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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
第三部 「新」
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第90話 絶望の先触れ

「うーーん……うーーん……」


 ある日の晩、さやかは寝室のベッドで眠りながら、夢を見てうなされていた。まるで出産間近の妊婦のようにウンウンうなっており、目をつぶったまま苦痛に顔を歪ませている。彼女が悪夢を見ているであろう事は、想像にかたくなかった。


  ◇    ◇    ◇


 何処までも無限に広がる、終わりなき闇の空間……そこに彼女は立っていた。下には地面があり二本の足で立つ事が出来たが、空も大地も全てが黒一色に染まっており、周囲に壁があるかどうかすら分からない。酸素はあり呼吸も出来たが、光も水も、音すら存在しない完全な静寂に覆われている。

 今見ている風景が夢である事に、彼女自身は気付いていない。


『抹殺セヨ……抹殺セヨ……』


 その時突然、何者かが彼女に語りかけてきた。


「誰っ!?」


 頭の中に直接響く声に、さやかが動揺しながら慌てて周囲を見回す。

 それは彼女には聞き覚えの無い声だった。呪いでも掛けようとするような、明らかなる悪意に満ちた声は、それを発する主が彼女にとって『敵』だと認識するには十分だった。


『クククッ……赤城さやか……私は貴様の過去を知っておるぞ。貴様は小学生の時、両親がいない事をからかってきたクラスのいじめっ子を、ブチ切れて半殺しにして、病院送りにした……それでれ物に触るような扱いを受けて、親戚中をたらい回しにされた……そうだな?』


 謎の声はねっとりした口調で、少女の過去を暴く。顔は見えないものの、如何いかにもニタニタといやらしく笑っていそうな雰囲気が伝わる。


 さやかは自分にとって忌まわしい記憶を呼び覚まされて、苦虫にがむしを噛み潰したような顔をした。


「それが……どうしたっていうのよ」


 そう声に出して、精一杯強がってみせる。

 だがいくら気にしないアピールしてみた所で、声や表情からにじみ出るいら立ちは、隠し切れるものでは無かった。


 謎の声が暴いたのは、少女にとっては無かった事にしたい、消し去りたい過去だった。猫が自分の糞尿を必死に砂で隠そうとするように……あるいは性に目覚めた男子中学生が、ベッドの下にエロ本を隠そうとするように……彼女にとって誰にも知られたくない、隠しておきたい恥部ちぶだったのだ。

 それを敵に暴かれた事は、少女にとっては精神的なはずかしめを受けたに等しかった。


 それでも必死に痩せ我慢して、取り乱さないように立ったままグッと感情を抑えているさやかに、謎の声はなおも語りかける。


『赤城さやか……貴様の中には、たけり狂う牛のような、暴力的な破壊衝動が眠っている……貴様も自覚しているのだろう? 貴様の中にある本質は、決してヒーローなどと呼べるものではない……』


 少女の本質は英雄ではなく破壊者なのだと、指摘する。


『今はその破壊衝動が、我々バロウズに向かっているから、ヒーローと持てはやされもしよう……だがいずれ貴様は自分を抑え込めなくなる。その余りある破壊衝動が、人々に対して牙を剥いた時、貴様はバエルを超える最強の魔王として君臨し、世に絶望と災厄を撒き散らし、目に付くもの全てを破壊し尽くすだろう……こんな風になぁっ!!』


 謎の声がそう叫んだ瞬間、さやかの足元にある大地が、黒から赤一色へと染まっていく。そして突如鉄臭いにおいが鼻について、急に気持ち悪くなってウッと吐きそうになった。

 直後、彼女はすぐに異変に気が付く。靴が数ミリほど、水にかっている。それは匂いの発生源となる液体だった。


 ……地面の色が変わったのではない。大地が一面、真っ赤な血で水びたしになっていたのだ。


「ああっ……あっ……」


 少女の顔が見る見る青ざめていく。

 慌てて周囲を見回すと、血だまりに人が倒れているのが見つかる。


「ゆり……ちゃ……ん……」


 それは少女がよく知った顔だった。

 彼女だけではない。戦友のミサキやアミカ、ゼル博士とその助手、国防長官の平八、そして……エルミナまでも。

 さやかの仲間や、守るべき大切な家族と呼べる人たちが、全身傷だらけになりながら血の海に沈んでいた。目を開けて苦痛に顔を歪ませたまま硬直した姿は、息絶えている事が一目で分かった。


