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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
第二部 「破」
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第45話 エルミナ(後編)

「貴方は……国防長官、雷同平八っ!!」


 男の姿を目にして、ゆりかが真っ先にそう口にした。


 その男、雷同平八……日本国暫定政府の国防長官を務めている。

 声は大きくて性格は豪快で、肉うどんが大好きで、たまに人前でおならをするが、決して無能ではない。

 ゼル博士という当時素性の知れない謎の科学者が暫定政府への協力を申し出た時、真っ先に博士の言葉に賛同したのも彼だった。

 西日本を覆う電磁バリアの設置も、彼の存在無くしては到底なし得なかっただろう。


 一説には、かつて世界を救ったという魔法少女の血を引いているとまことしやかにささやかれているが、その真相を知る者は、ゼル博士を含めてごく少数しかいない。


 ともあれ、今こうしてこの場に彼が現れた以上、エルミナと何らかの関わりがある事は明白だった。


「実はブリッツが攻めてくるよりも前から、対メタルノイド用自律型ロボットの開発を進めていたのだよ。最初から量産化を破棄し、莫大な予算を費やして、単機で何処まで強くなれるかを極限まで突き詰めた機体……彼女一機を作るのに費やした予算は、今年度の防衛予算の、実に三分の二っ! そのカタログスペックは、実戦投入されればブリッツ程度のメタルノイドなら確実に撃破しうるものであった……」


 誇らしげにそこまで語った平八だったが、急に意気消沈したようにテンションが下がりだす。


「だが……起動実験を行う段階に至って、致命的な問題が発覚し、その解決方法が見つからないまま作業は停滞してしまったのだ」


 そう口にしてしょぼくれている彼に、ゆりかが即座に疑問をぶつける。


「致命的な問題、とは……?」


 彼女の問いに、平八はしょぼくれたまま答える。


「人工知能だよ……あまりに機体性能を引き上げすぎたために、当初開発チームが用意していたAIでは、処理速度が追い付かなくなってしまった。機体をタイムラグ無しで動かせる高度なAIを、開発チームの技術では生み出す事が出来なかったのだ。作業はこのまま頓挫し、完成目前にして計画は中止になるかと思われていた。あの日までは……」

「あの日……?」


 その時平八の口にした言葉が気になったのか、さやかが問いかけるように復唱する。


「そうして困っていた時期に、自衛隊の基地にある物が運ばれてきたのだ。バロウズが開発した、高度な人工知能を積んだ自爆用ロボット……そう、君たちがルミナと呼んだ少女……その残骸だよ」

「……っ!!」


 平八の言葉を聞いて、さやかの胸に強い衝撃が走った。心の中に限りなく確信に近い推測のような考えが湧き上がり、動揺せずにはいられなかった。

 そんな彼女の推測を裏付けるかのように、平八が言葉を続ける。


「ルミナの損傷は激しかったが……記憶や人格をつかさどるチップだけは、奇跡的に無傷のまま取り出す事が出来たんだ。それにはコピーも書き換えも不可能なほど高度なプロテクトが掛けられていたから、結局中身に一切手を加えないまま、対メタルノイド用ロボットに頭脳として積んでしまった……という訳さ」


 そこまで語ると、平八はエルミナの方を一瞬だけチラ見した。

 彼女は相変わらずさやかの胸に顔をうずめたまま、幸せそうにニコニコしている。


「事情を話したら、彼女はこころよく引き受けてくれたよ。ママの力になるんだっ! ……ってね。かくして対メタルノイド用の自律型ロボットは完成した。その名も以前の彼女にあやかり、エクシード・ルミナと名付けた。略してエルミナだ。彼女は新しい体を手に入れこそしたが、人格はまぎれもなく以前の彼女そのものなのだよ」


 そうして一通り話を終えると、平八は椅子に座ってハンカチで汗を拭きながら、コップにんだ水を一気に飲み干して、いかにも中年の親父らしくアァーーッと声を漏らしていた。長話をして、少しだけ疲れたようだ。


