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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
第二部 「破」
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第51話 餓狼の一撃(中編-2)

 娘の死に激昂するあまり、正気を保てなくなったさやか……ついにエア・グレイブルへと変身を遂げる。

 それは彼女にとっては三度目となる、理性を捨てた悪魔への覚醒であった。


 身も心も憎しみに染まり、ただ本能の赴くままに全てを破壊する純粋な力と化した姿は、もはや正義のヒーローなどと呼べるものではなく、魔王を殺すために自ら魔王と化した、まさに『闇堕ち』としか言いようがなかった。


「あれが……エア・グレイブル……」


 完全なる復讐鬼と化した仲間の豹変ぶりに、ミサキが恐怖するあまり顔を引きつらせる。

 話に聞いてはいたが実際に見た事が無い彼女にとって、そのあまりにも邪悪で禍々しすぎる姿は、想像を遥かに超えるものであった。


(もし敵だった時にあの姿になられていたら、一分と経たずに私は挽肉にされていただろう……)


 ……そんな考えが頭をよぎり、内心ゾッとさせられた。


「……」


 殴り飛ばされて地面に倒れていたバエルが、体を起こしてゆっくり立ち上がる。

 さやかに殴られた衝撃で顔半分が醜く歪んでいたが、致命傷にまでは達していなかった。


「……フフッ……フッ」


 しばらく無言のまま立ち尽くしていたが、やがて突然声に出して不気味に笑い出す。


「フフフッ……フッ……ふははははははぁっ!! よくも……よくもやってくれたなぁっ! 赤城さやかぁっ! それでこそ……それでこそ、殺し甲斐があるというものッ! たぎってきた……みなぎってきたぞぉっ! 私の中に流れた狼の、飢えた獣の血が……お前を徹底的にッ! 絶対的にッ! 完膚無きまでにッ! 殺したがっているッ! ズタズタのバラバラに引き裂いて、はらわたを引きずり出して、一片の塵も残さず、粉々に砕いて、完全に殺してくれるわぁぁああああーーーーーーーっっ!!」


 バエルは笑いながら怒っているような、器用な喋り方をしていた。まるで殴られたショックで頭がおかしくなってしまったかのようだ。

 そして高いテンションのまま、さやかに襲いかかった。


「死ねぇえええっ!!」


 死を宣告する言葉と共に、バエルの全力を込めた右拳が放たれる。一切手加減しない、本気の殺意が篭った一撃だった。


「ウォォオオオオーーーーーッ!!」


 さやかは負けじと右拳をグッと握り締めると、獣の如き咆哮と共に鋭いパンチを放つ。そして互いの拳と拳とが、正面からぶつかり合った。

 ドゴォォッと爆発のような音が鳴り響き、生じた衝撃波が周囲に風のようにブワッと伝わる。そして一瞬静寂が訪れる。

 ゆりかとミサキは戦いを見守りながら、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 その直後……。


「なっ……にいいぃぃっ!?」


 バエルが驚きの言葉を口にした。

 衝突した彼の右腕は、先端からビシビシと音を立てて亀裂が入り、豆腐のように脆く崩れ落ちていく。

 亀裂は右腕の付け根にまで達し、やがて彼の右腕はバラバラに砕けて、完全に朽ちて無くなっていた。


「ばっ……馬鹿なぁっ!!」


 消し飛んだ自分の右腕を眺めながら、バエルが露骨に焦り出す。

 力で一方的に打ち負かされた事実に動揺するあまり、痛みを感じる事すら忘れてしまっていた。

 それはこれまで決して揺らぐ事の無かった絶対王者としての誇りに傷を付けるに等しい事象だったのだ。

 バエルは自身の中に恐怖心が芽生えた事に、戸惑いすら覚えていた。


(これが……ヤツの本気の力ッ!!)


 恐れると同時に、相手の力を決して侮ってはならないという警戒心が、冷静な思考として働いた。

 彼の中では、もはや目の前にいる敵はカゴの中の虫などではない。少しでも油断すれば、刺されて毒を注入されるスズメバチ……いや、それをも遥かに凌駕した巨大な毒蛇、キングコブラと化していた。


「ならば……これでも食らえッ!」


 バエルはそう言うと、黒い煙のようなガスを口から吐き出した。ガスは辺り一帯に瞬く間に充満し、にわかに視界がさえぎられる。


「ゴホッ! ゴホッ!」


 ガスを吸い込んで、さやかが激しく咳き込んだ。

 それは命を奪うような気体では無かったものの、敵の目を眩ますには十分だった。


「ウウッ……」


 さやかは威嚇するように唸り声を上げて周囲を見回すが、敵の位置を捉える事が出来ない。

 そうして注意が逸れている隙を狙って、彼女の背後からバエルが飛び出してきた。


「死ねッ! はらわたブチ撒けて、無様に息絶えるがいいッ!!」


 言い終えるや否や、相手の胴体に向かって一直線に貫手を放った。

 さやかも敵の襲撃に気付いて慌てて振り返るものの、構えを取るよりも敵の攻撃が届くタイミングの方が早かった。

 その瞬間、バエルは勝利を強く確信した。


 だが彼の手は少女の体を貫く事が出来ず、まるでダイヤモンドの壁にぶつかったように弾かれてしまう。

 そのあまりの硬さに、危うく突き指してしまう所だった。


(っ!? 馬鹿な……)


