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第10話 「「マネージャー!」」

「やったぁ!今日からおにーちゃんと同じ学校だぁ!」


 新品の制服に着替えた木陰は満面の笑みを見せる。


「落ち着いて木陰。中学生にもなってみっともないでしょ」


 そう言う小春もにやけ顔を隠せていない。


 木陰と小春は今日から俺と同じ中高一貫の学校に通う。

 浮かれる気持ちもわかるが、中学生ともなれば二人はもう立派な大人だ。

 もちろん年齢的な意味だけじゃない。

 二人の身体は日を追うごとにぐんぐん成長している。

 今でも一緒に風呂に入るが、色々な意味でキツイ。


 いくら兄妹でも、いや、兄妹だからこそ距離を置かないといけない。

 最近ようやく分かってきたつもりなのに・・・俺は小春と木陰をいつまでも抱きしめていたいと思うようになってしまった。

 だから離れられない。

 二人が俺に依存してるように、俺も二人に依存し始めてるのかもしれない・・・


「二人とも制服、似合ってるな」

「ほんと!おにーちゃんが褒めてくれると嬉しいな」

「あ、ありがとうございます、兄さん」


 そう、俺は兄だ。

 兄として木陰と小春の頭を撫でているんだ。

 やましい気持ちなんてない・・・そう思い込みながら俺は日々自制心を働かせていたりする。


 * * *


 同じ学校に通うことができるようになると色々といいことがある。


 例えば登下校。

 例えば昼食。

 例えば部活動。

 とにかく一緒にいられる時間が増えるということだ。

 俺もそうだが、何より小春と木陰にとってはそれが一番嬉しいことなんだと思う。


 中学生になってもそう簡単には二人のトラウマを払拭しきれない。

 今は大分我慢することができるようだが、俺と離れる時間が長くなればなるほど二人の心は不安定になるそうだ。

 もちろん医師の定期的なカウンセリングも受けているし、不安を和らげる方法だとかフラッシュバックを起こさない方法だとかを色々実践はしている。

 それでも・・・あえて言わせてもらえれば、そんなのは姑息療法でしかない。

 過去がなくなるわけでもないし、不安は一生つきまとう。

 まして二人が大人になって、しっかりとした思考力を持つようになればなるほどトラウマによる悪影響を受けやすくなっているのではないかと思ってしまう。

 だから二人が俺への依存をやめることができないのではないか、俺は二人にとっての安心毛布なのではないか、とも・・・


 俺は小春と木陰のことが好きだ。

 愛している。

 二人のためだったら俺はなんだってしてやれる。

 ただ・・・これは今になって言えることであって、昔は少し違った。


 思春期真っ只中だった俺はただ単に自分に好意を寄せてくれる女子に肉欲を感じていたに過ぎない。

 小春と木陰を自分にとって都合のいい妹としか思っていなかった。

 もし、その時に犯した過ちが二人の俺に対する依存度を高めてしまっていたのだとしたら、俺は激しく後悔の念に苛まれることだろう。

 自分を責めて責めて責めて責めて責めて責めて責めて責めて責めて責めて責めて責めて責めて責めて責めて・・・・・・殺してしまうかもしれない。


 だから高校生になった俺は自然と二人から距離を置いていた。

 これが小春と木陰にとっても、俺にとっても最良だと思い込んでいた・・・


 * * *


 ザワザワザワ。


 高校初日を無事に終え、放課後を迎えた俺の教室。


 ザワザワザワ。


 妙に騒がしい。

 それもそのはず。この教室には今、いるはずもない二人の生徒が紛れ込んでいるからである。

 しかもとびきりの美少女。

 紛れ込んだとは言っても実際には、二人はドアを開けた瞬間から衆目を集めていた。


「お邪魔・・・します」

「あっ。おにーちゃん見〜つけた!」


 小春と木陰である。


「外で待ってくれればよかったんだが」

「すみません、兄さん。私は止めたんですが・・・」

「おにーちゃんの教室が見てみたくて!」


 確かに俺の教室で待ち合わせとメールはしたが、まさか中に入ってくるとは。

 さすがにこのままでは色々と目立ちすぎだ。


「とりあえず行くか」


 俺は小春と木陰の背中を押しながらクラスメートの質問の嵐から逃げるようにして教室を後にした。


「お騒がせしてしまって本当にすみませんでした」

「まあ、気にしなくていいよ」

「それでそれで。おにーちゃんが入ってる部活はどこにあるの」

「体育館の柔道場だよ」


 小春と木陰がわざわざ俺の教室まで押しかけてきたのにはちゃんとした理由がある。

 中学生になって味わえる最大の楽しみの一つ『部活』を見学するに当たって俺と回りたいからだそうだ。


 ただ、そこで一つ問題が・・・


 うちの学校は比較的広い方だと思うから二人が迷わないために協力することもやぶさかではない。

 しかし、二人が本当に部活動を見学しようとしているかは甚だ怪しい。


 そしてその疑念は柔道場についた瞬間、確信へと変わる。


「ここでいつもおにーちゃんが部活をやってるんだね」

「なんだか兄さんの匂いがする気がします」


 柔道場はまだガラガラだというのに木陰と小春はものすごい食いつきようで見入っている。


「部活が始まるのは30分後くらいだから他を回った後にまた来ような・・・」


 俺は今すぐにでもここから離れたほうがいいような気がしてならなかった。

 しかし・・・二人の行動はあまりにも俊敏すぎた。


「はい、おにーちゃん」

「私のもお願いします、兄さん」


 木陰と小春が同時に渡してきたのは・・・入部届け。

 丁寧な字で『()()柔道部』と書かれている。


()()柔道部の間違いじゃないか」

「これであってるよ」


 自信満々に言う木陰。

 頷く小春。

 そして、俺は聞く。


「・・・男子柔道部で女子の小春と木陰が一体何をするんだ」

「「マネージャー!」」


 相変わらず息ぴったりだな。


 こうなることは俺も予想していた。

 俺がどれだけ距離を置こうとしても小春と木陰は追いかけてくる。

 別にそれが鬱陶しいというわけではない。

 二人がどうしてもやりたいというのであればやらせてもいい。

 だが、


「ダメだ」

「「えっ・・・」」


 小春と木陰は俺の答えを予想だにしていなかったようだ。

 信じられないといった困惑の表情を見せる。

 それでも俺の答えは変わらない。

 だから丁寧に事情を説明する。


「うちは男子柔道部だから原則として女子部員は入れないことになってる。例外として女子のマネージャーが一人だけ認められているが、その一人はもうすでに決まってる。だから小春と木陰が男子柔道部に入部することはできない」

「そ、そんな・・・」

「ここは諦めてくれ。俺にはどうすることもできないんだ」


 小春と木陰は今にも泣きそうだ。

 中学生になったとはいえまだまだ幼さが抜けきっていない。

 だがここで泣かせるわけにはいかない。

 そう思って人気のないところに移動しようとしたその矢先、


「あっ・・・先輩」


 噂をすれば影が差した。

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