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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
第三部 「新」
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第87話 ホロコースト・バタフライ(前編)

 ゼル博士の研究所内に、トレーニング用の器具が置かれたスポーツジムのような部屋があった。

 その室内にある休憩用のベンチに、さやかとミサキが並んで座っている。

 二人ともタンクトップにショートパンツという動きやすい格好をしており、激しい運動の後か、びっしょり汗をかいている。そしてボトル容器に入ったスポーツドリンクをストロー越しに飲んで水分補給していた。


「ねえミサキちゃん……メタルノイドって、悪人しかいないのかなぁ」


 さやかは物憂げな表情を浮かべながら、ふいにそうつぶやいた。


「何を今更……どうかしたのか?」


 ミサキが不思議がるように首を傾げる。彼女からすれば、さやかがそうした疑問を抱く事はとても意外だった。全てのメタルノイドを悪と憎み、根絶する事を躊躇しないイメージがあったからだ。


「詳しくは知らないけど、メタルノイドって元は全員人間なんでしょ? 前にゼル博士とドクター・ブロディがそんな感じの会話してたから……それで前々から気になってたの。体が機械なだけで心は人間のままなら、良い人が一人くらいいても良いのになぁ……って」


 さやかは浮かない顔をしてストローをちゅうちゅう吸いながら、頭の中に湧き上がった疑問を口にする。

 彼女自身、メタルノイドを一括ひとくくりに悪と決め付けたい訳ではない。もし彼らの中に善人が紛れ込んでいるなら、協力したいという思いがあった。


「そうだな……」


 ミサキは一旦ドリンクをベンチに置いて、しばし腕を組んで考え込む。やがて意を決したように口を開いた。


「話せば長くなるが……」



 ……私たちが母星にいた頃の話だ。

 メタルノイドのおさたるバエルが武力による人類制圧を呼びかけた時、全ての者がそれに賛同した訳ではなかった。

 およそ全体の三分の一に及ぶメタルノイドが彼の思想に異を唱え、叛旗はんきひるがえしたんだ。バエルが母星を侵略する戦いは、人間とメタルノイドの戦いであると同時に、メタルノイド同士の戦いでもあった。ザルヴァもその時バエルの敵に回ったがわだ。

