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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
第一部 「序」
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第3話 さやかの決意/ゆりかの苦悩

 ブリッツが公園に現れた直後、周辺地域には緊急避難警報が発令されていた。

 ブリッツとエア・グレイブの戦闘はライブカメラで撮影され、記録された映像はニュースで何度も流される。その映像を避難用シェルター内のテレビで見守る住人達。


「さやか……?」


 映像を見て誰よりも驚いていたのは青木ゆりかだった。

 ……やがて避難警報が解除されて他の住人が帰っていく中、彼女一人だけが思いつめた顔をしている。



 ……あれは本当にさやかなの?

 もしそうだったとしたら……。

 でも、そんなはずは……。



 ……そんな思いが頭の中を駆け巡る。

 友達が変身ヒロインになって戦っていた事など、にわかに受け入れがたい心境だった。


  ◇    ◇    ◇


 その頃、当のさやかはゼル博士の研究所で目覚めていた。


「あの……どうして私、こんな所に……」


 突然連れてこられた事に不安を感じて戸惑う彼女に、博士がなだめるように答える。


「何も不安がる事はない。別に君を人体実験したり、解剖したりしようというのではない。ここに連れてきたのは、一度装甲少女アームド・ガールに変身して戦いを経験した後で、改めて戦う意思があるかどうかを君に聞いておきたかったからだ」

「戦う……意思……」


 さやかはその言葉を噛みしめるように復唱する。


「そうだ。もし君に戦う意思があるなら我々は全面的にバックアップするし、やめたいというなら、それに従う覚悟はある。どうするかね」

「……」


 博士の問いに、さやかはしばらくの間無言で考え込んでいた。

 あえて即答を避けたのは、彼女自身どうしても先に知っておきたい事があったからだ。それを知らされないまま返答する気にはなれなかった。


「実は私、二つほどお聞きしたい事があるんですけど……」


 さやかはそう遠慮がちに博士に問いかける。


「なんだね? なんでも聞いてみたまえ」

「分かりました。博士とメタルノイドは、地球とは別の星から来たんですよね?」

「あぁ……そうだ」

「彼らと博士は……一体どういう関係なんですか?」


 それは彼女が最も知りたい答えの一つだった。両者が敵対している事は知られていたが、彼らが何故敵対しているのか、どういう関係にあるのかはこれまで深く語られた事は無かった。


「関係……か……」


 博士がフッと遠くを見るような目付きになる。

 それは昔を思い出し、懐かしんでいるようにも、また哀しんでいるようにも見えた。


「私と彼らはかつて仲間だった……気が遠くなるほど昔の話だ。だが途中で道が分かれてしまった。見解の相違というヤツでな……今は敵同士だ。話せば随分と長くなる……それを詳しく話すのは、また別の機会にしたい」


 そしてさやかの方に目線を戻す。


「一つ確かな事は、ヤツらはこの星の人類を皆殺しにしようとしている。そして私はそれを阻止するためにやってきた。私はヤツらの敵で、君たちの仲間だ。どうかそれだけは分かってもらいたい」


 その言葉には気迫がこもっており、嘘を言っていないと思わせるだけの説得力が十分にあった。

 現に博士が開発した電磁バリアは、メタルノイドの侵攻から十年もの間西日本を守ってきたし、アームド・ギアが無ければ、さやかが装甲少女に変身する事もなく、西日本はブリッツただ一人に壊滅させられていたのだ。


「分かりました。アームド・ギアを開発した貴方を、私も信じます!」


 さやかも彼の言葉にひとまず納得する。少なくとも今は博士の言動を怪しいと思える判断材料は見当たらなかった。


「すまない……それで、もう一つの質問というのは?」


 博士が改めて問いかける。


「ヤツらが次に攻めてくるのは、何時いつですか?」


 さやかの疑問に、博士は自身のあごに左手を添えて考え込むような仕草で答えた。


「ふむ……私自身は、連中がバリアの中に刺客を送り込めるのは一日に一体が限度ではないかと予測している」


 彼の言葉を聞いて、さやかがわずかに表情を曇らせた。


「一日一体……ですか」


 決して喜びから出た言葉ではない。連中が大群で攻めてこない事に本来なら安堵すべきだが、それでもあんな化物と毎日戦わされるのかと考えると気が重くなるのは当然だった。事実、一番最初に送り込まれた刺客と戦っただけで彼女は危うく死にかけたのだ。


