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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
第三部 「新」
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第88話 ホロコースト・バタフライ(中編)

 うっそうと生い茂った森の奥深くに、ボロボロに朽ちて廃墟と化した教会のような建物があった。周囲に人の気配は無く、カラスの群れが警戒するように辺りを飛び回っている。

 まるで中世ヨーロッパの心霊スポットのような風景は、とても日本国内にあるとは思えないような異世界感をかもし出していた。


 ……そんな不気味な廃墟のさらに奥深く、神に祈りを捧げる祭壇のような場所に、一人の少女が仰向けに寝かされていた。

 それはワウムに誘拐され、この場所に連れて来られた星月ほしづきアミカだった。彼女は敵の手に捕まっている間に、いつの間にか気を失っていた。外見は変身前の姿へと戻っている。特に傷を負わされた形跡は無い。


「……んっ」


 壁に空いた穴から吹き抜ける風がほほを撫でて、ひんやりと伝わる寒さに、少女が目を覚ます。ぼやけた思考を覚醒させようと、頭を揺り動かしながら辺りを見回していると、目の前に巨大な影がそびえ立っていた。


『やぁ、アミカ……目が覚めたかい? 俺だよ……父さんだよ』


 親しげに話しかけながら顔を覗き込むように身を乗り出してきたのは、彼女をここまで連れて来たメタルノイド、ワウムだった。

 ここは彼が使っている隠れ家か何かのようだ。


「ひぃっ!」


 暗がりの屋内で、突然巨大な人影に迫られて、アミカが思わず顔を引きつらせる。我が身に迫る危険を感じ取り、すぐさま変身の構えを取ろうとした。


『何を恐れているんだい? アミカ、何も怖がる必要なんて無いんだよ……父さんは敵じゃない。父さんはお前の味方だ。だからそんなに怖がるのは、やめておくれ……』


 怯える彼女をなだめようと、ワウムが温和な口調で話しかける。

 娘を説得しようとする父親のような優しい言葉も、アミカからすれば、西洋の童話に出てくる無垢むくな子供をだまそうとする魔女の甘言かんげんにしか聞こえなかった。


「私、貴方の事なんて知らないっ! 私の父さんはこの星の生まれで、貴方とは別人だものっ! 貴方なんて、父さんでも何でもないっ!」


 あくまで父親だと言い張るワウムの主張を、真っ向から否定する言葉を浴びせる。そして性犯罪者を見るような侮蔑ぶべつ的な眼差しを、彼に対して向けた。

 意味不明な事ばかり口走る得体の知れない男は、少女からすれば疑惑の対象でしかない。それで神経をさかなでして怒らせたとしても、お構いなしだった。


『……』


 完全に汚物を見るような目で見られて、ワウムは思わず黙り込んでしまう。心を深く傷付けられたようにガックリと肩を落とした。機械である以上表情は変わらないものの、悲しい心境になったであろう事が容易にうかがい知れた。


『信じられんのも無理はない……頭がおかしくなったと思われても、仕方ないだろう。荒唐こうとう無稽むけいな事を口走っているのは、自分でも理解している。だが、どうか落ち着いて俺の話を聞いて欲しい』


 軽く落ち込んだ素振りを見せながらも、淡々(たんたん)とした口調で語る。少女に気味悪がられている事を自覚したせいか、極力相手を怖がらせないように配慮した。その丁寧ていねいで慎重な物腰は、おかしな事を言っていたとしても、彼が決して精神異常者や異常性愛者の類では無いのだと思わせるだけの何かがあった。


『お前がこの星の生まれで、人間だった頃の俺と血の繋がりが無い事は知っている。俺には昔、若くして死んだ一人の娘がいたんだ。その名をアミカという……名前だけじゃない。見た目も声も、亡くなった時の年齢まで……今のお前と完全にうり二つなんだ。証拠に写真もある』


 ワウムはそう口にすると、何処からかロケットペンダントを取り出して、アミカの前に差し出す。

 彼の手の上に乗せられたペンダントを、アミカが慎重に警戒しながら拾い上げて、ふたを開けてみると、中に一枚の写真が入っていた。


「……ッ!!」


 写真を目にして、アミカは思わず絶句した。

 そこに写っていた少女は、彼女にとてもよく似ていたからだ。顔立ちも、肌の色や瞳の色も、背丈や体型も、髪型も……何もかも全てが、今の彼女と完全に一致していた。せいぜい違っていたのは、中世ヨーロッパの庶民が着るような服を着ていた事だけだ。

