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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
第二部 「破」
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第49話 餓狼の一撃(前編)

 絶体絶命のピンチに駆け付けたエルミナ……バーニアの出力を調整しながら、ゆっくりと地面に降り立った。


「ママの敵は……私が倒すっ!!」


 強い決意を込めた言葉と共に、宣戦布告するように鋭い眼光でバエルを睨み付けた。

 一方のバエルは、本命を待ち望んだかのように口元をニヤリとさせている。強敵の到来を喜びこそすれ、恐れる気配は微塵も無い。


「ルミナ……」


 互いに正面から向き合う二人を眺めながら、さやかは内心穏やかではなかった。

 エルミナの強さに絶対の信頼を置いてはいたものの、それでもなおバエルに勝てないのではないかという不安が胸をよぎる。

 だが今はただ彼女の無事を祈り、戦いを見守る事しか出来なかった。


 戦闘形態になったバエルと、性能を三倍に引き上げられたエルミナ……両者の足元にも及ばないさやか達が戦いに加わった所で、エルミナの足を引っ張る事は目に見えていた。


「フッ……大方、出力の調整に手間取ったのであろう。前に戦った時よりも数段パワーアップしている事が、レーザーの威力を見ただけで伝わってきたぞ。その力、どれほどの物か……確かめさせてもらうッ!!」


 バエルがそう口にしながら右手を前に掲げると、レーザーで切り裂かれて散っていたナノマシンが、再び一箇所に集まって人の形を成していく。

 そして男の姿になると、すぐさまエルミナに襲いかかった。


「オオォォッ!!」


 ヒグマのような荒々しい雄叫びと共に、男の全力を込めた右拳が放たれる。

 エルミナは腰を深く落とし込んで右腕に力を溜めると、向かってくる拳にあえて迎え撃つように自分の拳を勢いよく叩き付けた。

 二つの拳がぶつかり合った直後ドォォッと激しい衝突音が鳴り響き、その振動が空気に伝わって砂塵が一気に舞い上がる。


「オオッ……!?」


 一瞬、男がひるんだような声を発した。

 エルミナの拳はまるで掘り進むように男の右腕を豪快に突き抜けていき、男の右腕は裂けたチーズのように割れて、直後砂のように崩れ落ちて散っていった。


「オッ……ムゥガァァアアアッッ!!」


 ついさっきまで腕があったはずの右肩を抑えながら、男が大きな悲鳴を上げる。腕を失った痛みと、力で打ち負かされた事実に動揺するようにジタバタともがいていた。

 慌てふためく男の姿を目にして、ミサキはゴクリと唾を飲み込んだ。


「やはり強い……私たちの中では、彼女が一番の戦力だっ!」


 ……そんな確信めいた言葉が口をついて出た。

 ミサキの言葉に、ゆりかとさやかも異論は無いとばかりに無言で頷く。


 男は腕を失った動揺から正気に立ち直ると、何か策を思い付いたかのように黒い霧となって空に散っていく。

 粒子となって拡散されたナノマシンは、エルミナの周囲にまとわり付くように集まり出すと、彼女の表面に定着するように貼り付いていき、そのまま全身を隙間なく覆い尽くしてしまった。


「ああっ!!」


 まるで塗り固められたブロンズ像のように、黒一色に染まったまま棒立ちになるエルミナ……その姿を目にして、さやかが思わず声を上げた。

 彼女はナノマシンに取り込まれたまま機能停止に追い込まれるのではないか……そんな懸念が湧き上がり、絶望や不安で胸が押し潰されそうになる。


 敗北……その二文字が、さやか達の脳裏をかすめた時だった。


「ムッ……グググゥゥッッ!!」


 突如ナノマシンが苦しんだような声を発する。

 直後エルミナの体がブルブルと小刻みに震え出すと、彼女の全身を覆っていた黒い粒子が、バンッと風船が割れたような音と共に弾き飛ばされて、空に散っていった。

 後にはエルミナが特に疲れた様子も無く、平然と立っている。


「ナノマシンの束縛を……力ずくで振りほどいたというのっ!?」


 怪力ぶりに驚嘆するあまり、ゆりかが目を丸くさせる。一瞬敗北を覚悟しただけに、その強さには感動を覚えずにはいられなかった。


「ナノマシン如きでは、相手にもならぬか……下がれ」


 掲げていた右手を下げながらバエルが命じると、霧になって漂っていたナノマシンは、大気に溶け込むようにうっすらと消えていった。


「さて……と」


 バエルが腕を組んでフゥーーッと溜息をつきながら、目の前にいるエルミナをしっかりと見据える。

 その表情には相手の強さに対する喜びと、己の野望を邪魔する障害に対する苛立ちとが、複雑に入り混じっているように見えた。

 エルミナもまたバエルを瞬き一つせずに睨み付けている。激情に駆られた熱い感じではなく、氷のように冷たい殺意を秘めた眼差しで……。


 そうしてしばらくただ何もせず互いに睨み合っていたが、やがて意を決したようにバエルが一歩前に踏み出す。


「まずはよくやったと褒めてやろう……エルミナと言ったな? その名、しかと覚えておくぞ。感謝するのだな……神に等しきこの我が、自ら貴様の相手をしてやるのだからなぁっ! 我が力、とくと目に焼き付けて地獄に旅立つがいい……行くぞぉっ! エルミナぁあああっっ!!」


