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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
第三部 「新」
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第94話 鬼・神・降・臨

 テトラ・ボットに仲間が殺されかかった時、さやかの頭の中に何者かの声が響き渡る。明確なる悪意に満ちた声に心をむしばまれた少女は、エア・グレイブルへの強化変身を遂げる。

 それは力を得るのと引き換えに、理性を捨てた悪魔へと変貌した姿だった。


「フゥーーッ……フゥーーッ……ウウウッ」


 その瞳は血のように赤く光って燃え上がり、口からはだらしなくよだれを垂らしながら、飢えた獣のようなうなり声を発する。

 全身から放たれる炎のようなオーラは周囲の草木を焦がすほど高熱であり、さながら世界全てを焼き尽くす地獄の鬼と化してしまったかのようだ。


「ああぁっ……あっ……」


 変わり果てた姿となった仲間に、アミカが戦慄するあまり顔を引きつらせる。

 暴走形態を初めて見た彼女にとって、その姿は恐怖の対象以外の何物でも無かった。そのような形態があると話に聞いてはいたが、ここまで醜悪で恐ろしい姿だとは想像もしていなかったのだ。

 仲間の姿に恐れをしたあまり、少女は今すぐこの場から逃げ出したい衝動に駆られた。


「さやか……」


 悪鬼への覚醒を遂げた仲間を目にして、ゆりかが悲しげな顔をする。

 仲間が強化変身した事に対する喜びは一切なく、心優しき友が負の感情に呑まれてしまった悲哀が胸の内に広がる。

 たとえそれが絶体絶命の戦況を唯一打開する方法だとしても、とても喜ぶ気にはなれなかった。むしろ彼女をそういう状況へと追い込んだ自らの無力さに、やりきれない思いだけがつのる。


 手放しで喜べないのはミサキも同じであり、言い知れぬ不安を覚え、心の底から恐怖する。

 我々はテトラ・ボット以上に危険な存在を呼び覚ましたのではないか……そんな考えが頭をよぎり、嫌な予感がせずにはいられなかった。


「ギッ……ギギギッ!!」


 当のテトラ・ボットは新たな変身をした少女を前にして、腹立たしげににわめき散らす。敵が大きな力を手にした事への戸惑いと、それを気に喰わないと感じる怒りとが交錯していた。

 ゆりかを踏み潰そうとするのをやめて、さやかへとターゲットを切り替えると、すぐに彼女の方へと走り出した。


「ギィィェェエエエエーーーーーーッッ!!」


 殺意を剥き出しにしながら、鋼鉄の悪魔が不気味にえる。足の一本を高々と振り上げると、少女に向かって力任せに振り下ろそうとした。


「ウラァァァアアアアアアーーーーーーーーーーーッッ!!」


 さやかも負けじと大声で叫ぶと、全力を込めたパンチを放つ。少女の拳とボットの足が激突した瞬間、バァァーーンと空気を詰めたタイヤが破裂したような音が鳴り、周囲へと衝撃波が伝わる。

 その衝撃波の威力は凄まじく、肌に触れただけでゆりか達の体がビリビリと震えて、後ろへと数センチ押された。


 両者が衝突した直後、殴られたボットの足にビシビシと音を立てて亀裂が入りだす。亀裂はどんどん広がっていき、食べかけたカステラのようにボロボロと崩れだす。

 その事に驚いて気が緩んだ瞬間、テトラ・ボットの体がふわっと宙に浮く。


「ウギャァァアアアアアッッ!!」


 体のしんから苦痛と恐怖にもがくような絶叫を発しながら、鋼鉄の悪魔が凄まじい速さで後方へと押し出される。直後強い衝撃で地面に叩き付けられて、派手にバウンドしながら全身を何度も激しく打ち付けた。


 重さ数十トンはあるはずの巨体が、ゴミのようにあっけなく吹き飛ばされた光景に、ゆりか達は驚愕するあまり唖然あぜんとした。


「ギ……ギ……」


 テトラ・ボットがうめくような声を発しながら、力を振り絞って体を起こそうとする。足の一本は砕けて使い物にならず、殺虫剤をかれて死にかけたクモのように動きが鈍い。各部の関節からは、火花や潤滑油と思しき液体が漏れている。