 まるで生き別れた双子の姉妹か、もしくは彼女自身が洋服に着替えて写真を撮ったかのようだ。それはまさに『生き写し』と呼ぶに相応ふさわしかった。


 そして写真は大事そうに保管されていたものの、経年劣化によりだいぶ古ぼけていて、それがつい最近加工して作られたものでない事を如実に表していた。写真のはしかすかに焼け落ちていて、過去にあった悲惨な出来事を象徴しているかのようだった。


『アミカ……今ここにいるお前は、若くして死んだ俺の娘の生まれ変わりだと、そう信じている。そうでなければこんな偶然、そうそう起こるものではない。見た目だけでなく、声や名前までも一致しているのだからな……』


 ワウムは写真が入ったペンダントを大事そうにしまうと、確信めいた口調で告げる。


「……」


 アミカは彼の言葉に反論する事が出来なかった。

 偶然という言葉で片付けるにはあまりにも不思議な現象は、彼女自身に、もしかしたら本当に亡き少女の生まれ変わりではないかという考えを抱かせたからだ。

 これが神の仕組んだ運命のイタズラだとしたら、なんて残酷な仕打ちをするんだ……そう思わずにはいられなかった。


 本当に彼の娘かもしれないと思い始めた自分に困惑したアミカだったが、その時、ふとある一つの考えが思い浮かんだ。

 ここはあえて彼の望み通りに、死んだ娘の生まれ変わりを演じれば、少なくとも身の安全は保証されるし、あわよくば彼を味方に引き込めるかもしれない……そんな計算が、冷静な思考として働いた。


「分かったわ……と……父さんっ」


 若干戸惑いの色を浮かべて、言いにくそうに体をモジモジさせながらも、どうにか言葉を絞り出して彼を父と呼ぶ。


『おっ……おおっ! 俺を……父さんと呼んでくれるかっ! アミカっ!』


 少女の言葉を聞いて、ワウムが心の底から嬉しそうに叫んだ。

 娘の生まれ変わりだと信じた相手に父と認められた喜びのあまり、今にも踊りだしそうな勢いではしゃいでいる。


 とても幸せそうに浮かれたワウムを見て、アミカは彼をだました心地がして、少しだけ悪い事をした気になった。


「それで父さん……どうしても聞きたい事があるの。私、前世の記憶が無いから……昔の私がどんなだったか、聞かせてくれない?」


 良心の呵責かしゃくさいなまれながらも、必死にそれを押し殺して問いかける。彼の死んだ娘の事を知らなければ話を合わせられないし、何より彼女自身、昔の出来事が気になっていた。


