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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
第三部 「新」
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第72話 傷心の少女。そして……

 唯一の肉親であった姉を失い、身寄りのない子供となったアミカ……彼女を引き取ってくれる親族が名乗り出る気配も全く無い。当人と話し合った末に、結局はミサキと同様にゼル博士が一時的にその身を預かる事となった。

 博士自身、姉妹をバロウズとの戦いに巻き込んだ事に責任を感じていたし、何より彼女を一人にさせておけば、連中が手を出さないとも限らないという懸念があった。


 ヴォイドを倒した日の翌朝……研究所の食堂と思しき一室にて、さやか達三人はアミカと共に椅子に座ってテーブルを囲んだまま朝食を摂っていた。その日の朝食は細かく刻んだ海老の肉が入ったチャーハンで、ご飯はパリパリに焼けていて、あっさり目の塩味が効いている。大きめの皿の端っこには、デザートのプリンが盛られている。


 だが本来おいしいはずのチャーハンを、四人は一言も喋らずにただ黙々と食べている。それは楽しい食事の風景などと呼べる物では到底無く、重くよどんだ空気は、さながら葬式会場のようだった。はたから見ると、チャーハンの味がまずいのではないかと思えるほどだ。


「……」


 その中でも、とりわけアミカは生気が抜け切った死人のような顔をしながら、無言でチャーハンを食べ続けている。とても十二歳とは思えないほど憔悴しきった表情は、自分の将来を悲観したあまり、生きる気力を完全に失ってしまったかのように見えた。

 姉を失った深い悲しみと絶望は、未来に希望を抱くべき無垢なる若き乙女を、生きる事に何の喜びも見出せない空っぽの人形へと変えてしまったのか。


 彼女にかける言葉が見つからずに黙り込んでいたさやか達であったが、このままではいけない、何としても彼女に元気になってもらわなければ、という思いに駆られて、直ちに行動に移す。


「アミカ、チャーハンの味はどうだ? 何を隠そう、今日の料理当番はこの私なんだっ! どうだ! おいしいだろうっ!」


 真っ先に先陣を切るように口を開いたのはミサキだった。必死に作り笑いしたような笑顔を浮かべて冷や汗をかきながら、腰に手を当てて得意げにふんぞり返って見せる。


「はい……とってもおいしいです」


 アミカは料理の味を褒めはしたものの、その言い回しは何ともそっけなく、全く心が篭っていなかった。まるで感情をインプットされていないロボットか何かと会話しているようだ。これでは本当においしかったのかどうか、分かったものではない。


「アミカっ! 私のプリンあげるよっ!」


 さやかはそう言うと自分の皿に乗っているプリンを、アミカに分けようとする。


「……いりません」


 にべもなく断られてしまう。形だけでも受け取りすらせずに拒否されて、さやかは思わず顔に出してしょぼくれてしまった。


「アミカっ! 食事が終わったら、一緒にゲームしましょう! レトロゲームから最新のゲームまで、博士が用意してくれた遊び部屋に何でも揃ってるわっ!」


 ゆりかは満面の笑みを浮かべてゲーム遊びに誘うものの、アミカが喜ぶ気配は全く無い。もはや言葉を返す気力も失ったのか、暗い表情のまま無言でチャーハンを食べ続けている。その沈黙の圧力は、とてもゲームなんて遊ぶ気分じゃないと言いたげだ。


「……ごちそうさまでした」


 やがてチャーハンを食べ終わると、アミカは皿にプリンを残したまま部屋から出ていってしまう。結局さやか達と打ち解けようとする素振りは最後まで見せなかった。


「アミカ……」


 寂しげな少女の背中を、さやか達三人はただ見送る事しか出来ない。


「私たちは……なんて無力なんだ」


 ミサキが声に出して苦悩をにじませる。固く閉ざした少女の心を開けない自身の無力さに、ある種の怒りすら覚えていた。彼女の言葉に同意するように、さやかとゆりかはただ静かに押し黙る。

 少女の皿に手付かずのまま残されたプリンは、ぽつんとたたずんでいた。世界に一人取り残された少女の姿を象徴するかのように……。


  ◇    ◇    ◇


「……」


 無言のままスタスタと早足で廊下を歩くアミカ……競歩するように急いだ足取りは、まるで一刻も早くさやか達のいる空間から逃げようとしているかのようであった。


(……ごめんなさい)


