表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
第三部 「新」
69/227

第67話 悲しみの姉妹(中編-2)

 ……その時研究所のモニター室では、画面に映し出された彼女たちの戦いをゼル博士とアミカが見ていた。


「お姉……ちゃ……ん?」


 画面の中のさやかが、人型の何かをマイと呼んだのを聞いて、アミカが顔をこわばらせた。

 これまで一緒に暮らしてきた大切な家族であり、自分にとって唯一の心の支えだった姉が、バロウズの手先となって、街を守るヒーローである装甲少女と戦っている……その事に深く動揺するあまり、動悸と息切れが止まらなくなり、胸が締め付けられたように苦しくなる。激しい吐き気と目まいに襲われて、少しでも気を抜いたら嘔吐しそうになっていた。


「アミカ君、大丈夫かっ!」


 前のめりにうずくまって吐きそうになっている少女の背中を、ゼル博士が慌ててさする。ひとまず彼女を落ち着かせると、再びモニターへと目を向けた。


「それにしても……何という事だ」


 パワード・スーツで全身を覆ったマイらしき者の姿を見て、思わずそんな言葉が口をついて出た。

 彼女が何らかの形でバロウズに利用されるであろう事は想像が付いたものの、敵となって戦場に出てくるなどとは夢にも思わなかったのだ。

 まさかこのような形で……そんな思いが胸の内を駆け巡り、深い苦悩と葛藤にさいなまれる。

 こんな時に何の手も打てない自身の無力さにもどかしさを感じるあまり、博士は無意識のうちに下唇を強く噛んでいた。


「……」


 しばらく何も考えられずに放心状態になっていたアミカだったが、やがて意を決したように力強く立ち上がる。


「私……お姉ちゃんを止めてくるっ!」


 そう口にするや否や、突然モニター室の外へと早足で出て行き、そのまま研究所の玄関に向かって一直線に走り出した。覚悟を決めた少女の前へと踏み出す足からは、一寸の心の迷いも感じられなかった。


「ああっ! 待ちたまえ、アミカ君っ! 外は危険だっ! 大人しくここにいたまえっ! アミカ君っ! アミカ君ーーーーっ!」


 博士は慌てて後を追うものの、彼女の足はとても早く、追い付く事が出来なかった。少女の背中を完全に見失って、息を切らして途方に暮れながら、博士は誰もいない廊下で独り言を呟く。


「ハァ……ハァ……こんな時のために、キックスケーターを持ち歩くべきだったか」


  ◇    ◇    ◇


 周辺住民が避難した街中の交差点……さやかと人型の何かが向き合っている。


「マイ……な……の?」


 目の前にいる敵の正体が、よく知った間柄の友人である疑惑が持ち上がり、さやかは動揺せずにはいられなかった。

 まだはっきりと断定出来ないものの、聞き覚えのある声と、パワード・スーツの中身が同年代の少女であるという事実は、彼女が黒服の男と会って失踪したマイ本人であるという確信を与える根拠として十分だった。

 その事に大きなショックを受けるあまり、さやかの心がにわかにざわつく。


「ねえ、マイ……マイなんでしょっ! どうして……どうして、こんな事になっちゃったのっ!」


 気持ちの整理が付かないまま、湧き上がる感情のままに言葉をぶつける。内心どうすれば良いのか自分でも分からなくなっていた。


「……」


 マイであろうと目される人型の何かは、一度は言葉を発したものの、再び口を閉ざしてしまう。あえて無言のまま立ち尽くしている姿からは、正体を見破られた事により、友を手にかける事へのかすかな迷いが生じたように見える。


 相手が言葉を返さず黙っていても、さやかは決して諦めようとはしない。


「ねえ、マイ……私、言ったよね? 困った事があったら、何でも相談に乗るって……悩み事があるなら、私に話してよ。何でも相談に乗って、一緒に解決してあげるから……生活が苦しいんだったら、私が博士や平八さんに話せば、きっと解決してくれる。してくれなくても、その時は私がマイの分までバイトして稼ぐから……だから、もう危ない事するのはやめようよ。ね?」


