第0話 とある日常的な一日
「ふあ〜」
カーテンの隙間から差し込む温かい陽光。
外では小鳥がさえずる。
今日も清々しい目覚めだ。
俺の朝は早い。
なぜなら絶対に欠かせない日課があるからだ。
「・・・兄さん・・・」
「・・・おにーちゃん・・・」
おっと、起こしてしまったか?
いや、どうやら今のは寝言のようだ。
畳の上に川の字で敷かれた三枚の布団。
真ん中の俺を挟むようにして二人の美少女が気持ち良さそうに眠っている。
小春と木陰。
俺が愛すべきかけがえのない双子の妹だ。
愛らしい寝顔を堪能し、二人を起こすことが俺の日課だ。
「そろそろ起きる時間だぞ、小春、木陰」
二人の肩を軽くゆする。
「うーん・・・おはようございます、兄さん」
「おはよう、小春」
「おはよう、おにーちゃん!」
「おはよう、木陰」
小春と木陰は起きて早々俺に抱きついてくる。
これが二人の日課だ。
そんな二人を抱き返すのが俺にとってはこの上もなく幸せなことだ。
*
俺たち兄妹の朝は早い。
平日は俺の部活の朝練があるため、休日は三人で一緒に遊ぶためだ。
そして日曜日である今日もみんなでお出かけだ。
「兄さん。今日はどんな服を着ていけばいいでしょう」
「おにーちゃん、おにーちゃん。どれが似合う」
早速出かける準備を始める二人。
とは言っても二人は俺の判断なしには決められない。
服から荷物まで、すべて俺がコーディネートしている。
だからと言って変なものは着せていない。
まあ、俺の趣味はかなり反映されているが・・・
「小春はこの白いワンピースがいいんじゃないか。今日は暑いと聞くし、風通しもいいだろ」
「ありがとうございます」
「木陰はそうだな・・・やっぱり、動きやすいのがいいだろ。これなんかどうだ」
「それがいい!」
他にも小春と木陰の下着を選んだり、二人の身体をシャワーで軽く洗ったりと準備に長い時間を要してしまう。
その後に軽い朝食をとると出かけるのは結局起きてから二時間くらい経ってからのことになる。
「さっ、行こうか。小春、木陰」
「はい!」
「うん!」
ひまわりのような笑顔を向ける二人の頭に俺は麦わら帽子を乗せた。
今日は日差しが強くなりそうだ。
「今日はどこに行くの、おにーちゃん」
「そうだな。ちょっと遠いけど、新しくできた水族館なんてどうだ」
「いいですね」
目的地はいつもその場の思いつきで決まるが、小春と木陰はどこに行っても楽しそうにしてくれる。
「水族館なんて久しぶりですね。兄さんは何が見たいですか?」
「俺はペンギンを見てみたいな」
「私も私も!よちよちしてるところがかわいいよね!」
木陰はいつも以上にはしゃいでいる。
可愛いものには目がないからな。
*
電車を乗り継いで一時間。
目的の水族館に到着した。
「やっぱり人が多いな」
「はぐれないよね、おにーちゃん・・・」
「手を繋いでもいいですか、兄さん」
「もちろん」
俺たちは少しだけ人混みが苦手だ。
お互いの姿が見えづらくなるからだ。
俺はわずかに震える二人の手を握りしめた。
絶対にはぐれないために。
*
俺たちはゆっくりじっくりと館内を回った。
小春と木陰は目を輝かせながら海の生物たちに見入っていた。
途中にお昼休憩を挟みつつ俺たちは最後にペンギンのショーを見た。
「可愛いね!」
「見ていてとても癒されます」
「そうだな」
特に小さなペンギンがよちよちと歩いている姿を見るだけで口元が緩んでしまう。
いまにも躓いてしまいそうだが、一生懸命走ろうとしているように見える。
「きっとお父さんかお母さんのところに向かってるんだよ」
「そうね。私もそんな気がする」
なんだか小さかった頃の小春と木陰を思い出す。
あんな風にいつも俺のところに走ってきてたっけ。
今でも俺にべったりの二人だが、最近はむしろ俺の方から近付いてしまっている節もある。
自重しなくては・・・
「そろそろ二人も疲れただろ。帰ろっか」
「そうですね。行こう、木陰」
「う、うん・・・」
「どうしたんだ、木陰。まだ見たいか?」
「ううん。大丈夫」
今の言葉からは木陰のいつもの元気が感じられなかった。
これは・・・
「帰る前にお手洗いに行ってくるといい。家まで長いからな」
「でもここだと・・・」
「大丈夫。ちゃんと待ってる。不安になったら電話でもメールでもしていいからな」
「絶対待っててね、おにーちゃん・・・」
「行ってきます、兄さん・・・」
暗い表情を浮かべる小春と木陰は固く手を握りながらトイレに向かった。
幸い木陰からの連絡はなかった。
しばらくしてから急いで戻ってきた二人の目元は少しだけ赤くなっていた。
俺は二人を軽く抱きしめてから頭を優しく撫でた。
「よしよし。よく頑張ったな。さっ、帰ろうな」
*
日曜日の夜はいつも外食にするか出前を取る。
さすがに帰宅してから料理を作るほどの体力は残されていないからだ。
夕食が終わったら後はお風呂に入って寝るだけだ。
「おにーちゃん、お風呂が沸いたよ!」
「行きましょ、兄さん」
「ああ」
俺たち三人は体型的にも年齢的にも一緒にお風呂に入らない方がいいのかもしれない。
けど、小春と木陰は一緒に入ろうと言い続ける。
俺も断ったりしない。
少しきついが密着すればギリギリ入る。
羞恥心なんてものはない。
俺たちは家族なんだから。
「今日は楽しかったか?」
「楽しかった!」
「とても楽しかったです」
「それは良かった」
鼻歌交じりに体を揺らす木陰と小春を見ていれば聞かなくてもわかる。
俺も楽しかった。
二人と一緒に行けて本当に楽しかった。
「また行こうな」
「うん!」
「はい!」
満面の笑みを浮かべる小春と木陰にどきりとした俺はなんのためらいもなく二人を後ろから抱きしめていた。
こうしているだけで俺は本当に幸せなんだ。
これが俺たちの日常だ。
異常だなんて誰にも言わせはしない。
この先どんな困難が降りかかってこようと、俺たちは決して離れない。
寄り添いあいながら生きていくんだ。