第9話 異能
「はぁ・・・」
「大丈夫、おにーちゃん」
木陰は仰向けになる俺に心配そうな声をかけてくれるが正直返事をする余裕もない。
はぁ・・・
けど、青い空をバックに可愛い木陰の顔を見ているだけで癒される。
「兄さん、お水をもらってきました!飲めますか」
「ありがとう、小春・・・」
小春と木陰に支えられながら俺はなんとか水を飲むことができた。
なんと情けない。
ははっ・・・
俺の方が支えられてしまっている。
「見たか!レナータ姉さんの力を。テメェの実力じゃぁうちの私兵団では、グフッ」
「・・・ニシキと言ったか。正直驚いたよ。異能を授けられていない状態でよくここまで戦った」
レナータさんの顔にはほとんど汗が流れていない。
彼女はそう・・・荒野に咲く一輪の白百合だった。
木刀を手足のように操る剣さばき。
しなやかなステップ。
白銀の鎧というドレスを見にまとった華麗な舞い姫。
どこまでも高潔で、それでもある種秘めた力強さを感じた。
俺はなすすべなし。
完敗だ。
「いい戦いだったよ、ニシキ君。レナータはうちで一番の実力者だからね。その彼女に褒められたのなら自信を持っていい」
「そんな、私ごときが団長を差し置いて一番などと」
「僕はこんな足だからね。団長職を譲ってもいいくらいだよ」
アルバートさんはやっぱり足を怪我していたのか。
「それより、そろそろ立てるかいニシキ君?」
「はい」
まだ足はふらつくが、生半可な鍛え方はしていない。
「よろしい。では無事私兵団への入団を果たしたニシキ君に最初の任務を与えようか」
「なんでしょう」
「ビアンカさんのところに行って異能を授かってくるといい。レナータが案内してあげて」
「了解しました」
ビアンカさん?異能?
わけのわからないことだらけだ。
「ちょっと待ってくださいよ団長!こんなやつのためにレナータ姉さんが行くことはないでしょ!」
「ならラバズも行ってくるといい」
「なにっ!」
「あの、俺の妹たちも同伴していいでしょうか」
「ああ、構わないよ」
「では私についてきてください」
俺は小春と木陰を連れてながらレナータさんについて行った。
その傍らでなぜかラバズは俺のことを終始睨んでくる。
まあ無視だ。
*
「ところで異能とはなんでしょうね、兄さん」
街中を歩いていると、小春がふっとそんな質問をした。
実は俺もかなり気になってる。
けど俺にはさっぱりだ。
俺が皆目見当もつかないで言いよどんでいると、前を行くレナータさんが少しだけこちらに首を傾けた。
「異能とは魔術師の方々によって後天的に与えられる力のことです。ラバズと戦ったのなら、彼の脅威的な脚力を見たでしょ。あれが異能です」
ああ。あれが異能か。
確かに人間離れした脚力だった。
この世界は現実世界とかなり違うんだな。
どうせならもっと平和的な世界に転生して欲しかったよ。
全く気が利かない・・・・・・はっ、何だか悪寒が。
「レナータ姉さん、俺の異能をバラさないでくださいよ」
「もう仲間なんだから構わないだろ」
「俺様はテメェを仲間だとは認めてねぇからな!」
「わかったよ」
「あん!先輩に向かってその口のきき方はなんだ」
別に仲間じゃないんだから先輩も後輩もないような気がするんだが・・・
ラバズはどうしてこんなにも俺に突っかかってくるんだろう。
「それより私からもニシキに質問してもいいかな」
「構いませんよ」
「その・・・その子たちは君の妹、なのかい?」
「そうですよ。こっちが小春でこっちが木陰です」
「小春です。よろしくお願いします」
「こんにちはお姉さん!」
「そ、そうか」
元気な二人の挨拶にレナータさんは一瞬たじろいだように見えた。
小さい子が苦手なのだろうか。
*
「さあ着いたよ。ここがビアンカさんの家だ」
「なんだかおっかないね、おにーちゃん」
「失礼でしょ、木陰」
俺も木陰と同意見。
こんな黒々とした建物に好き好んで住むのは魔女くらいだろう。
何だか変な匂いまで・・・
「まあ・・・ビアンカさんは少し変わっているが悪い人じゃない」
レナータさんは苦笑しながら扉を開いた。
「ビアンカさん。いらっしゃいますか」
中は完全に真っ暗。
誰もいないんじゃ・・・
「ふふふふふふふふふ・・・」
「何か聞こえるよ、おにーちゃん・・・」
「不気味です」
怯える木陰と小春は俺の両腕にしがみついてくる。
うめき声か?
「どうやらいらっしゃるようだ。ついてきてくれ」
臆することなく奥に進んで行くレナータさんについて行くと、一つだけあかりのついた部屋があった。
恐る恐るのぞいてみると中には人が一人。
「・・・いらっしゃい。今日は多いのね」
「またよろしくお願いします。今回はこの少年です」
顔も体も黒い布で隠されているが、声からして女の人であることがわかった。
しかもそれなりに若い。
「あの・・・初めまして。ニシキと言います」
「自己紹介はいらないわ。早速そこの椅子に座ってちょうだい」
俺は言われた通り小さな椅子に着席し、丸テーブルを挟んでビアンカさんと向き合った。
テーブルの上には天秤のようなものが置かれている。
「これから何が始まるんですか?」
「今から君の魂の重さを測るの。そしてそれに見合った異能を与えるわ」
えっと・・・聞き間違いじゃないよなぁ?
