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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
第三部 「新」
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第70話 リーサル・アタック(前編)

 完全に心を操られた悪鬼と化したマイ……彼女を洗脳から解き放つためには、命を奪うより他に方法が無かった。その事実を真正面から受け止めたミサキは、あえて彼女を一刀の下に斬り捨てる。


 深手を負い、今にも命の火が消えようとするマイ……姉にすがり付いて泣き続けるアミカ……深い悲しみに包まれた姉妹を前にして何も出来ずにただ立ち尽くすさやか達の前に、彼女たちを嘲笑うように一体のメタルノイドが姿を現す。


『俺はNo.009 コードネーム:リフレクト・ヴォイド……そこにいるマイとかいう女を戦わせた計画の首謀者よッ!!』


 自ら名乗りながら、マイを刺客として差し向けた張本人である事を得意げに語る。彼の言葉からは、何の罪も無い姉妹を利用した挙句に絶望の奈落へと突き落とした事に対する良心の呵責は微塵も感じられなかった。


「アンタがマイを……絶対に……絶対に許さないっ!!」


 さやかが怒りをあらわにして、ギリギリと割れんばかりの勢いで歯ぎしりする。マイを直接手にかけたのはミサキだが、彼女をそういう状況へと追い込んだのはヴォイドの仕業だという認識が頭の中にあった。

 大切な友を死のふちへと追いやった目の前の敵が許せないあまり、頭の血管がぶち切れて、はらわたが煮えくり返りそうになる。

 そして高ぶる感情のままに、敵に向かって飛びかかっていった。


「ヴォイドォォオオオオオッッ!!」


 相手の名を吠えるように口走りながら、全力を込めたパンチを繰り出そうとする。

 怒り猛る少女の拳が眼前に迫っていても、ヴォイドは避けようとすらしない。殴りたければ好きにすればいいと言わんばかりに無防備のまま棒立ちになっている。


(おかしい……何か作戦がっ!?)


 明らかに不自然な相手の様子に違和感を覚えたゆりかだったが、さやかに警告を促すひまも無かった。当のさやかは頭に血が上ったあまり、異変を感じる余裕すら失っている。

 全ての怒りをぶつける勢いで放たれた少女の拳はヴォイドの胸の装甲へと命中し、地を裂くような轟音が振動と共に周囲へと伝わる。


 不意に訪れる静寂……さやかは拳を突き出した姿のまま静止し、殴られたヴォイドも微動だにしない。街中は不気味に静まり返り、風の音だけがただ空しく響き渡る。


「……」


 ゆりかとミサキは無言のまま、固唾を飲んで状況を見守った。そして数秒が経過した後……。


「うっ! ぐぁぁああああっ!!」


 さやかが突然両手で胸を抑えて苦しみだす。凄まじい激痛にさいなまれているのか、地面に寝転がったまま悲鳴を発しながらミミズのように激しくのたうち回っている。明らかにただ事ではない。


「さやかっ! 大丈夫!?」


 彼女の様子を見て、心配になったゆりかが慌てて駆け寄る。何をされたかは分からないものの、ひとまず手のひらから青い光を患部に照射して痛みを和らげようとする。


「ううっ! うっ……ふぅっ」


 全身をビクンビクンとのけぞらせて暴れていたさやかだったが、胸に光を当てられると、次第に気持ちが落ち着いていく。すっかり痛みが引いたのか、最後は一息つきながら脱力したように全身をぐったりさせていた。まるで暴れ馬が鎮静剤を注射されて大人しくなったかのようだ。


「さやか……しばらく休んでて」


 ゆりかは優しく言葉を掛けると、しばらく立ち上がれそうにない彼女を背中におんぶして、ヴォイドの前から駆け足で離れる。そして姉妹のすぐとなりに寝かせると、再び敵の前へと戻ってきた。


「一体……何が起こったっ!?」


 一連の光景を目にして、ミサキは困惑の色を隠し切れない。

 ヴォイドの胸の装甲に目をやると、殴られた箇所はほんのかすかにだがへこんでいる。少なくとも全くの無傷という訳ではない。

 にも関わらず、殴られたヴォイドではなく、殴ったさやかの方が痛みだしたのだ。一瞬何が起こったのか、全く理解できなかった。


「……試してみるか」


 敵の能力についてあれこれ推測を張り巡らせたミサキであったが、やがて思い立ったように口にする。そして両手で一本の刀を握って技を放つ構えをすると、自身の中に湧き上がった仮説を実証しようとするかのように地を蹴って駆け出していた。


