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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
第三部 「新」
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第95話 一筋の光明

 エア・グレイブルへの変身を遂げて、強敵テトラ・ボットをいともたやすくほふってみせたさやか……だが今日の彼女は、いつもと様子が違った。

 敵を倒しても変身が解除されず、まだ戦いは終わっていないと言わんばかりに全身に力をみなぎらせていたのだ。


「さやか……さん?」


 ただならぬ殺気を感じて、アミカが思わず後ずさる。表情は恐怖で青ざめていて、体の震えが止まらなくなる。彼女の中にある動物の本能が、これまでに無い危険が訪れようとしているのだと知らせる。

 テトラ・ボットを倒しても戦いを継続しようとするさやかが、これから何と戦おうとしているのか……それを想像した時、背筋が凍り付いた。


「全テハ私ノ敵……敵ハ殺ス……」


 憎悪と狂気に満ちた呪詛じゅその言葉が放たれる。ボットに対して向けたのと変わらぬ殺意が、仲間であるはずの少女に対して向けられる。

 もはやさやかは、アミカを完全に敵とみなしていた。


「全テ殺ス……皆殺シニ、スルッ!!」


 とても十五歳の少女が口にしたとは思えない台詞セリフを吐きながら、アミカに向かって全速力で駆け出した。


「危ないっ!」


 さやかが拳を振り上げて、目の前にいる少女を殴り付けようとした瞬間、ミサキが彼女をかばおうと咄嗟に横から突き飛ばす。ミサキとアミカはさやかの正面から逃れながら、二人して勢いよく地面を転がった。


 二人が去った後の大地に拳が叩き付けられると、10tトラックが空から落下して地面に激突したような音が鳴り、辺り一帯が激しく揺れる。大量の土砂が風と共に空へと舞い上がり、ミサキとアミカは発生した衝撃波によって離れた場所へと吹き飛ばされた。


 さやかが殴り付けた地面は、巨大隕石が落下した跡のようなクレーターになっていた。荒ぶる拳が、もし地面ではなく少女に当たっていたら、バラバラの肉片になっていただろう……そう思わせるだけの破壊力があった。


「ああっ……あっ……」


 さやかが自分を本気で殺そうとしたのを知って、アミカが心の奥底から絶望する。目にはうっすらと涙が浮かび、手足に力が入らなくなる。体のしんがきゅうっと締め付けられたような感覚を覚えて、心臓が急激に苦しくなる。

 仲間であるはずの少女に襲われた戸惑いと、死に対する恐怖とが交錯し、心の中をかき回されて、まともな思考が働かなくなる。


「さやかっ! 一体どうしてしまったんだっ! しっかりしろ! お前が今殺そうとしたのは、メタルノイドでもテトラ・ボットでもない、仲間のアミカだぞっ! 狂気に魅入られて、ついに血迷ったかっ!?」


 尋常ならざるさやかの行動を、ミサキが強い口調で非難する。

 彼女はこれまで暴走しても、敵味方の区別は付いていた。だからこそ敵を倒す切り札にはなり得ても、仲間の命が危険にさらされる事は無かった。


 だが今の彼女は、ミサキ達を完全に敵とみなしている。これまで数々の強敵をほふってきた力が、自分たちへ向けられようとしているのだ。それはバエルをも倒した頼もしい味方が、最強の敵となって君臨した瞬間だった。


『フハハハハハハァッ!! その女は、もはやお前たちの仲間ではないッ! 完全なる憎悪に心を支配されて、目に付くもの全てを滅ぼし尽くすまで暴れ続ける、破壊衝動の化身と成り果てたのだッ!!』


 その時突然、何者かの声が響き渡る。少女が狂気に呑まれた事をあざけるように高笑いした。


「誰だッ! 何処にいる! 姿を現せッ!」


 ミサキが腹立たしげにえながら、警戒するように周囲を見回す。

 声は頭の中に直接響くテレパシーの類ではなく物理的に発せられていたが、それが何処から発せられていたのか、すぐには特定出来ない。


『私はNo.013 コードネーム:マインド・フレイア……バロウズ内でも一二いちにを争う精神支配術の使い手にして、かつて貴様らが倒したネクロマンサー・ダムドのおいなり』


