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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
第二部 「破」
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第56話 再起動 -Re:BOOT-

 声に促されて、さやかは驚きつつも再び暗闇に浮かび上がる映像に目を向けた。


  ◇    ◇    ◇


 男の背中を見送った後、四歳のさやかと母親は園内の販売機でジュースを買って、ベンチに座ってくつろいでいた。

 乗り物は地震の影響による故障が無いかチェックするため稼動しておらず、園内にはその事を告知するアナウンスが流れている。

 乗り物に乗れないと知って帰っていく客もおり、さやかの母親もしばらく休んだら帰るつもりでいた。


「これ飲んだら、お家に帰りましょうね」


 母親はそう言うと、缶のジュースを開けて一気にゴクゴクと飲み干した。緊張のあまり喉が乾いていたようにも見える。

 だがさやかは手にしたジュースを開けようとはせず、ただじっと見ている。


「わたし……ブレイブに、おれいしなくっちゃ!」


 思い立ったように口にすると、缶のジュースを手に握ったまま、仮設テントに向かって駆け出した。

 母親はすぐに止めようとしたものの、娘の足はとても速く、追い付く事が出来なかった。


 さやかは仮設テントに辿り着くと、仕切り用のカーテンをめくって、そっと中に入る。子供心にいけない事をしているという自覚はあったのか、極力物音を立てないようにしていた。

 テントの中では、ヒーローのコスチュームを着た男が椅子に座ったまま休んでおり、怪我をした左足には包帯が巻かれている。他にスタッフの姿は見当たらない。

 男は少し疲れたように、フゥーーッと溜息をついていた。少女が入ってきた事に気付いている様子は全く無い。


「あの……」


 声を掛けながら近付こうとした時、少女の目の前で、男はヒーローのマスクを脱ぎだした。

 そしてショーでヒーローを演じた男の素顔が、少女の視界へとさらけ出される。


「っ!!」


 ……その男の顔に、さやかは見覚えがあった。


  ◇    ◇    ◇


(父……さ……ん?)


 映像を目にして、十五歳のさやかは驚くあまり言葉も出なかった。

 かつて憧れたヒーローの正体が、自分の父親だった……その事に衝撃を覚えるあまり、石像のように固まってしまっていた。


(父さんが……父さんがあの時、私を助けてくれた……)


 やがて胸の内にじんわりしたものがこみ上げて、目からは涙が溢れ出す。

 そしてさやかが幼き日の記憶を完全に取り戻した時、不思議な事が起こった。


 心の中に抱いていたモヤモヤが晴れたのと同時に、空間を覆っていた暗闇が切り裂かれていき、後には晴れやかな青空が広がっていく。

 大地は一面、ヒマワリの花畑でいっぱいになる。それは真夏の田舎を思わせる、とても美しい風景だった。


「これは……貴方がやったの!?」


 周囲の景色が一変した事に戸惑いながら、さやかがアームド・ギアに問いかける。


「否ッ! これは我にとっても、全く想定外の事象なり! 果たして如何なる者が、この空間に干渉する影響力を行使しえたというのかッ!!」


 自分の仕業ではないと言いたげに、声が即座に返答する。

 過去の記憶を映像として見せた彼ですら、この奇怪な現象に驚いている様子だった。

 だとするならば、まさに奇跡が起こったとしか言いようが無かった。


 誰の仕業かは分からないものの、このまま何もせずにじっとしている訳にも行かない。さやかが状況を打開すべく周囲を見回していると、花畑の遥か彼方に、二つの人影が立っているのが見えた。

 人影のある方角に向かって真っ直ぐ歩き出すと、次第にその姿が明らかになっていく。

 正確に見える距離まで近付いた時、さやかは人影の正体を知って絶句した。


(父さん……母さん……)


