ポニーテール禁止
「ねえ……ポニーテール、やめてくれない?」
「なんで? だって、邪魔だし……暑いし」
「……そう」
高く括った髪の毛が揺れて。
彼女の綺麗なうなじが、ちらつく。
彼女は私の前の席に座っている。いつも髪を高く結んでいて、少し日に焼けた首がずっと目の前にある。ノートを取るために何度も頭を下げて、その度に長い毛先が揺れる。セーラー服の襟元まで続くその曲線を見ているだけで、頭がくらくらしてくる。
教室内は暑くて、授業には全然集中できない。黒板を見るたびに何度も彼女が視界に入って、愛おしくて堪らない。
後ろからぎゅって抱きついて、そのうなじに噛み付いて、ずーっと舐めていたい。甘い匂いを感じて彼女のポニーテールの毛先が自分の顔に当たるのを感じながら、ずっと。
そんなことを、一日、何時間も何時間も、考えている。
後ろの席って、地獄。愛してるって気持ちが、溢れちゃいそう。こんなに暑いのは、夏だから? それとも――
放課後、「もうちょっと、お話していよう?」という私の提案に彼女は乗ってくれた。とりとめのない話を繰り返していると、教室から段々と人がいなくなっていく。夕焼けが差し込んで、教室がオレンジに染まっていく。
「そろそろ、帰ろうか」
彼女がそう言い出した時、私は静かに、彼女を見つめた。
「ねえ、ポニーテール、やめて?」
「またその話? もしかして、似合わない?」
「そうじゃなくて……ここ」
立ち上がり、彼女の首に、そっと触れる。綺麗な、綺麗な、その首。
「ここ、見えるの……いやなの」
「えっと……なんで……」
「好きな人の、ここ。後ろの席から、ずっと、見せつけられて、苦しい」
「何……言って……」
「……わかってるくせに」
彼女は私の気持ちに、きっと気付いてる。気付いて、見せつけてきて、答えをはぐらかしてる。彼女の頬が赤く染まる。夕暮れのせい? きっと、違う。
私は後ろから、彼女をぎゅっと抱きしめる。
「私……」
「いいの。何かしてほしいわけじゃない。関係を崩したいわけじゃないの」
悩んでくれていると言うことは。彼女だって私が嫌いなわけじゃなくて、ただ恋人に踏み込めないとか、他に好きな人がいるとか、そういうことだと信じたいから。
抱きしめたまま、彼女の首筋にそっと、キスをする。ずっとずっと、後ろの席から欲していた、この場所。緊張からか、彼女の体は少し熱く汗ばんでいて、甘い匂いと一緒に少しだけ汗の匂いがしてくる。
欲望のままに、彼女の首筋に甘噛みしていく。唾液がどんどん溢れてくる。
「う……、ちょっと、や、だ……。だめ……」
彼女の震えた声が、また、愛おしくて堪らない。彼女を強く抱きしめて、その首筋を何度も舐めていく。生え際まで丁寧に、何度も。
「あ……、う、うー……」
声を必死に我慢してるけど、それでも私を振り払わないでくれる。唇から漏れる声も可愛くて、もっともっと、私のものにしたくなる。
好き。好き。好き。大好き。愛してる。大好き。もっと、もっと。欲しい。好き。好き。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる!
「や……あっ! やだ、いたっ、あっ!」
彼女の首筋を、強く吸う。強く強く。自分の唇も痛くて、血が滲みそうなほどに。
「痛いっ、やっ……!」
「……ごめんね?」
唇を離し、その場所を小さく舐める。唇が切れたのが、微かに血の味がした。彼女の首筋は私の唾液でべたべたになって、小さく赤い痣がついている。私の、キスマーク。
ハンカチを取り出して、首筋を拭く。私がつけたキスマークを見つめると、体がゾクゾクした。
「跡、ついちゃったね」
恥ずかしそうに、顔を赤らめている。少しだけ、罪悪感の混じった、顔。愛おしく、可愛い、私の、大好きな人。
彼女の髪ゴムに、手をかける。
「ポニーテール、禁止」
彼女は次の日、髪をおろしてきた。嫌われたかと思ったけど、何事もなかったように私に接してくれる。
「今日はおろしてるんだー。可愛いー」
クラスメイトにそう声をかけられているのを聞いて、ほんのちょっとだけの優越感に浸る。
長い髪が彼女の首筋を隠していて。だけど授業中、垂れた髪の隙間から、私のつけたキスマークが、見える。
昨日までの、頭がいっぱいになるような感覚はなくて、少しの幸せに包まれている。私のだっていうあの印が、私を安定へと導いてくれてる。
これ以上の関係は、望まない。だけど、私のキスマークが消えて、彼女がもう一度、ポニーテールにするようなら。
私は、きっとまた、耐えきれずにあのうなじに噛み付いてしまう。
だから、ね。
ポニーテール、禁止。
妄想を膨らませていたらポニテ沼に沈みました