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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
第二部 「破」
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第59話 下された鉄槌(中編-2)

「ああっ……さやか……」


 友の死を実感して、ゆりかとミサキは共にガクッと地に膝をついた。

 最後の希望が打ち砕かれた悲しみのあまり、深く落胆せずにはいられなかった。


「フハハハハハハァッ!! 二人共、これで分かっただろうッ! あの女もよくやったよ……何しろ、宇宙最強の王たる私をここまで追い詰めたのだからな。その戦いぶり、素直に賞賛に値するぞ。もはや十本の指などというケチな事は言わぬ……この宇宙において、私に次ぐ実力を持った猛者に認定してやっても良いくらいだ」


 絶望に打ちひしがれた少女に更なる追い打ちを掛けようとするように、バエルが長々と語りだす。完全に勝利の味に酔いしれて、気分が高揚していた。


「だがそこまで行っても、私という壁を超えられはせんかったのだ……やはり私こそが……このバエルこそが、宇宙の頂点に君臨する絶対的支配者であると、改めて今日ここに証明するに至ったッ!! ハァーーッハッハッハァッ!!」


 世界を暗黒の奈落に突き落とした男の、邪悪な高笑いが響き渡る。

 ゆりかもミサキも彼の言葉に反論出来ず、ただ悔しげに目をつむって顔をうつむかせる事しか出来なかった。

 魔王の勝利が確定した空気になり、絶望的な雰囲気が漂いだした時……。


「……ッ!?」


 真っ先に異変に気が付いたのは、他ならぬバエルだった。

 裂け目があった空がバチバチッと音を立てて火花を散らした後、先ほどと同じように木の板がバリバリ裂けたような音が鳴りだす。

 直後、閉じられたはずの空間の裂け目が、再び開き始めた。


「んんぐぅぅぉぉおおおおおっっ!!」


 穴の中から、赤城さやかがゴリラのように力む声が発せられた。

 驚くべき事に、彼女は裂け目の向こうから穴を力ずくでこじ開けようとしていた。


「ばっ……馬鹿なぁっ!?」


 あまりに非常識な出来事に、バエルは開いた口が塞がらなかった。

 宇宙の物理法則すら捻じ曲げた怪現象ぶりに、ゆりかもミサキもただ呆気に取られて立ち尽くしていた。


 三人が見ている前で、裂け目はどんどん少女の手で押し広げられていき、やがて人が一人通れる分の大きさになる。

 そしてチャンスとばかりにさやかがこちら側へと飛び込むと、裂け目はすぐに閉じていき、再び何も無い空へと戻った。


「ハァ……ハァ……」


 バエル達のいる空間へと戻ったさやかが、辛そうに息を切らす。暗黒空間から脱出するために体力を消耗したのか疲れを見せていたが、深手を負っている様子は無かった。


「馬鹿な……一度閉じた裂け目を力ずくでこじ開けて、自力でブラックホールから脱出したというのかッ!? そんな馬鹿なッ! ありえないッ! そんな力任せの荒業、私にだって不可能な事だぞッ! それをこうもあっさり成し遂げるとは……貴様、本当に人間かッ!? 一体何なんだ、貴様はぁっ!!」


 思考の整理が付かないまま、バエルが早口でまくし立てる。

 自身の想定を上回り続ける彼女の行動に、頭がおかしくなってしまいそうだった。


「誰かを助けるためなら、不可能だって可能にするよ……ヒーローだもの」


 狼狽する魔王の問いかけに、さやかは足元をふらつかせながらもドヤ顔で答える。

 科学的根拠もへったくれも無いデタラメな言葉も、実際にそれをやってのけた彼女が口にするのであれば、無駄に説得力があるように思える。

 彼女はまさに現実世界に現れたスーパーヒーローそのものだった。


(ヒーロー……だとぉ!? チィッ!!)


 少女の言葉を聞いて、魔王は心の中で腹立たしげに舌を鳴らした。


 バエルは本格的な侵攻を開始する前、地球の娯楽作品に目を通していた。

 そこには悪を憎み、正義の為に戦う数々のヒーローが描かれていた。

 もし彼らが実在するならば、自分の野望にとって一番の障害になり得るだろうとも考えた。

 だが彼らはしょせん創作の人物……実在などする訳が無いと分かっていた。分かっていたはずなのだが……。


 しかし今、目の前に立ちはだかる少女は……彼女は、バエルが最も存在する事を恐れていた正義のヒーローの姿に他ならなかった。

 それは魔王にとっては、死刑宣告を受けたに等しかった。


「さぁ……行くよっ!」


 少女は自身を奮い立たせようと二本の足でしっかりと大地に立つと、すぐに敵に向かって駆け出していた。


「グッ……おのれぇええっ!! 何がヒーローだッ! ふざけるなッ! そんなもの、本当にいる訳が無いだろうッ! 世迷言も大概にしろッ! この脳みそが腐りきった、哀れな大馬鹿者がぁぁあああッ!!」


