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信長の猫  作者: ギリギリ伯爵
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天狗と狸

 鞍馬山の大天狗・鬼一きいつほうげん

 山伏姿に赤い肌、眼光鋭く長い鼻、黒い翼に2mを越える鍛え上げられた体躯。

 日本に四十八体存在する鼻高天狗の中でも、特に高位の神通力を操る“大天狗”の中の一体。 羽団扇はねうちわの一振りで大嵐を起こし、指先一つで豪雨を降らせ、雷を呼ぶ。

 存在自体が自然災害。

 一百八ひゃくはちの小天狗・からす天狗・葉天狗を従える、西日本屈指の実力者。


 人に対して敵対的な妖怪もののけが大多数の中、彼は少数派の親人派であった。

 彼の守護により、京の都は霊的に安定した土地となっている。


 その大天狗・鬼一法眼を前にして、古狸・隠神いぬがみ刑部ぎょうぶは、ひたすらに頭を地面に擦り付け平伏していた。

 鬼一法眼は、隠神刑部が持参した古酒を盃に注ぎ、その芳醇な香りを楽しんでいる。


「むふ~ん。良い匂いだ。久々に良い酒にありついた。 礼を言うぞ隠神いぬがみ殿」


 この酒は、隠神刑部が四百年前人里を荒らし暴れまわっていた頃、人間から奪い自分の屋敷すみかにしまい込んでいた安酒。四百年間ほったらかしにされていた結果、偶然保存状態が良く上等の古酒になっていた代物である。


「はは~、お褒めにあずかり恐悦至極にございます。

 この酒は、京のやんごとなき貴人が管理する酒蔵に秘蔵されておりました高級な古酒でございまして、手に入れるのに少々苦労いたしましたが……」


 元はただの安酒を、大嘘をついて、めいいっぱい値打ちを付ける古狸。

 これから頼み事をするのだ、売れる恩なら少しでも売っておくに越した事は無い。


「うーむ、旨い! 盃が止まらんな。

 ……そう言えば、おぬしは松山にて封印されていたのでは?」

「はい。四百年前、牛若と鬼若と名乗る人間に敗れ、調伏されました」

「ふむ。四百年前、牛若というと……

 それゃ、われの弟子だった者やもしれぬな」

「な、なんですと!? あの、とてつもなく強く、見目麗しい若武者様は、法眼殿のお弟子様で有ったのですと!?」


 縄張りの松山から、ここ鞍馬山への道中、人に化け人の世の情報収集をし、牛若丸・後の九郎義経の経歴を知った隠神刑部は、鬼一法眼と牛若の関係を知っていながら一芝居打っている。


「当時は遮那王といったかな?

 可愛らしいの子でな。

 つい、かまってやりたくなって、剣術の稽古と、法術を少々教えてやったのよ」


 鬼一法眼は目を細め、昔を懐かしむ。

 その目は、妖しく濡れている。

 この大天狗は両刀使い・所謂バイ・セクシャルで、特に人の若い美形の男の子が好みであった。


「さようでごさいましたか。道理で儂ごときが敵うはずもございませんでした。

 儂の八十八匹いた配下の妖怪もののけも亡ぼされ、四百年も封印された哀しみはございますが、今さら恨み事は申しません……」


 同情を誘うように精一杯哀れに演じ、嘘泣きで涙を流して見せる古狸。

 

「むぅ。アレは華奢な見かけに反して、性格は無茶な処があったからなぁ。

 大方、本人は腕試しのつもりだったのだろうが……まぁ、許せ。アレも最後は身内に殺された。自業自得だな」

「いえ! 法眼殿が気に病むことはございません。自業自得ならば、儂も同じでしょう。

 ただ……」

 

 古狸が言いにくそうに、モジモジと言い澱む。


「ただ、何だ? なんなりと申してみよ。 我に出来る事なら、望みを叶えてやるぞ?」


 程よく酔いがまわり、大天狗のただでさえ赤い肌に、さらに朱がしている。

 古狸が、心の中でほくそ笑んだ。

(掛かったな)

 幻術を得意とする古狸は、交渉事かけひきの達人でもあった。


「さようでございますか。

 それでは、お言葉に甘えまして、一つお願いしたき事がございます。

 実は、今の儂は封印されていた影響でいささか妖力が衰えておるのです。

 それと、儂を封印から解き放った()()()()()()と、人の言葉を解する珍しい猫がおるのですが……法眼殿に、儂とその者共の後ろだてになっていただけないかと」

「若く美しい男だと!? あ、いや、何でもない。

 そのようなこと、たやすいご用だ。

 その者共ごと、我の元に来れば良い」

「はは、有り難きお言葉。感謝に堪えません。

 すぐにでも、その者達を呼び寄せたいのはやまやまでございますが、一つ厄介事が有りまして。

 その珍しい猫ですが、悪霊・怨霊に祟られておるのです。

 何でも、織田信長とかいう大名の生まれ変わりだとかでして」

「織田信長だと? ならば、ここに呼び寄せるのはまずいな。

 信長は仏敵に認定されておる。

 ここは比叡山や高野山と並んで仏教の聖地。

 それに、我は一応仏教の守護者という事にもなっておるでな。さて、どうしたものか?

 ……ん、待てよ。とすると、その若く美しい男というのは、ひょっとして信長の近習だった森蘭丸ではないのか?」

「法眼殿は、蘭丸をご存知で?(やはり、法眼は信長と蘭丸を知っていたか)」

「勿論知っておるぞ。ちらとだが、何年か前に見かけた事も有る。そうか、蘭丸は生きておったのか。アレは確かに美しかったな……」

「(もう一推しだな……)献上いたしました古酒、松山の儂の屋敷にまだまだ積み上げてございま(すが)」

「(➡➡)よし、分かった! 我が松山に出向くとしょう! 出立は早い方が良いな。小天狗共、旅支度を用意せよ!」


 最後の一推しで、法眼は喰い気味に即決した。


 隠神じぶん達が鞍馬山に赴けば、事実上法眼の配下に加わる事になってしまう。それでは、都合が悪いのだ。

 信長と蘭丸の“絆”の力を法眼に奪わ(横取りさ)れるかもしれぬ。

 法眼の守護を取り付け、尚且つ自分が主導権を握るには、法眼に松山を訪れてもらい、客分となってもらうのが良いのだ。


 全て思い通りに事が運んだ。

 隠神刑部は、心の中で大笑いした。

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