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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
第三部 「新」
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第82話 敗者となった男

 バロウズの基地と思しき建物の、暗がりの一室……一体のメタルノイドが彼に合わせたサイズの椅子に座ったまま眠りに就いていた。その者の背丈は4mほどで、忍者のような外見をしている。

 彼は深く眠りながら、夢の中で過去の記憶を回想していた。


  ◇    ◇    ◇


 草木も生えぬ枯れた大地が何処までも広がる荒野……空は暗めの灰色に染まって、よどんでいる。あちこちで銃弾の飛び交う音が鳴り、ミサイルの着弾した爆発が起こる。人とロボットが……あるいはロボット同士が、小競り合いをしている。

 そこは戦場らしかった。そして回想の記憶主である『彼』の前に、一人の男が立っている。


 男は背丈2.5mほど、人型のバッタのような姿をしており、背中に巨大なトンボのような虫羽を生やしている。恐らくロボットであろうと思われるその者は決して巨体では無かったが、見るからに異様な外見からは、むしろ王者のような風格を漂わせていた。


「クククッ……ザルヴァよ……貴様は確かに強い。確かに強いが……その程度の力では、残念ながら私の足元にも及ばん。この宇宙最強の王たる、バエルのな……」


 その男バエルは声に出して嘲笑する。目の前にいる敵を見下す氷のような眼差しは、まるで干からびたミミズの死体を眺めるように侮蔑的で、冷酷だった。

 とても同じメタルノイドに向けたとは思えない目は、それ程までに互いの力量差が開いている事を克明に物語っていた。


『グッ……殺せぇええっ!』


 回想の記憶主であるザルヴァと呼ばれた者が、自らの死を懇願する。

 勝敗が決した後であろうと思われる状況において、バエルが無傷のまま二本の足でしっかりと大地に立っているのに対して、彼は体中に深い傷を負い、片膝を地についている。右腕は無惨に引き千切られ、彼の武器であろうと思われる日本刀のような剣は、刃先から真っ二つに叩き折られている。そして二つある瞳のうち、左目はまぶたごと縦一文字に切り裂かれていた。


 だが敗者となった男の要求を、バエルは聞き入れようとはしない。


「ザルヴァよ……あえて今ここで、貴様を生かしておいてやる。私の部下に、貴様のような狂犬が一人くらい居ても良い。今日から私の手駒となって働くのだ。その代わり、殺したくなったらいつでも私を殺しに来て構わんぞ……フフフッ……ハァーーッハッハッハァッ!!」


 男を部下へと引き入れる言葉を告げると、天を仰ぐように両手を広げながら高笑いした。彼の態度からは、殺そうと思えばいつでも殺せるが、面白そうだからわざと生かす……そんな強者の余裕すら感じられた。


『グッ……おのれぇええっ!』


 ザルヴァが腹立たしげに叫びながら、残された左腕で八つ当たりするように地面を強く殴る。彼からすれば、敵としてすら見做みなされていない態度は、戦士としての誇りをけがされたに等しかった。


『バエル……今に見ていろッ! ここで俺を生かした事を、いつか後悔させてやるッ! 俺は必ず貴様を超えるッ! 貴様を超えて……俺がメタルノイド最強の戦士であると、皆に知らしめてやるッ! その時まで首を洗って待っていろ……バエルッ! バエルゥゥゥウウウウウッッ!!』


 敗者となった男の哀れな遠吠えが、灰色の空へと響き渡る……。


  ◇    ◇    ◇


『ムゥゥッ!』


 男は夢の中での自分の叫び声によって、深い眠りから一瞬にして目覚める。そして思わず声を発しながら、慌てて椅子から起き上がった。


『……』


 暗がりに覆われた部屋を見回して、今まで見ていた光景が夢だった事に気付いて、フゥーーッと安堵の溜息を漏らす。ロボットである以上寝汗などくはずも無いが、心の疲れを反映したように呼吸はかすかに乱れている。

 悪い夢を見たせいでどっと疲れが出たのか、男は気だるそうに椅子に座った。


『ここにいたのか、ザルヴァ……探したぞ』


 その時暗がりの中から、一体のメタルノイドが姿を現す。背丈は6mにも達し、白銀の鎧を身にまとった西洋騎士のような外見をしていて、体格はどっしりしている。左胸には光り輝く『星の紋章(スター・エンブレム)』を着けており、男よりもバロウズ内における階級が上のように見えた。


