神話の類型と呪的考察
残暑の東海道は、昼は暑いが夜は過ごしやすい。
吾妻虎清と八十姫の一行も、最近は悪霊・怨霊に憑依された獣に襲われる事も減り、野宿にも馴れてきていた。
その日も、いつものように吾妻が森の木々を組み合わせた簡易テントで就寝しようとしていたその時、東の夜空に激しく雷が光った。しかし、雷鳴は無い。
雲間に人影めいたシルエットが映り、何とも幻想的な景色である。
吾妻と八十姫がその不思議な夜空を眺めている。
「おこんばんわ~」
音の無い森の中で、吾妻虎清と八十姫に一人の町娘が声をかけた。
見た感じ、八十姫と同年齢に見える。しかし、吾妻虎清はその気配にただならぬ物を感じる。
“人、ならざぬ者”
よくよく目を凝らして見れば、その姿が透けて見えた。
(妖怪の類いか?)
吾妻虎清は警戒心を強めるが、八十姫は不意の来客に歓迎の意を示した。
妖怪変化に対しては神憑り的な感性を発揮する八十姫が警戒しないので有らば、少なくとも危険なモノでは無いのだろう。吾妻はそう判断して娘に尋ねる。
「このような森の中でいかがいたした?
道にでも、迷われたのかな?」
「いえ。実は、あなた方にお願いしたき事がございまして……」
娘は、八十姫に寄り添って眠る黒い仔猫を見ながら答えた。
「あなたは……もしかして、ノブのお知り合い?」
八十姫が、傍らで眠る仔猫を優しく撫でながら娘に尋ねる。
「はい。その黒猫には摩訶不思議な因縁が纏わり憑いております。私達は、その因縁に関わる者です」
「私達? そなたの他にもいるのですか?」
吾妻の問いに、娘は東の光る空を指さす。
「あそこで暴れているのは私達の仲間の一人、天狗十大星・天逆。
あなた方とその黒猫から、悪霊・怨霊の目を逸らすために悪魔と大立回りを演じております。
私は、天狗十大星・飯綱 三郎の使い“筒狐のオサキ”と申します」
ドロン、と煙が起こり、町娘が小さなオコジョの姿に変わる。
いつの間にか周りには霧が立ち込め、オサキの後に三つの人影が現れた。
虚無僧姿の三人は、深編笠で顔は確認出来ない。
「乱法師です」
「上法師」
「下法師」
三人の虚無僧は各々名を名乗り、中央の“乱法師”と名乗った男が深編笠を外す。その顔立ちは壮絶なまでに美しく、衆道に疎い吾妻ですら見惚れる美形であった。
――――
この宇宙が四界(天界、魔界、霊界、人界)に分かれた時、世界に“法”が生まれた。
“法”には絶対の強制力があり、たとえ天界の天神であっても、“法”から逸脱することは出来ない。
(人間や妖怪は、古代からこれを経験・観測的学問として研究・解明してきた。その一部を独自に解釈して生み出されたのが、宗教の密教や陰陽道。さらに応用・体系化し“法”の発動条件に人為的に干渉する技術として開発・実用化したモノが、秘術や呪術)
人間が神話・昔話と呼んで古代から伝えている“ある種の物語群”は“法”の観測と結果の記録集合体でもある。
――因みに、神話・昔話の類型は以下のパターンに大別される。
・異類婚姻型
・天人女房型
・難題求婚型
・幽霊出産型
・霊界訪問型
・貴種流離型
・異郷訪問型
・観音霊験型
・幽体離脱型
・末子成功型
・異常誕生型
・人獣変身型
・龍蛇変身型
・殺害蘇生型
・動物報恩型
・継子虐め型
・立身出世型
・死骸黄金型
・異類退治型
・人身御供型
・呪的勝負型
・呪的逃走型
・土地分割型
・神隠し型
・贖罪受難型
・不遇閑達型
今回、太郎坊が企てた企みは“呪的逃走”を発動させ、追っ手である悪霊・怨霊を排除してしまおう、と言うものであった。
“呪的逃走”は、三つの障害を克服する事により、呪的な強制力を発動させて追っ手から逃げ切る事が出来る呪法。
この呪法を発動させる条件として“坂道と谷と吊り橋”のある地形に信長の猫を配置する必要があった。そのためには吾妻と八十姫の協力が必要になり、説得しなければならない。
こうして蘭丸達は、ついに八十姫と吾妻虎清に接触することを決意したのだった。
先ずは女悪魔・タルテの注意を逸らすため、天逆が大規模な結界を張る。だが、この結界は囮である。
餌に釣られて出てきたタルテに戦闘を挑み、出切るだけ時間を稼ぐ。その間に上天狗・下天狗による本格的なの結界が張られ、オサキのお膳立てによる会談の場が用意された。
囮結界に誘き出されてきたタルテと天逆との戦いで、東の夜空に雷のごとき閃光が煌めき、その幻想的な景色を眺める吾妻虎清と八十姫のもとへ、町娘に化けたオサキがやって来たのだった。
上空の天逆とタルテの戦闘も佳境を迎え東の夜空は眩く煌めいているが、上天狗・下天狗の結界内に音は届かない。