第79話 四人目の戦士(前編)
エルミナを目の前で殺されそうになり、何も出来ない自分の無力さに打ちひしがれるアミカ……深い絶望の奈落へと沈みかけた時、金色のアームド・ギアが彼女に強く語りかけた。
『彼』の言葉に立ち上がる勇気を与えられたアミカは、装甲少女として戦う事を決意し、そして変身する。
「装甲少女……その未来を照らす星の光、エア・ライズッ!」
夜空を照らす星のように眩く輝く金色の戦士へと変身すると、力強く宣戦布告するように名乗りを上げた。
『装甲少女……エア・ライズ……だとぉ!?』
ヘルザードは驚くあまり、少女の言葉をテープレコーダーのように復唱する。
彼がここに来た目的は、あくまでエルミナを無力化させる事にあった。最初にアミカをさらうよう命じられたのも、せいぜいパワード・スーツの中に入れるか、人質として使う程度の利用価値しか見出していなかった。
第四のアームド・ギアが存在した事すら組織は把握していなかったのだ。ましてや一介の女子中学生に変身する適性があったなどと、如何にして想像出来たというのか。
アミカが装甲少女に変身した事は、ヘルザードはもちろんバエルにとっても寝耳に水だった。
(クソッ……何てこった! 俺はただ一匹の猫を始末しに来ただけだって言うのに、四人目の装甲少女だって!? そんな馬鹿な話があってたまるかッ! いくらなんでもムチャクチャだッ! あんまりだッ! チクショウッ! チクショォォオオオオッッ!!)
ヘルザードは内心、なんてツイてないんだと思った。楽に片付く仕事だと踏んでいたのに、新たな戦士を覚醒させてしまった自身の不運を呪わずにはいられなかった。
(……待てよ?)
運命に深く落胆した彼であったが、ふと冷静になって思い直す。
(四人目の装甲少女が現れるなど、バエル様も予期していなかった事だ。少なくともその誕生は、俺様の失態ではない。むしろ今ここでその四人目を始末すれば、反逆の芽を早いうちに摘む事が出来たと、お喜びになるのではないか? つまりこれはピンチではないッ! むしろチャンスッ! 俺様の手柄が認められて出世コースに乗るための、千載一遇のチャンスなのだッ! ヒャッホオオオオゥゥッッ!!)
手柄を立てるチャンス到来と見るや、急にテンションが上がりだす。さっきまでの不運ムードは何処かへと吹き飛んでしまい、逆に今の自分は最高にツイているという、何の根拠も無い自信に満ち溢れていた。
そしてそのテンションのままに、前方にいる少女に向かって走り出した。
『ケェーーッケッケッケェッ!! エア・ライズだか何だか知らんが、恐るるに足らんッ! 偉大なる俺様の出世のために、ありがたく死ねぇぇええええいッ!!』
ヘルザードが満面の笑みを浮かべて大はしゃぎしながら叫ぶ。今の彼からすれば、アミカなど絶好のエサという認識でしかない。変身した彼女相手に苦戦するかもしれないという発想など、頭の片隅にも無かった。
「チェンジ……スピードモードッ!」
トカゲ男が数メートルほどの距離まで迫ってきた時、アミカが突然そう口にした。そしてそれに続くように、右腕の装甲に付いている三つのボタンのうち一つを左手の人差し指で押す。
彼女が何らかの力を使おうとしている事は一目瞭然だが、ヘルザードは別段気にも止めなかった。
『くたばれぇぇええええっっ!!』
明確な殺意を吐き出すと、グッと握り締めた右拳を、敵に向かって振り下ろそうとする。
確実に相手を殴り殺さんとする力の篭った一撃が、少女に触れかけた瞬間……。
『……ッ!?』
まるでワープでもしたように、アミカの姿がフッと消える。
嫌な予感が頭をよぎったヘルザードが慌てて後ろを振り返ると、彼女はそこに立っていた。
『馬鹿な……一体何が起こった!?』
自身の一撃を苦もなくかわされた状況が俄かに受け入れられず、トカゲ男が困惑する。だが悩んでいる暇は与えられない。
『うらぁぁああああっっ!!』
今のは何かの間違いだと自分に言い聞かせて、ヘルザードは再び少女に殴りかかる。
相手が放った拳の一撃を、アミカはまるで忍者のように残像を発生させて超高速で移動しながら難なくかわしていた。
『なっ……馬鹿なぁっ!!』
ヘルザードが動揺しながら目を丸くさせる。一瞬何が起こったのか全く理解出来なかった。一度ならず二度までもかわされては、見間違いだと自身に言い訳する言葉も効かない。
