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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
第三部 「新」
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第84話 黒い剣士……その名はザルヴァ!(中編-1)

 さやか達の前に現れた新たな敵、ソードマスター・ザルヴァ……バロウズ屈指の剣の使い手とされる実力の高さに、さやかとミサキは全く歯が立たない。

 ミサキが追いつめられた時、窮地に駆け付けて彼女を助けたのは、エア・ナイトに変身したゆりかだった。すぐ後に続くように、エア・ライズに変身したアミカも現れる。


「ミサキさんっ! 大丈夫ですか!?」


 負傷した仲間の元へと一目散に駆け付けると、不安そうな表情で声を掛けた。


「大丈夫だ……私もさやかも、深手は負っていない。まだ戦える」


 ゆりかに肩を借りて助け起こされながら、ミサキがそう答える。そして健在ぶりをアピールするように、ニッと強気に笑ってみせた。


「ミサキちゃんの……言う通り」


 ザルヴァを挟んで彼女たちの反対側にいたさやかも、助けを借りる事なく自力で立ち上がると、ミサキの言葉に同意しながら、へへんっと右手の人差し指で鼻こすりする。

 二人が仲間に心配させまいと強がっている事は明白だが、一方で戦闘続行が不可能な程の傷を受けていない事もまた事実だった。

 ゆりかもその事をかんがみて、ここは彼女たちの意思を尊重する選択を取る。


「みんな、一箇所に集まると危険よっ! ここはバラバラになって、敵の狙いを分散させましょうっ!」


 即座に指示を出すと、彼女の言葉に従って他の三人が動き出す。そして正方形を作るように等間隔に距離を開けて、ザルヴァを四方から取り囲んだ。


『フン……何をしようと無駄な事だ。どうあがいた所で、お前たち程度の力では俺には勝てん』


 ザルヴァが相手を見下すように鼻で笑う。敵に囲まれても、少しも慌てるそぶりを見せない。彼にしてみれば、ウサギがライオンを取り囲んだようなものだ。


 そして数の優位が勝利に繋がらない事は、ゆりか自身もよく分かっていた。これまでの戦いの映像はデータとしてゆりかとアミカに送られており、目の前にいる相手が生半可な強さでない事は十分に理解していた。


(ザルヴァに勝つためには、やはりブーストモードを使うしか……)


 ゆりかが重苦しい表情を浮かべながら、心の中で呟く。彼女にとって一度きりの大技を早い段階で使う事には迷いもあったが、この難局を乗り切るには他に方法が見つからなかった。


「こうなったら……やるしか無いッ!」


 イチかバチかの決断に踏み切ると、右腕の装甲にあるボタンを押そうとする。

 だが少女が切り札を使おうとするのを見て、ザルヴァがニヤリと笑った。


『ブーストモードか……ならば、俺も使わせてもらう』


 そう口にすると、少女が押したのとほぼ同時に、自身の左腕に付いたスイッチのようなものを押した。


「エア・ナイト……」

『ソードマスター・ザルヴァ……』

「『ブーストモードッ!!』」


 二人は最後の言葉を、声が重なるようにほぼ同時に叫んでいた。


「……なっ!?」


 ゆりかは敵が自分と同じ言葉を叫んだのを聞いて、驚きを隠せない。とてつもなく恐ろしい、しかし極めて現実味のある仮説が、彼女の中に湧き上がる。

 彼女の背中のバーニアから青い光の粒子が放出されたのと同時に、ザルヴァの全身の至る所に通風口のような穴が開いて、そこから禍々(まがまが)しく光る紫の粒子が大気へと放出される。そして吸い寄せられるように彼の体へと付着していく。


「そんな……どうしてっ!」


 ゆりかにとってはにわかに信じがたい光景だった。

 バイド粒子は人間の感情が高ぶった時、脳や心臓から分泌される物質……どうあがいてもメタルノイドに生み出せるはずが無い。

 だが今彼女の前にいる敵は、明らかにバイド粒子と同質のものを放出している。その事実がとても受け入れられず、夢を見ているんじゃないかとさえ思った。


『クククッ……』


 呆気に取られた表情の少女を眺めながら、ザルヴァが声に出して笑う。


『冥土の土産に教えてやろう。我々の母星で採掘される特殊鉱石、ゼタニウム……それを体内の炉で高速分解する事により、我々はバイド粒子と同じ働きをする物質、『擬似ぎじバイド粒子』を生成する事が出来るのだよ。そもそも我々バロウズが地球侵略するにあたって最初に日本を狙ったのは、地球上で唯一日本だけがゼタニウムを採掘できる土地である事を突き止めたからだッ!!』