『サンダースか……何の用だ』


 上司と思しき人物の来訪に、ザルヴァはそっけなく言葉を返す。目上の相手にも関わらず、敬語を使う様子は全く無い。

 ザルヴァに話しかけたその男……名をアドミラル・D(ディー)・サンダースという。バロウズ西日本侵攻隊の最高幹部であり、十四人いる隊員のラストナンバーを務めている。バエルから指揮権を託された今、作戦の指揮は彼が執り行っていた。


『フッ、相変わらずだな……貴様は。まぁ良かろう。ヴォイドもヘルザードも、あの女どもにやられた……いよいよお前が出る番だぞ』


 ザルヴァの返答に、サンダースは少し呆れたように鼻で笑う。彼の態度は想定済みだったのか、あえて部下の非礼をとがめるような事はしない。そして同僚が倒された事を告げると、彼に向かって出動命令を下した。


『そうか……ついに……ついにウワサの赤い女と、戦える日が来たのか……』


 上司の言葉を聞いて、ザルヴァは嬉しそうにニヤァッと口元を歪ませる。彼の態度からは敵を恐れる様子は微塵も無く、この時が来るのを待ちわびたかのようだった。


『怖くはないのか? 今まで数多くの同胞が倒された……いずれも旧大戦を生き延びた猛者どもだ。そいつらが殺されたのだ……貴様とて例外では無いのだぞ?』


 恐れを抱いていない部下を見て、サンダースは油断するなと言いたげに釘を刺す。現場の指揮を任された以上、敵対者の抹殺という使命を果たせなければ、主君の不興を買うのではないかと内心懸念を抱いていた。


『クククッ……恐れなどするものか』


 上司の不安など何処吹く風とばかりに、ザルヴァが声に出して笑う。


『ようやく戦えるのだ……一度はバエルを倒したという女に……宇宙最強を目指す戦士として、これがたぎらずにいられようかッッ!!』


 飢えた獣のようにギラついた男の目が、怪しい光を放つ……。


  ◇    ◇    ◇


 ヘルザードを倒した日の翌朝……ミサキ達はゼル博士の研究所で家事を行っていた。

 ミサキとゆりかは乾燥機から取り出した衣服を折り畳んでタンスへと入れて、アミカは部屋の窓を内側から雑巾で拭いている。さやかは博士の部屋へと呼ばれており、この場にはいない。


「フッフフフーーーン、フッフーーーン」


 アミカは上機嫌で鼻歌を鳴らしながら、楽しそうに窓を拭いている。家事をやらされた事を嫌がる様子は特に無い。昨日の出来事があって、姉の死からすっかり立ち直ったように見える。


「アミカ……何も君まで家事を手伝う必要は無いんだぞ? 博士もそう言っていた。君くらいの年の子なら、もっとゲームして遊びたい盛りじゃないのか」


 ミサキが不安そうな表情を浮かべながら問いかける。内心彼女が無理をしてるのではないかと心配でたまらなかった。


「へーきです、ミサキさんっ! 私、今とっても幸せなんですっ! 体の底から元気が溢れてくる……それをどっかにぶつけたくて、体を動かしたくて仕方が無いんですっ!」


 仲間の不安を吹き飛ばそうとするように、アミカが満面の笑みを浮かべてガッツポーズを取る。その一点の曇り無き晴れやかな笑顔は、少女が決して痩せ我慢をしている訳ではない事が十二分に伝わる。


「アミカ、そろそろエルミナにご飯あげる時間だから、これを持って行ってちょうだい」


 ゆりかはそう口にすると、猫用ソーセージを細かく刻んだものを盛り付けた皿を調理場から持ってきて、少女に手渡す。


「はいっ! それではご飯あげてきますっ!」


 アミカは元気な声で答えると、受け取った皿を大事そうに手に持ったまま部屋から出ていく。


「アミカ……」


 去りゆく少女の背中を、ミサキが憂いを帯びた目で見つめる。

 たとえカラ元気でないとしても、これまで数々の不幸に見舞われてきた少女が明るく振舞おうとする姿は、哀愁を感じずにはいられない。

 精一杯人生の不運に抗おうとする健気さやはかなさに、ミサキは胸をキュッと締め付けられる思いがした。


(アミカ……どうすれば君を幸せに出来る)


 そんな事を考えて、心の中で苦悩していた時……。


「いやぁーーっ、メンゴメンゴ。二人とも、遅れてすまなかったでござるよ」


 さやかが申し訳無さそうな顔をしながら、珍妙な言い回しで部屋へと入ってくる。それまで抱えた深刻なムードを一発でブチ壊す勢いのマイペースぶりに、ミサキは思わずズッコケそうになりながら苦笑いした。