「……嫌になったかね?」


 博士が念を押すように言葉を返す。


「やめたいというなら無理強いはしない。折角せっかく見つけた適合者を手放すのは惜しいが、気乗りしない者を無理に連中と戦わせても、やられてしまっては元も子もない。どうする? やめるかね?」

「……」


 彼の問いかけに、さやかは目をつぶって静かに首を横に振った。


「いいえ、博士……私やめたりなんてしません。確かに痛いのは嫌です。でも、ずっとアイツらを倒せる力が欲しかった……やっと力が手に入れられたのに、それをみすみす手放したりなんて出来ません。痛い目に遭っても、我慢してアイツらを全員やっつけるまで戦います。……たまに弱音吐いちゃいますけど」


 強い決意を込めた口調で答えつつも、最後にちょっとだけイタズラっ子のように舌を出してテヘペロした。

 彼女の言葉に博士は神妙な面持ちで聞き入っていたが、やがて思う所があったのか突然床に膝を付いて土下座を始めた。その表情はとても真剣で、彼女を戦いに巻き込んだ事に責任を感じているようだった。


「そうか……では改めて謝らせてもらうっ! すまないっ! 君のような年頃の若き娘を戦わせるのは、決して私の本意ではないっ! 本来この不始末は、私の力だけで解決すべき問題……それを戦いとは無縁の人生を送るはずだった、一人の少女に押し付けているのだからな……っ!」


 ひたすら謝罪の言葉を述べながら、何度も床に額をこすり付ける。

 そんな姿を見るに忍びなかったのか、さやかがすぐさま彼を助け起こした。


「博士が謝る必要なんてありません……むしろ私、感謝してるんです。博士は私に戦う力を与えてくれました。戦いを強制されたなんて、少しも考えてません」


 そう言って満面の笑みを浮かべながら、元気づけるように博士の手を強く握る。その手には彼女の力強い意思が込められていた。


「博士……私に力を貸して下さいっ! 貴方の協力があれば、とても心強いですっ!」

「さやか君……っ!」


 彼女の思いに答えるように、博士もその手を強く握り返していた。


  ◇    ◇    ◇


 研究所を後にしながら、ゼル博士に向かって笑顔で手を振るさやか。

 博士はそんな彼女の姿をいつまでも見送る。


「アームド・ギア……もし性格に難のある人物を装着者に選んでいたら、手に負えなかったが……彼女なら心配なさそうだ」


 安堵した表情でそうつぶやくと、足早に研究所の中へと戻っていった。


  ◇    ◇    ◇


 次の日、さやかはゆりかに誘われて昼間のファミレスにいた。

 お互いテーブルを挟んで向かい合うように座り、ドリンクバーのジュースを飲み始める。

 ……さやかが先に口を開く。


「学校……しばらくお休みになっちゃったね」


 メタルノイドがいつ攻めてくるかも分からない状況で勉強するわけにも行かなくなったのか、学校は二週間ほど休校する事が決まった。

 だが今ゆりかが話したいのは、そんな事ではない。本当に話したい事は別にあった。


「……エア・グレイブ」


 ゆりかの口から唐突に出た言葉に、さやかは驚きのあまり飲んでいたジュースをゲホゲホッとむせる。彼女が発した言葉は、まさに想定外のものだった。


「えっ……エア・グレイブぅ!? いっ、一体何の事かなぁーーー? フッフフフーーーン、フッフーーーン」


 さやかは必死に鼻歌をうたってごまかそうとするが、ゆりかの疑いの眼差しは変わらない。むしろ図星を突かれて動揺するさやかを見て、更に疑念が深まったかのような表情すら浮かべている。


「さやか、絶対私になんか隠し事してる。しらばっくれてもダメなんだからっ! ほら、ちょっとワキ見せなさいっ!」


 ゆりかはそう言って席を立つと、さやかの背後に回り、彼女の左腕を持ち上げて腋を覗こうとする。


「ああっ! ちょっと……」

「……ほら、やっぱり腋汗かいてる」


 汗っかきで体温が高いさやかは、嘘をついたりして緊張すると腋が汗をかいて蒸れる体質だった。彼女の友達の中で、唯一ゆりかだけがその秘密を知っている。


「ねえ、どうして私に隠し事なんかするの? さやかっていつもそう。口では大丈夫とか、なんでもないとか言いながら、いつも全部一人で背負い込もうとする。困った事があったらなんでも相談してって、いつも言ってるのにっ!」


