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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
第一部 「序」
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第6話 爆誕!その名はエア・ナイト

 ブラック・フォックスの周到な計画により、窮地に立たされるエア・グレイブこと赤城さやか。最愛の親友に命の危険が迫った時、ゆりかが心の中で叫んだ。



 ――――大切な人を守れる、力をっ!



 その思いに応えるかのように、研究所にある二つめのブレスレットが青い光を放つ。

 ブレスレットはひとりでに宙に浮くと、自力で窓ガラスを突き破ってゆりかの元へと飛び去っていった。


「二人目の戦士が誕生するというのか……」


 ゼル博士はそうつぶやきながら、飛んでいくブレスレットを驚きと歓喜が入り混じった表情で見送った。


  ◇    ◇    ◇


 ゆりかの元に現れて、右腕に装着される青のブレスレット……その刹那、彼女はこれから自分の身に起こる出来事を瞬時に理解した。



 そうか……私もなれるんだ、ヒーローに……。

 私はさやかみたいに、誰かのために傷付いて戦う事なんて出来ない。

 でもさやかが誰かのために傷付いて戦うなら、私はそのさやかを守るために戦いたい。

 私にとってさやかは、かけがえのない大切な女性ひと……。

 私は……彼女を守れる騎士ナイトになるッ!



覚醒トランスッ! アームド・ギア、ウェイクアップ!!」


 ゆりかがそう叫んで変身の構えを取ると、全身が青い光に包まれる。その光は彼女を監禁していた鉄のおりを、ドロドロに溶かして蒸発させた。


『なっ、なんだぁっ!?』


 ブラック・フォックスは目の前で起きている出来事に動揺を隠しきれない。

 ……やがて青い光が消えて無くなった時、彼女はこれまでと全く違う姿に変わっていた。


『なっ、なんだ貴様……何なんだ、その姿はぁっ!』


 焦って声をうわらせるフォックスの問いに、ゆりかが答える。


装甲少女アームド・ガール……その青き知性の騎士、エア・ナイトッ!!」


 ……彼女の姿は、さやかが変身したエア・グレイブによく似ていた。

 ただ大きく違っていたのはエア・グレイブの装甲が赤色であるのに対して、彼女の装甲が青いカラーリングであった事。

 そして右手に巨大な騎士槍ナイトランスが握られていた事だ。


『エア・ナイト……だとぉ……?』


 フォックスにとっては完全に想定の範囲外だった。事前に得た情報から敵はエア・グレイブただ一人であると考え、彼女さえ倒せれば良いと綿密に計画を練ってきたのだ。そこに第二の戦士が現れるなどと、どのようにして予測できたというのか。


『ふざけるなっ! だったら今すぐこの場で貴様も殺してやるっ!』


 フォックスは天井に突き刺さっていた斧をフック付きのワイヤーで回収すると、再び斧を二刀流に構えて、猛然とゆりかに襲いかかっていった。

 ゆりかは槍を手にして正面に構えると、フォックスに向かって突進していく。


「竜槍ドラグニール……敵を貫けぇっ!」


 彼女がそう叫ぶと、槍の先端がドリルのように高速で回転し始める。柄の付いた巨大なドリルと化したその槍は、斧を持っていたフォックスの右手を一撃で粉砕した。


『グァァアアアアッッ!!』


 右手がバラバラに砕け散って、その痛みに悲鳴を上げたフォックスが慌てて後退する。機械の体をしていても、彼らには痛覚があるらしかった。


 エア・ナイトは単純なパワーではエア・グレイブに大きく劣るが、敵の装甲の最も薄い部分を見抜く能力を持ち、そこをドリルで正確に撃ち抜く事によって、非力さをカバーしていた。


