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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
第三部 「新」
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第65話 悲しみの姉妹(前編)

 町外れにある寂れた工場……何十年も前に使っていた会社が倒産し、買い取り手が付かないまま放置されたその建物は、今はバロウズに加担する協力者エージェントの隠れ家となっていた。

 夜中だというのに電気も点けず暗闇に覆われた屋内で、背丈3mで人の形をした何かが、黒服の男と向き合っている。


「貴様の使命は、三人の小娘を抹殺する事だ。もし成功したら、お前と妹の今後の生活を保障してやる。分かっているだろうが……決して情に流されるなよ」


 協力者と思しき黒服の男が、人型の何かに命令を下す。言葉の節々からは裏切りを警戒している様子がうかがえた。


「……」


 男の言葉を聞いて、その人型の何かは無言のままコクンと頷くと、ガシャッガシャッと重い金属のような足音を鳴らしながら、建物から歩いて出て行く。


「……失敗したと見なされれば、ヴォイド様は容赦なくお前を処刑する」


 その者の背中に向かって、男は釘を刺すように小さな声で呟いた。


  ◇    ◇    ◇


 グラムを倒した日の翌朝、さやか達三人は研究所のゼル博士の部屋に呼び出されていた。


「博士、用件って何でしょう」


 さやかがそう言いながらノックしたドアを開けて部屋に入ると、博士のすぐとなりに椅子に座っている一人の少女がいた。さやか達の知っている顔ではない。

 その少女は顔立ちや背丈からは十二歳くらいに見え、市内の中学校の制服を着ている。今年中学に上がったばかりであろう事は容易に推測出来た。高一であるさやか達より三年ばかり後輩だ。


「あっ……どうも、初めまして」


 少女が遠慮がちに上目遣いになりながら頭を下げる。初対面であるさやか達を警戒しているのか、その態度は妙によそよそしい。

 少女の挨拶に答えるように、さやか達三人も軽く微笑みながら頭を下げる。

 それら一通りの流れが終わった後、博士がおもむろに口を開く。


「昨日の夜遅くに研究所の外でこの子が行き倒れていたのを助手が見つけて、建物の中に連れてきたんだ。その時は極度の空腹状態で、衣服もずいぶん汚れていた。だから私はひとまず食事を与えて衣服を洗濯してシャワーを浴びさせた上で、彼女から詳しい話を聞いたんだ。ヤツらの手先でない事は既に調べが付いている」


 少女を連れてきた経緯について詳しく語る。そして今度は少女に向かって、怖がらせないように穏やかな口調で話しかける。


「アミカ君、今目の前にいる三人のお姉さんは、みんなおじさんのお友達だ。きっと君の力になってくれるだろう。さっきおじさんに話した事を、もう一度お姉さん達に話してくれないか」


 博士に促されて、アミカと呼ばれた少女は顔をうつむかせて肩を縮こませながらも、恐る恐る口を開いた。


「私、血の繋がったお姉ちゃんがいるの……数年前にパパとママが私たちを置いていなくなって、それからお姉ちゃんと二人で生活保護を受けてのアパート暮らし。でもそのお姉ちゃんが、五日前から急に帰ってこなくなったの。お巡りさんにも捜索願いは出したんだけど、全く音沙汰が無くて……食べ物は二日で底を尽きたから、私も街に出てお姉ちゃんを探したんだけど……」


 語っている内に少女の顔がどんどん暗くなる。ひざに乗せた小さな手は小刻みに震えだし、今にも泣き出しそうになるのを必死に堪えていた。


「お姉ちゃんまでいなくなったら……私、この先ずっと一人になっちゃう! お姉ちゃんは私にとって、唯一の大切な家族なのっ! お願い、もし少しでも心当たりがあったら、お姉ちゃんの事何でも教えてっ! 名前はほしづきマイって言うのっ!」


 涙を浮かべてすがりつくような目をしながら、大きな声で姉の名を口にする。少女の声からは、姉の所在を知るためならどんな事でもするという、そんな執念の気迫すら感じられた。