 ゆりかに左腋をじっと覗かれたまま問い詰められて、さやかは恥ずかしそうに顔を背けた。


「か、隠し事なんて……してないんだから……」


 そう言って、あくまでもシラを切ろうとする。

 自分がエア・グレイブである事だけは、ゆりかには隠し通しておきたかった。それも彼女を危険な戦いに巻き込みたくないと思うがゆえの事であった。

 だがそんなさやかの煮え切らない態度に、ついにゆりかの堪忍袋の緒が切れた。


「もうっ! だったら知らないっ! この先何があっても、さやかの事なんて絶対助けてあげないんだからっ! さやかのバカっ! 脳筋っ! 三国志の張飛っ! スケベニンゲンっ! エロゴリラっ! 女のくせに女ったらしっ!」


 ありったけの悪口をわめき散らすと、テーブルの上にジュースの代金を叩きつけて、そのまま店から出ていってしまった。

 悩み事を何でも相談して欲しいと切に願っているゆりかにとって、さやかの態度は許せないものがあったのだ。


「……ゆりちゃん」


 そんなゆりかの後ろ姿を、さやかはもどかしげな表情で見送る。彼女の姿が見えなくなった後、店に一人残されて溜息をついて肩を落とす。


「ゆりちゃん……ゴメン」


 さやかがそう呟いて落ち込んでいると、携帯電話のアラームが突然鳴り出す。


「はいもしもし……あっ、ゼル博士?」


 電話に出ると、向こうの様子が何やら妙に慌ただしい。それは明らかに緊迫した状況である事が、音を聞いただけで伝わってくるほどであった。


「さやか君、大変だっ! メタルノイドが……敵が出現するっ!」

「えっ!?」


 突然の博士の言葉に、さやかの表情がサッと変わる。敵との戦いを瞬時に予感し、胸の内にザワついた緊張感が走り出す。


「時空の歪みを観測したんだ。メタルノイドの推定出現座標は……」


  ◇    ◇    ◇


 ……その頃、さやかとケンカ別れして勢いでファミレスを飛び出したゆりかは、暗い顔をしながらトボトボと街中まちなかを歩いていた。


「さやかの……バカ……」


 そう呟いて顔をうつむかせたまま道端を歩いていると、突然目の前の空が光りだす。

 何もない空間がバチバチと放電し、そこに大きな穴が開いたかと思うと、その穴をこじ開けるようにして一体のメタルノイドが姿を現した。

 外見はブリッツより少し痩せていて、全身は黒く塗られている。


『……貴様だなぁ? エア・グレイブの友達というのは……』


 現れた鉄の巨人は、目の前のゆりかをギロリと睨み付ける。その口から発せられたのは、最初から彼女を狙って現れた事が一言で分かる台詞セリフだった。


「い……いやぁぁぁああああっっ!!」


 我が身に迫る危険を感じたゆりかは、悲鳴を上げてすぐにその場から走って逃げようとした。

 彼女の判断は迅速だったが、メタルノイドの走る速度はその巨体からは想像も付かないほど速く、彼女はあっという間に追い付かれてとらえられてしまう。


「いやぁっ! 人違いよっ! エア・グレイブなんてそんな人、私知らないっ! 私はあの子の友達でもなんでもないんだからぁっ!」


 巨大な手につかまれたまま大声で叫んで暴れようとするゆりかに、メタルノイドが笑いながら答える。


『フフフッ……別に人違いじゃあないさ。彼女の本名は赤城さやかというのだろう? 貴様があの女と長い付き合いがある事は、既に調べが付いている』

「……」


 その言葉にゆりかは一言も言い返せなかった。現にさやかがエア・グレイブであるという事実は、彼女自身の中に否定しがたい確信としてあったからだ。


「ゆりちゃんっ!」


 そこに博士からメタルノイドの出現予測座標を聞いていたさやかが颯爽さっそうと駆け付ける。よほど急いでいたのか、全身汗だくになりながら息を切らしている。


「ハア……ハア……ゆりちゃんを離してっ!」


 怒りを込めた口調で睨み付けながら、すぐに装甲少女に変身しようとする。

 そんなさやかをメタルノイドが慌てて制止した。


『おおっと! 友達を傷付けて欲しくなかったら、ここで変身するのは止めてもらおうっ! 貴様と対決するにうってつけの舞台を用意してある。××番地の第七倉庫に来い。もし来なければ、貴様の大事な友達は翌朝死体となって発見されるハメになるぞ……フハハハハハァッ!!』


 そう言い終えるとメタルノイドは背中のバーニアを噴射させて、ゆりかを手に握ったまま空の彼方へと飛び去ってしまった……!

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