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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
第三部 「新」
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第76話 迫る!恐怖のトカゲ男

 これまで両者の間にあった壁を乗り越えて、心と心で通じ合えたミサキとアミカであったが、彼女たちを邪魔するように一体のメタルノイドが姿を現す。


『ケケケッ……俺様はグラヴィガ・ヘルザードッ! バエル様より賜りし使命を遂行するため、ここに参上ッ!!』


 背丈6mの鎧を着たリザードマンのような外見をしたロボットは、挨拶するように自ら名乗りを上げる。そして挑発するように口を開けると、蛇のように細長い舌をヒラヒラさせて、最後はいやらしそうにペロリと舌なめずりした。

 その姿は正に、獲物を前にして腹を空かせた獰猛な蛇そのものだ。


「バエルより賜った使命だと!? 貴様も、さっきの男と同じくアミカをさらいに来たのかッ!」


 ミサキが威嚇するように強い口調で問い質す。相手の目的がアミカをさらう事だとしたら、何処まで少女を守りきれるだろうかと内心では不安を抱えていた。敵がいかにも卑劣そうな性格である事が、外見や仕草だけでも伝わってくる事も、彼女の不安に拍車を掛けた。


『あぁ……さっきまでは、そうするつもりでいた。サンダースから下った命令は、そこにいるアミカとかいうメスガキをさらう事だったよ。だが出発する直前になって、バエル様から命令の変更が伝えられた』


 ミサキの不安をよそに、ヘルザードが余裕たっぷりに質問に答える。目的を隠そうとする様子は微塵も無い。


「命令の変更……?」


 相手の言葉が気になったのか、ミサキは思わず聞き返した。


『そうだ……先ほどの貴様らのやり取りを見て、バエル様はそこにいる猫の正体が、エルミナという小娘のメモリチップを搭載した猫型ロボットだと見抜かれた……そして我にお命じになられたのだッ! 猫型ロボットを捕獲、もしくは破壊せよとッ! そうすれば、たとえボディを修復したとしてもエルミナが戦線に復帰する事は無くなるッ! 我々にとっての脅威が一つ減るという訳だッ! ケェーーッケッケッケェッ!!』


 変更されたという命令について詳細に語りながら、トカゲ男が楽しげに高笑いする。彼がワープしてきた目的はエルミナを無力化する事にあり、もはやアミカをさらう事など眼中に無かった。


「エルミナが……ロボット!?」


 アミカが思わず声に出して動揺する。衝撃的な事実を突き付けられて思考力が追い付かないあまり、一瞬相手が何を言っているのか全く理解出来なかった。

 猫にしては賢すぎるという違和感は確かにあった。エルミナが他の猫とは違うという事も、薄々勘付いてはいた。だがそれが、精巧に猫を模した機械であるという発想には至らなかったのだ。


 明かされた事実に戸惑うアミカであったが、そうする時間の余裕は与えられない。目の前にいる巨大なトカゲの怪物は、エルミナを捕獲すべく一歩ずつ彼女たちへと迫って来ていた。


「捕獲も破壊も、どちらもさせないッ! 私がここで、お前を退治してやるッ!」


 ミサキは勇ましい口調で吐き捨てると、右腕にブレスレットを出現させて変身の構えを取る。


覚醒トランスッ! アームド・ギア、ウェイクアップ!! 装甲少女アームド・ガール……その白き鋼の刃、エア・エッジ!!」


 全身が白い光に包まれて装甲少女の姿へと変わると、すぐに名乗りを上げる。そして両手で一本の刀を握って、剣技を放つ構えをする。


「行くぞっ! ヘルザードッ!!」


 宣戦布告する言葉を吐くと、ミサキはすぐに地を蹴って前方へと駆け出していた。そしてそのままヘルザードに斬りかかろうとする。

 だが刀を持った少女が目の前に迫っていても、ヘルザードは全く身構えようとしない。それどころか相手を完全に舐めきったように、何もせずただ棒立ちになっている。


(ヤツめ……一体何を企んでいる!?)


 明らかに不自然な敵の様子に違和感を覚え、ミサキの心に迷いが生じる。前回ヴォイドと戦った時の事を思い出し、迂闊うかつに飛び込んではならないという意識が、彼女の足をわずかに遅くさせた。

 その瞬間……。


『……ひざまずけぇええっ!!』


 ヘルザードはニヤリと邪悪な笑みを浮かべると、天にも届かんばかりの大きな声でそう叫んだ。

 その直後、ミサキの体がまるで重さ10tのなまりを付けられたように重くなり、物凄い勢いで墜落するように地面へと叩き付けられた。


「ぐぁぁああああっ!! こっ……この技はっ!!」


 巨人に踏まれたように目に見えない力で上から押し潰されて、全身を駆け巡る痛みに思わず悲鳴が上がる。体中の骨がミシミシと音を立てて砕けそうになり、今にも内蔵が破裂しそうな感覚に見舞われる。