 次から次へと相手を説得する言葉が飛び出す。彼女はとにかく必死だった。何としてもマイの心に響く言葉を用意して、この不毛な戦いを終わらせようと躍起やっきになっていた。今ここでマイの心を突き動かせるのなら、いっそ自分は高額の怪しげなバイトに手を出しても構わないとすら考えていた。


 彼女のひたむきさに心を動かされたのか、マイがまたしても口を開く。


「……しか無いんだ」


 さやか達に聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声で呟くと、苦悩するように顔をうつむかせて、体を小刻みに震わせる。


「私にはもう……こうするしか、無いんだぁぁああああっっ!!」


 自暴自棄になったように大きな声で叫ぶと、そのまま勢いに任せてさやかに向かって走り出す。精神的に追い込まれてヤケになったかのようだ。


「マイ……」


 目の前に敵が迫っていても、さやかは気持ちを切り替えられずに、ただぼう然と立ち尽くしている。完全に戦意を喪失して、ただの少女に戻ってしまっていた。


 攻撃の間合いに入ると、マイはさやかの胸に向かって迷い無く貫手を繰り出す。鋭い剣のように研ぎ澄まされた一撃は、心臓に命中すれば間違いなく相手の命を奪い得るものだった。


(さやか……ごめん)


 友の命を奪う事を確信し、マイは攻撃を繰り出したまま心の中で謝った。この先一生彼女に恨まれ続けても仕方ないと、内心では犯した罪の深さを自覚していた。


 だがマイが放った貫手は、二人の間に割って入った刀の刃にぶつかって、ギィンッという鈍い金属音と共に弾かれた。


「何ッ!?」


 邪魔が入った事を警戒して、マイが慌てて後ろへと下がる。

 直後、彼女の前にさやかをかばうようにして刀を構えたミサキが立ちはだかった。脇腹の傷の血は既に止まりかけている。


「彼女に手を出すというなら、容赦はしないッ! 私が相手になってやる!」


 好戦的な眼差しで吐き捨てるように言うと、そのまま目の前の相手へと斬りかかった。

 さやかもゆりかも本気を出せないなら、部外者である私が戦うしかない……たとえそれで彼女たちの友を手にかけて、憎まれ役になろうとも……内心そんな事を考えていた。


「……クッ!!」


 悲壮な決意を固めたミサキの斬撃を、マイは焦る言葉を口にしながらも咄嗟にジャンプしてかわす。ミサキはなおも追い打ちをかけるように、執拗に相手に斬りかかろうとする。

 彼女が刀を振るたびにすんでの所でかわすマイであったが、その動きは先ほどと比べて明らかにキレが無かった。さやかを殺す事への負い目を抱いたあまり、胸の内がざわついて、集中力が乱れたように見える。


 そんなマイの心を見透かしたかのように、刀を振り回しながらミサキが早口で語りだす。


「大方、私たち三人を殺せば生活を保障してやると、バロウズの協力者エージェントに言われたのであろうッ! だがほしづきマイ……私はあえて、お前に問おうッ! お前は本当にそれで良いのかっ!? 私はともかく、他の二人はお前の境遇に理解を示した貴重な友達だろう! かけがえの無い……失ったら、二度と手に入らないかもしれない大切な仲間を失って、お前は本当に……本当にそれで、後悔しないのかぁっ!!」


 相手の心に揺さぶりを掛けようと、真剣な情念の篭った言葉を浴びせる。


「……ッ!!」


 彼女の言葉が胸に突き刺さったのか、マイは一旦後ろに下がって大きく距離を開けると、その場に立ち尽くしたまま全身をプルプルと震わせる。


「……だまれ」


 やがて体を硬直させたまま、喉の奥から絞り出すように声を発した。


「……だまれぇっ! だまれだまれだまれだまれ、だまれぇぇぇえええええーーーーーーっ!! お前に何が分かるッ! 今日会ったばかりのお前に、私の何がぁぁああああっっ!!」


