第81話 四人目の戦士(後編)
『ケケケッ……』
だが不利な状況に立たされている筈のヘルザードが、突然不気味に笑い出す。
『馬鹿め……その程度で俺様の術を攻略した気になっているのが、貴様らの底の浅さだというのだぁっ!』
大きな声で叫ぶと、口の中からオエッと吐き出すように小さい玉を取り出す。
『俺達メタルノイドが、今までどれだけ多くの修羅場をくぐり抜けてきたと思っている? チンケな浅知恵に対して……この俺が、何の対抗策も用意していないと思ったのかぁあああっっ!!』
そう言うや否や、テニスボールくらいの大きさの白い金属の玉を、目の前にいるさやかに向かって力任せに投げ付けた。
「くっ!」
さやかは咄嗟にかわそうとするものの、玉は彼女に吸い寄せられるように追尾して飛んでいき、ピッタリと腹にくっつく。
少女は自分の腹にひっついた玉を、慌てて手で引っ張って剥がそうとするものの、玉は腹の肉に密着したまま離れようとしない。まるで瞬間接着剤か何かで固定されてしまったかのようだ。
「なっ、何なの、これぇっ!」
動揺する言葉が口をついて出る。不気味なトカゲ男の口から吐き出された正体不明の玉が肌に触れている状況に、嫌悪感を覚えずにはいられなかった。
露骨に嫌そうな顔をする少女を、ヘルザードはニヤニヤといやらしそうな目で眺める。そして合図を送るように、右手の親指と人差し指をパチンッと鳴らした。
その瞬間……。
「うっ……うわぁぁあああっ!」
「あああっ!」
突如ゆりかとアミカが、目に見えない力でさやかの元へと引き寄せられる。少女と少女が激しい力で衝突して、三人ともグチャグチャに混ざるように地面に倒れ込んでしまう。
「ううっ……一体何が」
突然の出来事に困惑しながらも、さやかは慌てて体を起こそうとする。このままではマズいという直感めいたものが、胸の内に湧き上がる。
その時金属の白い玉は、役目を終えたと言わんばかりに彼女の体から離れて地面に転がっていた。
『マグネット・ボール……任意の相手同士を磁力で引き寄せて、一箇所に集める装置ッ! 一日につき一度きりしか使用できない、俺様の切り札ッ! それをここまで温存してきたのは……こうするためよぉっ!!』
ヘルザードは玉の正体について説明すると、近くに積んであったH形の鋼材のうち一本を手に取る。そしてそれをさやか達の頭上に向かって全力で放り投げた。
『……跪けぇぇええええっっ!!』
彼がそう口にした途端、鋼材はヒュンッと風を切るような音と共に落下して、真下にいたさやか達三人をそのまま押し潰した。
「あがぁぁああああっ!」
「がはぁっ!」
凄まじい力で圧し掛かられて、少女たちの悲痛な叫び声が天にこだまする……骨がメリメリと砕ける音が鳴り、鋼材が肉に食い込んだ箇所からジワァッと滲むように血が流れ出す。
三人は力を振り絞って必死に鋼材を持ち上げようとするものの、鋼材はビクともしない。象に踏まれたアリのようにジタバタもがく事しか出来なかった。
『ヒャァーーッハッハッハァッ!! 見たかぁっ! これが俺様の奥の手ッ! 相手が何人いようと、一箇所に集めて、頭上に投げ付けた物体に百倍の重力を掛ければ、真下にいる相手をまとめて下敷きにする事が出来るッ! むろんそれに適した物体が近くに無ければ使えない手だが……ここがビルの建設予定地だった事は、俺様にとっては幸運であった! 貴様らはこのまま鋼材に押し潰されて、血を吐いて死ぬ運命にあるのだぁぁああああっっ!!』
ヘルザードが勝ち誇ったように高笑いする。これまで温存してきた策が成功した嬉しさのあまり、スキップしながら鼻歌を鳴らしたい気分になっていた。
このまま何も出来ずに、彼の目論見通りに少女たちが圧死するかと思われた時……。
「うぐぅぅぉぉおおおおおおおっっ!!」
