第40話 バエル十三騎士(前編)
バエルの背後から突如現れた謎の集団……その正体は、ギル・セイバーに似せて作られたロボット兵だった。
バエル自身は人の皮を被せた戦闘ロボットに、ターミネーターと呼び名を付けている。
さやかもミサキも、彼女たちの素顔を見て驚愕せずにはいられない。ミサキと同じ顔をした少女が十三人並び立つ光景は、不気味としか言いようが無かった。
「総統の名において命ずる……我に逆らいし三人の小娘共を、八つ裂きにせよッ!!」
バエルはさやか達三人を指差すと、直ちにその処刑を命じる。
『了解、閣下ッ!!』
彼女たちはそう叫んで軍隊式の敬礼を行うと、即座にさやか達の方へと向き直る。そしてそれぞれが刀を手にして構えると、三人に向かって一斉に走り出した。
「たとえ相手の方が数で勝っていようと……私たちは絶対に負けないっ!」
さやかは決意を固めたように口にすると、敵を迎え撃つべく拳をグッと握り締める。
ミサキもその言葉に同意するように無言で頷くと、同じく刀を手にして構えた。
そうして肉弾戦に備えていた二人に、ゆりかが一つの提案をする。
「さやかっ! ミサキっ! 私にいい考えがあるわ……私の元に固まって!」
そう口にした彼女の表情は、強い自信に満ち溢れている。何らかの作戦を思い付いたであろう事は一目瞭然だった。
さやかとミサキはその提案に従い、即座に彼女の元に固まる。
ゆりかは手のひらを前方にかざして、ドーム状のバリアを張って三人を覆い尽くす。そしてその体勢のまま、ひそひそと小声でさやかとミサキに話し掛ける。何か作戦を伝えているようにも見えた。
『ウォォオオッッ!!』
ロボットの群れはバリアの外に殺到すると、刀を振り回して一斉に斬りかかる。その光景はさながら、十三人の女侍が半透明の巨大なスライムをメッタ斬りにしているかのようであった。
最初は耐えていたバリアだったが、それでも執拗に刀で斬り付けられて、少しずつ表面が剥がれていく。このまま時が経てば、いずれ突破される事は火を見るより明らかだった。
むろんただ何もせずじっとしているつもりは、さやか達には毛頭なかった。
「最終ギア……解放ッ!!」
さやかが右腕のギアを高速で回転させて、エネルギーを溜め始める。
それとほぼ同時に、ミサキも一本の刀を両手で握ったまま精神統一するかのように目をつぶる。その姿勢のままスゥーーッと深く息を吸い込みながら、両腕に力を溜めていた。
二人の行動を目で確認すると、ゆりかは突然カウントを取り始めた。
「3……2……1……今よっ!」
合図を送るように大声で叫んで、それに合わせてバリアが解除される。
「……オメガ・ストライクッ!!」
直後、タイミングを見計らったようにさやかが必殺の一撃を放った。渾身の力が込められた拳はロボットのうち一体の胸に命中し、そのまま胴体をブチ抜いて貫通させた。
『ウギャァァアアアアッ!!』
胴体に風穴を開けられて、ロボットが甲高い悲鳴を上げながら爆発する。バラバラに飛び散っていく鉄の部品は、彼女たちが機械である事実を克明に語っていた。
そしてさやかが必殺の拳を放った時、ミサキもそれに呼応するように地面を蹴って走り出した。
「冥王秘剣……烈風斬ッ!!」
そう叫んだ直後、ミサキの姿が一陣の風となって駆け抜ける。
彼女の前方にいたロボット兵は、突風が吹き抜けた瞬間声を上げて苦しみだした。
『グァァアアアッ!!』
斬られたと思しき箇所に、一筋の白い光が走る。その数秒後に体が真っ二つに割れて、ロボット兵は木っ端微塵に爆発した。
『貴様ぁぁあああっ!!』
仲間を二体も倒された事に、残りのロボットたちが激昂する。機械と言えども感情はあるようで、明らかに冷静さを欠いていた。彼女たちの内一体が大声で叫びながら、猛然と斬りかかってくる。
さやかはその一撃を軽くかわすと、空振って隙を見せた相手の顔面に、すぐさま右拳を叩き込んだ。
「キャノン・ストライクッ!!」
直後そう口にすると、顔面を殴り付けた拳から赤い光が放たれて、首から上を丸ごと吹き飛ばした。
ロボット兵は声を発する間もなく頭部を吹き飛ばされて、首無し人形と化す。そしてそのまま地面に倒れ伏して息絶えた。
『こ、こいつら……っ!!』
一気に仲間が三体も倒されたのを見て、残りのロボットたちが急に焦りだす。
彼女らにとっては予想外の展開だった。こちらが十三人いれば、三人殺す程度など楽勝だろうと踏んでいたのだ。にも関わらず、敵を一人も殺せないまま、こちら側だけが一方的に数を減らされている。その事に内心戸惑いを覚えずにはいられなかった。