 だが戦争はバエル側の勝利に終わり、彼に逆らった者は軍門にくだったか、命を落とした。



「……そして彼に従うメタルノイドだけが残った、という訳だ」


 少し疲れたように一息ついて長話を終えると、ミサキは再びドリンクを手に取って飲みだす。


「でも戦いに負けて軍門に降ったっていう連中の中には、しょうがなく命令に従ってるだけで、本当は悪事を働きたくない人がいるんじゃないの?」


 それでもなお諦めきれず、さやかは念を押すように聞く。


「そうだな……そういうヤツが一人か二人くらい、いても……」


 そこまで言われると本当にいそうな気がしてきて、ミサキは気難しい表情になりながら考え事をする。

 そうして二人が今後について話し合っていると……。


「あれ? アミカちゃんはここに来てないの?」


 ゆりかがそう言いながらドアを開けて部屋に入ってくる。


「アミカなら、ゼル博士と一緒に出かけたぞ。前に住んでたアパートを引き払う手続きが必要だとかで、管理会社と市役所に行っている」


 少女の所在についてミサキが答えた。

 姉の死後博士に引き取られたアミカであったが、転居するにあたって届出を出さなければならなかった。


「そっかぁ……せっかく一緒にVRマシンで特訓しようと思ってたのに」


 アテが外れて、ゆりかが残念そうにため息を漏らしていた、その時だった。


「大変ですっ! メタルノイドが街中に出現しましたっ! すぐに……すぐに現場に向かって下さいっ!」


 助手が血相を変えながら、慌てて部屋へと駆け込んでくる。

 博士か助手のどちらかが敵の出現を知らせに来るのも、もはやお決まりの流れになりつつあったが、今日の彼はいつにも増して焦った様子だった。

 さやか達に直ちに現場に向かうよううながす辺りからは、何やらただならぬ状況である事がうかがえた。


「今回の敵は出現するや否や、あなた方の到着を待たず、街中の人間を無差別に襲い始めたのですっ! 市民も必死に避難していますが、既に死傷者が多数出ていますっ!」


 彼の口から語られたのは、非道な殺戮さつりく行為が現在進行形で行われているという、おぞましき事実だった。


「なんて事を……ッ!!」


 助手の話を聞いて、さやかが思わずそう口にした。連中の大半は人殺しを躊躇しない卑劣で残酷な悪魔だという事実を改めて突き付けられた思いがして、胸がにわかにざわついた。


「私たちに挑むだけなら、まだ良い……でも無関係な街の人間を襲うなんて、絶対に許せないっ! ゆりちゃん、ミサキちゃんっ! 行こう!」


 怒りをあらわにすると、さやかは二人と共に部屋から飛び出す。そして廊下を早足で駆けながら、変身の掛け声を叫んだ。


「アミカは後から合流するそうです! どうか……どうか敵の凶行を止めて下さいっ!」


 走りゆく少女の背中に向かって、助手が祈るように言葉を掛けた。


  ◇    ◇    ◇


 装甲少女に変身済みのさやか達が、メタルノイドが出現したという街中に駆け付けると、道路にうつ伏せに男が倒れているのが見つかる。


「大丈夫ですかっ!」


 さやかは心配する言葉を掛けながら、慌てて彼に近寄る。

 両手で抱き起こして顔を覗き込むと、男はぐるんと白目を剥いて、口から泡を噴いていた。体はまだ暖かかったものの、既に呼吸をしていない。


「……」


 男の胸に耳を当てて心音を確かめると、ゆりかは重苦しい表情を浮かべながら無言で首を横に振った。あえて言葉にせずとも、彼に治療のほどこしようが無い事を容易に悟らせた。


 ふと周囲を見回すと、街中の至る所に彼と同じような死体がゴロゴロと転がっている。仲が良さそうに見える親子も、若い女子高生のグループも、スーツを着たサラリーマンも、飼い主と一緒に散歩していた犬も、皆が苦悶に満ちた表情で死んでいた。母親と手を繋いだまま息絶えた幼い少女の姿は、何とも痛ましい。

 それはまるでバイオテロか毒ガス攻撃を受けたような、苦痛と恐怖と死に溢れた、この世の地獄だった。


「……許せない」


 悪夢のような光景を見せつけられて、さやかが声に出していきどおる。

 無辜むこなる民の命が非道に奪われる暴虐は、彼女にとって到底許せるものでは無かった。

 底知れぬ怒りに少女が打ち震えていると、遥か彼方から巨大な鉄の塊がドスンドスンと音を立ててやってくる。そしてさやか達から数メートル離れた場所まで来て立ち止まった。


『貴様らか……サンダースが言っていた、装甲少女というのは。俺はNo.012 コードネーム:ジェノサイド・ワウム……邪魔をするなら、何人なんびとたりとも容赦はせん』


 大量虐殺を行った張本人と思しきメタルノイドが、自ら素性を名乗る。そして少女たちを威嚇いかくするようにギロリとにらみ付けた。


 その者は背丈6mでブリッツのようなどっしりした体格をしており、重武装タイプらしかった。全身はブドウのような暗めの紫に塗られており、見る者にダークな印象を与える。

 両肩の背面にスタンドのような突起物が付いており、その先端にソーラーパネルのような装置があったが、それが何をする機械なのかは現時点では分からない。


「アンタが、街の人々を……よくもっ!」


 さやかは敵の姿を見るや否や、ギリギリと音を立てて歯ぎしりする。口からは飢えた獣のようにうなり声を発して、目は怒りの炎でギラギラと燃えたぎっている。非道な行いを憎む気持ちのあまり、ブチ切れる寸前になっていた。