「いやぁ……あ……」


 さやかの口から、そんな言葉が漏れだす。

 ショックのあまり地にひざをついて、全身から力が抜けて、両足がガタガタ震えだす。目にはうっすらと涙が浮かぶ。

 守るべき大切なものを全て失った光景に、心を強く打ちのめされて、胸がズタズタに引き裂かれたような感覚に見舞われた。


『クククッ……そいつらは、お前が殺したのだ。お前の薄汚れた、悪魔の手でな……さぁ、自分の手を見てみるがいい……』


 謎の声が、この凄惨な光景を楽しむようにあざけり笑う。

 声にうながされるがまま、さやかが自分の両手に目をやると、ベットリした血に染まって、かすかに生暖かかった。


「いっ……いやぁぁぁああああああーーーーーーっっ!!」


 仲間のものと思しき返り血に、少女が悲痛な叫び声を上げる。

 身も心も深い絶望の奈落へと突き落とされて、目まいがして、意識が遠くなっていった……。


  ◇    ◇    ◇


「うわぁぁああああっ!!」


 少女が大声で叫びながら、慌ててベッドから起き上がる。

 周囲を見回して、自分が寝室のベッドにいる事に気が付いて、これまで見ていた光景が夢だったと知る。


「はぁ……はぁ……」


 悪夢にうなされた事による疲れか、呼吸は荒く、体がグッタリして手足の力が抜けている。重い荷物を長時間持ち続けたような疲労感に襲われ、頭がクラクラして目まいがする。

 全身汗まみれになり、肌は火照ほてって赤くなり、服はびしょびしょに濡れていた。


「……ふぅっ」


 それでもさやかは、凄惨な光景が現実の出来事では無かった事に、ホッと一安心した。

 夢で良かった……そんな思いが胸の内に広がったあまり、悪夢を見せられて絶望した感情すら吹き飛んでいた。


「……シャワー浴びよっと」


 さやかは汗でびしょびしょになった体を綺麗にするために……そして気分転換も兼ねて、研究所内にあるシャワー室へと向かった。


  ◇    ◇    ◇


 さやかがシャワーを浴びて服を着替えた時には、既に夜は明けて朝になっていた。

 彼女が食堂へ向かうべく、研究所の廊下を歩いていると……。


「うわぁぁああああああんっ!」


 何処からか突然、少女の泣く声が聞こえてきた。それは普段、猫ロボットのエルミナが遊んだりくつろいだりしている部屋からだった。


「何があったのっ!」


 さやかが血相を変えながら、慌てて部屋へと駆け込む。何かただならぬ事態が起こったのではないかという、焦りと緊張がつのり出す。

 彼女に遅れて、ゆりかとミサキも部屋に入ってくる。


 その時三人が目にしたのは、猫を大事そうに抱きかかえながら、わんわんと泣いているアミカの姿だった。


「エルミナが……エルミナが、動かなくなっちゃった……」


 そう言って、顔中涙で濡れて真っ赤になりながら、グスッグスッと音を立てて鼻をすする。

 さやか達が近寄ってみると、猫は目をつぶったままぐったりしていて、微動だにしない。指でツンツン突っついても、全く反応しない。いくら名前を呼びかけても、言葉を返さない。