「ルミナ……エルミナ……」


 さやかは顔をうつむかせたまま、うわごとのようにつぶやいていた。かつて命を落とした娘が生き返ったというのに、あまり嬉しそうではない。

 ゼル博士も、ゆりかも、てっきり彼女がはしゃいで大喜びすると思っていただけに、その態度には拍子抜けさせられるものがあった。


「ママぁ……?」


 そんなさやかの様子に、エルミナは目をきょとんとさせて首を傾げていた。


「それにしても、私に内緒でこんな物を開発していたとは……一言相談して下されば、AIの開発ぐらいお手伝い出来ましたでしょうに……」


 ロボットの存在を事前に知らされなかった事に、ゼル博士が不満を漏らす。


「うむ、そうしたかったのはやまやまだが……情報が1ミリも外に漏れないようにするために、文字通り完全に閉鎖された空間で開発を行う必要があったんだ。開発に携わっていた技術者たちは、ロボットが完成するまで施設に監禁されたような状態だったよ」


 平八が慌てて弁解する。

 各所にスパイを潜り込ませているであろうバエルが、事前にエルミナの存在を知らずにいた事は、彼の言葉を裏付けるには十分だった。

 その事をかんがみて、ならば仕方ないと言いたげに博士も納得する。


「でも……そうまでして開発しても、バエルには全く太刀打ち出来なかった……」


 ゆりかが水を差すように重苦しい表情で口にした。

 確かに彼女の言う通り、平八がブリッツを倒せる性能とまで豪語したエルミナも、敵の首領にはかすり傷一つ付けられなかったのだ。その冷酷なる事実に、場の雰囲気が少しだけ重くなった。


「なぁに、気に病む事はない。あれでもまだ彼女は、全ての力を出し切った訳ではないのだから……」


 重苦しい空気を払拭するかのように平八が口を開いた。


「先の戦いに投入された時の彼女は、限界稼働時間を20分にするために出力を抑え目にしてあったんだ。性能を引き上げればその分回路に負荷が掛かり、オーバーヒートの危険性が高まるからね」

「あれで抑え目にしていただと……っ!!」


 平八の言葉に驚くあまり、ミサキが目を丸くさせた。

 抑え目にしたというその性能でも、エルミナはさやか達三人を遥かに凌駕する力を見せていたのだ。彼女の力は底が知れなかった。

 ブリッツ程度のメタルノイドなら確実に倒せるという氏の言葉が、あながちハッタリではないと思える程に……。


「限界稼働時間を5分にすれば、彼女の性能を三倍に引き上げる事が出来る。それで今度こそ確実にバエルを仕留めて、日本に……いや世界に平和を取り戻すっ!」


 平八は拳をグッと握り締めて、強く豪語する。フルパワーの彼女ならば、間違いなくバエルを倒せるという確固たる自信を覗かせていた。


「もし……もしそれで、万が一……バエルに勝てなかったら……」


 ゆりかがまたも不安げに口にした。

 彼女の言葉に、その場にいた者たちは皆ゴクリとつばを飲んだ。


「その時は……世界が終わる」

「……」


 平八の言葉に、場の空気が更に重くなった。

 フルパワーのエルミナで太刀打ちできなければ、バエルに勝つ方法がこの世から無くなる……その事に不安を覚えるあまりみな口をつぐんでしまい、しばしの静寂が訪れる。

 その静寂を打ち破ろうとするかのように、さやかがベッドから立ち上がった。


「終わらせない……この命にかえても、絶対にっ!!」


 彼女はそう口にすると、その勢いのままスタスタと早足で病室から出て行った。


  ◇    ◇    ◇


 ……共用トイレの洗面所で、何度も顔を洗うさやか。顔の皮膚に冷たい水が触れるたびに、ひんやりした感覚が脳に伝わる。


「……」


 そうして顔を洗いながら、無言で物思いにふける。

 義理の娘ルミナが生き返った事……この先待ち受ける、バエルとの戦い……それらが頭の中をグルグルと駆け回る。

 思考の整理を付けようとするかのようにさやかが水で顔を冷やしていると、いつの間に来ていたのか、彼女の背後にエルミナが立っている姿が鏡に映った。


「あっ、ルミナ……いやエルミナって呼んだ方がいいかな?」


 さやかが慌てて振り返りながら話しかける。その顔は戸惑ったように少しだけ笑っている。


「どっちでもいいよっ! あっ……でもママだけは、私のことルミナって呼んでっ! ママ、だーいすきっ!」


 そう口にすると、エルミナはまたしてもさやかに抱き付いた。その顔は本当の母親に抱かれたような、とても幸せな笑顔に満ち溢れている。たとえ強さで上回っても、彼女にとってさやかはこの世で唯一愛すべき母親のようにいとおしい、かけがえのない存在なのだ。