今、魂の重さを測るって言ったか?
「では目を閉じて」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!魂の重さを測るとはどういうことですか。その説明もなしに始めるのはどうかと思いますよ」
「ギャーギャーうるせぇなぁ!テメェは黙って言うこと聞いてりゃいいんだよ」
「まあ狼狽えるのも無理はない。ラバズも最初に来た時はかなり動揺していたからね」
「な、何言ってるんですかレナータ姉さん!」
なんだ。ラバズもビビったことがあるのか。
「兄さんに危害は加わらないのでしょうか?」
「別に魂を取りはしないわよ。ちょっと借りるだけだって」
借りるだけって・・・そんな『消しゴム借りるね』みたいなノリで言われても。
「魂を借りるなんておかしいですよ!それで兄さんが死んでしまったらどうするんですか!?」
「失敗したことないんだけどなぁ・・・」
我を失いかけている小春がものすごい勢いで詰問するため、逆に俺の方は少しだけ冷静さを取り戻して来た。
この世界に現実世界での常識を持ち出しても意味がないことはすでに味わったはずだ。
「落ち着いてくれ小春。大丈夫だから」
「・・・はい」
小春は俺のことを本気で心配してくれる。
とても嬉しいことだが、心配をかけすぎるのは後々のことを考えるときっとよくないと思う。
それに小春にはやっぱり笑顔が一番だよ。
「絶対に失敗しないと言うならやってくださいビアンカさん」
「だからしないってば。じゃあ目を閉じて」
覚悟を決めて目を閉じると怪しげなおまじないが聞こえてくる。
それを十数秒聞き流していると、俺は一瞬意識を失ったような気分になった。
「あれ・・・今何が。あの・・・みなさん?」
目を開けると周りのみんなが呆然としていた。
時でも止まったのか?
「身体は大丈夫ですか、兄さん?」
「ああ。それよりどうしたんだ?みんな固まって」
「すごかったんだよ、おにーちゃん!おにーちゃんの身体から光った玉が出てきて!」
光った玉?
もしかしてそれが魂ということなのか?
自分の魂なのに自分で見れないなんてなんとも切ない。
「それで結局異能はどんなものをもらえるんですか?」
「・・・」
「あの・・・どうしたんですか?」
「・・・あ、ああ異能ね。しかし、君はものすごい魂を持ってるね」
ものすごい魂って・・・
人生でそんなことを言われる人はそうはいないだろう。
どう反応したらいいんだか・・・
「・・・ありがとうございます」
「それで異能の話だけど。正直に言って、君は私の知るどんな異能でも習得できる」
「それはすごいことなんですか?」
「もちろんだよ!」
びっくりした。
急に飛び上がらないでくださいよ。
「どんな異能でも習得できるほどの魂を私は今まで一度も見たことがない。そこの副団長ちゃんだって及ばなかったからね」
「おいテメェ。レナータ姉さんをちゃん付けするとはいいどきょ、グフッ」
「失礼しましたビアンカさん」
「君は今までどれほど大それたことをしてきたんだい!それとも天才なのかな!前世が英雄だったとか!」
ものすごくグイグイくるな・・・
「そうは言われても、俺に思い当たる節は・・・・・・」
・・・
めちゃくちゃあるじゃないか!
やっぱり転生したことと何か関係があるんだろうなぁ。
「そういえば。そこの二人は君の妹なんだろ。ならその子たちの魂の重さも測らせてくれないかなぁ。そうすれば何かわかるかもしれない!ふふふふふふふふふ・・・」
「それはまずいですよビアンカさん。彼女たちは私兵団のメンバーでも、ましてや兵士でもありませんから」
「まあまあ細かいこと気にしなくていいのよ。副団長ちゃんは相変わらず頭が固いなぁ。そんなんじゃ一生嫁の貰い手を見つけられないぞ」
「そ、それは今関係ありません!それに、私は別にそんな浮ついた話に興味はありませんから!」
ビアンカさんに指摘されて、レナータさんの顔が少しだけ赤くなったような気がする。
もしかして図星か?