 彼女の疑問に答えるように、メタルノイドが光る粒子を体から放出できる理由……そして、バロウズが日本を最初の標的とした理由を明らかにした。


「何て事なの……ッ!!」


 侵略の真相を知らされて、ゆりかが思わずそう口にした。

 敵が自分と同じ能力を使えた事にも驚いたが、それ以上に深くショックを受けたのは、日本が狙われたのがただの偶然では無かった事だ。

 それさえ無ければ、私たちは苦しまずに済んだのに……そんな思いが胸の内を駆け巡り、怒りすらこみ上げてくる。


 だが落ち込んでいるひまは与えられない。今は戦いの最中なのだ。


「ザルヴァ……勝負ッ!!」


 光るオーラを全身にまとうと、ゆりかは相手が動くよりも先に地を蹴って駆け出していた。全神経を戦闘に集中させる事で、心の動揺を消し去ろうとしたようにも見える。


『行くぞ……エア・ナイトッ!!』


 彼女に少し遅れてザルヴァも動き出す。スピード勝負に胸をおどらせたのか、口元にかすかな笑みを浮かべていた。

 そしてやはりと言うべきか、彼の移動する速さは能力発動前の十倍に達していた。


 両者はまるでF1レースでもするように、猛スピードで戦場を駆け回る。紫と青の光がネズミのようにあちこち走り回る姿を、他の三人は目で追う事しか出来ない。

 やがて突然立ち止まると、武器による打ち合いを始めた。


「やぁぁああああああっっ!!」

『ムゥゥオオオオオオッ!!』


 気合の篭った雄叫びと共に、高速の突きが繰り出される。

 刀と槍の刃がぶつかり合うたびに火花が散り、ギィンッと鈍い金属音が鳴る。それが何十回、何百回と繰り返され、まるで音楽のように一定のリズムを刻み続ける。

 スピード勝負は互角かと思われた。だが……。


「ハァ……ハァ……」


 次第にゆりかの呼吸が荒くなる。額からは汗が滝のように流れ出し、疲労と焦りの色が表情に出始める。疲れ知らずの機械と違って生身の人間である彼女は、激しい攻防によって体力を消耗していた。

 そしてついに二十秒が経過し、エア・ナイトのブーストモードが解除されてしまう。


「……ッ!!」


 次の瞬間、ゆりかは思わず絶句した。

 二十秒経ったにも関わらず、ザルヴァの倍速モードが維持されていたからだ。


「ああぁぁっ!」


 直後、刀による突きを槍で受け止めきれずに、あっけなく後方へと吹き飛ばされる。等速に戻った上にバイド粒子を使い果たした今の彼女では勝負にならなかった。彼女自身その事を強く自覚しており、心の底から悔しくてたまらない。

 持続時間は同じだという無意識下の固定観念にとらわれていた事、それがくつがえされた事に、判断を見誤ったと内心深く後悔した。


『フフフッ……この時を待っていたッ! 何故俺が貴様と同時にブーストモードを発動したか、これで分かっただろうッ! 俺のブーストモードの持続時間は、貴様より十秒も長いのだよッ! ハァーーッハッハッハァッ!!』


 少女の後悔を、ザルヴァが勝ち誇ったように嘲笑う。

 そして何かの技を放つ前動作か、突然二本の刀を水平に構えて十字架のようなポーズを取った。


『圧倒的な力の差を、思い知るがいいッ! 天王秘剣……地獄車ッ!!』


 技名らしき言葉を口走ると、両足を軸にしてコマのように高速で横回転しだす。ビュオオオッと突風が吹き荒れるような音が鳴り、やがて巨大な竜巻と化したザルヴァは、そのままゆりか達に向かって突進していく。

 彼の体当たりを受けて、ゆりか、さやか、ミサキは宙に打ち上げられて、ヘリコプターのローターのように回転する刃に巻き込まれてメッタ切りにされてしまう。


「うわぁぁああああっ!!」

「ぐぁあああっ!」


 悲痛な叫び声と共に、真っ赤な血飛沫しぶきが空に舞い上がる……体中に切り傷を負い、見るからに痛ましい姿となった三人の少女が力なく地面に倒れ込む。致命傷には達していないものの、もはや立ち上がる力さえ残っていないように見えた。