 花畑にいたのは、他ならぬ彼女の両親だった。

 メタルノイドに殺されたはずの二人は、十年前と変わらぬ姿のまま、そこに立っていた。そして愛しき我が子を見るような、とても優しい目をしていた。


 ……それが死んだ人間の魂なのか、それとも少女の記憶が見せたまやかしなのかは分からない。だが少女自身にとっては、そんな事はどうでも良くなっていた。

 少なくとも二人は今、間違いなく彼女の目の前にいる。その事実さえあれば十分だった。


「とっ……父さぁあああんっ!! 母さぁあああんっ!!」


 両親に会えた喜びが胸の奥からどっと溢れ出し、さやかはたまらずに大声で叫びながら駆け出していた。

 だが彼らと1mほどの距離まで近付いた時、つまずいて前のめりに転んでしまう。

 そしてそのまま上半身だけを起こして、土下座したような格好になった。


「父さん、ごめん……ごめんなさい! 私、バカだった……自分を救ってくれたヒーローが父さんだって、知ってたはずなのに……その事を、今までずっと忘れてた……とっても大事な……私がヒーローになりたいきっかけになった、一番大事な事だったのにっ! こんなバカな娘が、父さんの子で……本当に……本当に、ごめんなさいっ!」


 さやかは地に額を強く擦りつけると、早口でまくし立てるように謝りだした。目をつむったまま顔をうつむかせて、苦悶の表情を浮かべている。

 大切な思い出を忘れていた事に負い目を感じるあまり、両親に顔を合わせられなかった。


 土下座したまま嗚咽を漏らして泣いている娘を、両親がそっと抱き起こす。

 父親はしっかりとした大きな手で、慰めるように娘の頭を優しく撫でた。


「父さん……」


 さやかが恐る恐る顔を上げると、父はとても穏やかで温かみのある目をしていた。娘が思い出を忘れた事を責める様子は微塵も無く、ただ愛しき我が子を見守るような……そんな優しい目をしていた。

 父は娘の右手を開かせると、自分の手のひらと、大きさを測るように重ね合わせる。二人の手のひらは、ピッタリと同じ大きさになっていた。


「さやかの手……大きくなったね」


 父が満足げな笑みを浮かべて、そう口にした。

 それは十年が経過した事による娘の成長を見届けられた、親の喜びに満ちた言葉だった。


 自分の成長を喜ぶ親の言葉に、さやかは胸を強く打たれて、たまらない気持ちでいっぱいになる。


「父さん……うっ……うわぁあああんっ!!」


 父親の胸に顔をうずめると、感情をぶちまけるようにわんわんと大声で泣き出した。

 生まれたての赤子のように泣くさやかを、父と母はしっかりと包み込むように抱き締める。

 死に別れてしまったばかりに与えきれなかった親の愛情、その残り全てを与えようとするかのように……。


(父さん……母さん……ありがとう)


 バエルに敗れて落ち込んでいたさやかにとって、両親のよどみなき愛情が、どれだけ戦う勇気を与えてくれた事だろうか。

 今の彼女は、何でも出来てしまえる気になっていた。


 両親の胸で泣いていたさやかが、思い立ったように顔を上げる。


「父さん、母さん、ゴメン……私、そろそろ行かなくっちゃ。向こうでやり残した事があるの。とっても大事な事……それをやってくるね」


 そう言って袖で涙を拭うと、元気になった姿を見せつけるように、精一杯ニコッと笑ってみせた。

 娘が精神的に立ち直った事を確信し、両親も背中を押すように力強く頷いた。

 さやかは両親に感謝するようにペコリと頭を下げると、回れ右して、両親がいたのとは逆の方角に向かって走り出した。

 目の前には、この世界の出口と思しき、光の柱のようなものが立っている。


(父さん……母さん……私、なるよ……誰かが泣いて助けを求めた時、そこにいるヒーローに……かつて私自身が憧れて、なりたいと願った無敵のヒーローに……なってみせるっ! だから、ずっと見守ってて……)


 さやかは心の中で決意の言葉を口にすると、躊躇なく光の柱に手を触れた。


  ◇    ◇    ◇


 ……その頃、現実世界ではバエルがじわじわと拷問するように、ゆりかとミサキを痛め付けていた。

 ゆりかは全身メッタ打ちにされたように打撲まみれになり、力なく地面に横たわる。ミサキは仰向けに倒れたまま、バエルの右足で踏まれた状態になっていた。

 そして獲物をなぶり殺しにするのを楽しんでいるように、バエルは少女を足蹴にしたまま、ニタァッといやらしい笑みを浮かべている。


「クククッ……このまま貴様の腹を、内蔵ごと踏み潰してやろう」


 そう口にすると、ミサキの腹に乗せている足を、グイッと下に押し込んだ。


「がぁあああっ……!!」


 ミサキが、たまらずに苦しげな声を発した。足が強く押し込まれるたびに、骨と内蔵がメリメリと音を立てて砕ける感触があり、全身が引き裂かれたような痛みに襲われる。

 口からは血が何度も溢れ出し、痛みのあまり手足をバタつかせていた。


「フフフッ……ハァーーッハッハッハァッ!! そうだッ! もっとだッ! もっと悲鳴を上げて、苦しんで泣き喚くがいいッ!! お前たちのようなかよわき少女が、もがき苦しんで、絶望して、ブザマに死んでいく姿こそが……この魔王に極上の快楽をもたらす、最高の娯楽となるのだッ!!」