 謎の声が、あえて自らの素性と能力を明かす。さやかの身に起こった異変の張本人だという事を、隠そうともしない。


「そこかぁっ!」


 声が聞こえてきた方角へと、ミサキが咄嗟に刀を投げ付ける。

 だが刀が刺さった場所に向かっても、そこには小型のスピーカーが置いてあるだけだった。


『ハハハッ……貴様らなどに、私の居場所はつかめんよッ! せいぜい足掻あがくが良いッ! 貴様らの声は、彼女には決して届かんッ! このままなぶり殺しにされて息絶えるより他に、道は無いのだッ!!』


 フレイアと名乗った男の声が、ミサキの行いを侮辱する。

 小型スピーカーを複数用意しているのか、その声は刀が刺さったのとは別の方角から発せられる。自分の居場所を特定させないために、あえてスピーカーしに喋る手間を割いているように見えた。


「クソッ! もしかしてヤツは、今この場にいないのかっ!?」


 ミサキが悔しまぎれに吐き捨てながら地団駄を踏む。敵を倒せば問題を解決出来るかもしれないのに、それが出来ない状況に、むずがゆさを感じてても立ってもいられなくなる。


「精神支配術は距離が近付くほど強力になる……きっとトライヴンがワープしてきた時と同様、それほど体の大きくないメタルノイドが、光学迷彩で姿を消したままテトラ・ボットと一緒にワープしてきたんだわ」


 ゆりかがこれまで得た経験にもとづいた仮説を立てる。敵は間違いなくこの場にいるだろうと考えて、それを解決の糸口にしたい思惑があった。

 ただ肝心の敵は何処に潜んでいるのか、どうやってあぶり出すのか、その方法については思い当たらなかった。


「死ネェェエエエエエッ!!」


 考えあぐねる少女たちに向かって、そんなひまは与えんとばかりにさやかが飛びかかる。アミカに狙いを定めると、何の躊躇も無く殴り殺そうとする。

 アミカは咄嗟に逃げようとしたものの、とても逃げ切れる速さでは無かった。


「うわぁぁああああっ!」


 少女が悲鳴を上げながら、思わず目をつぶった。もはや逃れられぬ死の運命を受け入れて、観念するより他無かった。せめて苦痛を与えずに、一撃であの世へとかせてくれ……そんな事まで考え出していた。



 一瞬、場がシーーンと静まり返った。

 風の吹き抜ける音だけが耳に入り、他には何の音も鳴らない。

 目を閉じた少女には、今何が起こっているのか全く分からない。

 目を瞑ったまま安らかに死のうと考えても、いつまで経っても攻撃を加えられる気配が無い。


「……ッ!!」


 恐る恐るまぶたを開いて、アミカは驚愕した。

 目の前に一人の少女が現れて、さやかのパンチを片手だけで止めていたからだ。


 少女は、見た目はアミカと同じ十二歳くらいの若さであり、変身後の装甲少女と似たような装甲を身にまとっている。装甲の色は紫に塗られている。

 だが何よりも驚くべきは、幼い少女の外見からは想像も付かない怪力で、さやかの剛拳を押しとどめていた事だ。


「エル……ミナ?」


 少女の顔に見覚えのあるゆりかが、無意識のうちにその名を口にしていた。

 名前を呼ばれた少女が、さやかの拳をつかんだままゆりかの方へと振り返り、彼女の言葉を肯定するように優しく微笑みかけた。


「オノレェエエエッ!」


 さやかは不快感をあらわにしながらも、少女の力を警戒して一旦後ろへと下がる。そのまま相手の出方を待つように、立ったまま待ち構えている。

 さやかがしばらく襲ってこないのを見越して、ゆりか達はエルミナと思しき少女の元へと集まる。


「エルミナっ! 本当にエルミナなのっ!?」


 ゆりかが開口一番、改めて問い質す。

 確かに面影はあったが、以前の彼女は十五歳くらいの見た目をしていた。それが今は十二歳になっていた事が、同一人物だと即座に判断できない迷いを生じさせた。


「エルミナだよっ! あり合わせの部品で作ったから、体がちっちゃくなっちゃったけど……パワーは前の時と同じままだからっ!」


 少女がゆりかの疑問に答える。そして健在ぶりをアピールするように、ニコッと笑ってみせた。

 かつてバエルに敗れたとはいえ、エア・グレイブルに引けを取らない強さを持った少女型アンドロイド、エルミナ……彼女が救援に駆け付けた事は、ゆりか達にとってはまさに絶望の中に一筋の光明を見出した気分だった。