「フンッ!」


 真横を通り抜けた瞬間、気合の入った掛け声と共にヴォイドの右足を斬り付ける。付いた刀傷はカスリ傷程度と呼べるほど浅かったが、それは相手の装甲が硬かったせいではない。彼女がある事を確かめるために、わざと浅く斬ったのだ。


「……ウッ!」


 ヴォイドの足を斬ってから数秒後、ミサキの右足が急に痛みだす。痛みそのものは軽微だったためさやかと同じてつを踏むには至らなかったものの、痛みを覚えたのは、先ほどヴォイドの足に付けた傷と全く同じ箇所だった。


「やはり間違いない……原理は不明だが、ヴォイドの体を攻撃すると、そのダメージを私たち自身も受ける事になるッ!」


 推論が確証へと変わるに至り、ミサキが相手の能力を大声で仲間たちに告げる。


「……っ!!」


 仲間の言葉を聞いて、さやかとゆりかは驚くあまり言葉を失う。つい先ほどさやかが苦しみだしたのは、ヴォイドを殴ったダメージが彼女自身を襲ったからだった。しかもダメージ量が同じであるならば、人間の少女にとっては致命傷となる痛みも、メタルノイドにとってはそうではないという事にもなる。もしそれが事実であるならば、無傷で戦いを終わらせる事は不可能に等しかった。


『フフフッ……』


 困惑する少女たちを小馬鹿にするように、ヴォイドが声に出して笑い出す。能力を突き止められても全く意に介していない。知られた所で破られる事など決して無いという強い自信を抱いているようにも見えた。


『……フハハハハハハァッ!! 馬鹿どもめぇっ! ようやく気付きおったかッ! そうよ……受けた痛みがそのままお前たちへと跳ね返る……それが俺の能力、『反射する痛み(リフレクト・ペイン)』ッ!! 戦いが始まる直前、お前たちの体に小さい蚊のようなメカを取り付かせたッ! 俺が受けたのと同じ痛みの電流が、そのメカを通してお前たちの体に流れる仕組みになっているッ! メカは俺が死なない限り、決して外す事は出来んッ!』


 自身の技の特性について自慢げに語る。それはまさに彼の卑劣な性格を象徴した、恐るべき悪魔の術だった。


『俺に致命傷を与えれば、攻撃を行った者も間違いなく……確実に死ぬッ! それでも構わないというなら、やってみせるがいい……到底出来はしないだろうがなぁっ! ハーーッハハハハァッ!!』


 相手がそうするはずが無いと確信した上で、あえて挑発する言葉を吐き散らす。そして両腕に仕込んであった折り畳み式のブレードを飛び出させて二刀流になると、背中のバーニアを噴射させて高笑いしながらミサキへと突進していった。


「ぐうっ!」


 ミサキは敵の突進をすんでの所でジャンプしてかわすものの、すれ違いざまに右脚の太股ふとももをわずかに斬られてしまう。じわぁっと焼けるような痛みが広がり、傷口からは真っ赤な血が流れ出す。だが痛みにひるむひまは与えられない。

 ヴォイドはバーニアの出力を調整してUターンすると、またも彼女に襲いかかろうとする。


『クククッ……ダメージが跳ね返ると知ってしまったら、迂闊うかつに俺を攻撃出来まいッ! だが俺は何のリスクも恐れずにお前たちを攻撃する事が出来るッ! もはやお前たちに勝ち目は無いッ! このままじわじわとなぶり者にされて、無様に息絶えるがいいッ!!』


 自らの揺るぎない勝利を確信し、少女たちに死を宣告する。完全に獲物を追い立てる狩人の気分に浸っていた。


「グッ……この悪党がぁあああっ!!」


 苛立つあまり、ミサキが大声で叫んで罵倒する。この狡猾なる悪魔を前にして、怒りを抑えきれなかった。だが彼女自身そう口にするのが精一杯で、何の打開策も見出せない。

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