 謝罪する言葉が心の中に湧き上がる。

 彼女自身、さやか達が自分を気遣ってくれた心情は理解していた。それに応えたい気持ちもあった。だが心の何処かでは姉を救えなかった三人を許せない思いがあり、打ち解ける事をためらわせていた。

 相反する二つの感情がぶつかり合って心の整理が付かず、さやか達とうまく向き合えなかったのだ。


 その時ある小さな物体が、足音を立てず忍び寄るように少女の後を尾けていた。

 だが心の中をモヤモヤさせたまま歩いていたアミカは、追跡者の存在に気付きもしなかった。


  ◇    ◇    ◇


 自分用に割り当てられた部屋へと入ると、アミカはドアを開けっ放しにしたまま仰向けにベッドに倒れ込む。そのまましばらく何も考えずにただボーーッと天井を眺めていたが、やがてふと思い出したように服のポケットから一枚の写真を取り出した。


「……お姉ちゃん」


 姉と自分が仲良く一緒に写った写真……それを眺めている内に、幸せだった頃の記憶が蘇る。そして姉との幸せな日々はもう二度と戻っては来ないのだという喪失感が少女の心を強く打ちのめし、深い絶望の奈落へといざなう。瞳を涙でうるませていて、今にも泣きそうな顔になっている。


「ううっ……うっ……うわぁあああんっ……」


 写真をポケットの中にしまうと、胸の内に湧き上がった悲しみをこらえ切れなくなったのか、アミカは声に出して泣き出す。目からはボロボロと大粒の涙が溢れ出し、ベッドへとこぼれ落ちていく。大切な家族を突然奪われて胸にぽっかりと大きな穴が空いた少女は、悲嘆に暮れてただ泣き続ける事しか出来なかった。


 悲しみに包まれた少女が両手で顔を覆って、ベッドに仰向けに横たわったまま泣き続けていた時……。


「ニャーーン」


 猫の鳴き声と思しき声が耳に入ってくる。直後、自分の体に何か小さな物体が飛び乗ったのを少女は感じ取った。その物体から伝わる感触は妙に生暖かく、表面は明らかに毛が生えてモフモフしている。

 アミカが恐る恐る、顔を覆った手をどけると……体の上に乗っかっていたのは、一匹の猫だった。


「うわぁっ!」


 思わず声に出してビックリしながら、慌てて上半身を起こす。何故こんな所に猫が、という思いに駆られ、困惑せずにはいられなかった。

 アミカの上に乗ったのはエルミナのメモリチップを搭載した猫型ロボットであったが、彼女は研究所が猫を飼っているという話も、それがロボットであるという話も、全く聞かされていなかった。それだけに猫の存在は全くの予想外だったのだ。


 猫は一瞬驚いてベッドから飛び降りたものの、すぐにまた飛び乗り、特に怖がる様子も無く少女に寄り添う。そしてニオイを付けようとするかのように体を強く押し付けて、スリスリとこすりつける。


「……」


 アミカはこの小さな侵入者に最初こそ驚いたものの、あえてなすがままにさせる。初対面であるはずなのに警戒心を抱かずに自分に懐いてくれる猫の無邪気な可愛さに、傷付いた心を癒される感覚があった。この猫は一人ぼっちになった自分のために、神が天から遣わしたのではないかとさえ思い始めていた。


「よく見ると、首輪に名前が書いてる……」


 猫の上半身を両手で軽く持ち上げると、顔を近付けて首輪に書いてある文字列をまじまじと眺める。


「エルミナ……ずいぶんとオシャレな名前ね」


 アミカは首輪に書かれた名前を声に出して読み上げながら、フフッと穏やかに微笑む。内心、猫に付けるにしては何て珍しい名前なんだろうと考えていた。


「ニャアッ!」


 猫はクンクンと匂いを嗅ぐ仕草をして一声鳴くと、近付いてきた少女の顔を突然舌でペロペロと舐め回す。


「あははっ……くすぐったいよぉ」


 急に顔を舐められだして、アミカが思わず苦笑いを浮かべる。それでも猫は舐める行為を決してやめようとはしない。

 涙で濡れた少女の頬はザラザラした猫の舌で舐められて、あっという間に綺麗になる。涙に含まれた塩分が美味しかったのか、一通り舐め終わると猫は満足げな笑みを浮かべてみせた。


