第64話 漆黒の巨人(後編)
「グッ……今さら仲間を売るようなマネ、誰がするものかッ!」
地べたに倒れたままのミサキが、吐き捨てるように誘いをはねのける。彼女の体は自力では立ち上がれないほどボロボロに傷付いていたが、敵の言葉が怒りに火を点けたのか、むしろ心は何としても屈するまいという気力に漲っていた。
それでもグラムは決して引き下がろうとはしない。
『仲間だと? フンッ、笑わせる……既にバロウズを裏切った貴様が、一体どの口で仲間の絆を口にするというのかッ! 理由はどうあれ、貴様がかつての仲間を裏切ったという事実に何ら変わりは無いッ! 裏切りと罪で穢れた魂の貴様が、絆を口にしても説得力は皆無ッ! ただ空虚な言葉となって響くのみッ!!』
そんな資格など無いと言わんばかりに、語気を強めて彼女を非難する。言葉の節々からは、自分たち組織と袂を分かった事に対する憤りが感じられた。
『それに貴様が勝手に思ってるだけで、ヤツらは貴様を仲間とは認めていないかもしれんぞ? だってそうだろう。かつてバロウズに属した人間を、一体誰が心から信用などするものか……フフフッ』
彼女にはまやかしの絆しか無いと、侮辱的な言い回しで指摘する。それは少女の心を絶望に陥れようとする、悪魔の言葉に他ならなかった。
「……」
ミサキは、自らを追い詰めようとするグラムの言葉にすぐには反論出来なかった。それまで彼女自身が心の奥底に抱えていた不安、目を背けようとした部分を、えぐられて表に引きずり出された心地がした。
「分かってる……私に仲間との絆を口にする資格が無い事など、とうに分かっているッ! 私には、生みの親に対する恩義も、組織に対する忠誠心も、何も無かった……ただの裏切り者の、中身の無い空っぽの器だッ!!」
目をつぶって苦悶の表情を浮かべると、激しい口調で自分を責め続ける。目には涙を浮かべ、罪の意識に苛まれるように体を小刻みに震わせる。
「それでも……それでも彼女たちは……こんな悪党の私を、仲間と……友達と呼んでくれた……その思いに……答えたいんだぁぁああああっっ!!」
瞳から大粒の涙をボロボロと溢れさせると、胸の奥からこみ上げたものを全て吐き出すように大きな声で叫んだ。それは心の奥底に不安を抱えようとも、友が掛けてくれた言葉を信じたいという、切なる思いの表れだった。
彼女の言葉を聞いて、グラムは深く落胆したように溜息をついて、やれやれと言いたげに首を左右に振った。その様子からは、彼女を仲間に引き入れる事を諦めたように見える。
そして先ほど全身から吐き出した黒い霧を吸い込んで、元の体型へと戻っていく。
『そうか……ならば仕方あるまい。偽りの愛とまやかしの友情を抱いたまま、あの世へと旅立つがいいッ!!』
再びマッシヴな体格になると、ぐっと握り締めた右拳を高々と振り上げる。そしてミサキに向かって一直線に振り下ろした。
「ぐっ!!」
とどめとなる一撃を放たれても、ミサキには避ける力すら残っていない。巨大な拳が迫り、彼女が死を覚悟して目をつぶった瞬間……。
風を切るような音と共に、何者かが巨人の前を高速で通り抜けた。
直後、巨人の右拳に何らかの衝撃が加えられて、爆発したようにバラバラに吹き飛んでいた。
『何ィィッ!?』
突然の出来事にグラムが驚きの言葉を発する。一瞬何が起こったのか全く理解出来なかった。
巨人の拳が吹き飛んだ後、槍を手にした一人の少女がミサキの前に立っていた。
「……ゆりかっ!」
ミサキが少女の名を口にする。救援に馳せ参じたのは、他ならぬエア・ナイトに変身したゆりかだった。
「ハァ……ハァ……心配したんだから」
くたびれた顔をして息を切らしながら、言葉を掛ける。よほど急いで駆け付けたのか、全身汗まみれになっていた。その姿からは、心の底から友の無事を願っていた気持ちが痛いほどよく伝わってきた。
ゆりかは手のひらから青い光を照射してミサキの傷を癒すと、すぐに敵の方へと振り返った。
「よくもミサキを散々痛め付けてくれたわねっ! ちょっとおかしな所もあるけど、私の大事な……し、親友なんだからっ!」
頬を赤くして照れるように言葉を詰まらせながらも、恥ずかしくなる気持ちを必死に抑えて最後まで言い切る。
(ゆりか……っ!!)
