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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
第一部 「序」
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第7話 デストロイヤー(前編)

 ゆりかがエア・ナイトになった次の日、二人は近所のコンビニに日用品の買出しに出かけていた。

 その日さやかは気分が良かったのか、人目も気にせず満面の笑みで鼻歌をうたいながら買い物をしている。


「フッフフフーーーン、フッフーーーン」


 まるで宝くじで一等でも当たったかのように喜んではしゃいでいる。

 楽しげに商品棚を漁っている彼女の姿を見て、ゆりかが不思議そうに首をかしげた。


「今日はなんだか随分と上機嫌ね。どうかしたの?」


 ゆりかの問いかけに、さやかはニッコリ笑いながら当然のように答えた。


「だってぇーー、ゆりちゃんがエア・ナイトに変身したのが嬉しいんだもん。ゆりちゃんは私の一番の友達っ! ゆりちゃん、だぁーーい好きっ!」


 そう言い終えるや否や、感情のおもむくままにゆりかに抱きついた。


「なっ……!」


 ゆりかの顔がカーッと赤くなる。体温は急激に上昇し、心臓はドクドクと激しく脈打つ。緊張のあまり、口を開けたら中から心臓が飛び出してしまいそうな勢いだった。

 さやかは彼女の体を両腕で抱きしめると、すんすんと鼻を動かして馴れ馴れしく匂いをぐ。彼女の体臭を鼻に吸い込んで、匂いを存分に堪能しているようだった。


「あぁーー、ゆりちゃん良い匂い……あれ? ゆりちゃん最近シャンプー変えた? くんくん」


 まるで人懐っこい犬のように体中の匂いを嗅いで回るさやかを、ゆりかが恥ずかしさのあまり咄嗟に突き飛ばした。


「もうっ! いつもそうやって、スキンシップ過剰なんだからっ! バカッ!!」


 そうして顔を真っ赤にしながら、ハァハァと息を荒くしている。

 さやかは床に尻餅をつきながら、何故彼女が怒っているのか分からない様子で目をキョトンとさせていた。


「あれ? もしかしてゆりちゃん、匂い嗅がれるの嫌だった? だったらゴメンね。エヘヘ……」


 そう反省の弁を述べてテヘペロしながら自分の頭をこつんと叩く。

 ゆりかはそんなさやかに背を向けたまま足早にコンビニのレジへ向かいながら、彼女に聞こえない位の小さな声でボソッとつぶやいた。


「別に……嫌じゃないんだから」


  ◇    ◇    ◇


「待ってーー、ゆりちゃーーん」


 買い物を終えて無言で街中をズカズカと歩いているゆりかを、さやかが後ろから追いかける。

 二人がそうして早朝の街中を歩いていると、空が突然光りだした。


「っ!?」


 それをメタルノイド出現の予兆ととらえ、二人はサッと身構える。

 今までのように空中がバチバチと放電し始めて、小型のブラックホールが出現する。

 そこから現れたのは……巨木のようにそびえ立つ大男だった。


「うわっ! でかっ!」


 その姿を目にして、さやかが思わずそう口にした。

 彼女たちの前に現れた物体は確かにメタルノイドであったが、これまで戦ってきた個体よりも二回りほど大きい。全高は8mほどあるように思われた。

 しかもその体格は見るからに機動性よりも防御を重視しているかのようで、分厚い装甲でガッシリと覆われている。


 まさに鋼鉄の力士と形容するに相応ふさわしい、何とも太ましい姿だった。

 その顔は地獄の鬼のような面構えをしており、右手には彼に合わせたサイズの大鉈おおなたが握られている。

 巨漢のメタルノイドはさやか達の方を向くと、ゆっくりと口を開いた。


『オ……オレハ……No.003 コードネーム:デストロイ・オーガー。オレ……オマエタチ……コロス。タクサン……ブチコロス。オレ……トッテモ……ツヨイ。テイコウハ、ムダダ……シンデ、アキラメロ』


