃない。
俺自身のものとしたい。
二人のことが好きだから、愛しているから。
妹としてだけじゃなく、女性として。
「やっと素直になれたようだな」
「・・・あなたは何がしたかったんですか」
「なーんにも」
女性はそう言いながらどこからか取り出した煎餅をかじり出した。
だがそんな彼女のおかげで俺は少しだけスッキリした。
自分の気持ちを抑え込む労苦から解放されたからかもしれない。
「ただ、俺の気持ちは小春と木陰に伝わるんだろうか・・・」
「うじうじした男だな。そんなの手っ取り早くヤっちまえばいいんだよ」
「そ、それはダメだ!今の二人にはその行為の真意が理解できないかもしれない・・・」
「だろうな。あの二人の中では恋愛という感情が霞むほど少年への依存に重きが置かれている。今手を出しても依存度が高まるだけで、あの二人が少年のことを男と見ることはないな」
「俺はどうすれば・・・」
「あの二人の心を成長させるしかないだろうな。少年に依存しないまでに」
俺が小春と木陰を支えることと俺が二人に愛してもらうことは共存できないのだろうか。
二人には独り立ちしてほしい。
そして俺のことを一人の男として見てほしい。
でも、これは俺の勝手な押し付けだ。
だからどれだけ時間がかかってもいい。
二人が俺のことを愛してくれるようになるまで支えていけばいいじゃないか。
「そろそろ転生させるぞ。目をつぶれ」
「はい」
俺は何の疑いもなく彼女の言うことを聞いた。
「行くぞ」
「その前に一つだけ聞いておきたいことがあります」
「なんだ」
「どうして俺はここにいるんですか。死んだ人間は全員ここに来るんですか?」
「そんな面倒なことがあるわけないだろ」
「ならどうして俺が・・・」
「ただの偶然だよ」
そんな偶然が本当にあるのか?
死んだ人間なんて俺以外にもごまんといるだろ。
「まあ、強いて言うなら、少年が気に食わなかったからかな」
「それはどういう・・・」
「妹たちのことを必死に守ろうとしているくせに、変なところで自制心を働かせて距離をおこうとする。挙げ句の果てにはその妹たちに殺される。少年みたいなやつ、そうはいない」
「やっぱり偶然じゃないのか」
「そうとも言えない。たまたまあたしが少年を目にして、たまたま怒鳴ってやろうと思っただけだ。久しぶりに大声を出していいストレス発散になったよ」
俺は不運なのか幸運なのか。
だが、彼女の気まぐれがあったからこそ、俺はこれから自分のやってしまったことを後悔することができる。
小春と木陰に俺の想いが伝えられる。
「女神というよりはお節介焼きな近所のおばさんですね」
「なんとでも言えばいいさ。さっ、行くぞ。今度は刺されるなよ」
「わかってます・・・その、ありがとうございました」
「どういたしまして」
かくして俺は転生した。
異世界で生きていくための術を何も持たされず、あるのは俺の小春と木陰への想いだけだ。
だが、それだけで構わない。
命があるだけでも感謝せねば。
二度と二人を悲しませないために俺は新たな世界へと旅立った。
* * *
「おにーちゃん?」
「兄さん?」
何の反応もない。
死んじゃったんだ。
「おにーちゃんが動かなくなっちゃった!」
「泣かないで木陰。兄さんは天国に行っただけ。今から私たちも向かうのよ。兄さんが待ってる」
「うん・・・」
何も言わずとも互いが互いの首に手をかける。
これでこそ双子の絆。
「いくよ」
「わかった」
そして意識が飛んでいった・・・
* * *
「ここは・・・」
あたり一帯に広がる草原。
俺は本当に転生したのだろう。
服は着ているが、それ以外に持ち物はない。
だが身体は自由に動く。
これなら安心してやっていけそうだ。
さて、異世界に来てまず初めにするべきことはなんなのだろう。
そういえば小春と木陰はどこに・・・あそこか!
少し離れたところに小さな人影が二つ。
小春と木陰だ。
本当に来てくれたんだ。
俺は必死に走り、そして、たどり着いた。
「小春・・・木陰・・・」
涙が溢れそうになった。
二人の気持ち良さそうな寝顔を見て、俺はこの上なく安心した。
俺はこの二人に殺された。
起こしたら再び襲われるかもしれない。
けど、俺はもうそんなことは気にしていない。
生き返ることができて、二人の顔がもう一度見れただけで俺は幸せなんだ。
「小春、木陰」
俺は優しく二人の肩をさすった。
まさか死んでいるのかという悪寒が一瞬襲いかかってきたが、二人の身体がピクついて安堵した。
「「うーん・・・」」
さすが双子。
起きるタイミングも息ぴったりだ。
「「ここは・・・」」
「俺がわかるか」
「「・・・」」
俺たちの目があった。
そして沈黙。
数秒がたって、ようやく二人が動き出したと思えば、涙を盛大に流しながら俺に抱きついてきた。
「おにーちゃん!」
「兄さん!」
小春と木陰は死んでも変わらない。
俺も変わらない。
泣いている二人に抱きつかれて、俺はとてもドキドキしてしまうのだから。
「おにーちゃん、寂しかったよー!」
「ああ、俺も寂しかった」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!兄さんにひどいことしてごめんなさい!」
「謝るのは俺の方だ。二人に嫌な思いをさせて本当にごめん」
「「えーん!」」
泣きじゃくる二人をなだめながら俺たちは何分もかけて強く抱きしめあい、じっくりと互いの温もりを感じ取った。
これを最後に二度と二人を泣かせるものか。
俺が一生支えるのだから。
「俺がついてる。元気を出してくれ」