 言い終えると、高いテンションのままに両手をグワッと開いて飛びかかる。

 エルミナもほぼ同時に飛び出して、バエルの手をそれぞれの手でワシ掴みにして、取っ組み合いの体勢になる。


「ウォォオオオッ!!」

「やぁぁあああっ!!」


 その姿勢のまま、単純な力と力の押し合いになる。両者共に一歩も譲らずにジリジリと押し合っていたが、やがてエルミナの方が徐々に劣勢になっていく。

 彼女の姿勢がだんだん低くなり、ついに膝を曲げてしまう。

 バエルは前のめりになりながら、そんな彼女を勝ち誇ったように見下ろす。


「貴様は大した女だよ……エルミナ。並みの相手なら、私と一瞬たりとも力で渡り合う事すら出来ずにペシャンコになっていた所だ。だが残念ながら、やはり世の中上には上がいるのだ……このまま力でねじ伏せてやろう」


 バエルは不敵な笑みを浮かべながら、じわじわと覆い被さるように身を乗り出す。このまま彼女を押し潰してスクラップにするつもりでいた。

 次第に押され気味になっていたエルミナであったが、その時ガラ空きになっていた相手の脇腹に、不意を突くように膝蹴りを叩き込んだ。


「ぬっ!? ぐおおおおっ!!」


 脇腹に強烈な一撃を食らい、バエルが思わず声を漏らしながら後方へと弾き飛ばされる。

 咄嗟に地面に両足を着いて必死に踏ん張るものの、少しでも気を抜いたら足がよろめいてバランスを崩しそうになる。


「好機ッ!!」


 この機を逃すまいとばかりにエルミナが飛び出す。

 そして間合いを一気に詰めると、バエルの顔面に向かって全体重を乗せたジャンプ回し蹴りを放った。


「どぉぉりゃぁぁああああっ!!」


 気迫の篭った雄叫びと共に放たれた蹴りを、バエルは咄嗟に両腕でガードしてしのぐ。

 ビリビリと痺れるような振動が腕から全身へと伝わり、立った姿勢のまま体全体がズザザァーーッと後方に押されてゆく。

 深手は負わなかったものの、内心エルミナという少女に対する苛立ちが募り出す。いっそ、そろそろ終わらせてしまおうかという気にさえなっていた。


「フッ……よかろう。ならば百分の一だけ、本気を出してやるッ! 地獄で後悔するがいいッ!!」


 バエルはそう口にすると、グッと握り締めた拳を天に向かって高々と突き上げた。


「ダークネス・イリュージョンッ!!」


 技名らしき言葉が発せられると、バエルの姿が蜃気楼のようにゆらぁっと揺らぎ出す。

 直後その姿は分裂するかのように一人ずつ増えだした。


「っ!?」


 ワラワラと湧き出るように増殖を始めた敵を目にして、さやか達は一様に顔を引きつらせた。まるでサーカスの大道芸か何かでも見せられている気分だった。

 むろんバエルが本当に増殖などするはずもなく、忍者の如く『分身の術』を使ったであろう事は容易に想像が付いた。

 やがてその数は二十人まで膨れ上がると、エルミナを円状に包囲するようにぐるりと取り囲んだ。


「我らのうち、どれが本体か……貴様には見破れまいッ!!」


 自信に満ちた言葉を口にすると、二十人に増えたバッタ男は円の中心にいる少女に向かって一斉に飛びかかる。相手が分身に惑わされている間に、一人の本体が致命傷となる一撃を叩き込むつもりでいた。

 だが死の脅威が目前に迫っていても、少女がそれに対して慌てる様子は微塵も無い。


「死すべしッ!!」


 死を宣告する言葉と共に、二十人の男の拳が一度に振り下ろされる。

 エルミナはあらかじめ見定めていたようにある一つの方向に振り返ると、その方角から飛んできた男の拳を片手でガシィッと掴まえた。


「何ぃッ!?」


 バエルが思わず声に出して動揺する。彼にとっては全く予想外の結果となった。

 エルミナの手はバエルの拳をがっしり掴んだまま微動だにせず、他の十九体の残像はフェードアウトするようにスゥーーッと消えていく。


「グッ……離せぇええっ!!」


 バエルが腹立たしげに叫びながら、エルミナの手を力ずくで振りほどいた。

 そしてすぐさま後ろに下がり、警戒するように距離を開ける。

 目の前の少女に対する苛立ちは更に募り、これまで抱いていた遊びの感覚は失われつつあった。


「もはや神の慈悲は尽きた……己の無知で傲慢なる蒙昧さを後悔しながら、一片の塵も残さずに消え失せるがいいッ!! ……暗黒奥義、魔王バエルズ・死刑執行エクスキュートッ!!」