突然アミカが腹の底から捻り出したような声を発する。普段であればさやかの口から出ていたような雄叫びは、とても十二歳の少女が発したとは思えない気迫に満ちていた。
絶対的不利な状況にありながら、彼女の目は希望を捨てておらず、むしろ絶対に諦めまいとする不屈の闘志をギラギラと漲らせている。
そして鋼材の下敷きになったまま、強大な力に抗うように気合だけで左手を動かすと、右腕の装甲にある三つのボタンを全て同時に押す。
「チェンジ……エア・ライズ、ファイナルモードッ!」
そう叫んだ瞬間、スペースシャトルが噴射したような爆音が鳴り響き、その振動で辺り一帯が激しく揺れる。それと同時に彼女の体から、溢れんばかりの金色の光が発せられる。
『なっ……何だぁぁあああっ!?』
突然の出来事に驚くあまり、ヘルザードが目を丸くさせる。
一体彼女の身に何が起こったのか……まだ潜在的な力を隠し持っていたのか? などと、あれこれ思案が頭の中を駆け巡り、焦りばかりが募り出す。
だが呑気に考えている暇は、今の彼には与えられなかった。
「どりゃぁぁあああっ!」
少女は気合の入った掛け声を発すると、百倍の重さになったはずの鋼材を、驚くべき事に片手だけで軽々と持ち上げる。そしてそれを目の前にいるトカゲ男に向かって、思いっきりぶん投げた。
『ひぃいいっ!』
ヘルザードは思わず情けない声を漏らしながら、自分の方へと飛んできた鋼材を慌ててジャンプして避ける。だが回避する動作を終えた時、先回りしたかのように彼の前へとアミカが迫ってきていた。
(馬鹿な……速いっ! いくら何でも、速すぎるっ!!)
とても信じられない光景だった。その時少女の移動する速さは五倍などという領域を遥かに通り越して、百倍に達していたのだ。そのあまりの速さに、ヘルザードは一瞬彼女が光になってしまったのではないかと錯覚した。
「ヘルザード……とくと目に焼き付けて、地獄に落ちなさいッ! これが私の最大威力の一撃……シャイン・ナックル!!」
アミカは技名らしき言葉を口にすると、右拳を前方に突き出したまま、百倍の速さで駆け抜けてヘルザードの体を一瞬にして貫いた。
『ウギャァァァアアアアアアアッッ!!』
トカゲ男の口から、この世の終りと思えるような悲鳴が発せられる。彼の体は穴の空いた箇所から真っ二つに千切れるように引き裂かれて、上半身と下半身に分かれる。切断面からは、機械の部品がバラバラと内蔵のように飛び散って地面へとブチ撒けられる。
『オッ……俺ハ、ココデ死ヌノカッ!? コンナハズデハ無カッタ……コンナハズデハ……イッ……イヤダ……死ニタクナイ……死ニタクナイヨォォオオオオオッッ!!
誰カ……誰カ、助ケテク……レ……バッ、バギャァァァアアアアアアッッ!!』
上半身だけになりながら、死の恐怖から逃れるようにジタバタもがいていたヘルザードだったが、やがて悲鳴を発した瞬間に爆発して跡形も無く消し飛んだ。それから数秒経って遅れるように下半身も爆発し、彼の体は影も形も残らずにこの世から消え失せた。
「ハァ……ハァ……やったぁ」
敵を倒せた事を実感し、アミカが喜びの言葉を口にする。これまで抱えてきた緊張がフッと解けると、力が抜けたように全身をグッタリさせて、疲れた表情を浮かべて半笑いになりながら大地に膝をつく。もはや戦う力は1ミリも残っていないように見える。
彼女の体を包んでいた金色の光も、ヘルザードが死んだ直後に消えて無くなっていた。
エア・ライズ、ファイナルモード……。能力制御用のボタンを三つ同時に押す事により発動する、彼女の究極形態。
速さ、腕力、防御力、その全てが百倍へと跳ね上がる。そして百倍の力で放たれるパンチ『シャイン・ナックル』は、オメガ・ストライクに匹敵する威力を持つ。彼女はそれを、溜め動作を必要とせずに放つ事が出来るのだ。
