第42話 謎の乱入者。その名は……(前編)
さやかが投げ付けた刀がバエルの顔面に当たると、その衝撃で首が外れて地面に転がり落ちる。彼の頭部と思しき鉄仮面が外れた時、後には何も付いていなかったのだ。
「やれやれ、困った小娘だ……あまり乱暴なマネを働かないでもらいたい。これでも一応、ちゃんとした私の頭なのでね……フッフッフッ」
頭を失った姿のまま、バエルが不敵に笑う。その時言葉を発していたのは地面に落ちた頭ではなく、頭を失った体の方だった。
彼の体は地面に落ちて転がっていった頭の方へと迷いなく歩き出す。体の何処かに目でも付いているかのようだった。そして頭を両手で拾い上げると、首元にしっかりと固定するように強く押し込んで乗せた。
「バエル……アンタ、一体……!?」
さやかが顔をひきつらせながら、そんな事を口にした。
今目の前で起こった光景全てが、彼女にとっては容易に理解し難い出来事だった。
何しろ敵は頭を失った姿のまま、平然と歩いていたのだから……。
頭を落とした事に動揺するそぶりは微塵も見せなかった。
その姿はさながら、西洋の伝説の首無し騎士デュラハンのようであった。
「……」
さやかがあまりの異様さに声も出ないまま、ゴクリと唾を飲み込む。バエルという男が想像以上に底の知れない、不気味で恐ろしい存在に思えてならなかった。
無論敵の総大将である以上、油断のならない存在であると警戒はしていたのだが、それを差し引いても……だ。
「私の事より、今は自分の事でも考えた方が良いんじゃないかね? クククッ……」
バエルが唐突にそう口にする。
さやかの体力は、刀を投げ付けたた所で底を付いてしまっていた。
それを見透かしての発言だった。
「ぐうっ! ハァ……ハァ……ハァ……」
さやかが疲労のあまり、たまらずに片膝をつく。呼吸は荒くなり、心臓が苦しくなり、全身から汗が滝のように流れ出す。手足の指先一本動かす力すらも残っていない。
もはや彼女の体は、精神力だけで動かせる限界にまで達してしまっていた。無理を通して道理を蹴っ飛ばすにも限度があった。
「フゥーーッ……」
満身創痍な彼女の姿を目にして、バエルは軽く失望したようにため息をついた。
忌むべき敵でありながら、内心もう少し食い下がる事を期待していたようにも見える。やはり心の何処かでは、この戦いをそれなりに楽しんでいたのだろう。
「我が十三騎士を、残り四体まで減らした事は素直に褒めてやる。その健闘ぶりは賞賛に値しよう。一人が一軍に値する幹部級メタルノイドを、七体も倒しただけの事はある。敵にしておくのが惜しい程にな……どうだ? 私の部下にならないか? そうすれば、メタルノイドと同等の待遇を与えてやっても構わんぞ」
バエルが突然誘いの言葉を口にする。
「なっ!?」
彼の言葉を聞いて、さやかは一瞬目が点になった。
よほど意表を突かれたとの思いがあったのだろう。
だがすぐに冷静に立ち返ると、怒りに満ちた表情で睨み付ける。
「ふざけた事言わないでっ! 誰がアンタなんかに……アンタは私の父さんと母さんを殺した仇……絶対に許さないっ!」
吐き捨てるように言い放ち、誘いをはねのける。
さやかの返答を聞いて、バエルは腕を組んで考え込むような仕草をした。そして少し時間が経過した後、思い立ったように口を開いた。
「そうか……ならばお前の両親も、壊れた家も、何もかも元通りにしてやろうか? 死んだ人間を生き返らせるくらい、我々には造作も無い事だからな」
「っ!!」
……それは正に悪魔の誘惑だった。アダムとイブに知恵の果実を食わせた魔王の如く、バエルは少女に甘い言葉を囁いているのだ。
失ったものを全て取り戻せるという提案が、魅力的に聞こえなかったと言えば嘘になる。その言葉にさやかは一瞬だけ心を動かされた。だが……。
直後、彼女の脳裏に浮かんだ光景。それはバロウズの襲撃により廃墟と化した町。
そこで泣き叫ぶ一人の少女の姿だった。
死の恐怖に怯えて逃げ惑い、次々に惨殺されていく非力な人間たち。
町を蹂躙し、破壊と殺戮をゲームのように楽しむメタルノイドの群れ。
人間をアリのように踏み潰した悪魔の、邪悪な高笑いが焼け野原に響き渡る。
バエルの誘いを受ければ、それは再び現実の光景となるのだ。
その事実を思い出し、一度は消えかけた敵意が炎のように熱く燃え上がる。
「バエルッ!! 私の復讐は……私一人だけの復讐じゃないっ! アンタ達バロウズの襲撃によって家族を殺され、大切な物を奪われた全ての人々の、怒りと悲しみを……私はそれを背負って戦っているッ!! アンタ達が人間を虫ケラ程度にしか見てない限り……私はアンタ達を、一人残らず全員ブチのめすッ!!」
さやかが改めて決意を固めたように、大声で吠える。その瞳には、決して揺らぐ事のない強い意志が宿っていた。
「やれやれ……」
バエルが呆れたように口にして、首を左右に振る。
彼女の言葉を聞いて、部下に引き入れる事を諦めたようだった。
「赤城さやか……お前は確かに強い。だがその程度の実力では、私の足元にも届きはしない。だがまぁ、こんなものか。良い余興にはなった……それなりに楽しませてもらったよ。よくここまで頑張ったと褒めてやろう。残念だが、部下にならないとあらば私にとっては地球征服の障害にしかならない。やはり貴様にはここで死んでもらうとしよう」