「博士から、これを届けてくれって」


 エルミナがそう言いながら、小型の無線機を手渡す。

 ゆりかが受け取ると、それを待っていたかのように無線機から声が発せられた。


「ゆりか君っ! 私だ! 三人とも無事みたいで、何よりだ。もっとも恐れていた事態が起こってしまった。エルミナの修理が、テトラ・ボットとの戦いに間に合えば、さやか君を狂わせずに済んだのだが……悔やんでも仕方が無い。さやか君を元に戻す方法を、今から君たちに伝えるっ!」


 博士の声が、早口で状況説明を行う。彼自身かなり焦っていたのか、時折ハァハァと辛そうに息を切らしていた。


「さやかを元に戻す!? そんな方法があるのかっ!!」


 ミサキが思わず飛び付いた。身を乗り出して無線機に顔を近付けると、必死に答えを聞き出そうとする。もうさやかを戻せないと諦めかけた彼女にとって、博士の言葉は希望の光だったのだ。


「必ず成功するとは言えないが……やってみる価値はある。彼女の中に、君たちの心を直接送るんだっ!」


 博士が方法について語りだす。


「心を直接送るっ!? 一体どうやって!!」


 もっと具体的に説明してくれと言いたげにミサキが声を荒らげた。


「バイド粒子とは、すなわち精神エネルギーを科学的に定義したもの……そこでエルミナがさやか君を抑えている間に、君たち三人が彼女の体に直接触れて、体内へとバイド粒子を送り込むっ! そして正気を取り戻させるんだっ!」


 博士の口から語られた言葉……それは一か八かの賭けと呼ぶに等しかった。


「他に方法が無いんでしょ……だったら、やってやるわ」


 ゆりかが不敵な笑みを浮かべて立ち上がった。

 一見無謀とも思える成功率の低いこころみに、おくする様子は全く無い。


「いつもさやかに助けられてばかりだからな……今度はこっちが助ける番だ」


 後に続くようにミサキも立ち上がる。これまで受けた恩を返すとばかりに意気込んで、右手の人差し指でへへんっと鼻こすりした。


「私もやりますっ! さやかさんは、私のピンチを何度も救ってくれた恩人……そして大事な仲間であり、家族ですっ!」


 アミカも二人に続いて立ち上がる。気合を高めようと、自分のほほを両手でバチバチと叩いてかつを入れた。


 三人はこれまでの戦いでかなり体力を消耗したはずだが、それを感じさせないほどやる気に満ちた表情をしていた。そこにはさやかが狂気に呑まれた絶望や、策が失敗する事への恐れは一切なく、何としても彼女を正気に戻させるのだという気迫に満ちていた。


「それじゃ、私がママを押さえ付けるから……その間にお願いっ!」


 エルミナはそう言うと、計画を実行に移すべく、すぐにさやかに向かって飛び出した。


「ウォォオオオオオッッ!!」


 さやかは野獣のような雄叫びを発しながら、少女に向かって荒ぶる拳をブゥンッと振るう。だがエルミナはサッと横に動いて相手の一撃をかわすと、すかさず背後に回り込んで、彼女を羽交い締めにした。


「ハッ、離セェェエエエッ!」


 さやかがエルミナの拘束を振りほどこうと、体をジタバタさせて暴れる。自由を奪われたのがよほど気に入らなかったのか、興奮した暴れ牛のようにフンフンと鼻息を荒くさせた。

 だがエルミナも負けじと力ずくで彼女を押さえ込む。両者のパワーはほぼ互角だったのか、さやかは少女を振り払う事が出来ない。


「みんな……今のうちにっ!」


 エルミナが合図を送るように大声で叫んだ。

 彼女の言葉を皮切りに、三人がさやかに向かって一斉に飛び出す。そして胸、腰、太股ふとももに、それぞれしがみ付いた。


「さやか、私たちの思いを受け取って!」

「すぐに正気に戻してやるぞっ!」

「今から、さやかさんを助けますっ!」


 三人が思いの言葉を順番にぶつける。直後、三人の体が青、白、金と、それぞれの色に光りだす。それらは次第に混ざり合って一つの巨大な光となり、五人の少女をスッポリと包み込んだ。


「ウッ……ウァァアアアアアッ!!」


 光に包まれたさやかの悲鳴だけが、その場に響き渡った。

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