「星月マイ……」


 アミカが口にした名前に聞き覚えがあったのか、さやかが思わず復唱するように呟いた。


「三人とも……ここからは別室で話そう」


 心当たりがある事を察したのか、博士はアミカに聞かれないように小声でささやくと、彼女をその場に残したまま三人と共に部屋から出て行く。


  ◇    ◇    ◇


 応接室らしき部屋に入ると、博士はすぐに椅子を四つ用意してさやか達を座らせる。部屋の壁はとても分厚く、外界の音は一切中には入ってこない。そこは秘密の話をする時に使っているらしき部屋だった。


「ここならアミカ君に聞かれる心配は無い。彼女にはあまり聞かれたくない話もあるだろう。さぁ、星月マイについて知ってる事を全て教えて欲しい」


 博士は自身も椅子に座ると、マイという少女について問い質す。


「……」


 博士に促されて、さやかは最初言い辛そうに押し黙っていたものの、やがて重苦しい表情のまま口を開く。


「……星月マイは、私とゆりかの高校のクラスメートよ。いつもボロボロのかばんとくつを使っていたから、貧乏な子って事でクラスでは有名だった。両親に捨てられた子だって事も知れ渡っていたわ。それでよくからかわれたり、いじめられたりもしてたから、私とゆりかは見かけるたびに止めに入ってた」


 さやかがそこまで語ると、彼女の後に続くようにゆりかも口を開く。


「私たち、マイと特別に親しかったわけじゃないけど、困った事があったら何でも相談に乗るようにしてたわ。マイも学校にいる間は私たちと一緒にいるようになって、クラスの中でぼっちにならずに済んでたんだけど……ブリッツが攻めてきたせいで学校が休みになったから、それからは会ってないの。まさか失踪していたなんて……」


 友の身を案じるあまり、沈痛な面持ちになる。知人の境遇に胸を痛めていたのか、さやかもゆりかも一様に暗い顔をしていた。もっと彼女にしてあげられる事があったのではないかと自分を責めているようでもあった。


 罪悪感にさいなまれる彼女たちとは真逆に、完全にの外に置かれる形となったミサキが冷静に語りだす。


「二人には酷な事を言うようだが、単に民間人が失踪しただけなら、我々が解決すべき問題ではない。それをこうしてわざわざ聞いたのは、博士……彼女の失踪が、我々と何らかの関わりがある証拠を掴んだからではないのか?」


 彼女なりに導き出した推論からの指摘に、博士は思わず感心した表情で頷いた。


「ほう……さすがはミサキ君、実はそうなんだ。三人とも、これを見てくれ」


 そう口にすると、服のポケットから一枚の写真を取り出す。

 さやか達三人が身を乗り出してその写真を見てみると、街の路地裏らしき場所で、制服姿の少女とサングラスをかけた黒服の男が、何か話をしているらしき姿が写っていた。


 その男の姿を目にした途端、ミサキの表情がサッと険しくなる。


「この男……バロウズの協力者ッ!!」


 大声で叫ぶや否や、眉間にしわを寄せて、腹立たしげに音を立てて歯ぎしりする。彼らに対する恨みは骨まで染み渡るほど根深く、怒りのあまり額に浮き出た血管は今にも切れそうになっていた。

 そんなミサキに少し遅れて、ゆりかが困惑した表情を浮かべながら口を開く。


「この、写真に写ってる子……星月マイよ!」


 よく知った間柄である友人が黒服の男と一緒にいる姿を目にして、ゆりかもさやかも一様に顔を青ざめさせる。彼女がとても危険な事に足を踏み入れたのではないか……そんな不安が頭をよぎり、背筋が凍る思いがした。


「やはりそうか……この写真は街の防犯カメラが撮ったのを、平八が私に送ってよこしたものだ。彼女がバロウズと何らかの関わりを持ったのなら、我々にとっても関係が無いとは言えない。アミカ君のためにも、何としても彼女を無事に救出しなければ……」


 博士が顎に右手を添えて考え込む仕草をしながら語っていた、その時だった。


「たっ、大変です博士っ! 街中に人の形をした何かが現れて、車や建造物を見境なく破壊して暴れ回っていますっ!」


 大声で叫びながら、助手が血相を変えて慌てて部屋へと駆け込んできた。よほど急いでいたのか、額には汗がびっしりと浮かび、口からはハァハァと荒い息が漏れ出す。

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