「でも……ありがとう」


 アミカもまた嬉しそうに笑いながらお礼の言葉を述べる。傷心の自分を慰めてくれたこの小さな生き物に、感謝したい気持ちで胸がいっぱいになっていた。

 もはやこの猫が何処から来たのかなど彼女にとってはどうでも良く、姉を失った喪失感にさいなまれた身にとっては、新たな心の拠り所を得た心地がしたのだ。


「ここにいても、楽しい事なんて何も無い……エルミナ、外に遊びに行こう」


 アミカは赤子を抱っこするように猫を両手でしっかりと抱き抱えると、そのまま研究所の玄関に向かって歩きだした。


  ◇    ◇    ◇


 アミカが猫エルミナとたわむれていた時、博士はさやか達三人を研究所の自室へと呼び出していた。


「……実は今日、君たちに見せたい物があってここに呼んだんだ」


 そう言うと、博士は机の上に置いてあった何かを手に取り、さやか達の前へと持ってくる。

 彼の手に握られていた物……それは金色に光るブレスレットだった。


「これは……まさかっ!」


 一目見て、ミサキが思わずそう口にする。自分たちの変身アイテムと全く同じ外見で色だけが違うそれを目にして、極めて確信に近い推測が胸の内に湧き上がる。


「そう……そのまさかだよッ! 君たちにも存在を伏せたまま開発していた、第四のアームド・ギア……それがついに今日、完成したッ! ……とは言っても、まだテストも行っていない試作段階だがね……」


 金色のブレスレットについて、博士が詳細に語る。

 だが戦力の増強という本来喜ぶべき状況にありながら、さやかは心中穏やかでは無かった。彼女の中にある一つの考えが浮かび上がったからだ。


「博士……まさかそれを、アミカに使わせるつもりじゃ!」


 声を荒らげて、物凄い剣幕で怒り出す。眉毛を虎のように逆立てており、眉間にはしわを寄せていて、今にも相手に掴みかかりそうな勢いだった。

 もし博士が最初からアミカを装甲少女にするつもりで引き取ったのだとしたら、許せないという思いがあった。彼女の境遇を不憫に感じていたから、尚更の事だ。


「まっ、待ちたまえッ! 時期が被ったのは、たまたまの事だ! 私はアミカ君を装甲少女にするつもりで、新型のアームド・ギアを開発していた訳では無いッ! ましてや彼女を戦わせるために引き取った訳では無いッ! これは神に誓って本当の事だ! 嘘だと思うなら、嘘発見器に掛けてくれても構わない!」


 さやかの心情を察して、博士が慌てて釈明する。あらぬ誤解を抱かれた事を焦るあまり、冤罪を晴らそうとするのに必死だった。


「それに……肝心の彼女自身が装甲少女になりたがるか、アームド・ギアが彼女を装着者に選ぶか。それは当人たちの意思次第であって、そこに私の意思が介入する余地は無い」


 博士が気難しい表情を浮かべながら言い終えると、さやか達も反論出来ずに押し黙るしか無かった。


「……」


 四人とも口を開こうとせず、室内が静寂に包まれる。場の空気がにわかに重くなり、まるで時間が止まったかのようになる。永遠に続くようにすら思えた一時が過ぎ去った後……。


「博士、大変ですっ!」


 沈黙を破ろうとするかのように、助手が慌てて部屋へと駆け込んでくる。よほど急いで走ってきたのか、呼吸は荒く、白衣は汗でびっしょりと濡れている。明らかにただ事では無かった。


「一体どうしたというのかね?」


 尋常ならざる様子の助手に、博士が落ち着いて問いかける。

 助手は辛そうに息を切らしながらも、必死に力を振り絞って言葉を吐き出す。


「あっ、アミカが……猫のエルミナを連れて、研究所の外に無断で出て行ってしまいましたっ!」

「なっ……何ぃぃいいいいいっっ!?」

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