 皮膚の予想外の硬さに、バエルがまたしても焦り出す。

 これまで得た情報からエア・グレイブルの攻撃力が上がっている事は知っていたが、防御までも上がっているとは予測していなかった。

 命中すれば確実に彼女の命を奪うはずだった必殺の一撃を、何の対策もせずに無傷のまましのがれた事に、深い衝撃を覚えずにはいられなかった。


「オアアァァッッ!!」


 困惑するあまりぼう然と立ち尽くしていたバエルに、さやかが雄叫びを上げながら渾身の頭突きを食らわせる。


「ぬぅぐぅぅおわぁぁあああっ!!」


 無防備になっていた顔面に頭突きを叩き込まれて、バエルが奇声を発しながら吹っ飛んでいく。

 咄嗟に地に手をついて転倒を防ぐものの、頭突きの威力は凄まじく、振動で脳が揺さぶられたような感覚を覚えて頭がクラクラしていた。

 そして彼が吹き飛ばされた時に生じた風圧で、辺り一帯に充満していた黒いガスも一緒に吹き飛ばされていた。

 

 頭突きという原始的で野蛮な攻撃を受けた事にバエルは自尊心を深く傷付けられ、心の中に苛立ちが募り出す。


「グッ……おのれぇっ! その無礼な脳みその入った首、今すぐ叩き落としてくれるわぁっ!」


 怒りの言葉を口にしながら、残った左手を天に向かって掲げると、彼の手に黒い霧が集まり出す。やがてそれは八芒星の巨大な手裏剣へと姿を変えた。


「……ナノマシン・ギロチンブレイドォォッ!!」


 バエルは大声で叫ぶと、黒い巨大な手裏剣を、目の前にいる少女に向かって全力で投げ付けた。

 風を切る音を豪快に鳴らして、高速で回転しながら飛んでいく鉄の塊……それが少女の首を無惨に刎ね飛ばす光景を頭の中に思い描いて、バエルはニヤリとほくそ笑んでいた。


「ウラァァアアアーーーーッ!!」


 だがさやかが自分に向かってくる手裏剣に渾身の回し蹴りを叩き込むと、神社の鐘を叩いたような重い金属音と共に、飛んできたのと同じ方向へと手裏剣を弾き飛ばしていた。


「チィィッ!」


 投げ付けた時の何倍もの速さで自分に迫ってきた手裏剣を、バエルは腹立たしげに舌を鳴らしながらも咄嗟にかわす。

 手裏剣の刃はかすかに彼の体を掠めて、微量の金属片が空を舞った。

 そして背後のビルを豪快に切り裂いて、遥か彼方へと飛んでいったまま永久に戻って来なかった。


 バエルが手裏剣を避けるのに気を取られていた時、さやかが彼の目と鼻の先まで迫ってきていた。


「しまっ……」

「ウルゥゥアアーーーーーッ!!」


 彼が気付いて避けようとした時には、既に手遅れだった。

 さやかはバエルの腹を下から思いっきり蹴り上げると、そのまま足に力を入れて、一気に空高く打ち上げた。


「おおおおおっ!!」


 思わず声を発しながら空高く舞い上がり、空中で体勢を立て直そうと必死にジタバタもがくバエル。だが下から打ち上げられた力と、上からの風の抵抗に挟まれて、思うように身動きが出来ず、ただ手足をバタつかせるだけの滑稽な姿を晒す。


 そうしてバエルが空中で慌てふためいている間に、さやかが彼と同じ高さまでジャンプして来ていた。

 彼女の右腕はギュィィーーンと音を立てて赤く光っており、技を放つ準備は整っているように見える。


「バエルゥゥッ!! 貴様ノ野望モ、悪行モ……何モカモ、コレデ全部……終ワリダァァアアアアアーーーーーーッ! 死ネェエエエッ! オメガ・ストライク……オーバーキルゥゥッッ!!」