 そして荒ぶる感情のままに、敵に向かって走り出した。


「でぇぇええやぁぁあああああーーーーーっっ!!」


 少女の怒りを込めた右拳が、雄叫びと共に放たれる。


『ヌゥウウンッ!!』


 ワウムと名乗ったメタルノイドは、自らも咄嗟にパンチを繰り出して、相手の攻撃を迎え撃とうとする。だが彼の拳が届くよりも一瞬早くふところに入り込み、攻撃を空振ってすきを見せた敵の腹に、さやかが全力の一撃を叩き込んだ。

 ゴォォンッと鈍い金属音が鳴り、腹の装甲が内側に大きくへこむ。


『ウグゥゥォォオオオオオッッ!!』


 腹を殴られた痛みに、ワウムが思わず悲鳴を上げる。

 パンチの衝撃により、ゴーレムのような巨体が立ったまま後ろへと押されていき、大地をこすった足元から豪快に砂ぼこりが撒き上がる。

 そして前のめりになってうずくまると、苦しそうにうめき声を漏らした。


『グヌゥ……なかなかやるな。肉弾戦ではが悪いという訳か……』


 だがすぐに体を起こして立ち上がると、相手の実力を素直に認める言葉を吐く。それは同時に、敵に対して一切の油断を捨てるという意思の表れでもあった。


『しかしいくら貴様らでも……この技には対抗できまいッ!!』


 そう口にすると、ワウムの両肩にあるソーラーパネルのような装置が光りだす。そこから七色にまばゆく光る蝶のような物体が、二十羽近く放たれた。

 蝶の大群はキラキラ光る粒子を撒き散らしながら、さやか達に向かって飛んでいく。

 三人は狙いを分散させるため、咄嗟にそれぞれ別の方向へと走り出した。


「くっ! 一体何なんだ、これはっ!」


 ミサキは自分にまとわりつく数羽の蝶を、必死に刀で斬り払おうとする。

 この得体の知れない敵の攻撃に警戒するあまり、恐怖すら覚えていた。

 蝶たちはヒラヒラと宙を舞って巧みに刀をかわし、そのうち一羽がミサキの肩に留まる。


「……綺麗きれいだ」


 そのあまりの美しさに見とれて、思わず口にした瞬間だった。


「ウウッ! ぐっ……ぐぁぁあああああっっ!!」


 ミサキが突如悲鳴を上げて苦しみだす。

 全身をビクンッとらせて地面に倒れ込むと、ミミズのようにジタバタと体をよじらせて激しく暴れる。そして白目を剥いて、口からブクブクと泡を噴き出した。


「ミサキちゃんっ!」

「ミサキっ!」


 必死に蝶から逃げ回っていたさやかとゆりかが、ミサキの元へと慌てて駆け寄る。ゆりかが彼女の体にそっと手を当てて、青い光を注ぎ込むと、彼女の症状が次第に落ち着いていく。

 だが再び一箇所に集まった彼女たちを狙って、蝶の群れが波のように押し寄せる。


「くうっ!」


 ゆりかは片手だけでミサキの治療を続行したまま、もう片方の空いた手でバリアを張り巡らす。半透明に青く光るドーム状のバリアが展開して、三人をスッポリと包み込んだ。

 蝶は何度もバリアに体当たりするものの、そのたびに弾かれて、障壁を破る事が出来ない。そうこうしている内にミサキの治癒は完了していた。


「ふぅっ……すまない。それにしても、何て恐ろしい技だ……一瞬だけ三途さんずの川が見えたぞ」


 痛みから解放された安心感で一息つきながら、ミサキが敵の技に恐怖する。あんな苦痛は二度と味わいたくないという、トラウマすら植え付けられた心境だった。


『クククッ……』


 怯える彼女を、ワウムが声に出して嘲笑う。


『見たか……これが俺の技、その名も『皆殺しの蝶ホロコースト・バタフライ』ッ!! その蝶は高濃度の猛毒をまとった、ビット型の殺人兵器ッ! 毒性は常人の致死量のおよそ二十倍ッ! 触れれば並みの人間なら即死し、お前たち装甲少女だろうと命に関わるッ! 貴様らも街の人間と同様、蝶の毒によって息絶えるのだッ!!』


