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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
第二部 「破」
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第60話 下された鉄槌(後編)

 ……恋人、友情、家族、愛……守るべき物を全て捨てたがゆえに、最強となった一人の男がいた。

 彼とは真逆に、守るべき物を得たがゆえに最強となった女がいた。

 全てを捨てた男と、守りたい物を得た女……ぶつかり合った時、勝者となるのは……。


  ◇    ◇    ◇


最終ファイナルギア……双解放ダブルチャージッ!!」


 さやかの両腕のギアが、ドリルのような駆動音と共に高速で回りだす。直後彼女の両腕へと赤い光が急速に集まりだすものの、すぐに技を放つには至らなかった。


「クククッ……馬鹿めぇっ!! オメガ・ストライク二発分のパワーを一度に溜めたら、時間が掛かるに決まっているだろぉっ! それをこの重大な局面でやるとは、頭が悪いにも程があるッ! 貴様がそうしてもたついている間に、私が奥の手を叩き込んでくれるわぁっ!!」


 少女の決死の覚悟を、バエルが馬鹿げた愚行だと声に出して嘲笑う。内心ではもう勝った気になっていた。

 だが彼がとどめを刺そうと前に踏み出しかけた時、何者かが足を掴んだ。


「ッ!?」


 バエルが驚いて目をやると、彼の足元にエルミナが必死にしがみついていた。


「ママの邪魔は……させないッ!!」


 彼女は上半身だけになりながらも、魔王の足を力強く掴んで、決して離そうとしない。その鬼気迫る表情からは、何としても母親の力になりたいという底知れない執念が感じられた。


「グッ……離せぇっ! 離せぇぇええええっ!! この出来損ないの、役立たずの機械人形がぁっ! そもそも最初に貴様を作ってやったのは、この私だぞぉっ! にも関わらず私への恩義を捨てて、事もあろうに人間如きなどに尻尾を振るとはッ! このゴミクズがぁぁあああああッッ!!」


 予想外の妨害に苛立ちを覚えるあまり、バエルが激昂して口汚く罵った。完全に頭に血が上って、冷静さを欠いていた。

 少女を力ずくで振りほどこうと足を何度も振り回し、最後はサッカーボールのように強く蹴飛ばしていた。


「マッ……!!」


 蹴られたエルミナの上半身が、魔王の足から力無く離れる。ゴムボールのように何度も地面をバウンドして転がった挙句、最後は動かなくなった。

 障害を排除したバエルがさやかの方に目をやると、両腕に集まっていた赤い光はかなりの量になり、エネルギーが溜まり切る寸前のように見える。


「グッ……ならば、これでも喰らえぇぇええええっ!!」


 徒歩では間に合わないと悟ったのか、バエルは右手に溜めていた『奥の手』である青い光を球状に圧縮させる。そしてそれを前方にいるさやかに向かって、飛び道具として撃ち出した。


 だがバエルが放った青い光球は、別の方角から飛んできた刀の刃に貫かれて、さやかに届く前に空中で爆発して四散した。


「何ィィッ!?」


 またも妨害が入った事に、バエルが驚きの言葉を発する。

 刀が飛んできた方角に目をやると、ミサキがうつ伏せに倒れたまま上半身だけを起こして、手のひらをかざしていた。刀は彼女が投げ付けたものだった。

 さやかが技を放つまでの時間を稼げた事を確信し、敵を小馬鹿にするようにニィッとしてやったり顔を浮かべていた。


「おのれぇっ!! 一度ならず、二度までも……ッ!!」


 二度も横槍を入れられた事を悔しがるあまり、バエルは思わず地団駄を踏んだ。

 彼は内心、判断を見誤ったと深く後悔していた。

 さやかに意識を向けられるあまり、他の誰かの邪魔が入る事など、考えも及ばなかったのだ。まさに強者であるがゆえの慢心が生んだ油断としか言いようが無かった。


 だが気付いた時には既に遅く、少女の両腕は溢れんばかりの赤い光を放ち、技を放つ為のエネルギーは完全に溜まり切っていた。

 さやかは決意を固めたように両の拳を力強く握り締めると、頼もしげな笑みを浮かべた。


「バエル……何もかも、これで全て終わらせるッ!!」


 そう口にすると、すぐに前方に向かって駆け出す。そしてバエルの腹に、左拳による一撃を叩き込んでいた。


「オメガ・ストライク……バニッシュキルッ!!」


 掛け声と共に、左腕に強い力が込められる。少女の拳は魔王の腹に深くめり込んでおり、内部の機械をズタズタに破壊している感触が拳へと伝わる。


「ぬぐぅぅぉぉおおおおっっ!!」


 腹に致命的な打撃を喰らい、バエルが慌てて後ろへと下がる。内臓が千切れんばかりの激しい痛みに、思わず呻き声を漏らしてその場にうずくまった。


「ぐっ……まだだ……まだ終わらせんぞぉぉおおおおっ!!」


 それでも目の前の敵に屈するまいという意地ゆえか、痩せ我慢するように言葉を吐きながら、二本の足でしっかりと大地に立つ。

 全身に広がろうとした腹の傷を、金色の光が急いで修復しようとする。

 だがかろうじて立っていたバエルの腹に、さやかが間髪入れずに次なる右拳を叩き込んだ。



「……ゼノン・ストライクッ!!」



 ゼノン・ストライク……。

 その威力はオメガ・ストライクに換算して、およそ一万倍。

 大地を殴れば、そのまま地球が半分消し飛ぶ程の破壊力を持つ。

 雷帝ゼウスの名を冠した神の一撃は、まさに天翔けるいかずちの如く、魔王の体を一瞬にして貫いたっ!