『クソがっ! このままでは終わらせんぞっ!』


 フォックスは吐き捨てるように叫ぶと、急いでコンテナの陰に隠れる。

 ゆりかがそのままじっと待ち構えていても、一向に出てくる気配を見せない。

 敵がしばらく襲ってこないと判断すると、ゆりかは瀕死のまま床に転がっているさやかの元へと駆け寄った。


「ゆり……ちゃ……ん」


 さやかは全身血まみれになり、息も絶えだえで、目も半開きという有様だった。

 彼女の意識は朦朧としており、エア・ナイトに変身した目の前のゆりかが、現実の出来事なのか、それとも死の直前に見た幻なのかさえ判別できなかった。

 ゆりかは、そんな彼女に優しく声を掛ける。


「待っててね、さやか……すぐに悪いヤツをやっつけて戻ってくるから」


 そう言ってさやかの体にそっと手を触れると、彼女の全身が青い光に覆われる。光はやがて半透明の薄い膜のようになり、彼女の体を優しく包み込む。

 それはエア・ナイトのバイド粒子で生み出されたバリアのような物だった。

 粒子を攻撃にしか使用できないエア・グレイブと異なり、エア・ナイトにはさまざまな用途に転用できる特性があった。


「さやかは……私が守る」


 ゆりかは決意を固めた表情でそう呟くと、槍を手にしてゆっくりと歩き出す。




『ハァ……ハァ……』


 その頃、フォックスはコンテナの陰に隠れて呼吸を荒くしていた。もし生身の体だったら、とっくに冷や汗をかいてそうな勢いだ。


『い、一体何なんだ、アイツは……あんなヤツがいたなんて、聞いてないぞ……クソッ! 今日は人生最悪の日になりそうだ……』


 フォックスは内心ツイてないと思った。

 事前に策を練って、勝算があると見込んだ時だけ戦いに臨む彼にとって、エア・ナイトの存在は不慮の事故としか言いようが無かった。

 想定外の事態に彼が不満を漏らしていると、何処からか足音が聞こえる。


「そして……貴方の人生最後の日になる」


 その声と共に、暗闇の彼方からゆりかが一歩ずつ近付いてくる。

 彼女の顔は静かな殺意に満ちた、氷のように冷たい表情をしている。敵を完全に殺すつもりでいる事は一目瞭然だった。

 彼女の姿を目にして、フォックスの中に恐怖心が急激に湧き上がってくる。


『貴様、何故ここが分かったっ!? ええい、こっちに来るなぁっ!』


 フォックスはおびえるあまり何とも情けない声を発しながら、逃げるように移動を開始した。背中のバーニアは最大出力で噴射されている。


『データが正しければ、俺のスピードはエア・グレイブより速いッ! 俺が最高速度で逃げ切れば、いかにヤツとて追い付く事は出来まいッ!』


 己の速さに絶対の自信を抱き、身の安全を確信して喜びに浸る。

 だが彼がふと後ろを振り返ると、ゆりかが背後から物凄い速さで追いかけて来ていた。しかもそのスピードは、フォックスのそれを遥かに凌駕している。


『何ぃぃぃいいいいっっ!?』


 フォックスが驚きのあまり声に出して狼狽する。もはや冷静ではいられなかった。

 パワーではエア・グレイブに劣るエア・ナイトだが、スピードでは大きく勝っている。

 しかもそれだけではない。彼女にはコウモリのように超音波を飛ばす事により、半径200メートル以内なら直接目視できない位置にいる敵の存在を把握する能力があった。


 もはやフォックスには、逃れられる手段は一つとして残っていなかった。

 彼女に追い立てられるように倉庫内を逃げ回っている内に、やがて袋小路へと追い込まれる。


『クソがぁっ! 済ました顔で調子に乗りやがってっ! そのツラ叩き割って、泣いて命乞いさせてやるッ!』


 半ばヤケになったフォックスが、手にした斧を彼女の顔面に向かって振り下ろす。