 まるで本物の猫のようにぬくもりがあったはずの体温も、今は全く感じられない。


「……死んでしまったのかっ!?」


 ミサキが思わず口にして、顔がサーーッと青ざめる。


「そんな……ロボット猫なんだし、昨日まであんなに元気だったのに……」


 ゆりかが困惑の表情を浮かべる。冷静に状況を把握しようとしたものの、胸がにわかにざわついてしまい、考えがうまくまとまらない。焦る気持ちばかりが強くなる。


 ロボット猫が動かなくなった事に、四人が取り乱していると……。


「やぁ四人とも、何かあったのかね?」


 ゼル博士がそう言いながら部屋へと入ってくる。

 廊下を通りかかった時、部屋の中で少女たちが騒いでいる声を聞いて、異変を感じたのだ。


「エルミナが……」


 アミカが涙目になりながら、抱きかかえていた猫をそっと差し出す。

 博士は動かなくなった猫を目にして、一瞬しまったという顔をした。


「あぁ……君たちには先に話しておくべきだった。実は昨日の晩、エルミナのメインボディの修復が終わったと自衛隊の基地から連絡を受けたので、猫型ロボットの中にあったメモリチップを外して、基地に送ったのだよ。だからエルミナは別に死んだりはしていない。驚かせてしまってすまない……」


 申し訳なさそうな顔をしながら、少女たちに事前の説明を行わなかった事を、頭を下げて謝罪する。


「なんだぁ……良かった。私、てっきりエルミナが死んだとばかり……」


 アミカは真相を知らされてすぐに泣き止むと、心の底から安心したように笑う。気がゆるんで力が抜けたのか、へなへなと脱力したようにひざをついた。


「もう、ビックリして心臓が止まるかと思ったじゃないっ! 博士のバカっ! バカっ! マッドサイエンティストっ! 秘密主義者っ! 悪の天才科学者っ! ドクターワ○リーっ!」


 さやかは顔を真っ赤にして怒り出すと、ありったけの罵詈雑言をわめきながら、博士の頭を素手でポカポカと叩いた。自分たちを驚かせてアミカを泣かせた彼の所業に腹を立てたあまり、いつもの敬語をかなぐり捨てて、タメ口になっていた。


「痛い痛いっ! さやか君、やめたまえっ! 君の馬鹿力で殴られたら、私は死んでしまうっ! あと、私はドクターワイ○ーではないっ!」


 博士は両手で頭をかばいながら、悪の科学者である事を必死に否定しようとした。

 二人がそんなやり取りしてるのを尻目に、ミサキはアミカの肩に手を乗せる。


「泣いたり笑ったりして、疲れただろう。気分転換に、これから街に出かけようか」


 穏やかな笑みを浮かべながら、優しく言葉を掛ける。少しでも少女の気持ちを落ち着かせようとした。


「うん……行きますっ!」


 アミカもまた、彼女の好意に答えるようにニコッと微笑み返す。

 その時、さやかが博士の頭を叩き続けているのを、ゆりかは呆れた表情で眺めていた。


  ◇    ◇    ◇


 朝食を終えると、四人は研究所の外へ出て、街へと繰り出す。


 あてもなく街中をブラブラ散歩したり、洋服屋であれこれ服を試着したり、ゲームセンターでゲームして遊びまくったり、アニメの映画を見に行ったりしたすえに、中央広場のある大きな公園へとたどり着いた。


「ミサキさーーんっ、こっちですよっ! 早くーーっ!」


 アミカが中央の広場にある噴水へと誘い、ミサキが誘われるまま彼女の元へと向かう。そして噴水の底に沈む一円玉を二人で探したり、互いに水を掛け合ったりした。二人とも、とても楽しそうにキャッキャッとはしゃいでいる。


「フフッ……二人とも、本当に仲が良いんだから」


 まるで実の姉妹のように楽しく遊ぶ彼女たちを、ゆりかは穏やかな表情で眺めていた。


「うん……そうだね」


 だが周囲の幸せムードとは対照的に、さやかの表情は暗かった。

 彼女は今朝見た不吉な夢の事を思い出して、どうしてもそれを頭の中から消し去れず、とても幸せな気分にひたれなかった。

 周囲が幸せであればあるほど、その思いはより強まった。


「さやか……どうしたの?」


 幸せな空気に水を差しかねない少女の辛気臭さに、ゆりかがいぶかしげに問い質す。今日の彼女の態度に、ぬぐいきれない違和感を抱いた。


「アハハ……な、何でもないよっ!」


 さやかは額に汗を浮かべて苦笑いしながら、何事もないアピールしようとする。嫌な夢を見た事を悟られまいと必死だった。人に知られたくない過去が絡んでいるから、尚更なおさらだ。