 ボットが受けた損傷はこれまでに無いほど甚大じんだいであり、あと一撃喰らえば破壊できるように見えた。


 それでも俺はまだ戦えるぞと言わんばかりに立ち上がると、体をよろめかせながらも、さやかの方へと向き直る。


「Трестраин!! Слуминоу……Охал!!」


 唐突に奇怪な言語を口走ると、円盤の頭頂部にある眼球が光って、そこから直径1メートルくらいの大きさの光球が放たれる。

 光球はフラフープのような輪っかへと変化すると、さやかの頭上から落下して、輪の中心へととらえる。そのまま内側に縮小していって、彼女を締め付けた。


「……フッ」


 だが敵の技に捕まっても、さやかは慌てる素振りを全く見せない。それどころか相手の行動を「くだらん児戯じぎ」と嘲笑うように口元をニヤリと歪ませた。

 こんな攻撃で、私を殺せると本気で思ったのか? ……そう言いたげだった。


 光輪は四人を無力化させた時のようにさやかを締め上げようとするものの、いくら内側に締まっても、肉に食い込ませられない。

 彼女の体は、とても人間とは思えない岩のような硬さになっており、光輪は自身を上回る強度に対して何も出来なくなった。


「ウラァァアアアッ!」


 さやかが一声えながら両腕に力を込めると、光輪はブチブチと音を立ててひものように千切れてしまう。直後粒子状に分解されて、風と共に空しく散っていった。


「ウォオオオオッ!!」


 敵の技を無力化させると、少女は勇ましい雄叫びを発しながら、敵に向かって走り出す。

 テトラ・ボットは慌てて後ろへとジャンプして、すかさず相手との距離を保とうとする。その挙動には少女に対する恐れのようなものが感じられて、完全に形勢が逆転した事を、その場にいた者に印象付けた。


 それでもボットはまだ戦いを捨ててはいない。


「Нигнитио……Аделт……Мбееееееа!!」


 解読不能ながらも技名らしき言葉を口にすると、円盤の眼球がまばゆく光りだす。直後そこから赤く光る一筋の光線が放たれて、軌道上にいたさやかに命中した。

 それは太陽光を圧縮した、高出力のレーザー砲だった。火炎放射器を遥かに上回る威力の技を受けて、少女の姿は一瞬にして白煙に包まれる。


「……キキキッ」


 その瞬間、テトラ・ボットは勝利を確信した。

 この光線に耐えられる強度の物質など、宇宙には存在しない……たとえバリアを張ったとしても、瞬時に剥がれる程の威力だ。ならば少女が死んだ事を疑う余地は無いと踏んでいた。

 強敵に打ち勝った喜びのあまり、自律型のAIにも関わらず、コウモリのような鳴き声で笑ってみせた。


「……!?」


 だが勝利の喜びに浸れたのは、ほんの数秒だった。

 白煙が晴れると、そこにはボットが死を確信したはずの少女が、変わらぬ姿のまま立っていた。

 彼女は右手のひらを正面にかざして、相手のレーザーを吸収したのだ。力がたくわえられた事により、右腕はドクンドクンと赤く光って脈打っている。


「ギッ……ギヨァァアアアアアッ!!」


 ボットが悔しまぎれに絶叫する。無傷だったばかりか、敵に力を与えてしまった屈辱に、腹の底から煮えたぎるような怒りが湧いて、全身のオイルが沸騰した心地がした。

 もはや原子の一片たりとも、この宇宙に残しておけるものか! ……そんな激情に駆られた。


「Нсуффоцатио!!」


 何事かを口走ると、円盤の底面に付いたふたのようなものが開いて、そこから子犬くらいの大きさのクモ型ロボットがワラワラとい出てくる。彼の子機のようにも見える物体が、腹の穴から五十匹ほど出てくる光景は、さながらクモかカニの産卵シーンだった。


 ロボット蜘蛛ぐもの大群はさやかの前に並び立つと、威嚇するようにあごを動かしてカチカチと音を鳴らす。次の瞬間、エサに群がるように、目の前の少女に一斉に飛びかかった。


「……ッ!!」


 さやかは反応する間もなく、体中をクモにまとわり付かれる。

 クモは最初、少女の肉を顎で噛み千切ろうとしたものの、彼女の皮膚は鋼鉄のように硬く、牙が通らないため、外気を完全に遮断して窒息させようとこころみる。


「ああっ!」


 ゆりか達三人の表情が、一様に青ざめた。

 さやかは五十匹のクモに全方位からびっしりと埋め尽くされて、ミツバチがスズメバチを殺すために作る『蜂球ほうきゅう』のようになってしまう。そのまま数秒が経過しても、ピクリとも動かない。

