隠神との出会い
黒猫と蘭丸が洞穴で寝静まった頃。
ピクッと黒猫の耳が動く。
何かの気配を感じる。
「何者だ?」
隣でうとうとと寝ていた蘭丸も気配を察して目を覚まし、黒猫の前に進み出て声をかけつつ、その気配をさぐる。
真夜中、このような山奥に訪れる者など、まともなモノで有るはずがない。
「あぁ、起こしてしまいましたかな?
ご無礼をお許し下され。ここを立ち去る前に一言お礼を申し上げようと思いましたが、お休みになられていたようなので、これを置いていこうと思っただけで……」
見ると、僧の格好をした老人が木の実や鶏を抱えて立っている。
「礼? 心当たりが有りませぬが、何処かでお会いしましたか?」
相手は僧の格好をしてる。比叡山の追手である可能性があり、蘭丸は会話をしつつ脇に置いてある刀を手繰り寄せる。
「まぁ、そう警戒せんでくだされ。
この山にいる限り、恩人であるあなた様方に、いかな悪霊・妖怪といえど、この儂が指一本触れさせはしませんて」
(私達が悪霊や妖怪に追われているのを知っている?)
「蘭丸、良く見よ。こやつは“人”ではないぞ」
黒猫・信長があくびしながら言う。
蘭丸が“霊視”で目を凝らすと、老僧の姿がモヤモヤと崩れ、一匹の古狸が立っていた。
「儂は隠神刑部と申す、かつてはこの山の主だった妖怪です。
長い間あの祠に囚われておりましたが、あなた様が封印を解いて、別の魔物を押し込めて下さったおかげで、こうして出てこれました」
古狸は、蘭丸達に頭を下げる。
それを見て、黒猫が
「礼には及ばん、ついでだついで。
それにしても、あの祠の結界は相当強力だったようだが、おぬしは何をして、誰に封じられたのだ?」
と尋ねた。
古狸・隠神刑部は黒猫を見つめ、蘭丸に向かい
「ほぅ。こちらの猫は人の言葉を解するのか。良く見ればこの猫、体は小さいが、強い妖気を秘めておりますな。あなた様の使役する式(使い魔)ですかな?」
と、尋ねる。
対して、蘭丸は首を振りながら
「刑部殿は、どうやら思い違いをされている様ですね。使役されているのは私の方ですよ。
こちらの黒猫は、我が主織田信長様の転生したお姿。
私はその家臣、近習の森蘭丸と申す」
と、答えた。
古狸は、あらためて黒猫・信長と蘭丸を交互にを見やる。
「……なるほど。意識を残しての転生など、余程高位の神にでも近い存在でなければ不可能。信長様は元々魔物か何かだったのですかな?」
「いや、“魔王”とは呼ばれていたが、俺は正真正銘の人間だったぞ。これは呪いだ」
「ふぅむ、そんな高度な呪いもあるのか……」
古狸は何やら感心するように考え込んでしまった。
「南蛮の呪いだからな、俺もよくは知らん。そんな事より、おぬしの事を知りたい。聞かせてくれ」
黒猫・信長に言われ、隠神刑部は
「そうですか、わかりました。だいぶ、昔の事になりますが……」
と語り出した。