 少女が苦しむ姿を目にして、バエルが恍惚とした表情で高笑いする。それは歪んだ加虐的嗜好を持った、変態の行いとしか言いようが無かった。

 このまま彼の好きにさせておけば、ミサキが命を落とす事は目に見えていた。

 だがゆりかもミサキも、どうする事も出来なかった。


「さやか……」


 ゆりかはどうにか力を振り絞って、地べたを這いずって移動し、仰向けに寝転がったまま息絶えたさやかの元へと行く。そしてすがり付くように顔を覗き込んだ。


「さやか……これで終わりだなんて、ウソでしょ……起きてよ……起きて、いつもみたいに、ババッと敵をやっつけてよぉ……」


 友の死に顔を見つめながら、必死に訴えかける。

 顔には苦悶の表情を浮かべて、目からは大粒の涙がボロボロと溢れ出す。

 無力さに打ちひしがれて絶望するあまり、友の復活という奇跡に最後の望みを託すしか無かった。

 瞳からこぼれた涙の雫が、さやかの頬を伝って、地面へと流れ落ちていく。


「さやかが起きないと、ミサキが……大切な仲間が、殺されちゃうッ!! だからお願い……さやか、起きてぇぇええええーーーーーっっ!!」


 ゆりかがわらにもすがる思いで叫んだ、その時だった。



『ARMED GIRL、Wake Up!! 3(スリー)……2(ツー)……1(ワン)……Re:BOOT!!』



 ナビゲートらしき機械音声が発せられたと同時に、さやかの体から赤い炎のようなオーラが噴き出した。


「何ィッ!? 再起動リブート……だとォォッ!?」


 突然の出来事に、バエルが露骨に慌て出す。

 さやかの身に起こった異変に、とてつもなく恐ろしい想像が頭をよぎり、戦慄を覚えずにはいられなかった。


「まさか……」


 そう言いかけた瞬間、赤いオーラの中から、人影のようなものがヒュンッと飛び出してきた。そしてバエルの腹に、重い砲丸のような一撃を叩き込んでいた。


「かっ……ぐぉおおおおおっ!!」


 予期せぬ不意打ちを喰らい、バエルが呻き声を発しながら数メートル後ろへと下がった。彼が攻撃を受けて痛がるそぶりを見せたのは、最終形態になってからでは初めての事だった。

 ……そして先程までバエルが立っていた場所には、装甲を身にまとった一人の少女が立っていた。


「さやか……なの……か?」


 ミサキが上半身を起こしながら、目の前にいる少女に話しかける。

 少女は仲間の方へと振り返ると、自信に満ちた表情でコクンと頷いた。


 ……復活を遂げたさやかは、エア・グレイブとも、またエア・グレイブルとも異なる姿をしていた。装甲はエア・グレイブルのようなゴテゴテした感じではなく、進化前のようにスッキリしている。

 大きく違っていたのは、装甲がこれまでの真っ赤な血のような赤色ではなく、ピンクに近い鮮やかな明るめの朱色に染まっていた事。

 背中のバックパックからはバーニアがオミットされ、代わりに鋭い刃のような二枚の羽が生えていた事。

 そしてこれまで右腕のみに搭載されていたオメガ・ストライク用のギアが、左腕にも搭載されていた事だ。


「フンッ、まさか本当に生き返るとはな……わざわざ殺される為に地獄から舞い戻ってくるとは、馬鹿な女だ……新たな力に目覚めたようだが、無駄なあがきだ……だが一応、殺す前に聞いてやる。その姿は一体何だ?」


 バエルが殴られた腹を右手で抑えながら、腹立たしげに問いかけた。痛がるそぶりを見せまいと、必死に強がっているようにも見える。

 魔王の問いに、さやかは宣戦布告するように名乗りを上げた。


装甲少女アームド・ガールエア・グレイブ、バージョンスリー……大変身、エアロ・グレイブッ!!」

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