第4話 死後の世界と女神
「ここは・・・」
黒く、そして何もない空間。
夢でも見ているようなぼんやりとした視界。
身体もなんだか重くて苦しい。
「はあっ・・・」
「起きたか、柏錦少年」
唐突に後ろから誰かの声が聞こえた。
身体全体を使ってなんとか後ろを向くと、そこにはなんと一人の女性が大きな椅子に座していた。
「あなたは・・・」
「あたしか?あたしは女神だ」
何を平然とそんな妄想じみたことを。
こんな女神がいるはずない。
なぜなら・・・
「どこの世界にせんべいを貪りながら新聞を読む女神がいるんですか。それじゃあただのおっさんだ。俺の妹たちの方が数倍、数十倍、数百倍女神らしいですよ」
「女神なんてこんなもんだよ」
この人は何なんだ。
やはり夢なのだろう。
だがこんな熟女を俺は知らないし、俺の好みでもない。
「そういえば少年には妹がいたんだな。なになに・・・
【柏小春】
・年齢:14歳
・誕生日:六月七日
・血液型:A型
・性格:真面目。冷静。
・容姿:ロングの黒髪。美人すぎて月一のペースで告白される。はっ?
・得意科目:特になし
・苦手科目:特になし
・特技:包丁さばき?
・好きな食べ物:兄さんとの食事
・嫌いな食べ物:一人で食事
・趣味:兄さんとの会話
・好きな人:わかりません
・スリーサイズ:まあ、これはどうでもいいか。
えっと次は・・・
【柏木陰】
・年齢:14歳
・誕生日:六月七日。
・血液型:AB型
・性格:快活。涙もろい。
・容姿:ショートの黒髪。可愛すぎて親衛隊が存在する。はっ?
・得意科目:国語
・苦手科目:国語以外
・特技:寝技?
・好きな食べ物:おにーちゃんと食べたらなんでも美味しい
・嫌いな食べ物:おにーちゃんがいないとみんな美味しくない
・趣味:おにーちゃんと一緒にお風呂に入ったり、一緒に寝たり
・好きな人:わかんなーい
・スリーサイズ:双子の割には結構違うんだな。
こんなものか」
「あなたは何を言ってるんですか。どうして小春と木陰のことを。やっぱりここは俺の夢の中・・・」
「違うね。ここは死後の世界というやつだ」
自称女神の女性は新聞とせんべいをほっぽり出してから急に俺の方を向いた。
彼女の真剣な表情を見る限り、嘘を言っているようには全く見えない。
「嘘、だろ・・・」
「覚えてないのか?なら、思い出させてやろう」
そう言いながら女性は俺の額に人差し指をおいた。
そして次の瞬間・・・
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!やめてくれ!!!」
心臓がえぐられていくような激痛。
耐えられない。
あああああああああああああ!!!
「あまり喚くなよ」
「はあっ・・・はあっ・・・」
女性が指を離した後も猛烈な痛みはなかなか引いてくれない。
汗がものすごい勢いで流れ出し、呼吸も乱れに乱れる。
俺の心臓はあの時・・・
「・・・俺は・・・死んだ・・・のか・・・」
「そうだと言ったろ。しかしこれはまたすごい死に方だな。猟奇殺人というやつか。小説が一本書けそうだ」
「俺を殺したのは・・・」
「まあ、心臓を刺したのは小春の方だが、木陰も少年のことを抑えていたようだし、同罪だな」
二人が俺のことを・・・
もう何が何だか全く理解できない。
「二人はその後どうしたんですか」
「うん?そうだな・・・どうやら自殺したようだぞ」
「自殺・・・」
「というより心中か?互いが互いの首を絞め合ってる。さすが双子。息ぴったりだ」
「どうしてそんなことを・・・」
「何?本気で言ってるのか?少年がその理由を一番わかってるはずだろ」
俺が?
俺が一体何を知っているというんだ。
この人は何を知っているんだ。
「自分の罪から目をそらすなよ」
「・・・違う」
「なにが違う」
「俺は何も間違ったことをしていない」
そう思っているはずなのに、俺はどうしても面と向かって言うことができない。
「本当にそんなことを思っているのか?少年の矛盾した行いがこの結果を生んだということをまさか理解していないとは言わないだろうな」
「俺はただ・・・二人に自立して欲しくて・・・俺から離れても生きていけるようになって欲しくて・・・」
「ふざけるな!」
「えっ」
急に大声を出したと思えば、女性はいきなり俺の襟をつかんで地面に押し倒した。
柔道で鍛え上げてきたというのに全く抵抗ができない。
「二人に自立してほしいだ!?そんなのはお前の勝手な願望で、押し付けなんだよ!あの二人はそんなことこれっぽっちも思ってない!お前が側にいることを何よりも望んでいたんだ!それにもかかわらずお前は自分の考えていることを正しいと思い込み、それを押し付けようとした!お前はあの二人の気持ちを踏みにじったんだ!お前が二人を殺したんだよ!」
何を言ってるんだ。
あんたに何がわかる。
まだ小さかったのに、両親という心の支えを失った俺たちの気持ちが他人のあんたに何がわかる。
「ああするしかなかったんだ!あれ以上俺に依存し続ければ二人は一生自立できなくなる!自分だけの足で立てなくなる!そんなこと誰が望むんだ!二人の将来を考えれば最善の方策だったんだ!」
俺は必死に訴えた。
途中から涙まで流れ始めて、自分でも何を言ってるのかわからなくなった。
それでも俺は心の奥底から湧き上がる何かの勢いに任せてまくし立てた。
叫ばずにはいられなかった。
小春と木陰を失ったという事実は俺が抑え込んでいたものを一気に解放させたのだ。
だが女性は全く怯まない。
依然として俺の体を押さえつける。
「自分だけの足で立てなくて何が悪い!立てないやつを無理やり立たせることのどこが善だ!一生立てないならお前が一生支えてやればいいんだよ!」
「それができればもうとっくにやっていた!だが俺にはできないんだ!現実はそう簡単じゃないんだ!」
「なぜできない。あの二人が家族だからか、それとも妹だからか。お前はすぐにでも欲求をぶちまけたかったくせに、見えもしない倫理観に囚われて二人に手を出さなかった。なのに彼女を作った。お前は逃げたんだ。お前は愛欲に目が眩んだんだ」
女性はとうとう俺を解放し、椅子に戻って行った。
「違う・・・」
逃げたんじゃない。
あれこそが常識だったんだ。
禁忌を犯してまで守ろうとしても、小春と木陰は、そして俺自身でさえ幸せにならない。むしろ不幸にする。
俺たちはそういう世界に生まれ、そういう世界で生きていかなくてはいけなかったんだ。
俺の二人への劣情はルール違反だった、異常だった、間違いだった・・・
「なら、もし生きる世界を変えられるとしたら」
「えっ・・・」