 彼女が実存するヒーローである事を頑なに否定しようとするあまり、バエルは我を忘れて口汚く罵った。もはや普段の冷静さなど、欠片も失っていた。


「はらわたブチ撒けて、無様に息絶えるがいいッ! ナノマシン・デスビィィーーーーームッッ!!」


 そして大声で叫ぶと、指先から黒いレーザーのような物体を発射していた。

 超高速で放たれたレーザーは、さやかの人工心臓ではない本物の心臓を、避ける間もなく撃ち抜いた。


「んぐぅっ!!」


 急所を撃ち抜かれて、さやかが苦痛に顔を歪ませる。

 全身がビクンッと震え上がり、レーザーが通り抜けた傷口からは真っ赤な血が噴水のように噴き上がる。

 その光景を目にして、バエルはニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。


 だが受けた傷は一瞬にして塞がり、少女はひるまずに敵に向かっていく。


「どぉぉおおおりゃぁぁあああああっっ!!」


 気迫の篭った拳の一撃が、雄叫びと共に放たれる。少女の拳は魔王の顔面にめり込むと、そのまま一気に全力で振り抜いていた。


「オッ……ドギャァァアアアアーーーーーッ!!」


 ゴリラの如き馬鹿力で顔を殴り付けられて、バエルが奇声を発しながら豪快に吹き飛んでいく。

 殴られた衝撃で黒い金属片のような物が大量に飛び散り、全身を地面に叩き付けられるたびに、強い地震のような揺れが起こる。

 最後は死んだセミのようにだらしなく地面に横たわり、体をピクピクさせていた。


「おおっ!!」


 ミサキとゆりかが思わず歓声を上げた。

 さやかが叩き込んだ一撃は、バエルにかなりの深手を負わせたように見えたからだ。

 もう勝敗は決したのではないかと、そう思わせる程だった。だが……。


「クククッ……」


 バエルが不気味に笑いながら、ゆっくりと立ち上がる。とても追い詰められた男の取る態度では無い。

 彼の顔は殴られた衝撃でグニャリと醜く歪んで、かすかに亀裂が入っていた。

 だが次の瞬間金色の光に包まれると、受けた傷がみるみる内に塞がっていく。そして最後は完全に元通りになっていた。

 最終形態になる直前に、傷を全回復したのと同じように……。


「クククッ……残念だったな、赤城さやか。私にも君と同じように回復能力があってね……私は君を殺せないかもしれないが、君も私を殺す事が出来ないのだよ。そして、この戦い……やはり私の勝ちのようだ」


 バエルはそう口にして、意味ありげに笑ってみせた。


「何ッ!? デタラメを言うなぁっ!!」


 ミサキが声を荒らげて怒り出す。互角の戦いをしているように見える彼女からすれば、魔王の発言は到底受け入れられる物では無かった。

 そんなミサキの態度を嘲笑うように、バエルが語りだす。


「たった今、能力の解析が終わった所だ。赤城さやか……いや、エアロ・グレイブよ。貴様のその変身は……わずか十分しか持たないッ! しかも致命傷を受けるたびに、時間は三十秒ずつ短縮されているッ! 残り数分の間に私を殺せなければ、殺されるのは貴様の方……という訳だッ!」

「なっ……!?」


 魔王の口から語られた衝撃の言葉に、ミサキとゆりかは共に顔を青ざめさせた。

 それはこれまで無敵とされてきたエアロ・グレイブに、敗北の根拠を与えるに等しい内容だった。その事にショックを受けるあまり、体の震えが止まらなくなる。


「……」


 さやか自身は最初から知っていたかのように、あえて無言を貫く。

 彼女が反論をしなかった事も、魔王の発言に信憑性を与える判断材料として十分だった。


「もっとも、呑気に時間切れを待ってやるほど私は気が長くない……私には今の貴様を一撃で戦闘不能に追い込む、奥の手があるのでな……それを使わせてもらう。ここまで温存してきたのは、裏技……いや、もはやイカサマと言ってもいい反則技だからだ。王としての誇りに傷が付くほどにな……だがエターナル・デッドエンドすら防ぎ切った貴様になら、使っても良かろう……」


 言い終えると、バエルの右手に青い光のようなものが集まりだす。それは彼自身が口にした奥の手を使うための準備動作に見えた。

 直後、さやかの脳内にアームド・ギアの人工知能と思しき声が発せられた。


(さやか……何としても、ヤツに奥の手を使わせるなッ! 使われたら、この形態だろうと勝ち目が無くなるッ!)


 声を聞いて、さやかは意を決したようにバエルへと向き直った。


「だったら、この二撃で勝負を決める……最終ファイナルギア、双解放ダブルチャージッ!!」

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