 凄まじい激痛に悶え苦しみながらも、ミサキは自分が受けた技に対する既視感を口にせずにはいられなかった。


『クククッ……そうだッ! 任意の対象に、百倍の重力を掛ける技……暗黒重力ダーク・グラビディッ!! かつて貴様らとの戦いにおいて、バエル様がお使いになられた技よッ! もっとも複数体に術を掛けられるバエル様の完成形と異なり、未熟な俺の力では一度に一体に術を掛けるので精一杯……だが貴様らを相手するには、それで十分ッ!!』


 ミサキの疑問に答えるように、ヘルザードが自身の技について得意げに語る。それは以前さやかとの戦いにおいてバエルが使用したのと全く同じ技だった。


「ミサキさんっ!」


 超重力にねじ伏せられて動けないミサキを見て、アミカが心配のあまり名を叫ぶ。このままではいけないという焦りの感情が湧き上がるものの、今の彼女にはどうする事も出来なかった。

 何も出来ずにただ困った表情を浮かべて立ち尽くすだけの少女に、重力に押されたままのミサキが顔だけを動かして向ける。


「アミカ……私の事は良いッ! エルミナを連れて、今すぐ逃げろッ!」


 残された力を振り絞って口を動かすと、アミカに対して逃走をうながす。その言葉には我が身を犠牲にしてでも少女を逃がさんとする鋼の意思が込められていた。


「でも……でもっ!」


 ミサキの決死の訴えを聞いても、アミカは逃げる覚悟が固まらない。このまま放っておけないという気持ちがあり、彼女の足を踏みとどまらせていた。


「君を守れなければ、マイに合わせる顔が無い……頼む」


 その場から動こうとしない少女に、ミサキが再び逃げるように懇願する。彼女の声は今にも消え入りそうにはかなげな哀愁を漂わせており、表情は憂いを帯びている。

 許されたとはいっても、ミサキがマイを殺した事実に変わりは無い。彼女の中には、その事に対する贖罪の意識があった。だからこそ、マイの妹を守れなければ申し開きが立たないという、彼女なりのけじめがあったのだ。


「ミサキさん……っ!」


 自分をかえりみずにただ一途に仲間の身を案じるミサキの覚悟に、アミカは胸を強く打たれるものがあった。彼女の決死の覚悟を無駄には出来ないという思いが湧き上がり、ついに少女に逃げる意思を固めさせた。


「……ごめんなさいっ!」


 アミカは頭を下げて噛み締めるように謝罪の言葉を口にすると、負傷した猫をだっこするように両手で抱き抱えて、すぐに何処へともなく走り出した。


『クソッ! 小娘ども、待ちやがれッ!!』


 逃げる少女の背中に向かって、ヘルザードが腹立たしげに言い放つ。重力の技を掛け続けるためには立ち止まっている必要があるのか、すぐに後を追おうとはしない。エルミナに逃げられた事を内心悔やみつつも、まずはミサキを倒す事を優先する。


(ミサキさん……どうか無事でいて……ッ!!)


 アミカは心の中で強く祈りながらも、決して振り向かずただがむしゃらに走り続けた。


  ◇    ◇    ◇


「ハァ……ハァ……」


 呼吸を荒くしながら、少女の足が立ち止まる。長い距離を全力疾走してきた負担が足にのし掛かるが、休んでいるひまは無い。

 あてもなく逃げ続けているうち、アミカは大きめなスーパーの駐車場へと辿り着いていた。付近の住民は既に避難したのか、周囲に人の気配は無い。ゴーストタウンのようにひっそりと静まり返っている。


 辺りを見回すと、建物の屋外に証明写真を撮るための箱型機械が設置されているのが目に付く。アミカはすぐに箱の中に入ると、エルミナを座席シートへと座らせる。


「エルミナ、ここでじっとしてて……私が良いって言うまで、絶対に出てきちゃダメだよっ!」


 ビー玉のように澄んだ猫の瞳を見つめながら、強い口調で言い聞かせる。エルミナを守るための策を思い付いたのか、少女の顔には何かをやり遂げようとする決死の覚悟が浮かんでいる。


「ニャア……」


 エルミナは自分が怪我した事も忘れて心配そうな顔をする。少女の言葉は当然伝わっていたものの、悲壮な決意を固めたらしき姿を目にして、言葉に従う事へのためらいを抱いたように見える。


