第62話 ゆりかとミサキ
それはバエルを倒した翌日の事……。
砂漠に囲まれた廃墟のような街中で、エア・エッジに変身したミサキが、複数体のメタルノイドを一人で相手にしている。
彼女が戦っているのは、これまで装甲少女と戦って倒されてきたはずの顔ぶれだった。
「冥王秘剣……断空牙ッ!!」
ミサキが技名を叫びながら刀を振り下ろすと、刀身から三日月状の物体が高速で放たれる。そして彼女の前方にいる敵の一体へと命中した。
『グォォオオオオッ!!』
その時苦しげな悲鳴を発したのは、かつて自動展開するバリア能力でさやか達を追い詰めたドン・シュバルツだった。
彼のバリアは装甲少女が直に近付いた時のみ発動する代物であり、遠距離からの飛び道具に対しては一切の効果を為さない。
バリアを張れないまま斬撃に貫かれて、真っ二つに分かれた鉄の巨体が轟音と共に地面に倒れる。
だがミサキが技を放ったのとほぼ同時に、彼女の背後に立っていたブリッツがミサイルを全弾一斉に発射していた。
直後ミサイルの集中砲火を浴びて、ミサキは一瞬にして爆炎に呑まれてしまう。
「うわぁぁああああっっ!!」
全身を強い衝撃で打ちのめされて、肉を焼かれるような痛みのあまり少女が悲痛な叫び声を上げる。そしてそのまま意識が遠のいていった……。
『……GAME OVER!!』
ナビゲートらしき機械音声が流れると、周囲の景色が一変していく。
ゼル博士の研究所の一室……その中央にある体感ゲームのような機械の座席シートに座りながら、ミサキはVRゲーム用のヘッドマウントディスプレイを装着していた。
「……ぐっ!!」
悔しげに下唇を噛むと、ディスプレイを頭から外す。そして座席シートから立ち上がると、喉が渇いたのか、部屋の棚に置かれていたスポーツドリンクに手を伸ばし、そのまま一気にゴクゴクと飲み干した。
「フゥーーッ……」
口から溜息が漏れ出す。その顔に浮かぶ重苦しげな表情は、思う結果が出せなかったばかりに、自身の無力さに深く落胆しているようでもあった。
彼女が入っていた機械は、ゼル博士が作ったバーチャル・シミュレーターで、仮想空間において能力を再現されたメタルノイドと戦う事が出来る。
リアルな痛みは感じるものの、死ぬ心配をせずに実戦経験を積む事が出来る便利な代物であり、さやか達三人は空き時間があればよく特訓していた。
唯一の難点は、これまでに戦ったメタルノイドのデータしかインプットされていない為、未知の能力に対する備えにはならないという事だった。
「ミサキっ!」
ゆりかが血相を変えながら部屋へと入ってくる。そして早足でズカズカと機械に近寄ると、設定画面らしきパネルに目を向けた。
「……難易度設定が最大になってるじゃないっ! 今朝からずっと思い詰めた顔してたから、何か様子が変だって思ってたわ! 一人で勝てる訳無いのに、どうしてこんなムチャしたのっ! いくら死なないって言っても、負けたらとっても痛いんだからっ!」
直後ミサキの方へと振り向くと、腰に手を当てて、声を荒らげて叱り付ける。口調は厳しかったが、その言葉からは友に対する気遣いが感じられた。
そんな友の心情を察して、ミサキは申し訳無さそうにしゅんっとなる。
「すまない……難易度を最大に設定すればバエルが出るようになったと博士に言われて、どうしてもやってみたくなったんだ。昨日の戦いでバエルを倒せたのは、ほとんどさやか一人の力だ。私も、もっと強くなって……もっと仲間の力になりたかったんだっ!」
ぶちまけるように大声で叫ぶと、顔をうつむかせる。その表情は強い苦悩を滲ませていて、自身の力の無さに対するもどかしさが痛いほどよく伝わってきた。
さやかは昨日博士に言われた事を二人には話さなかったが、あの後二人は博士を問い詰めて、さやかの強化変身にリスクがある事やバエルが生きていた事は、結局は彼女たちの知る所となった。
それらの事実はさやか本人以上に、さやかを気遣う友の心に深い重圧となってのしかかり、力を欲せずにはいられなくさせたのだ。
「もうっ……いきなり高い難易度に挑んだって、腕は磨けないわよ」
ゆりかが呆れたように口にする。彼女なりに気持ちは分からなくも無かったのか、あえてそれ以上咎める事はしなかった。