バエルはそこまで語ると、右手を高く掲げてロボット兵に指令のような物を送った。
彼の指令を受けて、四体のロボットは地面に落ちていた刀を拾い上げて、さやかの周りを取り囲んだ。
「やめろ……さやかに手を出すな……」
うつ伏せに倒れたまま、上半身だけを起こして見ていたミサキが口にする。だが彼女自身声を出すのが精一杯で、その場から動けるだけの力は残っていなかった。
そして当然と言うべきか、バエルには彼女の言葉を聞き入れる気は微塵も無かった。
「赤城さやか……少し名残惜しいが、これでお別れだ。貴様の事は生涯忘れんぞ……せめて我が思い出の中で、永遠に生き続けるがよい。クククッ……我が地球を征服した暁には、歴史の教科書にその名を刻んでやろう。宇宙の王たる偉大な我に逆らいし、愚かな勇者としてな……ファッハハハッ!!」
バエルが勝ち誇ったように高笑いする。
さやかもミサキも、その言葉をただ黙って聞く事しか出来ない。何も出来ない無力さに打ちひしがれ、悔しい思いで胸がいっぱいになる。
「さあ、我が忠実なる騎士どもよっ! その小娘を……赤城さやかを処刑せよっ! そやつの首をはねて、全身をズタズタに切り裂いて、はらわたを引きずり出して公衆の面前で無様な晒し者にしてやるのだッ! そして我に逆らいし者の哀れな末路を、無知で愚かで脆弱なる人間共に、醜態として見せつけてやるがいいッ!」
バエルが大声で叫んで指令を下す。
直後、四体のロボットがさやかに向かって一斉に刀を振り下ろすっ! その刃は彼女の首に狙いを定めていた。
「さ……さやかぁあああーーーーーーっ!!」
目の前で仲間が処刑され掛かっている姿を見て、ミサキが悲痛な叫び声を上げた。その表情は悲しみに染まり、瞳にはうっすらと涙が浮かぶ。もう彼女は助からないという絶望の感情が、胸を覆い尽くしていく。
「くうぅっ!」
さやかが観念したように咄嗟に目をつぶる。
敵も味方もその場にいた者全てが、彼女の死を確信した時だった。
突然ドォォッとジェット機のような噴射音が鳴り響いた。
直後に空の彼方から一筋の赤いレーザーが高速で放たれて、ロボット兵の内一体の胸を撃ち抜いていた。
『なん……だと……』
何が起こったのか理解出来ないまま、胸を貫かれたロボットがそう口にする。直後、悲鳴を上げる暇すら与えられず爆発して跡形も無く消し飛んだ。
「何だっ!?」
突然の出来事に、バエルが反射的に身構える。
(装甲少女は三人とも動けないはずだ……まさか四人目がっ!? だが馬鹿な……私の知らぬ間に、こんな短期間で適合者を見つけられたとは考え難い……ではゼル博士がっ!? だがこんな武器を隠し持っているなら、最初から使っているはずだ……では一体誰がっ!?)
……内心彼はかなり焦っていた。乱入者が現れる事は、完全に想定外の事態だったからだ。誰の仕業なのか頭の中で必死に考えては、その可能性をすぐに否定していく。
そうしてバエルは戦闘中である事も忘れて、思案に暮れていた。
「何が……」
無論驚いたのはバエルだけではない。さやかもミサキも、ロボットすらも突然の出来事に呆気に取られていた。
「何か、こっちに来るぞっ!」
真っ先にそう反応したのはミサキだった。
続いて他の全員が、彼女が向いている方角へと目をやる。
直後、その方角から何者かが広場に向かって高速で空を飛んできていた。
バーニアを噴射させて飛行していたのは……一人の少女だった。
見た目はエア・グレイブら装甲少女と似たような姿をしており、ダークブルー色のレオタードと、紫色の装甲を身にまとっている。
ただ各部の装甲は一回りほど大きく、さらに背中に装備しているバーニア付きのバックパックはかなり大型化して、左右に広がる鋼鉄の羽のようになっていた。
そして全身の至る所に、レーザーの発射口のような物が付いていた。先程ロボットを一撃で破壊したレーザーも、彼女が発射した物であろう。
背丈から察するに、年齢は15歳くらいであろうか。
ただ顔立ちや体型は、さやかより少しだけ幼く見えた。
さやかと同年齢でもミサキが大人びて見えるのとは対照的だ。
空の彼方から飛んできた少女が、背中のバーニアを吹かせながらゆっくりと降り立つ。
「……チッ」
謎の少女を前にして、バエルが腹立たしげに舌を鳴らす。
彼女がバロウズと敵対する存在である事は明白だ。
バエルにしてみれば、素性の知れない人物に遊びを邪魔されたような物だ。それまでの興は一瞬にして冷めて、憤りを覚えずにはいられなかった。
「貴様……何者だ?」
バエルが訝しげに問いかけると、少女はすぐに答える。
「自律型メタルノイド殲滅ロボット……エルミナ」
その時、謎の少女は自らロボットと名乗った。
見た目は生身の少女のように見えるが、機械の体を人工皮膚で覆ったロボットだというのか。
バエル配下の十三騎士と同様に……。
少女とバエルのやりとりを呆気に取られて眺めていたさやかだったが、エルミナという言葉を聞いて妙に引っかかる物があった。
「エ……ルミナ……」
彼女とは間違いなく初対面のはずだった。だがさやかは前に彼女と何処かで会ったような……そんな奇妙な感覚に襲われていた。




