第41話 バエル十三騎士(後編)
その頃さやかとミサキは、共に三体のロボットと戦いを繰り広げていた。
ミサキは妖刀ムラマサを召喚し、二本の刀で三体を相手にしている。だが彼女らの猛攻に、次第に押され気味になっていく。
「くっ……いかに二刀流と言えど、やはり三人を相手にするのはキツいか……」
……そんな焦りの言葉が、口から漏れ出す。
単独では今のミサキに劣るとはいえ、彼女たちには相応の実力があった。これまで不意打ち気味に襲って数を減らしてきたのは、正面からの肉弾戦では分が悪いからだった。その事実は残り六体になった今でも決して変わらない。
やがて三体がタイミングを見計らったように同時に斬りかかると、ミサキの刀は攻撃を受け止めきれずに二本とも弾き飛ばされてしまう。
ミサキ自身も刀を弾かれた衝撃で、地面に倒れて尻餅をついていた。
『勝機ッ!!』
好機到来と見なし、ロボットの内一体が丸腰になったミサキに斬りかかっていく。
だが倒れていたミサキが顔を上げると、その表情はニヤリと笑っていた。
「……掛かったな」
『何っ!?』
彼女の言葉に一瞬たじろいだロボットだが、既に手遅れだった。
ミサキが合図を送るように右手を上げると、地面に落ちていた二本の刀が独りでに宙に浮く。そして斬りかかってきたロボット兵を、左右から串刺しにした。
『馬鹿……ナ……ギャァアアアッ!!』
二本の刀に貫かれて、ロボットが悲鳴を上げながら爆散する。
残りの二体は空飛ぶ刀を警戒して後退し、二本の刀は再びミサキの手元に戻ってきた。
「お前たちを油断させて誘き寄せるために、わざと押し負けた振りをして刀を手放したんだ。まんまと引っかかってくれて、本当に助かったよ」
策略が成功した喜びを口にすると、ミサキは刀を手にしてゆっくりと立ち上がった。
「……クソが」
……バエルが思わずそんな言葉を口にしていた。
仮面に隠された表情を窺い知る事は出来ないが、明らかに不満を抱いている様子だ。配下のロボットを残り五体まで減らされた事が、内心許せなかったのだろう。
「騎士ども! あの技を使えっ!」
バエルが大声で指示を出すと、ロボットたちは突然戦いを放棄して全速力で走り出した。
「何をする気だ……!?」
「何か仕掛けてくる気だわっ!」
奇怪な行動に出た彼女たちに、ミサキとさやかが共に警戒して身構える。
五体のロボットは既に倒された仲間の刀を回収して二刀流になると、広場の一箇所に集まっていく。
そして五体全員が両手に持っている刀の剣先を重ね合わせると、剣先がバチバチと青白い光を発して放電し始めた。彼女たちが何らかの大技を放とうとしている事は一目瞭然だ。
「ミサキよ……こやつらは、お前の戦闘データを元に作られたロボットだ。だがお前には無い、オリジナルの能力もあるのだよ。フフフッ……それを今から貴様自身の体で、とくと味わうがいいッ!!」
その光景を眺めていたバエルが、得意げに語りだす。さやか達にはこの技を防げないという、絶対的な自信に満ち溢れていた。
「地獄に落ちよ……装甲少女ッ!!」
『バエル十三騎士奥義……サンダーストーム・ブリンガーーーーッッ!!』
バエルが親指で首を掻っ切る仕草をすると、それに続いてロボットたちが大声で叫ぶ。
直後、合わせた十本の刀の剣先から一筋の巨大な雷が放たれて、さやかとミサキを一瞬にして貫いた。
「ぐわぁぁあああっ!」
「うあああぁぁっ!!」
雷撃に焼かれた衝撃で、ミサキとさやかが共に悲鳴を上げる。骨の髄まで電流が走ったダメージが相当大きかったのか、二人はその場に倒れ込んでしまった。
「ううっ……」
地面にうつ伏せに倒れたまま、ミサキが苦しそうに呻き声を漏らす。
バエルはそんな彼女の姿を眺めて上機嫌になっている。
「ミサキよ……バロウズを裏切った罪は重いぞ。お前たち三人共、ここで処刑する。だがミサキ……まずはお前からだっ! 騎士共よ……処刑の準備をッ!」
彼がそう叫んで指示を出すと、ロボットたちは二本の刀を逆手に持ち替えて、槍投げするような構えを取った。
「死刑……執行ッ!!」
バエルの掛け声と共に、ロボットたちがミサキに向かって一斉に刀を投げ付けるっ
!