「バッ……ドブゥゥルワァァアアアアアーーーーーッッ!!」


 必死に一撃目に耐えようとした所に二撃目を叩き込まれて、バエルは化け物のような奇声を発しながら、あっけなく吹き飛んだ。そしてさやか達の墓となるはずだった黒い石碑に激突して、木っ端微塵に粉砕させた。

 それでもなお勢いを殺される事無く突き進んだ魔王の体は、背後にあったビルを三つほどブチ抜いた挙句、最後は地面にめり込んで大量に砂ぼこりを巻き上げながら停止した。

 魔王の体が衝突した大地は、まるで巨大な竜の爪でえぐられたような跡になっていた。


「グゥゥ……」


 そしてバエルが体をよろめかせながら、ゆっくりと立ち上がる。

 腹に付いた亀裂は瞬く間に全身へと広がっていき、体中からはバチバチと火花が散って、亀裂の入った部分からは血のように真っ赤な油が漏れ出す。

 金色の光は急いで傷を修復しようとするものの、それよりも彼の体が崩壊する速度の方が圧倒的に上回っていた。


「こっ、こんな……馬鹿な……私は……私は、神をも超えた存在だぞッ! 神が……神が、死ぬというのかッ! そんな……そんな馬鹿なッ! 我こそ宇宙の絶対的支配者にして、万物の王たる存在ッ! その私が、塵芥にも劣る一匹のアリなどに、殺さ……れ……ウッ……ウゥゥボォォァァアアアアアーーーーーーッッ!!」


 何とも形容しがたい断末魔の悲鳴を上げると、バエルの体は轟音と共に爆発してバラバラに吹き飛んだ。そして四方八方へと飛び散った鉄の部品も、粒子状に分解されていき、最後はネジの一本も残らない砂と化して、風と共に空しく散っていった。

 ……あまたの人間を虫ケラのように踏み潰してきた男の、神からは程遠い無惨な死に様だった。


「アンタが神というなら……私は神だろうと、殺してみせるッ!!」


 文字通りに跡形も無く消滅した魔王の姿を見届けて、さやかはその死を侮辱するように強い口調で吐き捨てた。

 戦いが終わった事を確信した彼女が周囲を見回すと、上半身だけのエルミナが地面に転がったまま動かなくなっているのが目に入る。


「ルミナっ!」


 魔王に蹴られた娘が心配になって、さやかが慌てて駆け寄る。

 目に涙を浮かべて必死に声を掛けながらエルミナの体を揺すると、口がかすかに動いた。


「ママ……ついにやったんだね。おめでとう……」


 そう言って穏やかな笑みを浮かべながら、母親の勝利をねぎらう。蹴られた時に強い衝撃が加わったものの、致命傷には達していなかった。


「ママ……私、ちょっと疲れたから眠るね。大丈夫、死んでないよ……ただエネルギーが切れるだけだから、心配しないで。すぐにまた会えるから。それじゃ、ママ……おやす……み……」


 語り終えると、エルミナはフッと電池が切れたように力尽きて、機能を停止させた。その顔は最後まで仕事をやり遂げたという、充実した満足感に満ちていた。

 健気な姿に胸を強く打たれるあまり、さやかは動かなくなった娘の体をぎゅっと強く抱き締めた。


「ルミナ、本当に最後までよく頑張ったね。ありがとう……お休み」


 そう口にして、慈愛に満ちた聖母のような眼差しを向ける。


「さやかぁあああーーーーっっ!!」


 その時、ゆりかが大声で叫びながら駆け寄ってきて、さやかに背後から抱き着いた。


「ううっ……さやか……良かったよぉ……勝ってくれて……生き返ってくれて、本当に良かった……」


 そして背中に顔をうずめると、思いを全てぶちまけるように目から大粒の涙をボロボロと溢れさせて、嗚咽を漏らして泣き出した。

 絶望的な状況から一転して勝利を掴めた事に感激するあまり、胸がはちきれそうになっていた。


「私一人の力じゃないよ……ゆりちゃんも、ミサキちゃんも、ルミナも……みんながいたから掴めた勝利……私たちの勝利だよ」


 さやかは勝利の余韻に浸るように口にすると、友の頭をそっと優しく撫でる。


 ゆりかとは対照的に、ミサキは少し離れた場所から静かに二人を見守っていた。それは立ち上がる力が残っていないようにも、また抱き着く役目をゆりかに譲ったようにも見えた。


(宇宙最強の男……バロウズ総統……バエルは死んだ。本当に、死んだんだ……これで何もかも、全て終わってくれれば良いのだが……)


 一抹の不安がよぎったものの、あえて胸の奥にしまって、今はただ純粋に勝利の喜びに浸る事に決めた。

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