変身したとはいえ、たかが十二歳の少女……いともたやすく殺せるという確信が彼の中にはあった。取るに足らない、アリにも劣る小娘だと考えていた。にも関わらず目の前にいる少女は、冷酷な現実を突き付けるように攻撃を避けてみせたのだ。それは彼の中にある自信を否定して、粉々に打ち砕くに等しい行為だった。
『ギギギッ……生意気な……メスガキがぁ……』
思い通りに事が運ばない事に苛立つあまり、トカゲ男がバリバリと音を立てて歯軋りする。とてつもない力が顎へと加わり、歯に細かい亀裂が走って砕けそうになっていた。
『……くぉんのっ、クソガキャァァアアアーーーーッ!! ちょっと変身したからって、良い気になりやがってぇっ! たかが小娘の一人が変身した程度で、俺たちメタルノイドがそう簡単に倒せると思うなよッ! 決して埋められない力の差というヤツを、とくと思い知らせてやるッ! ションベン漏らして命乞いしながら、ブザマにヒィヒィ泣き喚くがいいッ!』
湧き上がった怒りを外に吐き出すように、ありったけの罵詈雑言を喚き散らす。何としても屈辱を味あわせて殺さなければ気が済まないという心境になっていた。
そして感情の赴くままに少女へと襲いかかる。
『ウララララララァァアアッッ!!』
勇ましい雄叫びを発しながら、両手を駆使した高速の連打が放たれる。何らかの勝算があった訳では無い。荒ぶる怒りによって放たれた、ただの力任せの攻撃だ。
ガトリングの弾のように繰り出される高速の拳を、アミカは顔色一つ変えず巧みにかわす。トカゲ男の巨大な拳が触れそうになるたびに、ヒュンッと風のように動いて、怒濤の連撃を軽快にかいくぐっていく。
男の拳は少女に全く触れる事が出来ず、その光景はさながらフワフワした実体を持たぬ煙を素手で掴もうとするかのようだった。
『ハァ……ハァ……ハァ……クソが』
相手に一発もパンチを当てられず、ヘルザードが腹立たしげに呟く。ゼェハァと苦しそうに声を出して全身で息を切らしながら、時折チィッと舌を鳴らしていた。
敵が疲れている姿を見て好機到来と判断したのか、アミカが再び右腕の装甲にあるボタンを押す。
「チェンジ……パワーモードッ!」
そう口にするや否や、敵に向かって迷い無く走り出す。彼女の走るスピードは非常に遅く、一歩前に踏み出すたびにドスンドスンと重い音が鳴る。とても十二歳の少女とは思えない重量感は、まるで疾走するマラソン選手から巨漢の力士になってしまったかのようだ。
「でぇぇええええやぁぁああああっ!!」
そして腹の底から絞り出したような声で叫ぶと、力強く握り締めた右拳で殴りかかる。
ヘルザードは咄嗟に両腕でガードしようとしたものの、疲労のために動作が間に合わずに、迫ってきた少女の拳を腹でまともに受けてしまう。
『ドッ……ヴァァァアアアアッッ!!』
とてつもなく重い一撃を急所に喰らい、トカゲ男が奇声を発しながら豪快に吹き飛ばされる。背丈6mはある鉄の巨体が強い衝撃で地面へと叩き付けられると、ドォォッとダイナマイトが爆発したような音が鳴り響き、辺り一帯が激しく揺れる。その振動は遠く離れた場所にも伝わるほどだった。
『グッ……アッ……!!』
腹を全力で殴られた痛みに、ヘルザードが思わず呻き声を漏らす。大の字になって地べたに寝転がったまま、ぐるんと白目を剥いて全身をピクピクさせた姿は、まるで自転車のタイヤに踏まれて死にかけたヤモリのようだ。
彼はそのまま危うく気を失いかけたものの、気力を振り絞ってかろうじて意識を保たせると、痩せ我慢するように体をよろめかせながら、ゆっくりと立ち上がった。
『クソが……よくも……よくも、やってくれやがったなぁぁああああーーーーーーっっ!! この小生意気な、メスガキの……クソムシがぁぁああああーーーーーーっっ!!』
深い屈辱を受けた事に怒るあまり、喉が枯れんばかりの大声で吼える。その目はグワッと見開かれて真っ赤に血走り、高ぶる感情によって呼吸が荒くなり、口からは飢えた獣のように唸り声を上げている。
そして湧き上がった怒りを全てぶつけるように右腕に力を溜め込むと、目の前にいる少女へと走り出した。
敵がこちらへと向かっているのを見て、アミカは再び三つのボタンのうち一つを押す。