だがファイナルモードは、たった五秒しか持たない。しかも五秒が経過すると、力を使い果たした反動で彼女の全能力は百分の一に低下してしまう。まさにここぞという場面でしか使えない最後の切り札、諸刃の剣だった。
『ERROR!! ……変身、強制解除』
その時アミカの装甲からナビゲートらしき機械音声が発せられて、装甲が解除されて変身前の姿へと戻る。そして……。
「あちっ!」
突然彼女が大きな声で叫ぶと、右腕に巻き付けてあったブレスレットを、慌てて地面へと放り投げた。
金属のブレスレットはブスブスと音を立てて真っ黒焦げになりながら、白煙を立ち上らせる。少女の手首にはうっすらと焦げ跡が残っていた。
「アミカ、大丈夫っ!? 一体何が……」
ゆりかは急いで彼女の元へと駆け寄り、負傷した手首をじっと見つめて困惑しながらも青い光を照射して治療を行う。これまで遭遇した事の無い異変を目の当たりにして、内心深く動揺しながらも極力表に出さないように心がけた。
「みんな、無事だったか!」
その時何処からか、そんな言葉が発せられる。
さやか達が振り返ると、声の聞こえた方角からゼル博士が全速力で走ってくる。
博士は早足で現場に駆け付けると、真っ先に地面に落ちているブレスレットの所へと向かう。
「オーバーヒートしたか……ファイナルモード時の出力調整が不完全だったようだ。変身が強制解除されたのは装着者を守るための緊急措置だが、それでも痛い思いをさせてしまった。すまない……明日には間に合うように修理しておかなければ」
眉間に皺を寄せて深刻そうに詫びの言葉を述べると、衣服のポケットから取り出したピンセットで、黒焦げのブレスレットを慎重に拾い上げた。
「さやかっ! ゆりかっ! アミカっ!」
博士の後に続くように、ミサキも駆け付ける。装甲少女への変身は既に解除されていた。
「ミサキさんっ! 私……やりましたっ! ヒーローに変身して、悪いヤツをやっつけましたっ!」
アミカは仲間が無事な姿を見て、心の底から湧き上がるような満面の笑顔になる。そして大はしゃぎで戦勝報告を行うと、そのテンションのまま彼女に抱き着いた。
「アミカ……君を戦いに巻き込みたくは無かった」
喜ぶ少女とは対照的に、ミサキは物憂げな表情を浮かべる。ゆりかと同様に彼女もまた、アミカには過酷な戦いとは無縁の世界で生きていて欲しかったという願いがあり、とても初勝利を喜ぶ気分には浸れなかった。
「大丈夫です、ミサキさん……私、戦います。ブレスレット壊れちゃったけど……明日からミサキさん達と一緒に、ヒーローとなって戦いますっ! 姉を殺された復讐とか、そんなんじゃない……私の手で、大切な誰かを守れるなら……守れる力が私にあるのなら、戦いたいんですっ!」
ミサキの不安を吹き飛ばそうとするように、アミカは強い口調で宣言する。その純粋で真っ直ぐな瞳には、決して揺らぐ事の無い覚悟のようなものが宿っていた。
「そうか……ならばアミカっ! もう止めはしないっ! これからは仲間として、共に戦おうっ!」
少女の決意が硬い事を確信して説得を諦めると、ミサキは気持ちを切り替えたように彼女の仲間入りを歓迎して、受け入れるようにしっかりと両手で抱きしめる。
「……ミサキさんっ!」
アミカもまた、受け入れられた事に感激したあまり目をうるませると、甘えるように胸にすがり付く。そうして二人は強い絆で結ばれたように、互いに体をくっつけ合う。まるで実の姉妹であるかのように……。
(アミカ……君がこの先どんな危険な目に遭っても、私が必ず守る……この命に代えても……)
ミサキは穏やかな笑みを浮かべて少女の頭を優しく撫でながら、あえて口には出さず、心の中でそんな思いを抱く。
そして、晴れて仲間として迎え入れられたアミカを、エルミナは物陰からひょっこりと顔を出しながら満足げな表情で見守っていた……。