「そんなこと言ってるから誰も寄り付かないんだよ」
「・・・」
「大丈夫ですぜレナータ姉さん。俺が一生ついて行きま、グフッ」
「うるさい!お前はもう少し空気を読め!」
もう何がなんだか。
収集がつかなくなっているような・・・
「ほらほらそこの少女たち。今のうちに来なさい」
ビアンカさんが小声でそう言いながら手招きをする。
「勝手にやってしまっていいのでしょうか、兄さん?」
「少し調べるだけならいいんじゃないか。害はないんだろ」
「私はやってみたい!」
「おおいいね。じゃあ座って、座って」
まずは木陰から調べるようだ。
「さあ目を閉じて」
「ちょっと何勝手に始めてるんですか!」
レナータさんが止めにかかろうとした時にはもう遅かった。
ビアンカさんがおまじないを唱え終えると、木陰の身体から光り輝く小球が出て来た。
これが魂か・・・綺麗だ。
その玉はゆらゆらと天秤の片方の皿に乗る。
するとその皿はガタッと勢いよく下降した。
「これもやっぱり重たい!君達兄妹は一体なんなんだい!」
やっぱり木陰もか。
となると小春も同じ結果になるんだろうな。
ビアンカさんが重さを測り終えると、光る玉は木陰の身体に戻って行った。
「今何があったの・・・」
「大丈夫か、木陰?」
「う、うん」
やはり木陰も気を失っていたようだ。
「次はそっちの子も。これは画期的だよ。魂の重さが血筋によるかもしれないという仮説が成立する」
・・・それは多分違います。
けど、それを言ってしまうと俺たちが転生したことがバレてしまいそうなので黙っておこう。
*
結局小春の結果も予想通りだった。
そのためビアンカさんはさっきから興奮しっぱなしだ。
「人生何が起きるかわからないものだねぇ。いいものを見せてもらったよ」
「それで異能の話は・・・」
「ああ異能ね、異能。君達ならなんでも習得できるよ。好きなのを言ってごらん」
「ですからビアンカさん。彼女たちに異能は・・・」
「いいじゃないの。あんな素晴らしいものを見せてもらったお礼ってことでさ。それに、彼女たちの魂は貴重だよ。異能を与えて身を守らせるべきだと私は思うけどね」
「それは・・・」
レナータさんはすっかりビアンカさんに言いくるめられてしまっているようだ。
副団長でも敵わない人がいるもんなんだな。
「異能ってどんなのがあるの、おにーちゃん?」
「どうなんですか、ビアンカさん?」
「そうだね。戦い向きなやつだと、そこの坊やの脚力ギア、副団長ちゃんの瞬発力ギア、団長は・・・そういえば、団長はなんだっけ?」
「それは私にもわかりません。団長はそういったことを教えてくれませんので」
「まあいっか。一番強力なやつだと、やっぱり肉体ギアかな。どう?」
どうと言われてもどんな効果を持っているのか全くピンとこない。
「その前にギアとはなんなんですか?」
「それは私が説明しよう」
俺が質問すると、レナータさんが得意げな表情を見せながら一歩前に出る。
「ギアと名がつく異能は発動させる際にいくつかの段階を踏むんだ。ファースト、セカンド、サード、フォースなどといった具合にね。段階をおうごとに力は増していくが、体力をより消耗したり身体に変調をきたしたりする」
「なんだか難しそうだね、おにーちゃん」
「慣れればそうでもないんじゃないか?」
「テメェみたいなひ弱には使いこなせねぇだろうな!」
ラバズの悪態は無視しつつ、俺は再びビアンカさんに向き直った。
「ギアがつかない異能もあるんですか?」
「もちろんある。千里眼や透明化。分身に瞬間移動。回復なんてのもあるわね」
「千里眼と透明化なんて悪人が使ったら大変なことになるじゃないですか」
「だからこそ異能は私たちのような私兵団メンバーなど限られた人にしか与えられない。もし異能を持った者が罪を犯した場合、異能は剥奪される」
そういうものか。
俺も注意して使わなければ。
もちろん千里眼や透明化を手に入れたからといって女の子の裸を覗くようなそんな邪なことはしないぞ。うん。
そもそも俺は小春と木陰にしか興味ないしな。
「それで小春と木陰はどれがいいと思った?」
「私は回復を使っていつでも兄さんの怪我を治せるようにしたいです」
「木陰も木陰も!」
回復役は二人もいらないと思うんだが・・・
「その気持ちはありがたいけど、二人にはもっと自分の身を守れるような異能を持って欲しい」
「そっか。じゃあ・・・千里眼にする!それがあればいつでもおにーちゃんを見失わなくて済むもんね!」
「なら私は瞬間移動にします。これなら万が一兄さんと離れてもすぐに合流できます」
俺の言わんとしていることはあまり伝わっていないようだが・・・まあいいか。
「それで君はどうするんだい?」
「俺は肉体ギアにします。単純に強くなれそうですからね」
「わかった。じゃあ早速異能を授けよう」
異能授けるための魔術的儀式はかなり長かった。
ビアンカさんは手を大きく動かしながら訳の分からないおまじないを唱え続けた。
端から見ればただのインチキ霊能力者といった感じだ。
もちろんそんなことは口が裂けても言えないが・・・
「ほら、これで終わりだよ」
「特に何も変化はありませんね」
「ねぇねぇ、どうやってつかうの?」
「異能の発動には個人差があるからね、しばらく待っていれば自然とわかるはずよ」
小春と木陰は身体を色々と動かしながらなんとか異能を発動させようとしていた。
体をひねったり、首を回したり。
二人のそのおぼつかない仕草はとても愛らしく、それを見ていた俺は口元を綻ばせずにはいられなかった。
ラバズに「キモイんだよ」と言われた時はかなりショックだったが・・・