本当に友として受け入れられているか不安だったミサキにとって、彼女の言葉がどれほど救いになった事か。胸の奥から熱いものがこみ上げて、たまらない気持ちでいっぱいになる。
「ゆ……ゆりかぁぁああああーーーーっっ!!」
我慢出来ずに大声で叫ぶと、感情の赴くままに背後から友を抱きしめた。
「ちょっ、ちょっとミサキっ! 今は戦闘中なんだから、そ、そういうのは後にしてよっ! もうっ!」
ゆりかは困惑しながら慌てて引き剥がそうとするものの、ミサキは両腕でがっしりと彼女を捕まえていて、決して離そうとはしない。よほど嬉しかったのか、感激のあまり強く抱かれたゆりかの骨が折れそうな勢いだった。
びったりと体をくっつかせたままジタバタもがいている二人の少女を、敵であるグラムは冷めた目で見ていた。
『フンッ……見せつけるようにイチャイチャしおって! つくづく気に入らん小娘どもだッ!』
腹立たしげに吐き捨てながらも、警戒するように一旦後ろへと下がる。そして破壊された右手を急いで修復した。
「ゆりかっ! ヤツは……」
冷静になって抱きしめるのを止めると、ミサキは敵の能力を伝えようとする。
「博士が映像を解析したデータを送ってきたから、グラムの能力は把握してるわ。私にアイツを倒す、良い考えがあるの。ちょっと耳を貸して……」
ゆりかはそう口にすると、ミサキに小声でそっと耳打ちした。
『何をボソボソと話していたか知らんが、無駄な事ッ! 一人が二人に増えた所で、ワシを倒す方法などありはせんッ! 偽りの友情ごっこをしたまま、地獄へと落ちるがいいッ! 死ねぇえええっ!!』
グラムは大声で叫ぶと、今度はマッシヴな体型のまま二人に向かって走り出す。それは自分を殺す手段などありはしないという、揺るぎない自信の表れでもあった。
「私たちの友情が偽りかどうか……見せてあげるわっ!」
ゆりかはニヤリと不敵に笑うと、迷わず右腕の装置に手を伸ばす。
「エア・ナイト……ブーストモードッ!!」
掛け声と共に装置のボタンに触れると、背中のバーニアから青い光が蒸気のように噴射されて、天使の翼のようなオーラを形作る。そこから散ったキラキラ光る粒子が彼女の皮膚に吸い込まれるように付着していき、表面を覆っていく。
そしてゆりかがボタンを押したのと同時に、ミサキはそれまで両手で握っていた白い刀マサムネを右手に持ち替えて、左手に黒い刀ムラマサを出現させていた。
右手に握ったマサムネを天に向かって高々と突き上げて、左手に握ったムラマサを水平に構えて、L字のような形を作る。
「冥王秘剣……双龍牙ッ!!」
技名を大声で叫ぶと、刀を握った両腕を交差するように全力で振り抜いた。その瞬間十字の形をした斬撃が刀から高速で放たれて、彼女の正面にいるグラムへと命中する。
『何ぃぃいいいいッ!?』
黒い巨人の体が四つの塊へと分割されて、予想外の出来事にグラムが声に出して慌てる。彼女がこの技を実戦で披露したのは今回が始めてであり、グラムは技の存在すら知らなかった。
彼は四つに分かれた体を急いで合体しようとするものの、その時既に十倍の速さになったゆりかが目の前に迫ってきていた。
「ブースト・ファング……サウザンド・スラストッ!!」
ゆりかは技名を口にすると、手にした槍で高速の突きを繰り出す。目にも止まらぬ速さで放たれる連撃はまさに『千本突き』の名を体現しており、四つに分かれた塊をさらに細かい粒子へと切り刻んでいく。
黒い泥のようなものが飛び散っていく中、宙に浮いたバレーボール大の機械のような球体が姿を現す。
「そこかぁぁあああああっっ!!」
一目見て敵のコアと判断すると、ミサキは刀を手にして迷い無く斬りかかる。そして一刀の下に切り伏せた。
『……ッ!!』
真っ二つになると、グラムのコアは悲鳴を発する暇すら与えられずに爆発して跡形も無く消し飛んだ。彼の意思によって操られていた黒い霧は再生する事も無く空へと拡散し、風と共に何処へともなく流されていった。
「ふぅ……やったわね」
敵が完全に死んだ事を確信して、ゆりかは安心したように一息つく。強敵ではあったが、それでもさやか抜きで倒せた事に、大きな仕事をやり遂げた満足感があった。
「ゆりか……実は渡したい物があるんだ」
ミサキはそう口にすると、変身を解いていつもの制服姿になる。そして服のポケットに手を突っ込んでゴソゴソと探すと、何か小さな物を取り出した。
「戦闘の衝撃でクシャクシャになってしまったが……今の私に贈れる物と言ったら、これくらいしか無いんだっ! 受け取ってくれっ!」
ミサキがそう言いながら両手で差し出したのは、土手の草むらで採取した四つ葉のクローバーだった。彼女が口にした通り戦いの衝撃を受けたせいか、軽く潰れてしまっている。
「これを探すために、一人で行動するなんて危ないマネしたのね……もうっ」
ゆりかは呆れたような顔をして、友の無茶な行いを咎める。だが贈り物をしたいという彼女の気持ちが内心嬉しかったのか、その顔は次第に笑顔になっていった。
「でも、ありがとう……これは私とミサキの、友情の証……一生の宝物にするね」
真心の篭った天使のような笑みを浮かべると、差し出された四つ葉のクローバーを大事そうに受け取った。
「ああっ……ゆりかっ!!」
贈り物を受け取ってもらえた事に感激するあまり、喜びを抑えきれなくなって、ミサキは思わずゆりかに抱き着く。
「もう……今日だけで何回抱き着いてるのよ……まったく」
ゆりかは少し照れたように顔を赤くして苦笑いしながら言う。いつもなら必死に引き剥がす所だが、今回ばかりはなすがままにさせていた。呆れたような口ぶりをしながらも、内心まんざらでも無かった。
そうして二人は人目もはばからずに、しばらくの間体をくっつけていた。まるで仲の良い親友である事を見せつけるかのように……。
◇ ◇ ◇
「フゥーーッ……」
彼女たちの戦いをモニター越しに見ていたゼル博士が、安堵の溜息を漏らす。
「今回は無事に勝てたものの……やはり戦力の増強は必要かもしれない」
重苦しい表情で口にすると、自身の右手に目をやる。彼の手には金色に光るブレスレットが握られていた。
「一刻も早く完成させねばなるまい……この、第四の……金色のアームド・ギアをっ!」




