第55話 夢の真実
アームド・ギアはさやかの脳内から、彼女自身が忘れていた過去の記憶を取り出して、暗闇の中に映像として浮かび上がらせる。
そこには四歳のさやかと思しき幼い少女がいた。
◇ ◇ ◇
遊園地の一角に設けられたステージ……そこでヒーローのショーが行われていた。
その日は休日だったのか、観客用のスペースはぎっしりと人だかりで埋まっており、親子連れで賑わっている。子供たちは精一杯声を上げてヒーローを応援している。
そしてステージには、黒の全身タイツに武者の甲冑を減らしたような赤い装甲、腹部にベルトを巻き付けた男が立っていた。
「装甲戦士……テラ・ブレイブッ!! 地球の平和は、私が守る! 悪の秘密結社ファウストども、お前たちの好きにはさせんぞッ!!」
ヒーローと思しき男は自ら名乗りを上げると、人型の虫のような怪物の着ぐるみを着た敵役の男に、パンチやキックを浴びせる。敵役の男も負けじと応戦し、互角の攻防が繰り広げられる。
事前に打ち合わせしたとはいえ男たちの体の動きにはキレがあり、中の人はただの遊園地のスタッフではなく、アクション俳優の事務所から派遣されたプロのスタントマンかスーツアクターであるように思えた。
男たちの白熱したアクションはショーを大いに盛り上げて、子供たちを真剣にのめり込ませていた。
「ブレイブ、がんばれーーっ! まけるなーーっ!」
四歳の少女だったさやかが、最前列で必死に声を枯らして応援していた。すぐそばには、母親と思しき女性がいる。
母子は、娘の大好きなヒーローのショーを見るために遊園地に遊びに来ていた。
我を忘れてヒーローを応援していたさやかだが、ふと思い出したように暗い顔になる。
「パパも……こられたら、よかったのに……」
そう口にして落ち込んでいる娘に、母親が諭すように語りかける。
「ごめんね、さやか……パパ、今日はとっても大事なお仕事があるの。でも次の休みの日は絶対一緒に行くって約束したから、今日は二人で楽しみましょう、ね」
「……うんっ!」
父親と来られない事に未練があったさやかだが、優しくなだめようとする母親の言葉を聞き入れて、ショーを素直に楽しむ事にした。
次の休みには来てくれるという、約束の言葉に胸を躍らせながら……。
さやかが再び応援を始め、ショーが順調に進んでいると思われた時、敵役の男が突然何かに気付いたように立ち止まった。
「今……何か、揺れなかったか?」
男がそう口にした直後、辺り一帯がぐらっと揺れだす。揺れは次第に大きくなっていき、やがてそれは目に映る景色全てが、ゴゴゴッと音を立てて激しく揺れるほどとなっていた。
二本の足でしっかり立とうとしても、足元がぐらついて、まともに歩く事さえ難しくなっていた。
「みんなっ! 早くスタッフの指示に従って、安全な場所に避難するんだぁーーっ!!」
ヒーロー役の男が、大声で叫んで避難を促した。
遊園地のスタッフが直ちに安全な場所への誘導を始め、ショーに来ていた観客が、指示に従ってすぐに逃げ出す。
母親も娘の手を掴んで走り出したものの、人混みに押されて手が離れてしまい、さやかは足がもつれて転んでしまった。
急いで立ち上がろうとした時、ステージ上部に取り付けられていた照明機材が振動によって外れて、少女の頭上へと落下していく。
「さやかぁあああーーーーーっっ!!」
母親が悲痛な叫び声を上げる。慌てて娘に駆け寄ろうとするものの、二人の距離は開いており、とても間に合う速さでは無かった。
「うわぁあああっ! ママ、たすけてぇっ!!」
自分に向かって落ちてくる機材を目にして、さやかが大きな声で叫んだ。
恐怖のあまり足腰が震えて立てず、ただ目をつぶって両手で顔を覆う事しか出来なかった。
このまま少女が機材の下敷きになってしまうのではないかと、その場にいる誰もが絶望しかけた時……。