 だがそんなエルミナに抱き付かれても、さやかはあまり嬉しそうではない。

 無言のまま顔をうつむかせて、少し不安そうな表情すら浮かべている。


「ママ、さっきから何だか元気ない。ママ、私が生き返ったこと、嬉しくないの……?」


 彼女の様子が気になったのか、エルミナが恐る恐る顔を覗き込んで問いかけた。

 その目は、飼い主にエサをねだる子猫のように丸くてクリクリしている。その無邪気な瞳の奥には、母親に嫌われたのではないかという一抹いちまつの不安が宿っていた。


「……」


 それまで娘のなすがままにさせていたさやかだったが、その言葉でスイッチが入ったのか、いきなり彼女を両腕で包み込んだ。


「嬉しいよ……嬉しいに決まってるじゃないっ! だって……だって、死んだ娘が生き返ったんだよっ!? そんなの、嬉しくないわけないじゃないっ! ずっと夢見てた事が叶ったんだもの……嬉しさのあまり、どうにかなっちゃいそうだよっ!」


 これまで溜め込んでいた物を全てぶちまけるように大声でわめき散らすと、その愛をぶつけるかのように娘を強い力でぎゅぅぅっと抱きしめて、自分の胸に押し付けた。

 感情の爆発ぶりは、堤防でせき止められていた水が一気に溢れ出したかのようだ。


「でも……だからこそ、怖いんだよっ! だって、もし娘を二度も失ったら……私、そんなのとても耐えられないっ! ショックで心がグチャグチャになって、完全にぶっ壊れて、頭おかしくなっちゃいそうだもんっ! ルミナっ! 絶対死なないでよぉっ! でないと、私……私……う……うわぁぁああああんっっ!!」


 そして娘を抱きしめたまま、恥も外聞もなくわんわんと赤子のように大声で泣き出した。

 瞳からは大粒の涙がボロボロと溢れ出し、胸に抱いていたエルミナのほほを何度も伝って流れてゆく。

 その切ない思いがエルミナの胸にも痛いほどよく伝わり、機械であるはずの心臓がじんわりと熱くなって、ドクドクと激しく鼓動する。


「ママ……」


 エルミナは目をつぶって穏やかな笑みを浮かべると、母をいたわるかのようにその背中をそっと撫でた。


「大丈夫だよ、ママ……私、絶対死なない。もう絶対ママを悲しませたり、しないから……だから、泣かないで」


 泣き続けるさやかをあやすような口調で、優しく言い聞かせた。

 さやかが泣き止むまでの間、そうして二人は実の親子のように抱き合っていた。


  ◇    ◇    ◇


 ……バエルが指定した時間まで残り十分を切った頃、さやか達三人は再び戦場となる広場へ向かうべく、病院の外にいた。

 それを見送るかのように彼女たちの後ろに並び立つゼル博士、平八、そしてエルミナ。平八が真っ先に口を開いた。


「エルミナの出力を引き上げる調整に、もう少し時間が掛かる。だが出来るだけ早く済ませるから、それまでどうか持ちこたえてくれ。むろんエルミナの力を借りずに君たち三人だけでバエルを倒せるなら、それに越した事はない。ぜひそうあって欲しいと願っている」


 彼の言葉に続くように、エルミナも語り出す。


「ママ……絶対かけつけるから、アイツにころされないで……」


 不安そうな顔で口にする娘の瞳を、さやかがじっと見つめる。


「大丈夫……ママ、絶対バエルに負けたりなんかしない。むしろボコボコにして、返り討ちにして、道頓堀に沈めてやるんだから。そして何もかも全部終わったら、ママと楽しい事、いっぱいしようね」


 そう言って娘の頬に誓いのキスをすると、決意を固めたように広場がある方角へと振り返った。


「さぁ、ゆりちゃん……ミサキちゃん……行くよっ!」


 闘志に満ち溢れた表情で口にすると、さやかは二人の仲間と共に死地に向かって歩き出した。

 全ての戦いを終わらせて、日本に……世界に平和を取り戻すために……。


「「「覚醒トランスッ! アームド・ギア、ウェイクアップ!!」」」

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