「それで、他に何か用か? まさかそれを言う為だけに、ここに来た訳では無いだろう」
ミサキは顔を上げると、気持ちを切り替えたように冷静に問いかける。
彼女の言葉を聞いて、ゆりかはああ、やっぱり……と言いたげにまたも呆れたような顔をしながら、両腕を組んで溜息をついた。
「忘れたの? 今日は私と貴方とで、買い出しに行く日でしょ」
約束を忘れていた事を指摘されて、ミサキは一瞬ハッと目が覚めたような顔付きになる。まさにしまった、やらかしたという表情をしていた。
「あぁっ! そっ……そうだったっ! 忘れていたっ! くっ……すまない。昨日の事で、すっかり頭がいっぱいになってしまっていた……」
慌てて弁解すると、すぐに部屋にある荷物をまとめて、急いで出かける準備を始めた。
◇ ◇ ◇
昼間の街中を、二人の少女がトボトボと歩く。ゆりかとミサキは日用品を買うためにドラッグストアへと向かっていた。本来ならさやかを入れて三人で行く所だが、彼女は体に異常が無いか調べるため、念入りに検査を受けていた。
そのため今日は二人だけで買い出しに行かなければならなかった。
「……」
「……」
無言のまま歩き続ける二人の間に、俄かに重い空気が漂う。
(きっ、気まずい……)
ミサキが心の中で焦りだす。先ほどはうまく喋れたものの、いざ自分から話しかけるとなると、何を話せばいいのか分からなかった。かといって向こうから話しかけてくる気配も無い。
いつもさやかを混じえた三人でばかり行動していた彼女たちは、こうして二人きりになる機会がこれまでほとんど無かった。
そして結局一言も話さないまま、二人はドラッグストアへと着いてしまう。
(……このままではいかんっ! この淀んだ空気を打破するために、私はあえてその身を激流の荒波へと投げ込まんっ!)
意を決すると、ミサキは心臓をバクバクさせながら、自ら進んで言葉を発した。
「見ろっ! 今日はスポーツドリンクが半額だぞっ!」
「そうね」
「……」
「……」
ゆりかのあまりにそっけない返答に、ミサキは思わず出鼻を挫かれてしまう。まるで決死の覚悟で放ったレイピアの一撃が、巨大な鉄の壁にぶつかって無惨に折れ曲がったような、そんな心境だった。
それでも彼女はまだ諦めていない。何としても友との会話を成立させる、という強い意気込みを抱いて、店内に立てられた旗を指差しながら口を開いた。
「見ろっ! 今日はポイント三倍セールだぞっ!」
「そうね」
「……」
「……」
……またしても、二人の間に沈黙が訪れる。
(……くそっ! 一体何なんだっ! 彼女はもしかして私の事が嫌いなのかっ!? そもそも私たちは磁石みたいなもの……S極とN極なら合うが、同じN極同士が合う訳など無いんだっ! どうすればいい……どうすればいいんだっ! 誰か……誰か助けてくれっ!)
内心そんな事を考えて必死に悩んでいたミサキだが、やがてある策を思い付いたのか、覚悟を固めたように口を開く。
「見ろっ! あそこに変なおじさんがいるぞっ!」
「いるわね……って、そんなのいる訳ないでしょっ! さすがにっ!」
彼女があまりに突拍子も無い事を口走ったので、ゆりかは思わずツッコミを入れた。
「あははははははっ!」
友が予想通りの反応を返してくれた事に安堵するあまり、ミサキが腹を抱えて笑い出す。これまで溜め込んでいた鬱憤が全て晴れたかのような、豪快な笑いっぷりだった。
声を上げて笑い出す友の姿を、ゆりかはキョトンとした目で見ていた。
「やっと……やっとまともに話してくれた。怖かったんだ……本当は嫌われてるんじゃないかと、ずっと心の中でビクビクしていた。何しろ元は敵同士だった間柄だ。嫌われるだけの事をしてきたのは十分に理解している」
そこまで語ると、ミサキの顔が少しだけ暗くなる。楽しげだったはずの笑みは憂いを帯びて、何とも切なげで儚い印象へと変わっていた。
「だが、それでも……それでも私はもっと、お前と仲良くなりたかったんだっ! 今までも、そしてこれからも苦楽を共に乗り越えていく仲間だというのに、単にさやかを通じて知り合っただけの間柄では、あまりにも寂しいじゃないかっ!」