十本の刀が自分に向かって飛んできていても、彼女には避ける力も残っていなかった。
「ぐっ……!!」
死を覚悟して、ミサキが咄嗟に目をつぶる。
彼女自身もバエルも、その死を確信した時だった。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
彼女の耳に聞こえてくる、さやかの荒々しい息遣い。ボタッ……ボタッ……と血が滴る音。
ミサキが恐る恐る目を開けると、彼女をかばようにしてさやかが仁王立ちになっていた。全身のあちこちには刀が深く突き刺さっており、そこから血が流れ出して足元に真っ赤な血だまりを作っている。
……さやかは力を振り絞って立ち上がると、自らを盾にしてミサキの命を守ったのだ。
「ああっ……さやかぁ……」
自分をかばってメッタ刺しにされたさやかの姿を見て、ミサキが悲痛な声を上げる。
彼女は悲しみと罪悪感に包まれたような、何とも言えない表情をしていた。こんな自分なんかの為に……そんな心情に駆られていた。
当のさやかは悲鳴を上げないように、必死に痛みを堪えて痩せ我慢していた。
「だ……大丈夫、ミサキちゃん。私、こんなんじゃ絶対死なないから……だから、悲しい顔しないで……ねっ」
そう言ってミサキを元気付けようと優しく微笑みかける。
……何という精神力か。彼女は本来、のたうち回ってもおかしくない程の激痛に見舞われている。
ビリビリと裂けるような痛みが全身を駆け巡り、手足からは急激に力が抜けていく。血が抜けて体の芯から冷え込むような感覚に襲われ、少しでも気を抜いたら意識を失いそうになる。
そんな状況にありながら、彼女は自分よりも仲間の心配をしている。もし少しでも痛がるそぶりを見せれば、ミサキを悲しませるという思いが彼女を奮い立たせていた。その思いの強さは、正に驚嘆すべき物があった。
「さやか……」
そんな健気な彼女の笑顔が、ミサキにはかえって痛ましかった。
「……フンッ」
二人のやりとりを、バエルは腹立たしげな様子で眺めていた。
「馬鹿め……そんな事で、仲間の命を救えると本気で思っているのか? くだらんマネをする女だ……つくづく呆れる。反吐が出る程にな。今ここで仲間をかばっても、処刑の順番が少し入れ替わるだけだ。赤城さやか……その傷では、もう死は免れまい。どのみちお前たち三人共、ここで死ぬ事になる。お前のくだらん自己犠牲など、無駄に終わる……残念だったな」
さやかの行動に内心腹が立ったのか、悔し紛れに吐き捨てるように言い放った。
だが実際彼の言う事は的を射ていた。
さやかは本来即死していてもおかしくないほどの深手を負っていたのだ。
現在まだ死んでいない事すら奇跡に近い状態だった。
バエルもミサキも、彼女が本気で生きていられるなどとは少しも考えていなかった。
もしこの場にゆりかがいたならば、悲鳴を上げて泣いていた事だろう。
そんな状況の中、当のさやか本人だけが希望を捨てていなかった。
「ハァ……ハァ……ハァ……まだだ……まだだぁ……」
呼吸を荒くしながら、痛みを堪えるようにギリギリと歯軋りしている。
彼女は全身に力を溜めて、気合で踏ん張っていた。仁王立ちした姿勢のまま、阿修羅像の怒り顔のような物凄い形相になっている。
「まだだぁ……まだ……こんな所で……私は死なない……絶対に……絶対に……死なない……んだぁあああああーーーーーーーッッ!!」
喉が割れんばかりの大声で叫ぶ。
直後、爆発音のような轟音と共に彼女の全身から赤い光のオーラが溢れ出た。
それはバエルですら直視出来ない程の眩い光だった。
「何だっ!?」
突如彼女の身に起こった異変に、バエルが思わず声に出して警戒する。
ミサキもまた予想外の出来事に呆気に取られていた。
さやかの全身に突き刺さっていた十本の刀は、まるで肉に押し出されるように独りでに抜け落ちて地面に落下し、体の傷は赤い光を吸い込んで急速に塞がっていく。
そして全身の傷が塞がった時、彼女の体を覆っていた赤い光は消え失せていた。
「ハァ……ハァ……」
彼女は息を切らしたまま棒立ちになっている。傷口は塞がったものの、体力は回復していない様子だった。
そんなさやかの姿を興味深そうに眺めながら、バエルはある事を思い出していた。
(先程ヤツが見せた力は、エア・グレイブルなのか? だが聞いていた話とは少し違う……傷口を治して、一瞬で終わってしまったあの能力は一体なんだ? 新しい能力か? それとも、ただのこけ脅しか……?)
……彼がそうして思案に暮れている間に、さやかが一歩ずつ前へと歩き出す。
体力は既に底を突いているが、それでも持ち前の精神力で体を奮い立たせると、敵に向かって全力で走り出した。
「うぅぅおおおどりゃぁぁああああっ!!」
気合の篭った雄叫びを上げると、正面にいるロボット兵の内一体を力任せに殴り付けた。その一撃に相当力が篭っていたのか、重さ10tの鉄塊が地面に叩き付けられたような轟音が鳴り響く。
『ウギャァァアアアアッ!!』
直後、ロボットが大きな悲鳴を上げる。殴られた衝撃で豪快に吹っ飛んでいき、何度も地面をバウンドして全身を強く叩き付けられた。そして体をヒクつかせた後、しばらくして機能を停止させた。
その時さやかが放ったのは必殺技ではない、ただのパンチだ。だがその拳には、オメガ・ストライクに匹敵する威力があったのだ。正に彼女の執念が引き起こした底力……いや、火事場のクソ力とでも言うべきか。
思わぬ反撃に他のロボットがひるんだ隙に、さやかは地面に落ちていた刀を咄嗟に拾い上げる。その目線の先には、あの男が立っている。
「バァァァアアアアエルゥゥゥウウウウッッ!!」
怒りをぶちまけるように大声で叫ぶと、さやかは手に持っていた刀をバエルに向かって力任せに投げ付けた。
「何っ!!」
彼女の行動に驚いたのか、バエルの反応が一瞬遅れた。飛んできた刀を右手で払いのけようとするものの、刀はバエルの右手をすり抜けて、そのまま彼の顔面を直撃する。
「えっ……!?」
次の瞬間、さやかは我が目を疑った。
刀の剣先がバエルの顔面に当たると、その衝撃で首がゴロンと外れて、そのまま地面に転がり落ちたのだ。
一瞬、頭に被っていた鉄仮面が脱げたようにも見えた。だがそうではなかった。彼の頭部と思しき鉄仮面が首元から外れると、後には何も付いていなかったのだ。
「バエル……アンタ、一体……!?」