 そして自身の技について、勝ち誇るように種明かししてみせた。

 街の住人を殺傷し、ミサキに死ぬほどの苦痛を与えたそれは、人間を大量虐殺する事に特化した、まさに悪魔の兵器だった。


「……ッ!!」


 ワウムの言動に怒りを覚えたさやか達だったが、バリアの外を蝶に囲まれており、どうする事も出来ない。

 蝶はバリアを突破できないものの、解除すれば一瞬にして蝶の餌食となるため、このままバイド粒子が尽きるまで障壁を維持し続けるしか無かった。

 彼女たちは腹を空かせた猛獣に囲まれた、かごの中の鳥となってしまった。


「皆さん、到着が遅れてすいませんっ!」


 万策尽きかけた時、エア・ライズに変身済みのアミカが駆け付ける。

 瞬時に状況を把握し、すぐ敵に攻撃を仕掛けようとした時……。


『……アミカ?』


 少女を一目見て、ワウムがそう口にした。


『アミカ……アミカじゃないかっ! 俺だよっ! 父さんだよっ! 俺が誰だか、分からないかっ!? こんな姿になってしまったが……お前の父、ワウムだよっ!』


 そして突然おかしな事を言い出した。まるで実の家族に話しかけるような、とても馴れ馴れしい口調で……。


「ええっ!? 私、貴方の事なんて全然知らないっ! メタルノイドのお父さんなんて、いないよぉっ!」


 いきなり敵に娘呼ばわりされて、アミカは慌てふためいて困り顔になる。

 彼女にしてみれば、何が何だか訳が分からなかった。

 彼女も彼女の父親も、間違いなく地球の生まれだ。メタルノイドの父親などいるはずが無かった。

 彼があまりに突拍子も無い事を口走ったため、頭がおかしくなったのかとさえ思った。


 だがアミカがいくら説いても、ワウムは少女の言葉を全く聞き入れようとはしない。完全に彼女を自分の娘だと思い込んでいる。


『アミカ、こんな所にいちゃ危険だっ! 今すぐ父さんが、安全な隠れ場所に連れて行ってやろうっ!』


 そう口にするや否や、困惑する少女を手で捕まえてしまう。


「いやぁっ! やめてっ! 離してぇええーーーーっ!」


 アミカは大声で叫びながら、必死にジタバタ暴れて脱出しようとする。

 だがワウムの巨大な手は少女をしっかりとつかんでおり、どれだけりきんでも、ビクともしない。そして少女を手に握ったままさやか達に背を向けて、何処かに走り去ろうとする。


「ちょっと! アミちゃん、本気で嫌がってるじゃないのよ! 離しなさいよっ!」


 敵の身勝手な振る舞いに、さやかが叱り付けるように怒りだす。

 ゆりかがバリアを解除すると、三人は仲間を誘拐されるのを阻止しようと、敵に向かって駆け出す。


『邪魔をするなッ!』


 ワウムがドスの利いた声で一喝すると、彼の胸部装甲にある通風口のような穴から、煙幕のような灰色のガスがブシューーッと噴射されて、辺り一面が立ち所にガスで覆われる。

 それは命を奪う毒ガスの類では無かったが、視界が完全にはばまれて、味方の姿すら目視できなかった。


「この程度の目くらまし……やぁあああーーーーっ!」


 ゆりかは手にした槍をプロペラのように回転させて、風を巻き起こす。そして周囲を覆っていたガスを、一瞬にして吹き飛ばした。

 だがガスが消えて視界が開けた時、ワウムと彼に捕まったアミカの姿は、何処にも見当たらなかった。煙幕を除去するわずかの時間に、敵は逃げ去っていたのだ。


「あっ……アミカぁぁああああーーーーーーっ!!」


 少女の身を案じるミサキの悲痛な叫び声が、死屍累々(ししるいるい)たる街中に響き渡る……。

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