 バエルが天を仰ぐように両腕を広げた構えと共に叫ぶと、背中に生えていた虫羽が、何十匹もの手のひらサイズの大きさの蚊へと姿を変え、不快な羽音を鳴らしながら飛び立った。

 そしてエルミナを四方八方から取り囲むように配置すると、その中心にいる彼女に向かって一斉に赤く光るビームを発射した。


「ルミナァァアアアッ!!」


 ビームの集中砲火を浴びて、一瞬にして爆炎に呑まれて姿が見えなくなるエルミナ……その光景を目にして、さやかが悲痛な叫び声を上げる。

 逃げ場の無い一撃を食らってエルミナが息絶えた事を、さやかもバエルも決して疑わなかった。

 ゆりかとミサキは最後の希望が潰えた事にガックリと膝をついて落胆し、バエルは目の前の敵がスクラップになった姿を想像してニヤリとほくそ笑んでいた。

 バエルが勝利を確信すると、空中に待機していた何十匹もの蚊は、仕事を終えたかのように彼の背中に集まっていき、再び虫羽へと戻っていく。


 四人がそれぞれ思いを馳せている間に、爆炎により生じた煙が次第に晴れていく。

 煙がうっすらと薄れて視界が開けていくと、そこに人影が立っていた。


「っ!?」


 その姿を目にして、バエルが驚くあまり目を丸くさせた。

 集中砲火を浴びて死んだはずのエルミナが、変わらぬ姿のままそこに立っていたからだ。

 息絶えたと信じて疑わなかった敵が無傷であった事実に、バエルは激しい動揺を覚えずにいられなかった。


 エルミナは両腕を左右に広げた姿勢で、青く光る半透明のバリアを球状に展開させていた。咄嗟にバリアフィールドを張り巡らせて、ビームの集中砲火を防いでいたのだ。


「おっ……おのれぇえええっ!!」


 技を破られた事に激昂し、その勢いのままバエルが飛びかかる。もはや冷静ではいられなかった。

 エルミナはバエルが放った貫手をたやすくかわすと、カウンターを決めるかのようにみぞ落ちにボディブローを叩き込んだ。


「ウグゥゥオオオッッ!!」


 無防備になっていた腹を全力で殴り付けられて、バエルが奇声を発しながら吹っ飛んでいく。

 咄嗟に手足を地について転倒を防ぐものの、腹に受けた痛みは相当のものだったようで、膝をついて苦しそうに呻き声を漏らしながら、両手で腹を抑えたまま前かがみになってうずくまっている。


(……勝てるかもしれない)


 その光景を目にして、さやか達の中ににわかに期待が湧き上がった。

 戦いを優勢に進めるエルミナを見て、彼女ならばバエルに勝てるかもしれないという考えになり、未来へ希望を抱かずにはいられなかった。


「グッ……」


 悔しげに下唇を噛みながら、どうにか力を振り絞って立ち上がるバエル……完全に余裕を失っていた。

 その彼にとどめを刺さんと、エルミナが一歩ずつ前に踏み出す。


「……バエル。貴方の野望も凶行も、ここで終わる……いや、私が終わらせるッ!!」


 そう口にすると、右手がギュィィーーンと音を立てて青く光り出す。拳に力を溜めて、最大威力の一撃を放とうとしている事は一目瞭然だった。


「この一撃で……全て終わらせるッ!!」


 エルミナは決意を込めたように右拳をググッと握り締めると、その決意も力も、全てをぶつけるかのようにバエルに向かって一直線に駆け出した。



「調子に……乗るな」



 ……その瞬間だった。

 バエルが右の手首をスナップさせると、彼の前にいたエルミナの胴体が、目に見えない力によって横一閃に切り裂かれていた。

 上と下半分ずつに分かれた体は、それぞれ別の方向に倒れていき、下半身は微動だにしなくなる。


「なっ……!?」


 さやかもミサキも、そしてエルミナ自身も、その時何が起こったのか全く理解できなかった。

 バエルが手首を振った瞬間、目の前にいる敵が直接手も触れずに両断された光景は、超能力か何かにすら思えた。


 ……ただゆりかだけが、バエルが手首をスナップさせた直後、彼の手首からナイフのような光る物体が射出された、そのほんの一瞬を見逃さなかった。


「馬鹿め……いくら鍛えられようと、飼い慣らされた番犬如きが、飢えた野生の狼に勝てると本気で思っていたのか?」


 体を二つに分たれて上半身だけになり、ショックのあまり茫然自失となったエルミナ……敗者と化した彼女を、バエルが勝ち誇ったように見下ろす。

 先程までの焦りからは完全に立ち直り、普段の王者らしい落ち着きを取り戻していた。


「狼を噛み殺せるのは……同じ飢えた狼だけだッ!!」

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