 彼女はすべなく窒息死してしまうのか……そんな考えが頭をよぎりかけた時だった。


「ウォォォオオオオオオオッッ!!」


 殺意を剥き出しにしたヒグマのような遠吠えが発せられると、ドォォーーンと何かが爆発したような音が鳴り響き、さやかの全身から赤い炎のようなオーラが噴き出す。

 少女にまとわり付いていたクモは、爆発に巻き込まれたように吹き飛ばされて、強い衝撃で大地へと叩き付けられた。


 彼女の体に触れていたクモは完全に焼け焦げており、外側にいたクモも地面に激突した衝撃で機械が故障したのか、ピクピクともだえている。

 五十匹いたロボット蜘蛛は、やがて一匹残らず死んだように動かなくなった。


「ギッ……ギィエエエエッ!?」


 テトラ・ボットが声に出して驚愕する。恐らく彼にとっての切り札、ここまで温存していたであろう奥の手を事も無げに防がれた事は、勝ち目が全くない事実を、これ以上無いほど明確に突き付けた。その事に深く絶望したあまり全身がガタガタと震えて、足は無意識のうちにジリジリと後ずさる。


「キィヤァァアアアアアーーーーーーーーッッ!!」


 やがてその場にいる恐怖に耐えられなくなり、殺人鬼に追われた少女のような悲鳴を発しながら、さやかが立っているのと真逆の方角に向かって慌てて走り出した。

 逃げるアテがあった訳ではない。ただ彼女と戦えば間違いなく殺されるという考えが、この悪魔の兵器に撤退こそ最善の策だと判断させた。


「逃ガサンッ! 貴様ハココデ、私ガ殺ス……絶対ニッ!!」


 だがさやかが全速力で後ろから追いかけて、あっという間に彼に追い付く。速度の差は歴然としており、とても逃げ切れるものでは無かった。

 さやかは敵に追い付くと右腕にパワーを溜めて、相手の頭上に向かって高くジャンプする。そのまま円盤の頭頂部を目がけて拳を振り下ろした。


「オメガ・ストライク……オーバーキルッ!!」


 技名を叫びながら全力で殴り付けると、テトラ・ボットの体は縦一文字に裂けるように砕けていく。これまで無敵を誇った装甲も、今の彼女にとっては豆腐を切るに等しかった。


「Рецам……Крад……Еслав……ズゥゥオオオムゥゥギャァァァアアアアアアアーーーーーーーーーーーーッッ!!」


 謎の言葉を口にした直後、この世の終わりと思えるほどの絶叫が放たれる。真っ二つに割れたボットの体は一瞬ジタバタと激しく暴れた後、地を裂くような轟音と共に爆破して、木っ端微塵に吹き飛んだ。

 後には修復不可能なほどズタズタに千切れた金属の破片だけが、彼の敗北を印象付けるように無惨に散らばっていた。


「……」


 鬼神と化した少女が勝利を収めた姿を、ゆりか達は呆気あっけに取られて眺めていた。

 あまりに圧倒的すぎる力の差……自分たちを敗北同然にまで追い込んだ悪夢の殺戮さつりく兵器が、道端のアリのようにあっけなく踏み潰された光景に、ただただ驚愕した。

 敵に勝った余韻などと呼べるものはそこには無く、強大すぎる力に恐れおののき、震え上がる事しか出来なかった。


 それでもしばらく経つと冷静さを取り戻し、難局を乗り切った実感が胸の内に湧き上がる。


「やりましたねっ! さやかさんっ!」


 アミカが満面の笑みを浮かべながら、敵を倒した仲間に駆け寄ろうとする。三人はかなり消耗していたが、ボットとさやかの戦いを眺めているうちに体が休まったのか、まともに動ける程度には体力が回復していた。


「……ウウッ」


 だがボットを倒しても、エア・グレイブルの変身が解除される気配は無い。自分に向かってくる少女の方へと振り返ると、かすかに唸り声を発した。


「……さやかさん?」


 仲間の様子にただならぬ異変を感じて、アミカが咄嗟に立ち止まる。何かとてつもなく恐ろしい予感が頭をよぎり、体の震えが止まらなくなる。


 自分を警戒して立ち止まった少女に向かって、さやかが歩き出す。

 その目は変身した直後のように赤く光ってギラギラしていて、表情は殺意にみなぎっている。とても正気を保った者の顔では無かった。

 やがて鬼の口が開かれると、ドスの利いた声で静かに言葉を発した。


「全テハ私ノ敵……敵ハ殺ス……全テ殺ス……皆殺シニ、スルッ!!」


 ……それは仲間に対して放った言葉とは、とても思えなかった。

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