悪魔と蘭丸
法眼が巨竜と激戦を繰り広げている間、
蘭丸と上天狗・下天狗は、他の天狗達に混じってずっとその場に止まり、戦いを静観しているかのように見える。だが、実は秘かに戦線を離脱していた。
そこにいるのは隠神の幻術による目眩まし。実体は物言わぬ複製である。
本物の蘭丸は両脇を上天狗・下天狗に支えられ黒猫を乗せているであろう船を探す。上空から眼下の海を見渡すが、夜の海は暗かった。
「あちらから、ただならぬ気配を感じます。悪霊・怨霊が一箇所に集っておるような」
「黒猫様に違いない。急ぎましょう!」
上天狗の言葉に蘭丸が返答した直後、後方から“豪雷撃覇”と“地獄の業火”による大爆発の衝撃波が三名を襲う。爆風で錐揉み状態で吹き飛ばされた上天狗・下天狗は、蘭丸を支えながら何とか体勢を整える。
そこへ、不意に声をかけられた。
「おやおや。抜け駆けデスカ? いけまセンネ、蘭丸サン」
蘭丸達が振り返る。
口元に嫌らしい笑みを張り付けた神父姿の悪魔がそこにいた。
「それに、天狗サン達も。あなた達のボスが死ぬ瞬間を見届け無くても良いんデスカ?」
「“ボス”と言うのは大天狗・法眼様の事か? ならば、心配無用。あのような大トカゲごときに遅れを取る法眼様ではない!」
上天狗が啖呵を切る。
「法眼様は未だ健在。妖気は些かも衰えず、妖力は益々 漲っておるわ!」
上天狗・下天狗の天狗鼻兜巾は、法眼の妖力と通じていて、たとえ離れていても法眼の妖気を感じる事が出来るのだ。
「あらあら、天狗チャンたら強がっちゃっテ。“地獄の暴竜アバド”相手にタダで済むとデモ?」
いつの間にか神父悪魔の反対側、蘭丸達を挟むように黒ドレスの女悪魔がいる。
確かに、本当は上天狗・下天狗の感じる法眼の妖気は弱まっていた。だが、法眼から蘭丸の護衛を任された以上、上天狗・下天狗にここで引き下がるという選択肢は無い。
蘭丸が焦りのあまり、悲鳴に近い声で訴える。
「あなた方は何故邪魔立てを? 私はただ、猫を探しているだけです!」
「それは、お前の探している猫が、タダの猫デハ無イカラダ」
今度は、蘭丸達の頭上に背広姿の悪魔が現れる。
三悪魔が揃い踏みした。
「あなた方は何者で、目的は何なのですか?」
蘭丸の問いに、背広悪魔がチッと舌打ちした。
「まタ質問か? お前ラが、サッサとコイツらを始末しなイカラ……」
「あら、イイじゃない。答えて差し上げまショウヨ」
「そうデスよ。何も知らずに死ぬのでは、彼らも納得出来ないでショウからネ」
不機嫌な背広悪魔に対して、女悪魔と神父悪魔は何処か悦しそうである。
“人界に存在する悪魔は、人間から質問されたら答えねばならない”
――これは、宇宙が四界(天界、魔界、霊界、人界)に分かたれた時から定められた“法”の中の“契約”のひとつ。
悪魔は人界では複数の“契約”で縛られる事で力を得る存在なのだ。
「デハ教えてヤロウ。オレは“悪魔代皇・バエル”ダ」
「アタシは“悪魔公女・タルテ”ヨ」
「ワタシは“悪魔大公・フェレス”デス。ヨロシク」
悪魔達は、背広、ドレス、神父の順に自己紹介した。それは、彼らの序列の順位でもあった。
「我々の目的ハ“天魔・ハジュン”を人界に顕現させるコトダ」
「信長チャンが名乗ってた第六天魔王・他化自在天。
“天魔・ハジュン”はそのご本人ってワケネ」
「信長サンは、天魔顕現の儀式に必要な牲贄として、最適な資格を備えた人材だったのデス」
「すでに信長の肉体ニハ“ハジュン”の意識を憑依サセタ」
「後は、獣に堕とした信長チャンの魂を、数多の悪霊・怨霊が呪い殺してくれレバ儀式は完了するのヨ」
「“ハジュン”が顕現すれば、魔界と人界が混ざり合い、人界に存在する悪魔がイチイチ“契約”に縛られずに済みマス。素晴らしい事デス」
「我々悪魔が直接手を下すコトは出来無イ」
「これも“契約”でネ、セッカクの儀式がオジャンになっちゃうのヨ」
「まさか、獣に堕とした信長サンと会話できて、護る人間がいたトハ驚きデス。
蘭丸サンのおかげで、我々は三年も時間を無駄に過ごしてしまいマシタ」
「本来、悪魔が人界で“契約”無しに人間に直接手を下す事は出来ないガ、霊界の存在たる妖怪相手ならば“契約”の縛りは無イ。今ココで皆殺しダ」
「蘭丸チャンは、その巻き添えってコトで死んで貰うわネ」
「蘭丸サン、悪く思わないデ下さいヨ。“契約”には抜け道も多いのデス」
直接殺せなければ、間接的に殺す。
悪魔のいつもの常套手段。
蘭丸と黒猫が妖怪と接触したのは悪魔にとっては好都合だった。
「死ネ」
今、まさに悪魔代皇・バエルが蘭丸達に襲いかからんとしたその時。
「待てぇ~~いぃ!!」
大天狗・鬼一法眼の声が響き渡った。