天狗と巨竜
――夜空に三日月が映える。
20mはあろうかという巨竜の体当たりを交わし、鬼一法眼が雷を落とした。
バシャーン! バリーン! ゴロゴロゴロ――
「グギャォォォ~~!!」
雷の直撃を受け、巨竜が口からぶすぶすと煙を噴きながら咆哮を上げる。
並みの妖怪変化であれば、今の一撃で消し炭にされていただろうが、巨竜のダメージは軽微のようだ。
「ふむ、今のを耐えるか……。
上天狗! 下天狗!」
鬼一法眼が、側近の小天狗二体を呼ぶ。
「は!」「これへ!」
上天狗・下天狗と呼ばれた二体が、鬼一法眼の両脇に控える。
彼らは、同じ顔をした双子の小天狗。
背中の翼が無ければ、人間と見分けが付かない。何処にでも居そうな特徴の無い顔立ちで、背格好は蘭丸とほぼ同じ。
ただ、他の小天狗・烏天狗と違うのは、身に着けている兜巾(山伏が頭に着ける小さな帽子)の形状。
兜巾の中央に、天狗の鼻を思わせる“突起状の飾り”が設らわれている。
それを、上天狗は頭に、下天狗は股間に装着していた。
上天狗はまだ良いが、可哀想なのは下天狗である。
股間に装着された突起は、明らかに男根を想起させた。 まるで痴れ者のごとき格好であるが、彼はなにも好き好んでこのような如何わしい格好をしている訳では無い。
彼らが法眼の小姓に任じられた時に「同じ顔で見分けが付かないから」と、法眼から直々に、そうしろと命じられたからだ。
その際、法眼は彼らにこの“天狗鼻状突起の着いた兜巾”を賜った。
法眼の悪ふざけのようにも思われる(事実その通りであった)が、この突起には法眼の妖力が封じられており、彼らの能力を飛躍的に向上せしめている。
そのお陰で、上天狗・下天狗は二人合わせれば小天狗でありながらも大天狗に匹敵する程の妖術を使えるようになった。それでも、戦闘力においては法眼の足許にも及ばないが。
法眼が上天狗・下天狗に命じる。
「両名に、蘭丸殿の護衛を任せる。
我が巨竜の相手をしている間、後方に下がり隙を見てこの場を離脱せよ」
抱えていた蘭丸を上天狗・下天狗に託して、鬼一法眼が本気の臨戦態勢を整える。
傍らを漂う天狗火がゴォォォォと燃え上がり、筋肉が膨れ上がる。身に纏う法衣が解放した妖力に反応し鎧状に変型・高質化。履いてる両足の高下駄の一本歯が刃に変化する。
「剛鉄扇を持てぃ!」
烏天狗三体が、何処からともなく3mを越える巨威なる鉄扇を取り出した。
かなりの重さで、烏天狗達は必死に翼を羽ばたかせている。
法眼が、それを片手でむんずと掴むと
「もう一本!」
と、両手で二本の剛鉄扇を構えた。
対する巨竜は、法眼の雷撃で受けたダメージから回復し、口から炎のブレスを吐こうとしていた。
背鰭が赤く光り、魔力を溜め込んだ全身の竜鱗が虹色に煌めく。
ブゴアァァォォォォーー!!
吐き出された炎は、この世の全てを滅する地獄の業火。
それを、法眼が剛鉄扇を広げて防御する。
「んん……なかなかやりおるな」
剛鉄扇が高熱で赤く染まり、法眼の額から汗が流れる。
ブレスを吐き終えた巨竜が、さらに魔力を蓄えるべく、再び竜鱗を煌めかす。
それを見た法眼は、
「派手な事よ。南蛮の妖怪は、些か外連味が過ぎると見える。
そう派手に振る舞えば、攻撃を放つのがまるわかりではないか?」
と、余裕を見せる。
だが、実際は熱せられた剛鉄扇を持つ法眼の両手は焼け爛れ、地獄の業火の威力をものがたっていた。
(防御にまわるは不利か?)
巨竜が次の攻撃を放つ前に法眼が動く。
虚空瞬動で一気に間合いをつめ、両の剛鉄扇で巨竜を滅多打ち。
巨竜の竜鱗を叩き割り、皮膚を裂き、肉を抉り、骨を折る。
たまらず、巨竜が攻撃のために溜め込んだ魔力を防御にまわす。
魔力を“身体強化”にまわした巨竜は、物理攻撃で法眼に接近戦を挑む。
強化された竜鱗が逆立ち“逆鱗”と化し、巨竜の全身が鋭い刃となって法眼に襲いかかった。
法眼は剛鉄扇を広げて防御するが、逆鱗そのものに“衝撃の魔術”がかけられており、法眼は防御の度に凄まじい衝撃を喰らう。
逆鱗がかすっただけで法眼の鎧は破砕され肉が弾ける。
「ぬうぅ! なんのこれしき。ならば」
接近戦を諦め、再び距離を取った法眼が呪文を唱える。
法眼ほどの実力者が、呪文を必要とする妖術を使うなど滅多に無い。
その間に、巨竜も身体強化にまわしていた魔力を攻撃に転じる。
「~~木東火南金西水北、春朝夏昼秋夕冬夜。禁呪解緊。陰陽破魔の雷を持ちて、汝を討ち滅ぼさん。奥義“豪雷撃覇”!!」
ズドドン! ズドドン! ズズズドン!!
ブゴルアァァァァォォォーー!!
奥義・豪雷撃覇と巨竜の業火が同時に放たれる。
雷と炎が反応して、大爆発を起こした。