第43話 謎の乱入者。その名は……(後編)
突如現れてロボットの内一体を撃破した謎の少女は、自らエルミナと名乗った。
それでも彼女がいつ、誰に、何の目的で作られたかは依然不明のままだ。
少なくとも、さやか達の敵ではないようだが……。
「メタルノイド殲滅ロボット……エルミナ……だとぉ?」
バエルが不快感をあらわにする。少女の存在に、明らかに不満を抱いている様子だった。
彼にとってはこの戦いもまた一種の余興のような物だ。それに横槍を入れられた事が許せなかったのだ。
「何処の馬の骨とも知れん小娘が、余計な真似を……よほど死にたいと見える。ならば望み通りに死をくれてやろうッ! 我が忠実なる騎士どもよ、まずはそやつから先に血祭りにあげてやれッ!」
バエルが正面に右手をかざして指令を下す。
指令を受けて、三体のロボットは一斉に少女に斬りかかっていった。
『死ねぇええっ!』
大声で叫びながらエルミナの首をはねようとする。
だが刃が届きかけた瞬間、まるでワープしたかのように彼女の姿が一瞬で消えてしまう。
『何っ!? ヤツは何処へ……』
目の前から敵の姿が消えた事に困惑するロボットたち。周囲をキョロキョロと見回して、彼女を探し出そうとする。
その時バエルが大声で叫んだ。
「後ろだっ!」
声が響いたのと、ほぼ同時だった。
ロボットの内一体の背後にエルミナが現れると、反応する間もなくその胴体に拳を叩き込んでいた。
『ぐぁ……あ……』
腹を思いっきり殴られて、ロボットが顔を歪ませながら呻き声を漏らす。
エルミナがそのままグイッと押し込むと、拳は胴体をブチ抜いて貫通する。
直後、ロボットは爆発して木っ端微塵に吹き飛んだ。
『おのれぇええっ!』
残り二体のうち一体が逆上して斬りかかる。
ロボットが振り下ろした刀の刃先を、エルミナは素手で掴んで止めた。
そして掴んだ刀ごと引っ張って、最後は力ずくで相手の両腕を引きちぎった。
『ぎゃぁぁあああっ!!』
まるで踏まれた猫のような物凄い悲鳴が上がる。
両腕を引きちぎられたロボットが、地面に転がってのたうち回る。
その時エルミナの背後にもう一体のロボットが迫っていた。
『この距離なら避けられまいっ! 死ねっ!』
勝ち誇った笑みを浮かべながら刀を振り下ろす。
だがエルミナがすかさず振り向くと、右目の瞳が赤く光り出す。
直後右目から一筋の赤いレーザーが放たれて、ロボットの心臓部分を一瞬にして撃ち抜いていた。
『馬鹿……な……』
心臓を撃ち抜かれたロボットが、困惑の言葉を発する。悔しげな表情を浮かべたまま前のめりに倒れると、そのまま機能を停止させた。
「……凄い」
「なんて強さだ……一体何者なんだっ!?」
さやかもミサキも驚嘆の声を漏らす。
突如現れた謎の少女は、バエル配下のロボット三体を五分と経たない内に屠っていた。その強さはさやか達三人を遥かに凌駕している。
彼女なら三体どころか十三体を一人で相手しても、決して負けはしなかっただろう。
最初から彼女が実戦投入されていたら、さやか達は装甲少女になる必要すら無かったのではないか……。そう思える程の強さだった。
その圧倒的過ぎる強さに見惚れている内に、さやかはエルミナという名前に既視感を抱いた事すら忘れていた。
『バ……バエル……様……』
両腕を引きちぎられた最後の一体のロボットが、助けを求めるように主君の名を口にする。そしてうつ伏せのまま芋虫のように地面を這いずって、バエルに近寄っていく。
もはや先の戦いで見せた威勢の良さは、微塵も感じられない。
その姿は敵ながら何とも哀れだった。完全に戦意を喪失した子犬のような目をしている。
「やれやれ……」
そんな手下を、バエルは残念そうにため息を漏らしながら見下ろしていた。
「十三体もいて、小娘を一人も殺せんとはな……失望したぞ。所詮は外側だけ真似た、出来損ないの人形という訳か……興が冷めたわ。お前たち如きでは、私の手足は務まらん。バロウズとは、バエルの矢たる事を示した言葉……お前たちのような石ころを指す言葉ではない。無能な部下など、バロウズには不要だ……永遠に死に失せろッ!!」
吐き捨てるように口にすると、ロボットの頭を躊躇なく踏み潰した。グシャァッと鈍い音が鳴り響き、大量の金属片が無惨に飛び散る。
直後、首無し人形と化したロボットが一瞬苦しそうに体をバタつかせた。そしてすぐに機能を停止させて息絶えた。
「……ひどいっ!!」
さやかが思わずそう口にした。
彼女たちは確かに憎むべき敵だったかもしれない。それでも主君に抹殺される姿を見せつけられるのは、心が痛むものがあった。
彼女たちは最後まで、主君に忠誠を誓って戦っていたというのに……。
「用済みと判断した部下は躊躇なく切り捨てる……それがバロウズの……いや、バエルのやり方だっ!!」
ミサキが腹立たしげに吐き捨てた。彼女自身も、かつてバロウズに切り捨てられた犠牲者の一人だ。それだけに、バエルの行為は余計に許せない物があった。
