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第1話 依存と劣情

「おにーちゃん」


 眠たい目をゆっくり開けると、一人の美少女がベッドの上で四つん這いになっていた。

 頬をわずかに紅潮させながらその綺麗な顔を少しずつ近付けてくる。


木陰(こかげ)か。どうしたんだ」

「木陰・・・赤ちゃん、できちゃった」

「ほ、本当か」

「うーそ。まだできてないよ」

「驚かせるなよ・・・」


 今の会話を聞いた人ならなんとなく察してしまうだろう。

 そう、俺と妹は()()()()関係なのだ。


 今でも決して罪悪感がないわけではない。

 現実世界、つまり日本にいたら間違いなく周り全員に迫害され、精神的に病んでしまっていただろう。


 だがここは違う。

 俺たちは一度死んでから再び生を与えられ、そして異世界にやってきた。

 愛しの妹二人に手を出し、あわよくば結婚したとしても非難されない。

 そんな理想の世界に。


 * * *


「おにーちゃん、おはよう!」

「おはようございます、兄さん」

「おはよう、木陰(こかげ)小春(こはる)


 いつものように挨拶を交わしながら俺は席についた。


 小春の用意した朝食は3人分。

 俺たちにはもう両親がいない。

 ちょうど五年前、俺が小学六年生、小春と木陰が小学三年生の時に交通事故であっさりと他界してしまった。


 現状生活費には困らないほど両親は稼いでいたようだが、それでも未成年の俺たちには保護者が必要だった。

 その点、その役目を買ってくれた叔母さんには感謝している。

 我が家をこうして売らずに残してくれたし、引越しも強要しなかった。


 ただ家族が二人ほど減ったというだけのことで、俺たち兄妹の生活は大きく変化しなかった。


 妹二人の心は別として・・・


「兄さん。今日こそ3人で登校しませんか?」

「悪い。朝練に急ぎたいんだ」

「そうですか・・・」


 小春はとても寂しそうな顔をする。

 それを見るだけでも心が締め付けられそうになるが、これでいいんだ。

 俺はあくまで二人の兄であり、家族なんだ。

 男女が同棲しているわけじゃない。

 これがいたって普通の対応だ。


「じゃあ、行ってくる」

「おにーちゃん行ってらっしゃい!」

「行ってらっしゃい、兄さん」


 俺が別れを告げても二人は笑顔のままだ。

 四、五年前は俺と離れるだけでも泣き叫んでいたが、これも二人が成長しているという証拠なのだろう。


 *


 二人に見送られた俺はすぐに走り出した。

 無心になるにはこれが一番だからだ。


「俺は小春と木陰の兄だ。それ以上でも、それ以下でもない」


 そう自分に何度も言い聞かせる。

 頭では理解しているつもりなんだ。

 二人は義理でも妹分でもない。

 本当に血の繋がった正真正銘の妹だ。


 それでも心はそれを認めようとしない。


「俺は背徳感に酔いしれる最低な男なのかもしれない・・・」


 *


 普段なら徒歩とバス合わせて約三十分の道のりを今日はなぜか走破した。


「さすがに・・・辛いな」


 だが少しだけ気分が晴れやかになった気もする。


「おお今日も早いな、って、もう汗だくじゃないか!?」

「ちょっとランニングをな」


 俺が所属する柔道部の主将は驚いた表情を見せる。


「・・・俺よりも実力があって、練習熱心なお前がどうして主将をしてないんだか」

「そういうのは実力だけでなく人望も必要とされるからだよ」

「お前さんはそれも持ってるだろうが」


 俺たちは早速道着に着替え、いつものように稽古を始める。

 中学の頃から毎日欠かさず続けている日課だ。


「今日はこの辺にしておくか」

「いやぁ疲れたー。お前はいつもハードだよな。付き合ってるこっちの身にもなって欲しいもんだ」

「悪いな」

「まあ、これのおかげでメキメキ強くなれるからむしろ感謝してんぜ。それよか、やっぱりプロを目指してんのか?」

「まさか。俺なんかが到達できる領域じゃねえよ」

「俺はそうは思わないがな。今回の大会の結果次第じゃあ周りも注目するだろ」

「どうだろうな」


 柔道家も決して悪くはない。

 なれるチャンスがあるのならむしろならない方が罰当たりだ。


 だが俺にそんな呑気なことを言っている余裕はない。

 当面は大丈夫でも小春と木陰が大学に通うための学費を考慮するとかなり厳しいからだ。

 俺だけの人生ならスポーツ選手という夢に捧げてもよかったが、今はもう俺だけの身体じゃない。

 家族が二度と離れ離れにならないためにも俺が二人の保護者にならなくてはならないのだ。


 *


 キーンコーンカーンコーン


「起立、礼。着席」


 朝の稽古を終えた俺はすぐに教室へと向かい、授業の準備を始める。

 部活や大会にかまけて勉学をおろそかにするわけにもいかない。

 狙えるのならできるだけ上の大学を目指すべきだ。


 ブーン


「メールか」


 それは小春からだった。


『お昼ご飯を一緒にしませんか?』


 俺はこう返事をした。


『悪い。友達との先約があるんだ』


 再び小春から。


『そうですか。またの機会にお願いします』


 その後も小春と木陰からはメールが絶えず送られてくるが、俺は適当な相槌をするだけにとどめた。

 これでいい。


 俺はわざと二人を遠ざけようとしている。

 いや、適切な距離感を保っているだけだ。

 少しでも気を許すと二人は俺に甘え、依存する。


 両親が死んで二人は大きく変わった。


 育ち盛りの子供には早すぎる衝撃と喪失感。

 それが親を失うということだ。

 十分大人だと思っていた俺でさえ誰もいないところで泣いたのだ。

 小春と木陰がどれほど苦しんだかは想像もつかない。


 心の支えを失ってしまった二人が俺にすがるようになったのも無理はない。

 俺をまるで神のように敬い崇める二人の姿を見ているのは本当に辛かったが、心の中ではどこか安心していた。

 俺のことをこんなにも想ってくれる家族がいるんだと。


 いつしかその気持ちは別の何かに変わっていた。

 これが劣情というやつなんだと悟ったのは高校生になってからだった。

 それ以来、俺は二人から距離をおいた。

 こんな感情とは決別しなくてはならないと思ったからだ。


 それでも二人は俺から離れようとはしてくれない。


 俺がいけないのだろうか・・・

 ただの兄でありたいと思っている傍、妹である二人のことを異性として見てしまう俺が。


「俺はどうすればいいんだ・・・」

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