旅路と追跡
――吾妻虎清は八十姫を連れて一路関東をめざす。
その道中、立ち寄る宿場町や村で奇妙な噂を聞いた。
曰く“黒猫は不吉を呼ぶ”。
どういうことかと言うと、最近あちこちで猫の死骸をよく見かけるのだが、それは全て黒い猫。しかも惨たらしく殺されているのだ。
猫が殺される現場に偶然居合わせた町人や村人や猟師が何人かいた。
その者らの話によると、突如獣の群れが現れ、黒い猫だけに襲いかかり引き裂くのだと言う。その時、他の動物には目もくれぬのだそうだ。
獣を見た者は
「あれは、野犬か狼だ」
「いや、猪や鹿だった」
「違う違う、猿だ。人ほども大きな大猿だ」
「鼬だろ?」
と、証言はまちまちだが
「とにかく、恐ろしい形相で、禍々しく不吉な目をしていた」
との意見だけは一致していた。
「黒い猫がいると、不吉な獣が殺しに来る」
との噂が“黒猫は不吉を呼ぶ”と転じたようだ。
この噂が広まり、吾妻虎清は困った。
八十姫が連れている“ノブ”が、あからさまな黒猫だったからだ。
ノブを見て
「どんな猫?」
と聞かれたら
「黒い猫」
と答える他無い程に、それはもう黒々としている。
ノブは八十姫にとっては初めての友達と言えた。
他の兄や姉と年が離れていた八十姫は、幼い頃から孤独だったのだ。
吾妻にしても元々が猫好きな上、人に慣れて利口なノブに情が湧いている。
黒猫を連れていると、大抵の宿で宿泊を断られたが、それでも八十姫はノブと別れる事を拒んだ。
「野宿でもかまいません!」
と。
黒猫を襲いに来ると言う獣に関しては、何度か遭遇している。全て、吾妻が叩き斬った。
確かに、噂通りの禍々しさ。
動いている間は何の獣か分からぬ異形っぷりであったが、斬り捨てて動かなくなると、見慣れた動物の死骸である。
(生きて動いている時と、死んだ後で姿が変わる?)
始めは、狐か狸に化かされているのかと思ったが、何度か斬り捨てている内にその実態に気が付く。
(始めから死んでいるのだ。死骸が異形化して動いているのだ!)
このような怪異は、法術か妖術で対抗するのが手っ取り早いが、吾妻にはそんなモノ使えない。
全て、天性の感(勘)と卓越した剣技で凌いでいた。
悪霊・怨霊が憑依した死骸は、霊核を的確に斬り裂けば倒せる。その際、八十姫が思いの外役に立っていた。
異形の獣が襲い来るのを一早く察知して吾妻に教えてくれる。そして、何処を狙えば良いか的確に指示してくれた。
(自分には感じるしか出来ぬ、目に見えぬ“何か”が、八十姫様には見えているのやも知れぬな)
吾妻は薄々気付いていたが、異形の獣が現れた時の八十姫は“神憑って”いた。“神憑り的な何者”かに守られているのだ。
吾妻は直感的にそれが“決して悪いモノでは無い”と感じていた。
それだけは信じたかった。
――――
一方、蘭丸達“信長の猫捜索隊”の一行は、すでに黒猫の所在は確認済みである。
確認しておきながら、今だ接触はしていない。
それには、いくつかの理由があった。
刑部と上天狗・下天狗による秘密裏の調査により、黒猫に生じた変化と、悪霊・怨霊の不可解な動きには関連性があると考え、敢えて接触を避けているのだ。
蘭丸は残念がったが、現在黒猫から信長の意識は感じられず、会話が出来ない。それに関係しているのか、悪霊・怨霊は明らかに黒猫を見失っているようだ。
ここ最近頻発している謎の異形による黒猫連続惨殺事件は、明らかに“信長の猫”を標的にした無差別殺戮であろう。
女悪魔・タルテの存在が見え隠れしている現状で、下手にこちらが黒猫に接触して“信長の猫”の個体を敵に確定されるのは得策では無い。そして何より、信長の猫に現在同行している侍はかなりの使い手であり、悪霊・怨霊が憑依した異形を次々に撃退している。
侍に連れられている姫も霊的な何者かに守護されており、その者からは信長の猫に敵対する意思は感じられない。
ならば、信長の意識が戻るのかどうかも分からぬ現状では、成り行きを見守り慎重に行動した方が良いと判断したのだ。
現在、蘭丸は“乱法師”と名を変え、上天狗・下天狗と供に修行僧の格好に変装し、付かず離れず信長の猫を追跡している。
天逆は(陽動の意味もあり)タルテの存在を感知すると、散発的に小競り合いを繰り返していた。
敵の戦力を見極める意味もあり、本気で相手をしているわけでも無かったが、法眼の時のような“竜”が出てくる事は無かった。
天逆は、
「竜、出てこないじゃ~ん。つまんな~い」
などと宣っているが、戦闘中、天逆の胸の谷間から(天逆が解放してくれないので仕方なく)敵の戦闘力を分析する役目の小狸は、
「冗~談じゃ無いですよ! あんなのに出てこられたら、ボク死んじゃうじゃないですか!!」
と、抗議している。
――蘭丸が黒猫と別れて、二ヶ月が過ぎようとしていた。