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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
第二部 「破」
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第58話 下された鉄槌(中編-1)

 さやかが目覚めた新たな力……それは受けた傷が、一瞬で全回復するというものだった。致命傷となる攻撃を喰らっても即座に立ち直る姿は、まさに不死鳥の再来と呼ぶに相応しかった。


 単に身体能力が向上しただけに留まらず、不死の力までも得た敵を前にして、あまりにも現実離れした出来事にバエルは目まいすら覚えたが、それでも極力冷静さを保つように心がけた。


(とにかく慎重に、正確に……相手の能力を見極めねばなるまい……)


 心の中で思い立ったように口にすると、右手の親指と人差し指でOKサインのような輪っかを作り、片目で穴を覗き込む仕草をした。


「……『能力を見通す目(ステータス・ゲイザー)』ッ!! 我が目はX線撮影の如く、敵の内蔵を隅から隅まで、正確に見渡し……そして解析するッ!!」


 掛け声と共に、バエルの瞳の色が変わりだす。何やら視覚モードのようなものを切り替えているらしかった。

 そしてさやかの体をじっと観察すると、すぐに異変に気が付く。


(馬鹿な……心臓が二つあるだとッ!? 片方はアームド・ギアのナノマシンが即興で作り出した、人工心臓かッ!? バイド粒子は、感情が高ぶった時に脳と心臓から分泌される粒子……心臓が二つあれば、その分バイド粒子が多く生み出せるという理屈にはなる……だとしても……そうだとしても、その為に心臓をもう一つ作ってしまうとは……まともな人間の発想では無いッ!!)


 彼女の人間離れした体の構造に、バエルは驚愕せずにはいられなかった。

 それは超人の力を得るために、人間である事を捨てる行為に等しかった。


(何かを得る為には、何かを失わねばならぬ……この女は、ついにしたのだ……私を殺す為に……たったそれだけの為に、大切な何かを『捨てる覚悟』を……ッ!!)


 今この場で勝つ為ならば、全てを投げ出さんとする彼女の捨て身の覚悟に、バエルは背筋が凍る思いがした。


「バエル……貴方の野望は今日、ここで終わる……貴方に今の私は殺せない……絶対にッ!!」


 そんな魔王の焦りなど気にも止めず、さやかは挑戦的な言葉を吐きながら一歩ずつ前へと踏み出す。

 当然と言うべきか、自らが不死の力を得た事を自覚しており、それゆえに決して負ける事など無いのだという、揺るぎない勝利への自信に満ちていた。


「クッ……」


 彼女の挑発に対して反論の言葉も出ず、バエルは悔しげに下唇を噛んだ。

 内心では彼女を確実に殺せる手段を思い付けずにいたが、このまま何もせずにただ黙って殺される訳にも行かない。

 意を決したように両足に力を込めると、相手よりも先に地を蹴って駆け出していた。


「いっそ不死身だろうと構わんッ! 百回でも千回でも、一万回でも……貴様の心が折れるまで、永遠に殺し続けてくれるわぁッ!!」


 大声で叫ぶと、両拳を駆使したガトリングのような高速の連撃を放った。

 さやかもそれを迎え撃つように両拳を強く握り締めて、高速のラッシュを放つ。


「ドララララララァァアアアアーーーーーッ!!」

「だだだだだだだぁぁああああーーーーーーっ!!」


 バエルとさやかが共に勇ましい雄叫びを上げながら、秒間百発を超すパンチを繰り出す。互いの速さはほぼ互角であり、拳と拳がぶつかり合うたびにドゴォッという物凄い大きな音が、振動と共に鳴り響いた。

 音だけ聞いたら、まるで巨人の集団が高速で足踏みしているかのようだ。


 両者共に一歩も譲らずに殴り合っていたが、このままではらちが明かないと判断したのか、バエルが突然後ろへと下がりだす。

 そして渾身の一撃を放とうとするかのように、体を大きくねじって、右腕を思いっきり振りかぶった。

 さやかも彼の行動に合わせようとするかのように、右拳をグッと握り締めて力を溜め込んだ。


「オオオオオッッ!!」

「でぇぇやぁぁあああっ!!」


 互いの全力を込めた拳の一撃が、雄叫びと共に放たれる。そして二つの拳が激しく衝突すると、空が震え地が裂けんばかりの衝撃波が発生して、両者は共に後方へと弾き飛ばされてしまう。