「さやかさんっ! ゆりさんっ! ミサキさんっ!」


 深手を負った仲間の姿を見て、アミカが思わず悲しみの表情で名を叫んだ。自分より数段頼もしいはずの彼女たちが、いともたやすく蹴散らされた光景を前にして、深い絶望と無力感に心を打ちのめされる。

 自分では、どうあがいても勝てないのではないか……そう思わずにはいられなかった。


『残るは貴様だけだ……行くぞッ!』


 恐怖に呑まれかけた少女に向かって、最後の一人を仕留めんとザルヴァが回転しながら迫る。


「くっ! エア・ライズ……ファイナルモードッ!!」


 他に方法が無いと判断し、アミカは右腕の装甲にある三つのボタンを同時に押す。切り札を発動させると、百倍に跳ね上がった速さで走り出して、敵の体当たりをすかさずかわす。


(……なんて速さだッ!!)


 そのあまりの速さに、さしものザルヴァも舌を巻く。

 倍速モードを維持した今の彼でも、少女の速さには到底追い付く事が出来ない。自身を圧倒する力を見せつけた少女に、胸の内では感動すら覚えた。


 アミカは音速を超える速さで敵の背後に回り込むと、即座にパンチを繰り出す体勢に入る。


「……シャイン・ナックル!!」


 大声で技名を叫ぶと、全力を込めた右拳を敵の背中に叩き付けた。


『……ッ!!』


 無防備な背中をドォォンッと強い衝撃で殴られて、ザルヴァの全身が激しく振動する。その衝撃で急ブレーキを掛けられたように回転が減速し、少女に背を向けた格好のまま立ち止まった。


「つらぬっ……けぇぇえええええっっ!!」


 アミカが腹の底から絞り出したような声でえる。

 ザルヴァの装甲は硬く、少女の拳は即座に相手を貫く事が出来なかったが、それでも持てる力全てを右腕に集中させて、一気に押し切ろうとする。


「ぐっ……うわぁぁああああっ!」


 だが装甲を貫けないまま五秒が経過し、百倍モードが解除されると、それまでの反動が自身へと跳ね返ってきたように弾き飛ばされてしまう。そして強い衝撃で地面に叩き付けられた。


「そん……なぁ……」


 すぐに体を起こしながらも、アミカの顔がみるみる青ざめる。

 自身の全てを賭けた必殺の拳でも敵を仕留められなかった事実が、彼女の心に逃れられぬ『敗北』の二文字を刻み込む。

 戦士としての誇りと自信を完膚なきまでに打ち砕かれ、少女は戦意を喪失した。


「いっ……いやぁ……」


 涙目になりながら、情けない声が漏れ出す。死の恐怖に怯えるあまり、体中がガタガタと震えて手足に力が入らない。

 もはや蛇ににらまれたカエルと化した少女に、ザルヴァが一歩ずつ迫ってゆく。三十秒が経過した事により倍速の効果が切れたのか、彼を包んでいた紫のオーラも消え失せていた。


『小娘……俺より速く動けた事だけは、素直に褒めてやる。だが惜しかったな……オメガ・ストライクと同程度の威力では、俺の装甲を貫く事は出来ん。それが貴様の限界という事だ』


 相手の実力を認めながらも、それでも決してくつがえらない戦力差がある事を、言葉によって突き付ける。

 そして少女の前まで来ると、右手に握った刀を天高く掲げた。


『さらばだ……その若さで戦場に立った事を、あの世で悔いるがいいッ!!』


 そう言うや否や、とどめを刺さんと全力で刀を振り下ろす。


「いやぁあああっ! 助けて、マイお姉ちゃんっ!」


 アミカが思わず姉の名を叫びながら、咄嗟に目をつぶる。

 直後ビュウッと風を切る音と共に、巨大な金属の刃が少女に向かって振り下ろされた――――。



 飛び散る真っ赤な鮮血……辺り一面が、瞬時に血の海と化す。

 だがそれは、十二歳の少女から流れた血では無かった。


「……ッ!!」


 アミカが恐る恐るまぶたを開くと、彼女をかばうようにして、目の前にミサキが立っていた。


「何があっても……姉の代わりに、私が君を守ると……そう心に誓った」


 ミサキはそう口にしてフッと満足げな笑みを浮かべると、崩れるようにうつ伏せに地面へと倒れ込んだ。彼女の体は左肩から右脇腹までザックリと切り裂かれて、傷口から血が噴き出していた。


「みっ……ミサキさぁぁああああああーーーーーーんっっ!!」


 少女の悲痛な叫び声が、戦場と化した街中に響き渡る……。

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