このバエルという男は、部下の命さえも虫ケラ程度にしか考えていないのだ。そんな男に人間への慈悲や愛情など、とても期待出来る物では無かった。
「……」
さやかとミサキが憤ってるのとは対照的に、エルミナはただ無言で眺めていた。
彼女が何を考えているのか、その表情から窺い知る事は出来ない。
だがやがて思い立ったように、バエルに向かって歩き出した。
「メタルノイド殲滅プログラム起動……これより標的・バエルを抹殺します」
エルミナはそう口にすると、背中のバーニアを噴射させて猛然と飛びかかっていった。渾身の力を込めた右拳が、バエルの顔面へと一直線に放たれる。
その拳を、彼はなんと左手だけで受け止めた。
「小娘が……調子に乗るな……ッ!!」
腹立たしげに口にしながら、受け止めた拳をそのままギリギリと力ずくで押し返す。
エルミナも必死に力を入れるものの、バエルの左手をどうしても押しのける事が出来ない。
彼女の力も相当の物だが、バエルの力はそれを圧倒的に上回っていた。
今の彼は明らかに本気の姿では無いにも関わらず……だ。
「……馬鹿めっ!!」
やがてバエルがその姿勢のまま力を込めると、エルミナが逆に後方へと弾き飛ばされてしまう。
「ウワァァアアアッ!!」
少女が悲鳴を上げながら地面に叩き付けられて、派手に転がっていく。
その衝撃のあまり彼女が転がった大地の土は、豪快にえぐれ上がっていた。
まるで巨大な竜の爪で削り取られたかのように……。
致命傷にまでは達していなかった。それでもエルミナは一撃食らっただけで、戦闘不能になる程の傷を負っていた。
力の差は歴然としている。この少女の力を以ってしても、敵の総大将にはかすり傷一つ付けられなかった。
「メタルノイド殲滅プログラムだとぉ? フンッ、笑わせてくれる……その程度の実力では、このバエルの足元にも及ばぬわ。哀れな出来損ないの機械人形が……世の中、上には上がいる事を思い知るがいい。このバエル、貴様如きにくれてやるような安い首など持ち合わせておらぬ。お前如き機械人形など、百体いようと私が本気を出せば一分と経たずに皆殺しにしてやるぞ」
バエルが勝ち誇ったように語りだす。負傷したエルミナを眺めながら、得意げにフフンと鼻で笑っていた。それ見た事か、とでも言いたげな様子だった。
圧倒的な力の差を見せ付けた事で、勝者として余裕が生まれたようにも見える。
「さて……と」
その時バエルがふと思い出したように、さやかとミサキに目を向ける。
「ハァ……ハァ……エル……ミナ……」
「くそっ……やはりダメか……」
二人とも全身をグッタリさせながら、辛そうに呼吸を荒くしている。戦う力が残っているようには到底見えなかった。
熱したアスファルトの上で干上がって死にかけた、ミミズのようになってしまっている。
今の二人なら小学生の群れに囲まれたとしても、何の抵抗出来ずになすがままにされてしまうだろう。
「……」
満身創痍な二人を目にして、バエルは顎に右手を当てて何か考え込むような仕草をしていた。そして思い立ったように口を開く。
「私が今日来たのは貴様らを処刑するためだが……本来私の手を汚さず、十三騎士に殺させるつもりでいた。その十三騎士が全滅した今、完全に弱りきったお前たちに私が止めを刺すというのも、それはそれで興が削がれる話だ」
そこまで語ると、広場の柱に備え付けられていた時計に目をやった。
時計の針は9時半を示している。さやか達とバエルが広場で対面した時からは、およそ30分が経過していた。
「お前たちは5時間休めば体力が全回復するのであったな? ならば敢えて、そのための時間をくれてやろう。今日の夕方4時に、もう一度この広場に来るがよい。その時は私自らがお前たちの相手をしてやる。せいぜい万全の状態で戦いに臨むがいい」
その時バエルは地面に倒れていたエルミナの方を、一瞬だけチラ見した。
「次はそこのエルミナとかいう機械人形を連れて、四人がかりで挑んできても構わんぞ。どのみちお前たち程度の実力では、百人がかりで来ようと私の首を獲る事は出来ぬのだからな」
直後、再びさやか達の方を向いて、ククッと声に出して笑い出す。
「次の戦いこそ、正真正銘お前たちの命が尽きる時だ。私を殺さぬ限り、お前たちが生き延びる事は出来ない。そして私に勝てる確率は、万に一つも無い。つまりお前たちは、次の戦いで絶対に死ぬという事だ。悔いを残さずに死ねるように、遺言でもしたためるなり、最愛の人に別れの挨拶でもするなりしておくのだな……フフフ……ファッハッハッハァッ!!」
高笑いして語り終えると、広場の奥にある森の方へとゆっくり歩き出す。そしてバエルはそのまま森の中へと姿を消した。
「バ……エル……」
彼が消えた森に向かって、さやかは少しでも手を伸ばそうとする。その姿勢のまま前のめりに倒れ込んで、力尽きてしまった。
「さやか……さやかっ! さや……」
彼女の名を必死に叫ぶミサキの声も、意識と共に次第に遠のいていった……。