「チェンジ……ガードモードッ!」
そう口にすると、相手の攻撃に備えるように両手のひらを前方へとかざした。
それがどんな効果を持つのか現段階では分からないが、ヘルザードは全く気にかけようとはしない。頭に血が上った今の彼には、ただ少女を殺す事しか考えられなかった。
『何をしようと無駄だッ! 死ねぇぇえええええいっっ!!』
大声で叫ぶと、全力を込めたパンチを放つ。さっきまでの数に頼った高速の連打ではなく、全ての力を右腕一本に集中させた渾身の一撃だ。
淀みなき殺意の篭った拳が、少女の手に触れようとした瞬間、手のひらを中心として金色に光る半透明のバリアがドーム状に発生し、男の拳を防いでいた。
『なっ……うぉぉおおおおっっ!!』
一瞬訳が分からず呆気に取られるヘルザード……バリアにぶつかった衝撃で、後方へと弾き飛ばされてしまう。そしてそのまま背中から墜落するように地面へと落下した。
エア・ライズの力……それは右腕の装甲にある三つのボタンのうちどれか一つを押す事により、ボタンに対応した能力を五倍に引き上げる事だった。
スピードなら速さが、パワーなら腕力が五倍になり、ガードはバリアを展開できるようになる。
一つの能力を上げた時、他の二つの能力が半減するというリスクを抱えるものの、使用回数や時間の制限が無い。同じボタンを二度押しすれば、どの能力も増減していない初期状態に戻る事も可能だ。
まさに臨機応変に優れた万能戦士……それが彼女だった。
ヘルザードは大股開きになって仰向けに寝転がったまま、ピクリとも動かなくなる。二度も地面へと叩き付けられた衝撃で、気を失ったようにも見えた。
(これなら……行けるッ!)
自分の力が実戦で通用するのを感じ取って、揺るぎない勝利への確信が彼女の中に湧き上がる。
「チェンジ……パワーモードッ! でぇぇえええやぁぁああああっっ!!」
アミカは再びボタンを押してパワー重視型に切り替えると、拳を強く握ったまま敵に向かって走り出す。全力を込めたパンチを叩き込んで、とどめを刺すつもりでいた。
だが彼女があと3メートルほどの距離まで近付いた時、ヘルザードが突然ムクリと起き上がる。その瞳は邪悪な光を放ち、口元はニヤリと不敵に笑っている。
『……跪けぇええっ!!』
彼がそう口にした途端、少女の体が前のめりに地面へと叩き付けられた。
「ぐぁぁああああっ!!」
地球の百倍の重力を掛けられて、全身を押し潰されそうになる感覚にアミカがたまらずに悲鳴を上げる。指の先までズッシリと岩のように重くなり、体が全く動かなくなる。いくら力を振り絞って立ち上がろうとしても、金縛りに掛かったように手足が言う事を聞かない。ただ重力による圧迫感が押し寄せるだけだ。
『ヒャァーーッハッハッハァッ!! 馬鹿めぇっ! 最後の最後で、詰めを誤ったなッ! 有利に事が運んだあまり、俺が重力の技を使える事を忘れたかッ! それが経験の浅いメスガキの限界というものだッ! このまま超重力で圧死して、ブザマにくたばりやがれぇええッ!!』
ヘルザードが満面の笑みを浮かべながら、勝ち誇ったように高笑いする。そして挑発するように口を開けたまま舌先をヒラヒラと動かしていた。
彼が倒れたまま起き上がらなかったのは、相手を油断させるためにわざと死んだフリをしていただけだった。アミカはまんまとそれに乗せられる形となった。彼自身が指摘した通り、経験の浅さがこの重大な局面で判断を誤らせたのだ。
このまま少女が圧死して、勝敗が決するかと思われた時……。
「どぉぉおおりゃぁぁああああーーーーーーっっ!!」
何処からか、とても威勢の良い叫び声が放たれる。それとほぼ同時に、何者かがヘルザードの顔面に蹴りを叩き込んでいた。
『オッ……ドギャァァアアアアーーーーッッ!!』
不意の一撃を喰らい、トカゲ男が奇声を発しながら豪快に吹き飛ばされる。技を喰らって集中力が途切れた事により、少女に掛けられていた重力の術も解けていた。
「アミカっ! 大丈夫っ!?」
蹴りを放った人物が、少女の元へと慌てて駆け寄る。
アミカは肩を借りて助け起こされながら、自分を助けてくれた人物に言葉を掛けた。
「……さやかさんっ!」
……それは装甲少女に変身済みのさやかだった。彼女の後に続くように、ゆりかも駆け付けている。