 図星を突かれて激昂したのか、怒りをあらわにして大声で罵るようにわめき散らす。そしてミサキに向かって迷い無く駆け出していた。


「死ねぇぇえええっ!!」


 荒ぶる感情のままに、全力を込めたマイの右拳が放たれる。


「ふんっ!!」


 怒れる少女の拳を、ミサキは咄嗟に刀の側面を盾にして防いでいた。

 マイはギリギリと拳に力を入れて刀を押しのけようとするものの、刀はミサキの手でしっかりと支えられており、どうあがいても力で押し切る事が出来なかった。


「お前は私によく似ている……わざわざ自分を後戻り出来ない状況に追い込んで、一人で勝手に自暴自棄になる所がなっ!」


 相手の拳を刀で受け止めたまま、ミサキが口を開く。


「だからこそ、言わねばならん……お前を大切に思う家族や友が一人でもいるのなら、その者の言葉に耳を傾けろッ! 人生に後戻り出来ない場所なんて、何処にも無いッ! あやまちに気付いたのなら、本当は命ある限り何処からだってやり直せるんだッ! 後は自分に後戻りする勇気があるかどうか、たったそれだけだッ! それでもなお、誤った道を突き進もうとすれば……最後は誰も救いの手を差し伸べてくれなくなるぞッ!」


 かつての自分の境遇を彼女に重ねたのか、必死に説得しようとする言葉が飛び出す。その台詞セリフ一字一句には、何としてもマイを正道に引き戻さんとする強い思いが込められていた。それはさやかでもゆりかでもなく、マイと同じ心境になった事のあるミサキだけが吐く事の出来る気迫と執念の言葉だった。


(……ミサキ)


 そんな彼女の言葉が胸に響いたのか、刀を押そうとするマイの拳がかすかに弱まる。力で押し切る事が出来ないと判断したのか、後ろへとジャンプして再び仕切り直すように距離を開いた。


「……」


 彼女なりに思う所があったのか、しばらく立ったまま黙っていたマイだが、やがてそっと口を開く。


「……私だって、散々に迷って悩んで、考え抜いた末に導き出した答えだ。今さら迷いなどするものか」


 ミサキの言葉に共感を抱いたかに見えた彼女であったが、それでも戦いをやめようとはしない。揺るぎない闘争の意思を示そうとするかのように両手の拳をグッと握り締めて、腰を深く落とし込んで両足で力強く大地を踏み締めた。


「そうか……ならば私も、もう止めはすまい。ここからは持てる技を全て出し尽くして、全身全霊で討たせてもらうぞ」


 マイが引き下がろうとしないのを見て、ミサキも覚悟を決めたように両手で一本の刀を握り締めて、技を放つ構えをした。完全に相手を一刀の下に斬り捨てるつもりでいた。


「マイ……先に言っておくが、全ての迷いを捨てた私にはお前は絶対に勝てない。何故ならお前の実力自体は、これまで戦ったメタルノイドにも、本気を出したさやかにも、遠く及ばないからだ。そんなお前をバロウズが戦わせたのは、友達としての情を利用するためだったのだろう。だが私はお前を斬り捨てるのに一切の躊躇をしない。さやかとゆりかを守るためなら、私は喜んで憎まれる事を受け入れよう。それでも構わないというなら、掛かってくるがいい」


 これから命を奪う相手に対する手向けか、互いの力量差について冷静に語る。死ぬ事になっても後悔するなよと言わんばかりの、それは最終警告だった。

 だが死の宣告を突き付けられても、マイは引く気配を見せない。なおもおくする事無く拳を握った構えをしている。


 そうして向き合っている二人の姿を、さやかは悲しげな表情で見つめていた。

 これまで何も出来ずにただぼう然と眺めていた彼女であったが、二人の内どちらか一方が死ぬかもしれない局面になり、何とかしなければならないという思いに駆られる。


(マイ……ミサキ……二人とも、こんな戦いで傷付くなんて絶対間違ってる。二人を止めないと……私が、この間違った戦いを止めなければっ!)


 そう強く思いながらも心に体がついていかず、その場から動けずにいたが、必死に気力を奮い立たせて舌を動かそうとする。


「二人とも、やめ……」

「お姉ちゃん、もうやめてっ!」


 さやかが口を開こうとした時、彼女よりも先に大きな声で叫んだ者がいた。

 突然の大声に驚いたマイとミサキが、声がした方に慌てて振り向くと、一人の少女が立っていた。

 声の主である少女の姿を目にして、マイが激しく動揺する。


「アミカ……何故ここにっ!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