 ゆりかはその一撃をたやすく避けると、すきだらけになった彼の左手にドリル槍を叩き込んだ。


『イヤァァアアアッッ!!』


 左手を破壊された痛みに、フォックスが悲鳴を上げて壁際まで後退する。両手を失ったため、もう武器を使った戦い方は出来なくなった。

 そんな満身創痍の彼にとどめを刺さんと、ゆりかが氷のような眼差しで一歩ずつ迫っていく。


『ま、待ってくれっ! 俺が悪かったっ! もう二度と悪さはしないっ! だから許してくれっ! 頼むっ! な? な?』


 死にたくない一心から、フォックスが床にひざをついて命乞いする。

 つい先程までさやかを本気で殺そうとしていたのに、劣勢を悟った途端に命乞いするとは、なんと虫の良い態度か。


「……」


 ゆりかがその言葉に耳を傾ける気配は微塵も無い。

 彼のこれまでの言動や性格を考えれば、謝罪がその場逃れの言葉に過ぎない事は容易に想像が付いた。


『ああ、そうかよ……』


 彼女に見逃す気配が無いのを察して、フォックスの態度が一変する。その声には明らかな敵意を含んでいた。


『だったら……死ねぇぇぇええええっっ!!』


 突然大声で叫ぶと、腹部の装甲が開いて大量のガスが噴射されるっ! そのガスはゆりかを一瞬にして呑み込んだ。


『フハハハハハァッ! これが俺の最後の切り札……リーサル・ダストッ! 濃縮された致死性の猛毒ガスだっ! 今までこれを吸って生きていられた人間はいないっ! 俺の勝ちだぁっ! ざまぁみやがれ、この冷血クソレズアマがぁっ! ハァッハッハッハッハァッ!!』


 完全に勝利を確信したフォックスが、高笑いしながら喜びにひたる。

 彼女が毒ガスを吸って息絶えた事を少しも疑わなかった。だが……。


「そう……ならもう、貴方の弾は残っていないのね」


 ガスがサーッと晴れていくと、彼女は平然とそこに立っていた。少しのガスも吸ったようには見えない。

 彼女は手にした槍を扇風機のように回転させる事で、全てのガスを吹き飛ばしていたのだ。


『な……何故だぁっ!? この技は、最初から来る事が分かってなければ反応できないはずっ! 貴様、どうやってこの技が来ると分かったっ!? 何故だぁっ!!』


 最後の切り札を防がれて、フォックスが驚きのあまり声に出して狼狽する。彼にとってこの必殺の一撃に初見で対応される事は、あってはならない事だった。

 予想外の結果に慌てるフォックスに、ゆりかが冷静な口調で答える。


「貴方みたいな性格の人は、必ず何か隠し玉を持ってると思ってた。食らったのが私でなくエア・グレイブなら、死んでたかもしれない。でも私には通用しない」


 彼女はフォックスの卑劣な企みを、早い段階で見抜いていたのだ。それも冷静沈着な性格であるがゆえの事だった。

 ……もはや勝敗は決した。フォックスはこの時点で、彼女を殺せる手札を全て失ったのだから。


『ち……チクショウッ! チクショォォォオオオオッッ!!』


 フォックスはヤケを起こして大声で叫ぶと、倉庫の壁をブチ抜いて外へと逃げ出した。任務を完全放棄して、そのままバロウズの基地まで逃げ切る気でいた。


「逃がさない……」


 ゆりかは槍を手にしっかりと握ると、そう呟きながら彼の後を追った。




 死にたくない一心で、ただ一目散に逃げるフォックス……完全に戦意を喪失している。


『ハァ……ハァ……こんなはずでは……こんなはずではっ! これは想定の範囲外……そうだっ! これは不慮の事故、不幸なアクシデントなんだっ! きっとバエル総統閣下も許してくださるっ! そうとなれば、何としても基地に戻らなくてはっ! こんな所で死んでたまるかぁっ! 俺は死なんっ! 死なんぞぉぉぉおおおおっっ!!』


