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第12話 嬉し泣き

「ごめんねエリシア。お母さんがしっかりしないといけないのに・・・」

「私は大丈夫だよ・・・」


 お母さんの声はとっても小さい。

 顔は真っ青で、私が手を握っても握り返してくれない。

 ウィルお兄ちゃんがもう帰ってこないんだって聞いてからずっとお母さんはベッドで寝たまま。


「ちゃんとご飯は食べてる。辛いことはない」

「全然平気。今日はね、コハルお姉ちゃんやコカゲお姉ちゃんとおしゃべりしたんだ」

「それは、よかったわね・・・」


 お母さんの前では絶対辛い顔を見せない。

 私が辛そうな顔をしたらきっとお母さんはもっと悲しんじゃうから。


「エリシアの笑顔が見れてお母さん嬉しいわ。あなただけしかいないのよ。私にはもうあなただけしかいないの。だから・・・ずっとお母さんのそばにいてね。ウィルみたいに急にいなくなったりしないでね」

「う、うん・・・」


 元気のないお母さんの顔を見てると少しだけ怖い。

 おばあちゃんみたいになってるから。


 お父さんもあんまり元気がない。

 それにお母さんの看病をしてくれない。

 こんなになっちゃってお母さんを嫌いになっちゃったのかなぁ。

 そんなの私は嫌だよ。

 またみんなで楽しくご飯食べたり、お風呂に入ったり、一緒にご本を読んだり、いろんなことしたいよ。


 お父さん、お母さん、どうしちゃったの。

 ウィルお兄ちゃんに会えないから?


 私がいるだけじゃダメなの・・・


 ウィルお兄ちゃんが帰ってきたらお父さんとお母さんまた元気出してくれるのかなぁ。


 ・・・そうだよ!


 きっと怪我をして動けなくなってるだけかもしれない。

 助けに行かなくちゃ。


「どうしたのエリシア。エリシア!?どこに行くの!?エリシア!?」


 お父さんに相談して・・・絶対に反対される。

 レナータお姉ちゃんは・・・お父さんに知られちゃう。


 それならコハルお姉ちゃんとコカゲお姉ちゃんにしよう。

 王都に行くって言ってたから、連れて行ってもらおう。

 それがいい。

 それにニシキ、さん、もきっと助けてくれる。


 お父さんとお母さんがまた元気になってくれるように私頑張るから。


 待っててね。


 * * *


「アルバートさんの異能はなんなんですか?」

「僕のかい。そんな言うほどのものでもないよ。ニシキ君の異能の方が数段も優れている。調子はどうだい。身体に異常はないかい」


 レナータさんの言う通り、アルバートさんは異能のことを話してくれない。

 それに戦っているところも見たことがないから想像すらできない。

 何か言えないわけでもあるのだろうか。


「俺は大丈夫ですよ。アルバートさんこそ足の方は大丈夫なんですか?」

「生活に支障はないんだけどね、もう戦うことはできない。団長として申し訳ない」

「そんなことないです。戦い方を教えてくれてすごく助かってます」

「そう言ってくれると僕もありがたいよ」


 アルバートさんの的確なアドバイスのおかげで俺はメキメキと強くなっているような気がする。

 セカンドギアを解放をしたラバズにだって負けなくなった。

 今はあいつの方が地面に寝転がっている。

 ざまぁ見ろ。


「おーいニシキ。次は俺とやろうぜ」

「いいですよジャックさん」

「なんだ。もういっちょまえのつもりか。ラバズは倒せても俺はそう簡単にはやられねぇぜ」

「お手柔らかにお願いします」


 そして戦ってみるとやはり手強かった。

 大柄なジャックさんはてっきり力押しでくるものだと思っていたが、予想以上に器用な動きを見せた。


 軽やかなステップはダンスのごとく洗練されている。

 にもかかわらず、俺の隙を見てはすかさず放ってくる拳はとてつもなく重かった。


「すごいですね。どうしてそんなにも軽々とこんな重い打撃が与えられるんですか?」

「これが俺の異能よ。これがあれば俺自身の体重を自由自在に調整できるのさ」


 そんな異能まであったのか。

 ビアンカさんは教えてくれなかったけどなぁ・・・


「拳を当てる瞬間だけ体重を重くし、それ以外の時は軽くする。お前さんならこれのすごさがわかるだろ」


 戦う相手からすれば破壊力の高い攻撃を受けるわりに、こちらからの攻撃は弱くなる。

 かなり戦いにくい。

 しかしそれは打撃系を旨とする相手の場合だ。


 俺はとにかく相手を捕まえてから絞めることを主体としている。

 どれだけ軽い相手でも関節が決まれば関係ない。


「いい動きしてたぜ。これは俺もおちおちしてられねぇな」

「ジャックさんもなかなかでした」


 訓練を終えた俺とジャックさんはしばらく休憩をとった。


 小春と木陰は俺に時折手を振ってくるが、休むことなくレナータさんの指南を受けている。

 二人の動きもだいぶ様になってきた感じだ。

 俺の知らない間にあんあにもたくましくなるなんて、嬉しいんだけど・・・


「どうしたニシキ。副団長に惚れちまったのか」

「なんだとテメェ!レナータ姉さんがテメェみたいな腑抜け野郎に釣り合うわけねぇだろ!」


 急に駆け寄ってきたと思えば、ラバズは俺の襟元を掴みながら大声を出した。

 元気だなぁ。

 さっきまでバテバテだったくせに。


「別にレナータさんを見てたわけじゃないよ」

「あんだ!レナータ姉さんが見る価値もねぇってか!表に出やがれ!俺様が成敗してやる!」


 めんどくさいなぁ。

 そもそもここが表だろうに。


「それよりあのお嬢ちゃんたちはニシキの妹なんだってな。その年で一緒にいるってことはお前さんたち、結婚してんのか?」

「・・・いえ、してないです。俺たちが結婚するのは変でしょうか」

「お前さんが育った場所がどうかは知らんが、まあ兄妹で結婚ってのはこの辺じゃ多くはないが少なくもない。出会いがなければそういうこともあるだろ」


 ・・・


 ジャックさんの言葉を聞いて俺は少しの間固まってしまった。


 兄妹同士の結婚が許される。










 そうか・・・


「お、おい。どうした」

「えっ」

「何いきなり泣いてやがる。キモいんだよ」


 ラバズに指摘されてようやく気がついた。

 俺の目からは溢れんばかりの水滴が流れ落ちている。


 止めようとしても止まる気配がない。


 ・・・・・・まあいっか。


 涙が流れれば流れるほど心を覆っていた黒い霧が晴れていく。














 よかった。


 俺たちはこの世界に受け入れてもらえるんだ。


 本当に良かった。















「ありがとうございました」


 俺は無意識のうちにそうつぶやいていた。

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