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信長の猫  作者: ギリギリ伯爵
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蘭丸と法眼

 黒猫のぶながが成すすべも無いので、仕方無く船の中で魚の切り身にかぶり付いていた頃、松山の隠神屋敷にて一つの騒動が持ち上がっていた。


 ――――


「おはなし下され隠神いぬがみ殿! 黒猫のぶなが様の後を追い、この蘭丸、今ここで腹かっさばいて果てまする!」

「お待ちなさい蘭丸殿! 早まってはなりませぬ! まだ黒猫のぶなが殿が死んだと決まった訳ではありませんぞ?」

「もう日も暮れ、月が昇っております!

 月が昇れば悪霊・怨霊がし、か弱い黒猫のぶなが様お独りだけでは一堪ひとたまりもなくり殺されまする! これも全て、油断した私の落ち度。

 死をもってお詫びする、道はありませぬ!」

「だから、まだ死んだと決まっては……」


 ――蘭丸が黒猫のぶながの不在に気付いたのは、その日の夕刻。

 鬼一法眼と側近数名の小天狗やからす天狗達を伴って帰宅した隠神刑部の

「ところで、黒猫のぶなが殿は屋敷内に居られぬようだが、何処いずこに?」

の一言であった。

 隠神刑部は、松山の縄張り内であれば全てを把握する事が出来る。感知出来ないのであれば、黒猫のぶながは松山には居ないという事になるのだ。そして鼻をスンと鳴らし一嗅ぎすると、さらに

「昼過ぎ頃に、からに出て行かれたようですな」

と告げた。

 それを聞いた蘭丸の形相は一変し、持っていた雑巾をかなぐり捨てて庭へ駆け出し

「信長様~~!!」

と絶叫。

 その時、既に日は落ち空は薄暗くなっていた。

 滂沱の涙を流しながら膝から崩れ落ち、

天を扇いで

「お許し下さい信長様。この蘭丸、一生の不覚! この不始末、死をもってお詫び致したくそうろう」

と、言うや否や着物をはだけ、腰の短刀を引き抜くと自らの腹に突き立てようとした。

 

 慌てたのは隠神刑部である。最悪、黒猫のぶながが死んでいてもまだ諦めはつくが、蘭丸まで死んだとなっては、せっかく松山まで出向いて貰った鬼一法眼に対して、取り入るすべが“古い安酒”しか無くなってしまう。それでは、余りに心許こころもと無い。


 その“せっかく松山まで出向いて来た”鬼一法眼は、この一連のやり取りの間(完全無視されている形では有ったが)内心とてもしんでいた。

 人に関わろうとする妖怪もののけは、人の反応を見るのが好きだ。

 特に悲しみや恐怖や絶望と言った、極端な感情が大好物である。それは、神仙の域に達した大天狗・鬼一法眼とて例外では無い。

 だが、鬼一法眼は親人派の妖怪もののけである。

 恐怖や絶望以外に、喜びや希望と言った感情も好物であった。


(出来れば、この絶望に打ちひしがれている若者に、希望を与えてやりたいのぅ)


 そう想い“消えた黒猫”の捜索をすでに配下の小天狗達に命じている。


 間もなく、捜索に出ていた小天狗の一体が戻り、法眼に耳打ちした。それを聞いた法眼は、“死ぬ死なない”で揉めている蘭丸と隠神の間に割って入った。


「蘭丸殿、でしたな? われは鞍馬山の大天狗・鬼一法眼と申す。

 お探しの黒猫、どうやらまだ死んではおらぬかもしれませんぞ」


 そう言いながら、めい一杯優しげに蘭丸の肩に手を添える。


「……それは、真実まことにございますか?」


 蘭丸は、そこで始めて威風堂々とした大天狗・鬼一法眼の姿を認識した。

 法眼の瞳を真っ直ぐに、すがるように見詰める。

 蘭丸の涙に濡れたまなこに見詰められた法眼の赤い肌の顔が、さらに紅く染まる。

 ――法眼の好みは華奢な美少年であり、それからすると二十歳はたちを過ぎた蘭丸では少々外れてはいた。だが、その濡れた瞳の壮絶な美しさに、ハッと息を飲む。


 ――バサ、バササ

 上空から、さらに数名の小天狗、からす天狗が報告に戻って来た。

 蘭丸、隠神、法眼の三名は、彼らの報告をまとめてみる。


・ 現在この地は人の軍戦いくさ(豊臣秀吉の四国攻め)の真っ最中である。

 本日、金子城が落とされ、城主の金子かねこ元宅もといえが討ち死にした。

・元宅は、落城前に娘の姫を家臣の吾妻虎清に託して城から逃がした。

・八十姫と吾妻虎清の一行は、この松山に逃げ込み、それから海に向かった。

・おそらく、その時に黒猫が八十姫一行に遭遇し、連れ去られたのではなかろうか?

・金子元宅所有の船が一艘出航した形跡があり、黒猫は現在、八十姫と海の上にいる可能性が高い。


 集められた情報から、この推論が導き出される。


 結局、黒猫のぶながの安否、所在地が確認された訳では無いのだが、黒猫のぶながを乗せているであろう船を、上空から探すことになった。


 鬼一法眼が蘭丸の前で屈み、両手を広げる。


「ささ、蘭丸殿。我にしっかり抱き付いて。海の上まで運んで差し上げますぞ」

「かたじけない。よろしく申し上げます、大天狗殿」


 蘭丸が大天狗の首に手を廻して抱き付く。

 

「どうか“法眼ほうげん”とお呼び下され」


 デレデレと目尻を下げた法眼が、蘭丸を“お姫さまダッコ”してスックと立ち上がり翼を一振りすると、ブワァ~と一気に空へ舞い上がる。それに続く側近の小天狗・烏天狗達。

 ちゃっかり古狸・隠神刑部もその中の一体にしがみついている。


 ――その夜、松山から飛び立つ複数の“天狗火”を、多くの人が目撃した。

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