 大声で叫びながら、なりふり構わず全力疾走する。もはや彼の中には任務を果たそうという考えはなく、生への執着しか残っていなかった。

 彼が言い訳じみた言葉をわめきながら全力で逃げていると、何処からか声が聞こえてくる。


「残念だけど、貴方は基地には戻れない」


 フォックスがその声に慌てて後ろを振り返ると、ゆりかが猛スピードで追いかけてきている。しかも彼の背後にビッタリ付くように、一定の速度を保ったまま……。


「貴方の行き先は……地獄なのだからっ!」


 ゆりかがフォックスの方に槍を向けて柄のボタンを押すと、先端がドリルのように回転したまま、柄が如意棒のように前方に伸びていくっ! その最大射程は1kmッ!


「貫けぇっ! ドラゴンファングッッ!!」


 先端を高速で回転させたまま真っ直ぐ伸びていったドリル槍は、そのままフォックスを背後から一撃で貫いた。


『ウギャァァアアアアーーーーーッッ!!』


 どてっ腹に大きな風穴を開けられたフォックスが、悲鳴を上げて前のめりに転倒する。重さ数トンはある鉄の巨体がドォォッと豪快に倒れ伏し、腹の穴からはバチバチと火花が飛び散る。彼の命が尽きたであろう事は明白だった。


『こ……こンナ……ハズデハ……無カッ……タ……ヴァ……ヴァァァアアアアアッッ!!』


 自らの死を受け入れられず壊れた機械音声で喋り続けるフォックスだったが、やがて地を裂くような轟音と共に爆発して木っ端微塵に消し飛んだ。

 金属の破片がバラバラに散っていくのを見て彼の死を確信したゆりかは、すぐさま倉庫の方へと引き返す。




「……さやかっ!」


 倉庫内の床に倒れているさやかの元へと駆け寄るゆりか……彼女の作り出した結界で守られていたとはいえ、さやかはまだ瀕死の重傷を負ったままだ。


「待っててね……今傷を治してあげるから」


 ゆりかがそう言ってさやかの体を優しく抱き起こし、そっと手を触れると、体の傷がみるみるうちに塞がっていく。バイド粒子を使って彼女の傷口を修復しているのだ。


 だがこの力は粒子の消耗が激しい上、相手の傷を完全に治せるわけではない。せいぜいその場しのぎの応急処置にしかならない。

 戦闘中に使う技としては全く実用性は皆無だが、それでも今この場で死にかけている彼女の命をつなぎ止めるには十分だった。


「んっ……」


 さやかは体の調子がだいぶ良くなり、朦朧としていた意識がはっきりし始める。大きく目を開けると、ゆりかが今にも泣きそうな顔をしているのが視界に入る。その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。


「ゆりちゃ……」


 さやかが口を開いたのと、ほぼ同時だった。


「うあああぁぁぁんっ! 生きてたっ! さやかが生きてたよぉっ! 良かったぁぁぁあああああっっ!!」


 ゆりかは嬉しさのあまりさやかに抱きつくと、その胸に顔をうずめて大声で泣き出した。そして母親に甘えたい子供のように、ヒクヒクと泣きじゃくる。

 さやかも、そんな彼女を受け入れるかのように優しく抱きしめた。


「うんうん、ちゃんと生きてるよ。私、ゆりちゃんを助けるつもりで来たのに、逆に助けられちゃった……ゴメンね。そして、ありがとう……ゆりちゃんは私の命の恩人だよ」


 さやかは、胸に顔をうずめて泣いているゆりかに子供をあやす母親のような口調で語りかけながら、彼女の頭をゆっくりと優しくでた。

 二人はゼル博士が迎えに来るまでの間、ずっとそうして互いにくっつき合っていた。




 ……その日はゆりかにとって、もう一つの忘れられない一日となった。

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[良い点] とても面白かったです!。 割れた窓ガラス「なんでぇぇぇぇ?!」 壁「行け行け!尊い!」
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