第54話 ヒーローに憧れた、夢の意味
「赤城さやかは死んだッ!! もう二度と立ち上がる事はあるまい……奇跡でも起きぬ限りはなぁっ! あーーっはっはっはっはっはぁっ!!」
圧倒的すぎる力で打ちのめした末に、さやかの息の根を止めた魔王バエル……心の底から喜びに浸るように、大声で高笑いしていた。
それは人々の希望を一身に背負った正義のヒーローを殺し、世界を奈落と絶望に叩き落とした事に対する、極上の快楽に満ち溢れた笑いに他ならなかった。
今まさにこの瞬間、彼は地球上において敵う者の無き絶対的強者、弱肉強食のピラミッドにおける頂点に君臨したのだ。
「さて……と」
やがて笑い飽きたのか、急に落ち着いたテンションに戻る。そして思い出したように、残る二人の少女へと振り返った。
「青木ゆりか、霧崎ミサキ……二人とも、これで分かっただろう。私には一切の抵抗は無意味であると……本来ならば、貴様らには見せしめとして多大な苦痛を与えてから死に至らしめる所だが、今私はとても気分が良いのでな。お前たちが抵抗しないというのであれば、せめて苦痛を与えず楽に死なせてやっても良いぞ……」
バエルは尊大な口調で、無抵抗での安楽なる死を勧める。
まるで圧倒的優位に立った皇帝が、地べたを這う虫ケラのような奴隷を哀れんで、気まぐれに情けを掛けたかのようであった。
むろん彼女たちは、その言葉に従う気など毛頭無かった。
「誰が……ッ!! 戦わずに死ぬくらいなら、戦って死んだ方が百倍マシだわッ!!」
「あぁ……ここで貴様に屈したとあっては、あの世で友に会わせる顔が無い」
ゆりかもミサキも、強い負けん気に満ちた言葉を口にしながら、ゆっくりと立ち上がる。
これまでさやかの死に悲嘆し、絶望に打ちのめされていた二人だったが、友の死を侮辱して嘲笑うような敵の態度が、彼女たちの怒りに火を点けたのだ。
ゆりかに至ってはバイド粒子を使い切っていたが、それでも命が尽きる最後の瞬間まで、精一杯必死に抗い続ける気でいた。
「やぁぁあああっ!!」
「ドォォリャァアアッ!!」
二人は決意を固めると、勇ましい雄叫びと共にバエルに向かって一直線に駆け出した。
最後まで抵抗をやめようとしない彼女たちを目にして、バエルはフゥーーッと呆れたように溜息をついた。
「やれやれ、哀れな虫ケラどもめ……よほど痛い目に遭わないと、気が済まないと見える……良かろうッ!! ならば望み通りに死をくれてやろうっ! 神をも超越した力、とくと目に焼き付けるがいい……アヴァロンの光ッ!!」
技名らしき言葉を口にしながら、天を仰ぐように両腕を広げる。
その直後、彼の後ろに巨大な光の輪のような物体が浮き上がると、そこから放たれた何十本もの細い糸のような光線が、ゆりかとミサキの体を一瞬にして撃ち抜いていた。
「うわぁぁあああっ!!」
「ぐぁぁあああっ!!」
全身を串刺しにされたように幾重ものレーザーに貫かれて、二人が悲痛な叫び声を上げる。
レーザーが突き抜けた箇所は、真っ赤なヤケドの痕が残り、鼻を突くような臭いと共に白煙が立ち上っていた。
致命傷には至らなかったものの、傷口から湧き上がる激しい痛みのあまり、意識を失いそうになった。
「グッ……一体何が……起こった!?」
自分たちの身に起こった出来事が理解できず、赤い斑点のようなヤケドまみれになったままミサキが困惑する。
敵の背後が光った次の瞬間に体中に深い傷を負わされた事に、まるで神の後光で焼かれたような感覚すら覚えていた。
気力を奮い立たせて意識をしっかり保とうとするものの、体中をビリビリと駆け巡る電流のような痛みに、立ち上がる事さえ出来なかった。
完全に戦う力を失った彼女たちを、バエルが勝ち誇ったように見下ろす。
「さて……ではそろそろ、楽しい楽しい拷問の時間だ。君たち、心の準備は良いかね? これからたっぷり、じわじわと時間を掛けて、ねぶるように痛め付けて殺してあげよう……猫がネズミをオモチャのように弄んで、なぶり殺しにするようにね……フフフッ」
……そんな言葉を口にしながら、いやらしそうに舌なめずりして笑っていた。
◇ ◇ ◇
「ううっ……」
バエルに殺されて息絶えたはずのさやかが、目を開ける。
周囲を見回すと、彼女がいたのは一切光が届かない深い暗闇のような場所だった。
そこは彼女の精神世界であったようにも、また死後の世界であったようにも見えた。
そして目を開けて首を動かす事は出来たものの、首から下は、手足の指先一本に至るまで全く動かす事が出来ない。まるで金縛りに遭ってしまったかのようだ。
「そうか……私、死んじゃったんだ」
ふと冷静に立ち返ってバエルに殺された事を思い出し、悲しげな表情でそう口にした。
「あんなに……頑張ったのに……」
自らの命が尽きたという実感が徐々に強まり、胸の内に深い悲しみが広がっていく。
持ちうる全てを出し切っても敵に全く歯が立たなかったという、無情にして残酷な現実が、少女の心を完膚なきまでに打ちのめした。
挫折と敗北感で胸が締め付けられて苦しくなり、目からは大粒の涙がボロボロと溢れ出す。
「私、ダメだった……ヒーローになれなかったよ……うっ……うわぁぁあああん……」
身も心も絶望に呑まれて、少女がわんわんと声を上げて泣いていた、その時……。
「夢を、諦めるなっ!」
突如何者かが、さやかに語りかけた。
それは彼女にとっては聞き慣れた、アームド・ギアに搭載された人工知能と思しき者の声だった。
「赤城さやか……お前の夢は、人々を救うヒーローになる事では無かったのか!? 倒すべき敵が目の前にいるのに、道半ばにして散ってしまうつもりかっ! 長年憧れ続けたヒーローになる夢を諦めてしまって……お前は、本当にそれで良いのか!?」
何としても彼女を奮い立たせようと、説得の言葉を投げかける。とにかく彼女に立ち上がってもらおうと必死だった。
「分かってる……そんなの、分かってるよ。でも、ダメだった……やれる事全部やったのに、ダメだったんだもん……もう無理だよ……あんなの、絶対勝てっこ無いよ。それに、体に全然力が入らないの……何だか眠くなってきちゃった。もうなんでヒーローに憧れてたのか、それすら思い出せない……」
人工知能が発したとはとても思えない熱のこもった言葉は、さやかの心を少しだけ動かしたが、それでも絶望を払拭するには至らなかった。
だがさやかの言葉を聞いて、人工知能は一つの策を思い付いた。
「そうか……ならば、お前自身が忘れていた四歳の記憶を、お前の脳内から引っ張り出して、私が映像にして見せてやろう」
声が言い終わると、暗闇の中にうっすらと光のような物が浮かび上がる。
さやかが首を傾けて光のある方角に目をやると、暗闇の中に映し出された映像の中に、幼い頃の自分と思しき少女がいた。
「これが……四歳の頃の、私……」