「絶対に……大人しくしてるんだよっ!」


 アミカはもう一度だけ念を押すように言うと、すぐに箱の外に出てカーテンを閉めた。外側からは猫の姿は見えない。

 エルミナを隠せた事にホッと一安心すると、今度はスーパーの中へと迷い無く駆け出す。そして棚に陳列された商品のうち、バスタオルと袋入りのポテトチップスを手に取った。


「ごめんなさい……お金は後で必ず払いますっ!」


 アミカは店の防犯カメラに向かって申し訳無さそうに言うと、ポテトチップスをタオルで包み込んで、さも猫を隠したような不自然なふくらみを作る。そしてそれを大事そうに抱えたまま、店の外へと飛び出した。


『待ぁーーてぇーーっ』


 外に出た途端、邪悪な男の声が少女の耳に入ってくる。


「……ッ!!」


 アミカが自分が逃げてきた方角へと目をやると、ヘルザードがドスンドスンと地響きを立てながら走ってくる。彼の前に停めてあった車が、豆腐のようにもろく踏み潰される。

 巨大なトカゲ男はやがて少女から数メートルの距離まで来て、立ち止まった。


『ケケケッ……何処へだろうと、逃げられはせんぞッ! そのタオルの中にエルミナがいるんだなぁ? だったら大人しくこちらに渡せッ! さもないと、痛い目を見る程度では済まさんぞッ! カァアアッ!!』


 アミカが大事そうに抱えている包みを見てエルミナを隠していると判断すると、それを渡すように脅す口調で要求する。そして威嚇するように口を開けてシャーーッと蛇の鳴き声を発しながら、舌をヒラヒラさせた。


「そんな事より、ミサキさんはどうなったの!」


 アミカもまた脅しに屈するまいと、強い口調で問いかける。アミカを追うよりもミサキに重力を掛け続ける事を優先したヘルザードが今この場にいるという状況に、彼女の身を案じずにはいられなかった。


『あの女なら、ピクリとも動かなくなったから、あのまま置き去りにして来たぜ。もしかしたら、死んでしまったかもな……お前を逃がすためになぁっ! ケェーーッケッケッケェッ!! さぁ、これ以上余計な犠牲者を出したくなかったら、大人しくそいつをこっちによこしなぁッ!!』


 ヘルザードは高笑いしながら疑問に答える。そして最後は再びエルミナを渡すように脅しを掛けた。


「ミサキさん……ッ!!」


 敵の言葉を聞いて、仲間の命が心配になるあまりアミカは激しく心をかき乱される。さもミサキが死んだように思わせぶりな返答が、少女の心を揺さぶる意図が見え見えだったとしても、動揺せずにはいられなかった。

 一瞬このまま逃げ続けて良いのだろうかという迷いが、彼女の中に生じる。だが……。


「……嫌よっ! この先いくら犠牲を払う事になったとしても、アンタなんかにエルミナは絶対に渡さないっ!」


 アミカは自分の中に生じた迷いを振り払おうとするように、強い言葉で要求をはねのけた。

 もしここで相手の要求に従えば、自分の身を犠牲にしたミサキの覚悟が無駄になる。それだけは何としても避けたかった。

 それに加えて、エルミナの存在がバロウズにとって不利益になるなら、たとえ犠牲を払ってでも彼女を守り抜いた方が、最終的には人類を助ける事に繋がるという冷静な思考が働いた。


『馬鹿めッ! いくら強がってみせた所で、貴様のようなメスガキ一人に一体何が出来るというのだッ! 俺が重力を操れる事を、もう忘れたのかッ!? 少し本気を出せば小娘の一人くらい簡単にねじ伏せられるッ! 大人しく渡さなかった事を後悔するがいいッ! ひざま……』


 あっさりと要求を断られた事に、ヘルザードが怒りをあらわにする。内心取るに足らない存在と見下していた相手が脅しに屈しない事に腹を立てていた。感情をぶちまけるように早口でまくし立てながら、重力を発動させようとする。


『ずっ……ブォオオオッ!!』


 だがその時何処からか飛んできたロケットの砲弾が彼の口に命中し、術の発動はさまたげられた。

 砲弾が飛んできた方角へとアミカが目をやると、武器を持った自衛隊の隊員がおよそ二十人ほどいる。メタルノイド出現の報を聞いて駆け付けたのだ。


「お嬢ちゃんっ! ここは俺達に任せて、先に行けっ!」


 隊員の内一人がそう口にする。たとえこの身を犠牲にしてでも少女を助けるという、強い覚悟の意思が伝わる。

 アミカは感謝の意を伝えるように無言で頭を下げると、彼の言葉に従うように隊員達の後ろへと回り込み、そのまま一直線に走り出す。


『待ちやがれッ! クソガキッ!』


 ヘルザードが腹立たしげに叫びながら後を追おうとすると、彼の邪魔をするように目の前に隊員達が立ち塞がった。


『おのれッ! 目障りで不愉快な、虫ケラ以下のザコどもがッ! お望みとあらば、貴様らから蹴散らしてくれるわぁああああッッ!!』


 邪悪なトカゲ男の怒りの咆哮が、曇天に響き渡る……。

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