 ……それは何とも奇妙な喋り方で、そのたどたどしい口調からは、あまり言葉を話すのが得意では無さそうに見えた。まるでファンタジーに出てくる頭の悪い巨人のようだ。

 彼の出現と同時に大きなサイレンが鳴り出し、それにうながされて付近の住民が避難し始める。


「ゆりちゃんっ!」

「うんっ!」


 二人が互いにうなずいて声を掛け合うと、それに応えるように彼女たちの腕にブレスレットが出現する。


「「覚醒トランスッ! アームド・ギア、ウェイクアップ!!」」


 変身の掛け声と共に二人の体が光に包まれ、装甲少女アームド・ガールの姿へと変わってゆく。


「装甲少女……その赤き力の戦士、エア・グレイブっ!」

「装甲少女……その青き知性の騎士、エア・ナイトっ!」


 彼女たちが変身を終えて、ポーズと共に名乗りを上げる。

 オーガーはそんな二人に向かってゆっくりと歩き出す。


『オマエラ……オレノ……テキ。コロス……ゼッタイニ、コロス』


 そう言いながら近付いてくる彼の速度は……とにかく遅いっ!

 重量級だけあって一歩進むごとに地響きが発生するが、その速度は誇張抜きでも人間の歩くスピードより圧倒的に遅い。杖をついた老人と競争しても、負けてしまうかもしれないほどだ。

 そんな鈍重なるオーガーが来るのを待っていられるほど、さやかの気は長くはなかった。


「これなら楽勝ねっ! 最終ファイナルギア……解放ディスチャージッ!」


 余裕の笑みを浮かべて口にすると、初っ端から右肩のリミッターを全解放する。

 本来溜めのすきが大きく敵の前で使うにはリスクのある技だが、この巨漢に対してはそれを心配する必要は無いとの判断からだった。

 当然右腕のエネルギーはオーガーが接近するより先にチャージされ、必殺技を放つ準備が整う。


「……オメガ・ストライクッッ!!」


 さやかが前方に向かって勢いよくダッシュし、全エネルギーを込めた拳をオーガーの腹に叩き込んだ。ドオォォッと地を裂くような轟音が鳴り響き、そして一瞬の静寂が訪れる。




 オーガーは……全くの無傷っ!