「危ないっ!」
そう叫びながら、ヒーロー役の男が駆け出していた。
機材が覆い被さる直前、男はダイビングして少女の身を庇い、そのまま両腕で抱え込んだ少女共々、前方にある地面へと転がった。
下敷きは免れたものの、落下の衝撃で飛び散った機材の破片の一つが、男の左脚の太腿に突き刺さった。
「ぐっ!」
太腿にジワッと広がる痛みに、男が思わず声を発する。
それでも必死に痛みを堪えたまま少女を両腕で抱きしめて守っていると、地震は次第に落ち着いていき、やがて完全に止まっていた。
「さやかっ!」
母親は娘の名を叫びながら、慌てて二人の元へと駆け寄った。
目には涙を浮かべ、顔は真っ青になっている。気が動転するあまり心臓がバクバクしていたのか、呼吸が荒くなっていた。
「ママぁーーっ!!」
さやかはすぐさま母親に抱きつくと、わんわんと声に出して泣き出した。よほど怖い思いをしたのか体をガタガタと震わせていたが、怪我をしている様子は無い。
だが破片が刺さった男の足からはおびただしい量の血が流れており、見るからに痛そうだった。園内のスタッフが救急箱を持って駆け付けて、すぐに傷の手当てを始める。
「あぁ……私、何とお礼を言えば良いのか……」
娘を庇って傷を負った男の姿を見て、母親は申し訳無さそうに何度も頭を下げていた。
ヒーローのコスチュームに覆われた男の表情は見えなかったが、負傷したにも関わらず痛がるそぶりを全く見せない。
その時泣き止んでいたさやかが、手当を受けたままじっとしている男の顔を覗き込んだ。
「ブレイブ、ありがとう……いたくなかった?」
心配そうな顔をして、傷口を見つめながら問いかける。自分のせいでヒーローが痛い思いをしたのではないかという気持ちが、少女の胸の内をざわつかせた。
「大丈夫、何処も痛くないぞっ! 誰かを助けるためなら、ヒーローは無敵にだってなれるっ! 君のような子が泣いて助けを求めた時、私は何処にいたって、必ず駆け付けてみせるっ! それが私の……ヒーローの役目だっ!」
男は精一杯元気そうな声を出して、力こぶを作りながら自身の無敵ぶりをアピールしてみせた。
むろん男は本物の超人などではない。ただヒーローのコスチュームを着ているだけの、ごく普通の身体能力を持った生身の人間だ。
大人の目線からは、いたいけな少女を悲しませないために、男が必死に痛みを堪えて強がっている事が容易に感じ取れた。
ただ幼い少女であるさやかだけが、男の発言を真に受けている。
「ブレイブ、かっこいい! わたしもいつかブレイブみたいな、むてきのヒーローになりたいっ!」
無邪気にそう口にして、目をキラキラと星のように輝かせている。目の前にいる男を、無敵のヒーローだと完全に信じきっていた。
「ああ、なれるさ……君がそうなりたいと強く願えば、いつか必ず……」
男はそう口にして、少女の頭を優しく撫で回した。その温かみのある口調からは、コスチュームで隠れていても、男が穏やかな笑みを浮かべているであろう事が、ひしひしと伝わってきた。
男は必死に足を引きずらないように歩きながら、遊園地のスタッフと共に、カーテンで仕切られた仮設テントの中へと入っていく。
さやかは男の姿が見えなくなるまで元気に手を振り続けて、母親は申し訳無さそうに何度も頭を下げていた。
◇ ◇ ◇
「これが……私がヒーローに憧れた理由……」
そこまで映像を見ていて、十五歳のさやかは合点が行ったように口にした。それは今の彼女が完全に忘れ去っていた、物心が付き始めたばかりの、幼い日の記憶だった。
(でも、まだ何か忘れてるような……それも、とても大事な事を……)
さやかが胸の内に釈然としないモヤモヤを抱えていると、疑問に答えるようにアームド・ギアが言葉を発した。
「さやかよ……この記憶には、まだ続きがあるぞ」
「えっ!?」