 アミカに昔の事を聞かれて、ワウムはかすかに悲しそうな目をしながら、はるか遠くを見つめるように教会の天井を見上げた。


『そうか……そうだな。ならば話そう。昔のお前がどんなだったか……そしてその身に起こった、悲しい出来事を……』



 母星にいた頃……俺とお前は、あるさびれた辺境の村に住んでいた。

 その時、お前には不思議な力があったんだ。

 それは村人の病気や怪我を、祈りを捧げただけで治せるというものだった。

 それが魔法なのか超能力なのか、どんな原理だったのかは、今になっても分からない。

 だがいずれにせよ娘は村人から救世主と呼ばれ、あがめられた。神の申し子と呼ぶ者まで現れた。

 そこまでは良かったんだ。そこまでは……。


 ある年、村に大規模な飢饉ききんが発生した。

 相次ぐ悪天候により農作物が全く取れなくなり、飢えて死ぬ者が続出した。

 いくら娘の力でも、空腹までは癒せなかった。

 村人の目から生気は失われ、作物の実らない枯れた畑に、餓死者のむくろが転々と横たわる地獄絵図と化した。


 そしてある日……。


「その女は、悪魔の手先にちげえねえっ! きっと悪魔の力を借りて、怪我や病気を治していたんだっ! そうに決まってるっ!」


 村人のうち一人が、突然そんな事を言い出した。


「そうだっ! その娘は、村に災いをもたらす魔女だっ! 殺せっ! 殺してしまえっ!」


 他の者が、次々と彼の意見に賛同した。

 村人たちは、村が飢饉に見舞われたのは娘のせいだと決め付けて、糾弾した。

 これまで散々癒しの力に救われてきた恩を忘れて、手のひらを返して、娘を魔女呼ばわりしたのだ。

 飢えで冷静な思考が働かなくなっていた彼らは、娘を殺す事だけが、唯一村を救う方法だと信じて疑わなかった。


「よせっ! アミカは魔女じゃない! 村を襲った飢饉は、娘とは何の関係もないっ!」


 俺はそう訴えたが、彼らは聞く耳を持たなかった。

 俺は必死に娘を守ろうとしたが、数の暴力に勝てるはずも無かった。

 娘は力ずくで村人に連れて行かれて、村の外れにある小屋へと監禁され、口にするのもはばかられるような酷い拷問を受けた末に、命を落とした。

 ネズミとうじが湧いた死体のすぐそばには、指で書いた血文字が残っていた。


 とうさんたすけてとうさんたすけてとうさんたすけてとうさんたすけてとうさんたすけてとうさんたすけ……。


 俺は娘の亡骸を抱いたまま、強く泣いた。涙が枯れるまで泣いた。涙が枯れても泣いた。その日、一日中ずっと泣き続けた。

 そして神を、村人を、娘を死に追いやった運命を、この世界全てを呪った。


 娘が一体何をしたというのか?

 何故娘が、こんな仕打ちを受けなければならないのか。

 娘は何も悪い事なんてしてない。

 ただ人の傷を癒す力を持っていただけの、健気で心優しい子だったのに……。

 因果応報なんて、あんなのウソっぱちだ。

 これが神の定めた運命だというなら、俺は神が憎いっ! 決して許さないっ!

 娘を返せっ! 返してくれっ!


 神を呪い、世界を呪って、血の涙を流しながら、恨みの言葉を吐き続ける事しか出来なかった。

 そんなある日の事だ。俺の前に、一人の男が現れたのは……。


「人の弱さや愚かさに絶望せし者よ……貴様の深い嘆きと悲しみが、我をここに呼び寄せた。我は神にあらず……人は我を魔王と呼び、恐れをす。村人に復讐するための力が、欲しくはないか? 欲しいならばくれてやる。私の配下となれ。そして手に入れた力で、村人どもに、これまで自分達がしてきた行いが如何いかに愚かだったかを、とくと思い知らせてやるのだ……ファッハハハハハァッ!!」


 その男の名はバエル……。



『俺は悪魔……いや魔王の誘いに乗り、人間の体を捨ててメタルノイドとなった。そして毒の蝶を操る力で、村人どもを一人残らず皆殺しにしてやったのだ。これが過去のお前に起こった出来事と、俺がメタルノイドになった経緯だ……』


 ワウムの口から語られた過去……それは耳をふさぎたくなるような、あまりにも過酷な親子の悲劇に他ならなかった。


「……」


 悲しい過去を聞かされて、アミカは思わず黙り込んでしまう。

 彼が村人に対してした仕打ちは、決して許されるものではない。

 だがそうだとしても、彼が最愛の娘を失った時、どれだけ深く傷付いたか……その心境は察するにあまりあるものだった。


 彼を不憫ふびんに感じて、同情しつつあったアミカだったが、ふとある一つの疑問が浮かび上がった。


「でも父さん……村人を全員殺したっていうなら、その時点で復讐はやり遂げたっていう事じゃないの? だったらもうこれ以上、人を殺す必要なんて無いじゃない」


 彼女自身の中でどうしても納得行かなかった点を、声に出して問い質す。

 ワウムは街の中にワープしてきた時、さやか達の到着を待たずに、無関係な街の人間を襲いだした。それは少女からすれば、どう考えても復讐とは関係ない行いだ。何故彼がそのような凶行に及んだのか、何としても突き止めたかった。


『……』


 少女に問い詰められて、ワウムはしばらくの間黙っていた。

 図星を突かれて返答に詰まったのか、それとも何か考え事をしていたのか……。

 だがやがてゆっくりと重い口を開く。


『終わらんよ……村人を皆殺しにしただけでは、俺の復讐は終わらんのだ。アミカ……俺はあの時以来、誰も信用できなくなった。俺とお前以外の人間が、この世に一人でもいる限り、そいつがお前を殺そうとするかもしれない。だから俺は、人間を一人残らず殺す。一人残らず皆殺しにして、この世から全ての人間を消し去って、もう誰もお前の命をおびやかす事の無い、理想の世界を築くのだ……ッ!!』


 言い終えるや否や、ワウムは意を決したように立ち上がる。そして少女に背を向けると、バーニアを噴射させて地を滑るように移動し、そのまま教会の壁をブチ破って外に飛び出した。


「なんて事を……あの人を止めないとっ!」


 再び彼が虐殺するために街に向かった事を察したアミカは、凶行を止めるために、自らも装甲少女に変身してすぐに後を追った。

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