 ブリッツを一撃でほふった必殺の拳を叩き込まれても、その巨体は1ミリも後ろに下がりすらせず、装甲には微塵も傷付いている様子がない。

 オーガーは技を食らっても、たじろぎもせずにグフグフと滑稽に笑っていた。


「う……そ……」


 そんなオーガーを前にして、さやかがショックのあまり呆然とする。まるで無敵の不沈要塞に水鉄砲で立ち向かうような、そんな絶望感が彼女の中に広がる。

 そうして途方に暮れる彼女に向かって、オーガーが鉈を振り下ろそうとする。


『ジネェェェエエエエッッ!!』

「さやか、危ないっ!」


 ゆりかの声でハッと気が付いて、さやかは咄嗟にオーガーの正面から飛び退いた。


『ヌゥゥゥンンッッ!!』


 鉈はすんでの所で空振りし、豪快に地面に叩き付けられる。その衝撃で大地が二つに割れて、振動で周囲の窓ガラスが一度に割れる。

 さやかは地面に着地して体勢を立て直すと、急いでゆりかの元に駆け寄った。


「ゆりちゃんっ! 何かアイツの弱点は無いのっ!?」


 そうしてオーガーの弱点をせがまれるゆりかだったが、その表情は何とも重苦しい。彼女の口からは、希望に満ちた言葉はとても出てきそうに無かった。


「弱点は……無いわ」


 眉間にしわを寄せながら、言い辛そうに小声で答える。

 彼女自身、オーガーに弱点があって欲しいと心から願っていた。だが敵の装甲の薄い部分を見抜くエア・ナイトの力を以てしても、オーガーにはそれが無かったのだ。

 強いて言えば、先程さやかが殴りつけた箇所が、最も攻撃を集中させるに適していたくらいだった。


 それでもゆりかは諦めずに槍を手にして構えると、敵の正面に立ちはだかった。


『ゴロズ……』


 オーガーはそう言って一歩ずつ近付いてくる。

 ゆりかは槍の先端を敵に向けると大声で叫んだ。


「貫け……ドラゴンファングっ!」


 直後、槍の先端がドリルのように回転し、オーガーに向かって真っ直ぐ伸びていくっ! 槍は先程さやかが殴りつけた箇所に命中し、ドリルの回転力で貫こうとする。

 だが装甲のあまりの硬さに全く傷を付けられず、逆に打ち負けて槍の方が弾き飛ばされてしまう。


「あああぁぁっっ!!」


 槍と一緒に飛ばされたゆりかが悲鳴を上げながら宙を舞い、地面に全身を強く叩き付けられた。


「ううっ……」

「ゆりちゃんっ!」


 寝転がったまま痛そうにうずくまる彼女に、さやかが慌てて駆け寄る。


「大丈夫……ちょっと体を打っただけ」


 さやかに助け起こされながら、ゆりかが精一杯の笑みを浮かべる。内心では友達に余計な心配を掛けまいと、必死に痛みをこらえていた。


「良かった……ゆりちゃんが無事で……」


 彼女が笑ったのを見て、さやかも安心したように微笑み返す。相手がせ我慢している事は見抜けなかった。


『……ッ!!』

 

 その時、二人の少女が笑っているのを見てオーガーが小さな声でボソッと呟いた。


『……ワラッタナ?』




 ……これはオーガーの過去の回想。彼の視界に、たくさんの人々の姿が映る。

 人々は皆、彼の方を指差して笑っている。

 人を馬鹿にして見下すような、侮蔑的な目で。



 オマエラ、ナゼ オレヲミテ、ワラウ?

 オレノカオヲミテ、ワラッテイルノカ?

 オレノコエヲキイテ、ワラッテイルノカ?

 コノオレガ、ソンナニ オモシロイノカ?

 ヤメロ……オレヲ、ミルナ……。

 オレヲミテ、ワラウナ……。

 ヤメロ……ヤメロ…ヤメロ……。

 オレヲ……。




『オレヲミテ……ワラウナァァアアアーーーーーーッッ!!』


 オーガーが突然けたたましい雄叫びを上げたかと思うと、直後に体がブルブルと震え出す。

 ……明らかに彼の様子がおかしい。

 さやか達がたじろいでいると、オーガーとは別の機械音声が彼の体から発せられた。


破壊者デストロイヤーモード発動。これより当機はいかなる命令も受け付けません。友軍は10km圏外へ直ちに退避して下さい』


 その音声が流れた直後、彼の体に変化が訪れた。

 ロックが外れるような音と共に外側の装甲が切り離され、中のボディがあらわになる。その全身には赤い線のようなものが細かく張り巡らされており、まるで血管が剥き出しになったかのようだった。

 顔面も変形し、より邪悪で禍々しい面構えへと変貌する。文字通り鬼の形相をしている。


 体中の穴という穴からは大量の蒸気が吹き出して、目は赤く光っている。

 見るからに狂暴そうなその姿は、まさに破壊者と呼ぶに相応しかった。


『オマエラ、ワラッダ……オレヲミデ、ワラッダッ! ゼッダイニ、ユルザナイッ! ゴロズッ! オマエラ、ゴロズッ! ブヂゴロズッ! 100ガイ、ゴロズッ! ゴロズゴロズゴロズゴロズゴロズッッ!!』