「ヌゥゥオオオッ!!」

「うわぁぁあああっ!!」


 互いに思わず声を発しながら、地面へと全身を強く叩き付けられる。拳がぶつかり合った衝撃と、地面に打ち付けられた痛みはあるものの、二人とも深手を負った様子は無かった。


「凄い……不死身なだけじゃないぞっ! 今のさやかのパワーは、本気を出したバエルとほぼ互角だっ!」


 これまでの戦いを見ていて、ミサキが思わず嬉しそうに口にした。

 両者の力が互角であるならば、不死である分さやかの方が有利という事になる。

 今まで誰も勝てなかったバエルという最強の男に、さやかが勝てるかもしれない現状に、胸がおどらずにはいられなかった。

 ミサキの言葉に、ゆりかも同意するように笑顔で頷いた。


「……」


 少女の歓喜の言葉には耳を貸さず、バエルが無言のままゆっくりと立ち上がる。その表情は静かな怒りを秘めているようにも、また何か覚悟を固めたようにも見えた。


「もう二度と使うまいと思っていたが……」


 かすかに葛藤をにじませたような声で口にすると、さやかの方へと向き直った。


「赤城さやか……エアロ・グレイブッ! 我が生涯において、実戦でこの技を使うのは、貴様で二人目だッ! 誇るが良い……この魔王に、正真正銘の偽りなき本気を出させたのだからなッ! 私が肉弾戦で勝てないと認めた相手にのみ使う、一撃必殺の最大奥義……エターナル・デッドエンドッ!!」


 バエルは技名らしき言葉を大声で叫ぶと、左手の拳を強く握り締めて、天に向かって突き上げた。

 直後ゴゴゴゴゴッと何かが揺れるような音が鳴り出す。だが空も大地も、少しも揺れてはいない。ただ不気味に音が鳴っているだけだ。


「何……!?」


 明らかに何かが起こりそうな予感がして、少女達が咄嗟に身構える。

 直後さやかの頭上にある空間が、バリバリと木の板が裂けるような音と共に割れだした。それは人が通れる大きさの黒い裂け目になると、周囲にある物全てを掃除機のように吸い込み始めた。


「うっ……うわぁぁああああっっ!!」


 さやかは必死に抗おうとするものの、物凄い力で一気に裂け目へと吸い込まれてしまう。

 そして少女を呑み込むと、裂け目は仕事を終えたと言わんばかりに閉じていき、後には何も無い空だけが残った。


「さや……か……?」


 仲間が空間の裂け目に呑まれたまま消えたのを見て、ゆりかの顔が急激に青ざめる。胸の内にとてつもなく嫌な想像が湧き上がり、恐怖と絶望を覚えずにはいられなかった。

 ミサキもまた、突然の出来事に驚くあまり呆気に取られていた。

 そんな二人に現実を突き付けようとするように、バエルが口を開いた。


「フフフッ……フハハハハハハァッ!! 銀河の中心域にある巨大ブラックホールと空間を繋げて、そこに敵を放り込む技……それがエターナル・デッドエンドッ!! 一度放り込まれたら、脱出は永久に不可能ッ!! たとえ不死だとしても、超重力の渦の中を永久に彷徨さまようハメになるのだッ!!」


 自信の技の無敵ぶりについて、高笑いしながら得意げに語る。


「二度と使うまいと、禁じ手にしていた技だ……それを使わせたのだ。赤城さやかよ、せめてその事を誇るがいい……貴様は敗れはしたものの、私にポリシーを曲げさせたのだ……」


 そして勝利の喜びに浸るように、物思いにふける。彼にとってさやかという少女は、一生忘れがたい記憶に焼き付いた存在となっていた。

 今後どれだけ多くの敵と戦おうとも、今日のような体験は二度と味わえまい……そんな思いすら湧き上がっていた。

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