 さやかは怒りと憎しみの篭った叫び声を上げると、それを全てぶつけるかのように、赤い光を放つ拳をバエルの顔面に思いっきり叩き付けた。


「オッ……グギャァァァアアアアアーーーーーーッ!!」


 まるでダンクシュートを決めたかのように全力の拳で顔面を殴り付けられて、バエルが化け物のような悲鳴を上げながら急速に落下していく。

 そして地面に激突すると、そのまま衝撃で掘り進むように砂煙を上げながら地中へと埋まっていった。


 ……大地深く沈んだまま、彼は一向に出てくる気配を見せない。

 にわかに静寂が訪れ、ただ一陣の風だけが音を立てて空しく吹き抜ける。


「終わった……のか?」

「ついに……やったのねっ!」


 バエルがいつまで経っても地中から出てこないのを見て、ミサキとゆりかが共に期待の言葉を口にした。

 二人の中に勝利への予感が湧き上がり、深い感動と喜びを覚えずにはいられなかった。


「……」


 二人とは対照的に、無言のまま立ち尽くしていたさやか……勝利の余韻に浸っている様子は無い。やがてバエルが沈んだ穴に向かって迷いなく歩き出す。

 敵の死を確かめようとするかのように、彼女が穴を覗き込もうとした時……。


「ウッ……ウワァアアアッ!!」


 突如穴から爆発音のような音と共に金色の光が漏れ出し、それと同時に激しい突風が吹き荒れた。

 まともに立っていられないほど強い風を受けて、さやかは穴から離れた場所へと吹き飛ばされてしまう。


「一体何が……っ!!」


 突然起こった出来事に、ゆりかとミサキが共に警戒心を抱く。

 決して的中して欲しくない、とてつもなく恐ろしい予感が彼女たちの胸をよぎった。

 その予感を裏付けようとするかのように、金色の光の中から人影が姿を現す。


「バエ……ル……」


 その姿を目にして、ゆりかとミサキが顔を引きつらせた。

 人影の正体は、さやかの最大威力の一撃を受けて死んだと彼女たちが信じて疑わなかった、他ならぬバエル本人であった。


 しかも驚くべき事に、それまでの戦いで彼が受けたはずの傷は、金色の光に包まれている間に、みるみるうちに修復されて塞がっていた。

 さやかに破壊されて消し飛んだはずの右腕すらも、まるで時間が逆行したように修復されて、完全復活を遂げる。

 それはあたかも、創作に出てくる『回復魔法』を唱えたかのようであった。


 やがて金色の光が収束していき、完全に消えて無くなった時、彼が戦いで受けた傷は跡形もなく塞がっていた。

 それはこれまでのさやかの努力を無に帰するに等しい行為だった。


「フッ……フフフッ……」


 戦いの傷が癒えたバエルが、突如声に出して笑い出す。

 相手を小馬鹿にして嘲笑った感じではなく、胸の内から高まる興奮や歓喜を抑えきれないような、そんな笑い方だった。


「フフフフフッ……フハハハハハハァッ!! 僥倖……まことに僥倖なりッ! 赤城さやか……エア・グレイブルッ! 宇宙の絶対王者たる私を、よくぞここまで追い詰めたッ! その強さ、その健闘ぶり、賞賛に値しようッ! 正直言って、私は今感動すら覚えているッ! 貴様を、全力を以て相手すべき一人の戦士として認めようではないかッ! この広い宇宙において、貴様という一人の女と出会えた奇跡の幸運を、今日私は心から神に感謝せねばなるまいッ!」


 ……それは追い詰められた者が口にする、怒りや焦りの言葉などでは無かった。

 真に全力を以て相手すべき強者が現れた事への、歓喜に満ち溢れた言葉に他ならなかった。


 言葉を語り終えると、バエルは最初に変身した時と同様に、両手をグワッと開いて、目の前でX字に交差させる。


「……神化ッ!!」

『STAND BY!! 3(スリー)……2(ツー)……1(ワン)……FINAL EVOLUTION!!』


 掛け声と共にナビゲートらしき機械音声が流れ出す。

 直後頭上にブラックホールのような黒い球体が現れると、彼の全身を包み込むように呑み込んだ。

 そしてボコッボコッと音を立てて不気味に蠢くと、突如風船から空気が抜けたように黒い霧がブシューーッと吐き出されていき、黒い球体がみるみるうちに縮んでいく。

 やがて球体が完全に消えて無くなると、後にはバエルと思しき人影が立っていた。


 ……その姿はこれまでのバッタ男とは大きく異なり、筋骨隆々としたボディビルダーのような体躯の、全裸の悪魔デーモンのような外見をしていた。

 体は一回りほど大きくなり、肌の色は完全なる漆黒に染まっている。体のあちこちには、吸血コウモリの牙のような鋭いトゲが生えている。

 背中に生えていた羽も、これまでのトンボのような虫羽ではなく、コウモリのような悪魔的な翼へと変化していた。

 その見るからに邪悪で禍々しい、魔王然とした姿は、ディアボロス……もしくはグレーターデーモンと呼ぶに相応しかった。


 本気と思しき姿へと変身を終えると、バエルは即座に名乗りを上げる。


「無力にして無知、蒙昧なる哀れな愚民どもよ……絶望して刮目せよ。これが百分の一ではない私の、バエルの最終神化形態……バールゼブブ、アナザーフォームッ!!」

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