 完全に怒りの魔神と化したオーガーは殺意に満ちた言葉をわめき散らしながら、鉈を手にして猛然とさやか達に襲い掛かる。もはや正気を失っているようにすら見えた。

 その豹変ぶりにしばらく呆気に取られていたさやかだったが、すぐに冷静さを取り戻す。


「なによっ! 装甲を捨てたって事は、打たれ弱くなったって事じゃないっ! だったら遠慮なくブチのめしてやるわっ!」


 余裕の言葉を口にしながらオーガーに向けてパンチを放った瞬間、まるでワープしたかのように彼の姿が一瞬で消える。


「!? 一体何処に……」


 敵が目の前からいなくなった事に困惑し、さやかは慌てて周囲を見回す。あの大木のような巨体が突然消えた事が、にわかに信じられなかった。


「さやかっ! 後ろっ!」


 ゆりかの声に反応して後ろを振り返ると、オーガーは彼女の真ん前に立っていた。それも1mと離れていないような至近距離に。


『フゥゥガァァァアアアアッッッ!!』


 鋭い雄叫びと共にオーガーの鉈が振り下ろされ、さやかはその斬撃を避ける間もなく食らってしまう。


「ぐぁぁぁああああっっ!!」


 巨大な鉄塊で殴られたような重い一撃を浴びて、その痛みにさやかが悲鳴を上げながら弾き飛ばされる。

 ゆりかがすぐさま彼女に駆け寄ろうとすると、目の前に一瞬でオーガーが現れた。


「……速いっ!」


 そのあまりのスピードに、ゆりかは思わず後ずさった。

 オーガーは装甲を切り離した事により確かに防御力は下がったが、反面スピードはエア・ナイトに匹敵するレベルまで上がっていた。変身前のパワーを維持したまま格段にスピードが上がった事で、彼は手の付けられないバケモノと化した。


『ヌゥゥウウウンンッッ!!』


 オーガーの鉈が一直線に振り下ろされる。

 ゆりかはその一撃を咄嗟にかわすと、すぐにさやかの元に駆け寄った。


「さやか、大丈夫っ!?」


 そう言って心配そうな表情を浮かべながら肩を貸す。

 彼女に助け起こされて、さやかはゆっくりと地面から立ち上がった。


「ハハ……あ、あんま大丈夫じゃない……かも」


 必死に痛みを堪えるかのように作り笑いを浮かべる。

 敵の一撃をまともに食らったさやかは、頭から血を流して自力で立ち上がれないほどグッタリしていた。完全に満身創痍の状態だ。


「私達……これから、どうなるんだろう」


 さやかに肩を貸したまま、ゆりかが不安そうな顔で呟く。もはやオーガーに勝てる希望は完全に失っていた。

 さやかもまた、そんなゆりかに掛ける言葉が見つからなかった。彼女自身、あの無敵の怪物に勝てる方法が見つからなかったのだ。


 そうして絶望していた二人の前に、無情にもオーガーが立ちはだかった。


『オマエラ……ジネ……ゴロズ……ジネ……ジネ……ウ……ウゥォオオオオオオオッッ!!』


 雄叫びと共に大きく振りかぶると、その力を全開放するかのように豪快に鉈を振るってきた。それはこれまでのどの一撃よりも重い、全身全霊を込めた最大の一撃だ。


「危ないっ!」


 ゆりかは咄嗟にさやかを担いだままジャンプして避けようとしたが、それでも鉈の一振りで発生した風圧に吹き飛ばされてしまう。


「「うわぁぁぁああああっっ!!」」


 二人して全身を地面に強く叩き付けられ、ボールのように派手にバウンドして転がっていく。本来ならすぐには起き上がれないほどの激痛にさいなまれたが、もはや痛がっている猶予すら無かった。二人は痛みを我慢しながら急いで体を起こすと、すぐに互いの無事を確かめ合う。


「ゆりちゃん……生きて……る?」

「わ、私は大丈夫……すぐにここを離れ……」


 そうして会話していた彼女たちを、突然大きな影が覆った。

 オーガーの影などではない。それよりもっと、ずっと大きな影だ。


「……えっ?」


 一瞬、彼女たちは何が起こったのか理解出来なかった。

 二人が上の方を見上げると、200メートル以上はある高層ビルが、彼女たちに向かって倒れてきている。

 オーガーの最大の一撃は彼女たちには当たらなかったものの、その剣圧で彼女たちの向こう側にあるビルの根元を切り裂いていたのだ。

 そのまま重力に従って滑るように落下したビルは、真下にいた二人を押し潰してしまった。




「あぁっ! 何という事だ……さやかぁーーっ! ゆりかぁーーっ!」


 彼女たちの戦いをモニター越しに見ていたゼル博士が、悲痛な叫び声を上げる。

 地面に激突して木っ端微塵に砕けたビルは、大量の粉塵を巻き上げて視界を完全に覆い隠す。

 そのビルの下敷きになった二人の姿を見て、彼女たちが死んだ事を疑う余地は無かった。

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