「博士の部屋に呼ばれてたみたいだけど……何の用事だったの?」


 ミサキとは対照的に、付き合いの長いゆりかは彼女のボケを真顔で受け流しながら問い質す。いちいち反応してたらキリが無いと言わんばかりだ。


「ホッホッホッ……博士から、ある物を受け取っておったのじゃよ」


 さやかも懲りずに謎の老人口調で喋りながら、質問に答える。


「ある物って……!?」


 受け取ったという物について、ゆりかが聞こうとした瞬間だった。


「たたた大変だッ! 街中にメタルノイドが出現したぞッ!」


 ゼル博士が大声で叫びながら部屋へと駆け込んでくる。よほど慌てていたのか、両足はトイレのスリッパを履いたままで、右手には読みかけの雑誌が握られている。幸いな事に、ズボンはしっかりと穿いていた。


「ええっ! それで、街を破壊して暴れ回っているのっ!?」


 突然の知らせに、さやかが驚きながら問いかける。博士がトイレのスリッパを履いている事を指摘する余裕は無い。


「いや……今日現れたヤツは、君たちに宣戦布告したまま、何もせずにただその場で待ち構えている。あくまでも君たちと戦う事だけが目的のようだ。おかげで街に大きな被害は出ていない。その事は幸いだったというべきか……自衛隊も余計な反撃を招かないように、今は距離を取って待機している」


 博士は少しだけ落ち着きを取り戻すと、敵の動向について詳細に語る。途中一瞬だけスリッパを履いている事に気付くそぶりを見せたが、そのまま何事も無かったように淡々と語り続けた。


「私も一緒に行きますっ!」


 アミカが大声でそう叫びながら部屋へと入ってくる。食事を与えている最中だったのか、猫も一緒に着いてきていた。


「残念だが……それは無理だ。まだ第四のアームド・ギアの最終調整が終わっていない。もうすぐ作業が終わるので、安心してトイレに行っていたら、敵が来てしまった。すまない……」


 博士が申し訳無さそうに謝りながら顔をうつむかせる。その表情には苦悩の色が浮かび、悔しげに下唇を強く噛む。たとえ不可抗力だったとしても、敵の襲来までに作業を仕上げられなかった自分を責めているようだった。

 そんな博士の苦悩を吹き飛ばそうとするように、さやかが口を開く。


「博士は作業を再開して下さいっ! 私とミサキちゃんで、先に現場に向かいますっ! あまり長く待たせると、敵がしびれを切らして暴れちゃうかもしれないし……アミちゃんはここに残って、作業が終わったらブレスレットを受け取って現場に向かって! ゆりちゃんも念のため、彼女に付いてあげてっ! アミちゃん一人にすると、黒服が狙ってくるかもしれないから……お願いっ!」


 リーダーらしくテキパキと指示を出すと、ミサキを連れて早足で部屋から出ていく。そして走りながら変身の掛け声を叫んでいた。


「さやかさん……ミサキさん……私も必ず後から行きます。だから、それまで絶対に無事でいて……」


 去りゆく少女の背中を、アミカはすぐに後を追いたい気持ちを必死に抑えながら、心配そうな表情で見送った。


  ◇    ◇    ◇


 既に住人の避難が完了した街中は、ゴーストタウンのようにひっそりと静まり返る。周囲に人の気配は無く、風の音だけがただ空しく響き渡る。

 敵が出現したという場所に、装甲少女に変身済みのさやかとミサキが駆け付けると、彼女たちの前に一人の男が立っていた。


 その男は背丈4mほどで、メタルノイドの中では小さい方だ。

 細身の体格をした忍者のような外見をしていて、全身は夜空のようなダークブルーに染まっている。背中にはさやに収まった二振りの日本刀のような剣が、X字を描くように斜め十字に交差した形で装着されている。

 二つある目は両方とも見開かれていたが、左目のまぶたは縦に切り裂かれている。目は治療しても、瞼の傷はそのまま残しておいたかのようだ。まるで自身に対する戒めであるかのように……。


『貴様か……バエルを倒したという、ウワサの赤い女戦士は』


 二人が到着すると、男は彼女たちよりも先に口を開く。相手が来るのを相当待ちわびたのか、それは高ぶる気持ちを抑えきれないように震えた声だった。


『決闘前の儀礼として、名乗らせてもらう……俺はNo.011 コードネーム:ソードマスター・ザルヴァ……いずれバエルを倒し、宇宙最強の戦士になる事を目指す者なりッ!!』

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