迂闊に飛び込めば返り討ちに遭うという恐怖が、心の中に湧き上がる。無意識のうちに彼女たちの足がジリ……と後ずさる。
だが背後にバエルが控えている以上、大きく後退する事は許されなかった。もし許可無く後退すれば、バエルは十秒と経たずに彼女たちを皆殺しにするだろう。
彼女たちはたとえその身が砕けようとも、前に進み続けるしか無いのだ。
(敵が混乱してる……これなら)
ロボット兵が尻込みしているのを好機と捉えたのか、ゆりかは他の二人に向かって大声で叫んだ。
「散開っ!」
その言葉を合図に、さやか達三人はそれぞれ別々の方角に向かって走り出した。
突然の出来事に一瞬うろたえたロボット兵だったが、十体のうち四体はゆりかを、残りの六体は三体ずつに分かれて、さやかとミサキを追って走り出した。
「……来たわね」
ゆりかは口元に微かな笑みを浮かべると、公衆トイレと思しき建物の裏影に隠れる。
四体のロボットが後を追って建物の裏側に回り込むと、彼女は突然逃げるのをやめて棒立ちになった。
『観念したかっ! 死ねぇええっ!』
ロボット兵が刀を振り回して彼女に斬りかかる。
だが刀が触れた途端、彼女の姿は霧のように散って消えていった。
『しまった! 残ぞ……』
ロボットの内一体がそう言い終わらないうちに、頭上から本物のゆりかが高速で落下してくる。
ロボットたちがゆりかだと思って斬り付けたのは、彼女がバイド粒子で作り出した残像だった。だがその事に気付いた時には、もう手遅れだった。
「メテオ・ファングッ!!」
ゆりかが大声で叫びながら槍を真下に向けて構えると、先端がドリルのように高速で回転しだす。
彼女の全体重を乗せたドリル槍は、真下にいたロボットの一体を一気に地面まで貫いた。
『ギャァァアアアッ!!』
縦一文字に貫かれたロボット兵が、悲鳴を上げて爆散する。
着地したゆりかが体勢を立て直して槍を構えると、残りのロボットは警戒するように一旦距離を取った。
(私の実力だと……あと三体倒せれば上出来ね)
……ゆりかは少し疲れたような顔をしながら、そんな事を考える。
「ここで私の全てを出し切るッ! エア・ナイト……ブーストモードッ!!」
彼女は決意を固めると、右腕のボタンを押しながら大声で叫んだ。
直後エア・ナイトのバーニアから青い光がオーラのように噴射されて、キラキラ光る粒子となって彼女の全身を覆っていく。
青いオーラをその身にまとって十倍の速さになると、彼女は三体のロボットの周りを、円を描くように高速で走り出した。
『グッ……速いっ!!』
ゆりかの素早い動きに翻弄されて、ロボット兵が焦りの言葉を口にする。ロボットたちは彼女の動きを先読みして刀で斬り付けようとするが、その刃が触れる事は決して無かった。
反応速度も十倍に跳ね上がっている彼女にして見れば、敵が十分の一の速度で動いているのと同じなのだ。周囲の景色全てがスローモーションになっている中、自分だけが等速で動いている状態だ。
そんな彼女に攻撃を当てられる筈が無かった。
ゆりかがそうして三体のロボットを翻弄しているうちに、最初は整然としていた彼女たちの動きが乱れてバラバラになってくる。明らかに攻撃を当てられずに混乱している様子だった。もはや彼女たちは、ただヤケクソに刀を振り回しているだけだった。
(……好機到来ッ!!)
連中のそんな姿を目にすると、ゆりかは円を描くのをやめて、槍の先端を高速回転させながら敵に向かって突然走り出した。
「ブースト・ファング……トリニティッ!!」
大声で叫ぶと、十倍の速さのまま三体のロボットを槍で一体ずつ串刺しにしていった。
『バ……バエル……サ……マ』
無念に満ちた言葉が発せられる。胴体に風穴を開けられたロボット兵が、貫かれた順番に爆発して散っていく。
そして三体のロボットが倒されたのとほぼ同時に、ブーストモードも20秒が経過して効果が切れた。
「ハァ……ハァ……やったわ……二人共」
完全に力を使い果たしたのか、ゆりかの表情には疲労の色が浮かんでいる。呼吸は荒くなり、額からは汗が滝のように流れ出す。
「残りあと六体……さやか……ミサキ……後は任せた……わ」
敵を倒したのを見届けて、そんな言葉を口にする。そして戦いに巻き込まれないように建物の陰に隠れると、壁に寄りかかって休むように眠りについた。
その表情は使命を成し遂げたような、とても満足げな笑みだった。