「……さやかが『何でもない』って言う時って、ぜーーったい、何かあるのよねぇ」


 ゆりかがジト目になりながら、鋭く指摘する。彼女の疑惑はかえって深まり、付き合いの長い親友が隠し事しているのを追及せずにはいられなかった。


「そうだ、さやかっ! 私も隠し事する時は『何でもない』と言うから、よく分かるぞっ! 何を隠しているのか、くさわきを見せて素直に白状しろっ!」


 ミサキはそう言いながら二人の方へと駆け寄っていき、さやかの左腕を持ち上げようとする。


「ちょっと! 何でもないって言ってるでしょっ! っていうか、ドサクサにまぎれて、臭いワキってなによーーっ! 私のワキは臭くなーーいっ! むしろメッチャ良いにおいなんだからーーっ!」


 さやかは自分の腋を覗こうとするミサキを力ずくで振りほどきながら、腋が臭い事を必死に否定しようとする。

 彼女は単にスポーツマンで脳筋でO(オー)型なので、ちょっと他の人より汗臭くなりやすいだけなのだが、それだけにワキガと誤解されかねないミサキの発言に真っ向から反論する。


「良い匂いだとっ!? 嘘をつくなっ! 絶対野生のゴリラみたいな匂いがしそうだぞっ! 違うというなら、証拠に匂いをがせろっ!」


 ミサキもまた一歩もゆずらない。

 さやかは絶対に臭いはずだ、という揺るぎない確信を抱き、何としてもそれを証明しようと食って掛かる。


 そうして二人が子供のケンカみたいなやり取りしてるのを、アミカは広場の噴水からニコニコと眺めていた。彼女からすれば、二人の奇妙な会話すら微笑ましい日常の風景に思えた。


(……こんな平和が、ずっと続けば良いのに)


 アミカがそう心に強く願った瞬間、彼女の思いを踏みにじろうとするように、空がまばゆく光りだす。


「ッ!?」


 メタルノイド出現の予兆を察知し、四人は直ちに一箇所に集まると、変身しようと身構える。

 空の一点がバチバチと音を立てて放電し、直径10mを越す比較的大きなブラックホールが生じると、そこから何かとてつもなく大きな物体が、ヌゥッと出てきた。


 ……穴の中から出てきたそれは、全高10mにも及び、UFOのような円盤状の物体に、クモのような多関節の足が四本生えていた。足の先には、獲物を鷲掴わしづかみにするための鉤爪かぎづめのようなものが付いている。

 円盤の頭頂部には不気味な単眼が付いており、さやか達を禍々(まがまが)しい瞳でギロリと睨み付ける。

 全身は金属の素材で出来ていたものの、それが機械なのか、生物なのか一見しただけでは分からない。


「何なの……あれ」


 ゆりかが思わず口にする。

 明らかにメタルノイドとは異なる物体の出現に、深く動揺せずにはいられなかった。それが敵であろうという事は容易に推測できたものの、得体の知れない不気味さに、呆気あっけに取られていた。

 そしてさやかとアミカも同様に、ぼう然と立ち尽くした。


「あっ……あぁっ……」


 ただ一人、ミサキだけは違った。

 この正体不明の存在に心当たりがあったのか、顔は青ざめていて、恐怖のあまり全身をガタガタ震わせている。まるで天敵に襲われたネズミのように……。


「何という事だ……あれは……テトラ・ボット!! かつて私たちがいた星を侵略し、メタルノイドと死闘を繰り広げた……最強にして最悪、ただ人類を効率的に抹殺するためだけに生み出された……自律型人類殲滅せんめつ兵器だッ!!」

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