目をつむって顔をうつむかせると、思いの丈を全て打ち明けるように大きな声で叫んだ。彼女の声は店内へと響き渡り、周囲が俄かにざわつく。
「ちょっ、ちょっと!」
他の客にジロジロ見られてゆりかは慌てるものの、ミサキはその場から一歩も動こうとはしない。よほど強い覚悟で行った告白なのか、真剣な表情を浮かべたまま石のように固まってしまっている。
そんな彼女の姿を見て、ゆりかは何だか悪い事をしてしまった気になった。そして恥ずかしそうに体をモジモジさせながら、小さく口を開く。
「……私だって」
何事かをボソッと小声で呟くものの、音が小さすぎてミサキにはうまく聞き取れない。
「ん? 何だって? すまない、もう一回だけ大きな声で言ってくれないか」
ミサキが顔を上げて聞き直すと、ゆりかはしばらく黙っていたが、やがて意を決したようにスゥーーッと大きく息を吸い込む。そして……。
「私だって、おんなじよぉっ! 何話せばいいかなんて、全然わかんなくて……ずっと……ずっと、怖かったんだからぁぁぁあああああっっ!!」
半ばヤケを起こしたのか、突然喉が裂けんばかりの声で叫び散らした。彼女の声は店の外まで聞こえるほど大きく、店内にいた全ての者はビクッと震え上がり、ミサキは驚くあまりひっくり返りそうになっていた。
それはさながら落雷の音が人々を黙らせたかのような光景だった。
「ハァ……ハァ……」
店内がシーーンと静まり返る中、ゆりかただ一人が呼吸を荒くしている。彼女にとって一大決心の告白だったのか、目に涙を浮かべて顔を真っ赤にしながら、恥辱に耐えるように全身をプルプルと震わせている。
「そうか……そうだったんだなっ! 青木ゆりか、私たちは似た者同士だっ! 相手が同族だと分かって、こんなに嬉しい事は無いっ! 同じ磁石のN極同士、これからも仲良くやっていこうっ!」
嫌われていた訳ではないと分かった事がよほど嬉しかったのか、ミサキはとても満足げな笑みを浮かべると、そのまま勢いでゆりかを抱きしめた。
「ちょ、ちょっと! いきなり何するのっ! そ、そういう事するのはさやか一人で十分なんだからっ! は、離してぇっ!」
「いいや、離さないぞっ! 心の友よっ!」
必死に体を動かして抵抗しようとするゆりかを、ミサキは人目もはばからずに両腕でがっしりと包み込むように抱きしめ続けていた。
◇ ◇ ◇
ドラッグストアでの買い物を終えた二人が、一緒に街中を歩く。言葉は交わさなかったものの、店に入る前のような淀んだ空気はそこには無く、足音は心なしか軽やかであった。
そうして二人で歩いているうち、ミサキが思い立ったように口を開く。
「……すまない、用事を思い出した。先に帰っていてくれ」
そう告げると、ゆりかの返答も聞かずに駆け出していた。
◇ ◇ ◇
ミサキがたどり着いた川沿いの土手……そこにある草むらは、シロツメクサの群生地になっていた。
彼女は迷い無く草むらに足を踏み入れると、何かを探すように草をかき分ける。
「……あったぞっ! 幸運の証……四葉のクローバーだっ!」
歓喜の笑みを浮かべながら、見つけた葉っぱを高々と掲げたその時だった。
『お嬢さん……探し物は見つかったかい?』
頭の中に怪しげな声が響き渡り、ミサキは手にしていた四葉のクローバーを、慌てて服のポケットにしまい込んだ。
「誰だっ! 姿を現せっ!」
敵の襲来を予感してサッと身構えると、彼女の前に小型のブラックホールが発生する。そしてその中から、一体のメタルノイドがヌゥッと姿を現した。
その者は背丈8m、全身は純黒一色に染まっており、石の巨人のようにゴツゴツしてどっしりした体格をしている。影の巨人と呼ぶに相応しい外見をしていた。
姿だけを見た限りでは、オーガーのようなパワータイプに見える。
「貴様、バエルの手先かっ!!」
突如現れた敵に、ミサキが威嚇するように睨み付けながら問いかける。
少女の質問に、漆黒の巨人はさも当然と言いたげに笑いながら答えた。
『フォフォフォ……聞くまでも無かろうッ! 我はNo.008 コードネーム:ジャイアント・グラム……貴様らを抹殺する為に送り込まれた、バロウズの刺客なりっ!!』




