第38話 ザ・アヴェンジャー(後編)
「エア・ナイト……ブースト・モードッ!!」
ゆりかがそう口にすると、背中のバーニアから青い光がオーラのように噴射されて、それがキラキラした粒子となって全身を覆い尽くしていく。
青く光る粒子をその身にまとうと、彼女は十倍に跳ね上がった速さで、ブリッツの周りを走り出した。
『おのれッ! ハエのようにブンブンと動き回りおってぇっ! 燃え尽きるがいいッ!』
ブリッツが腹立たしげに叫びながら炎を放つ。
だが彼の鈍重な動きでは、十倍の速さで動くゆりかを捉える事は到底出来なかった。ここに来て防御力偏重にしたツケが回ってきたようにも見えた。
俊敏な動きに攪乱されて、ブリッツの意識が完全に彼女に向けられる。
その間にさやかとミサキは、互いに顔を見合わせながら無言で頷いた。それは何らかの合図を送り合っているようだった。
「最終ギア……解放ッ!」
さやかが大声で叫ぶと右腕のギアが高速で回転し、凄まじい速さでエネルギーが蓄積され始める。
それとほぼ同時に、ミサキは刀を天に向かって掲げていた。
「私に残された全ての力を……この一刀に賭けるッ!」
彼女の全身から白い光のオーラが溢れ出し、それが刀へと寄り集まっていく。
「受け取ってくれ、さやか……ストーム・ブリンガァァーーーーッッ!!」
ミサキが大声で叫びながら刀をさやかに向けると、刀の剣先から白く光るビームが高速で放たれる。
さやかはそのビームを、ギアを回している最中の右腕で吸収した。その直後、彼女の右腕がドクンドクンと音を立てて赤く光りだす。
『な、なんだぁっ!?』
ゆりかに気を取られていたブリッツだが、ついに二人が何かをしている事に気付く。
『貴様ら、何をしている……何をしているんだぁああーーーーーッ!!』
何か嫌な予感がしたのか、大声で叫びながら猛然と襲いかかる。このまま放っておいたら危険だという直感が、彼の中に湧き上がっていた。
素手で握り潰そうと、右腕を伸ばすブリッツ……さやかはその一撃を軽くかわすと、相手の懐に飛び込んで右腕にグッと力を溜め込んだ。
「ブーステッド……オメガ・キャノンッ!!」
技名を口にしながら、ブリッツの腹に全力の拳を叩き込む。そこは先程さやかがオメガ・ストライクを叩き込んで、装甲が微かに凹んでいた箇所だった。
同じ箇所にもう一度拳を叩き付けられて、今度は鉄板が歪んだような鈍い音を立てて装甲が大きく歪む。直後に彼女の右腕から赤い閃光が放たれて、ブリッツの腹を一瞬にして貫いた。
『なっ!? ぐわぁぁあああああっ!!』
胴体に風穴を開けられて、ブリッツは何が起こったのか理解出来ないまま悲鳴を上げて苦しみだす。
だがそんな彼の態度などおかまいなしとばかりに、体のあちこちに亀裂が走って崩壊し始める。
『イ……イヤダ……セッカク生キ返ッタノニ……イヤダ……死ニタクナイ……死ニタクナイッ!! オ……俺ハ……アヴェ……ア……ヴァァァアアアアーーーッッ!!』
避けられない死への恐怖から、まるで奇妙なダンスでも踊るようにジタバタと暴れまわる。やがてプツンと糸が切れたように立ち止まると、穴を開けられた箇所から火が点いたように爆発が起こって、最後は塵も残さずに消し飛んだ。
……彼の卑劣な性格を象徴したような、何とも滑稽な死に様だった。
「この拳は私の……そして今までアンタに殺されてきた者達の、怒りの拳よッ!! アンタがここで殺されるのは因果応報……もう一度地獄に落ちて、今度こそ裁きを受けるがいいわっ!! そして、もう二度と私の前に姿を現さないでッ!! もしまた私の前に現れたら、その時はネジの一本も残さずバラバラに打ち砕いてやるッ!!」
ブリッツの体が砕けて消し飛んだのを見届けながら、さやかは怒りを込めた口調で吐き捨てた。
彼女にとってブリッツという男の存在は、忌まわしい記憶でしかなかった。忘れたくても、決して忘れる事が出来ない程に……。
そのブリッツを仕留めた必殺技……ブーステッド・オメガ・キャノン。
オメガ・ストライクとキャノン・ストライクを合わせた技の威力は、エア・グレイブルの必殺技『オメガ・ストライク・オーバーキル』に匹敵しうるものであった。
オーバーキルと同じ威力の技を、半暴走状態にならずに出せた事は、彼女にとっては喜ばしい事だろう。
「……」
勝利への喜び……敵に対する怒り……死者を弔う気持ち……様々な感情が複雑に入り混じって、彼女の心の中を駆け巡る。
さやかが余韻に浸るように無言で立ち尽くしていると、ゆりかとミサキがすぐに駆け寄ってくる。
「さやか……ミサキ……やったわねっ!」
敵を倒した事を素直に喜び、ゆりかが激励の言葉を掛ける。
だがそんなゆりかとは対照的に、さやかもミサキも暗い顔をしていた。
「ああ……確かにブリッツは倒した。だが……」
ミサキが顔を上げると、目の前には紅蓮の炎に焼かれて朽ちていくだけの無惨な森があった。
ブリッツを倒しても、彼が放った炎が消えて無くなる訳ではない。
そしてさやか達には、炎を消す力が備わっていない。
このままでは、彼女達は森が朽ちていくのをただ見る事しか出来なかった。
その事実がさやかとミサキの心に暗い影を落としていたのだ。
「私達には、この炎を止める事は出来ない……そしてゼル博士も死んだ……我々は、これからどうすればいいんだ……ッ!!」
悲嘆に暮れるあまりミサキが苦悶の表情を浮かべていると、何やら森が燃え朽ちるのとは別の音が聞こえてくる。
森の上空にバリバリバリと高速で鳴り響くその機械音に三人が耳を澄ませると、それはヘリコプターのローター音のようであった。
「ああっ! 二人とも、あれを見てっ!」
ゆりかがそう叫んで空を指差すと、自衛隊と思しきヘリが五機の編隊を組んで森に向かっている。
ヘリの編隊は森の頭上に差し掛かると、一斉に白い粉のようなものを散布し始めた。
その粉のようなものが触れると火はすぐに消えて、炎に包まれていた森がどんどん鎮火していく。
「あれは……消火剤?」
「誰かが自衛隊を呼んだんだわ! でも、一体誰が……?」
ミサキとゆりかが共に驚いていると、彼女達に向かって一人の男が歩いてくる。
彼女達はその男の姿に見覚えがあった。
「私だよ。私が彼らに森の消火を頼んでおいた」
「……ゼル博士っ!!」
自衛隊に救援を頼んだというその男は、さやか達が死んだと確信していた、他ならぬゼル博士その人だった。
「ゼル博士……死んだはずではっ!?」
ミサキが驚きのあまり、困惑の色を隠さない。本来ならば仲間が生きていた事を喜ぶべき所だが、その感動すら吹き飛んでしまうほどの衝撃があった。
建物が爆発した光景を目にしたさやか達にとって、博士が生きていた事は俄かに信じがたい話であった。少なくとも彼女達は、博士が建物から脱出した所を見てはいないのだから……。
並の人間なら、巻き込まれたら間違いなく死ぬ威力の爆発だった。
その爆発に巻き込まれて、一体どうやって生き延びたというのか……? さやか達が疑問を抱くのも、至極当然だった。
「言っただろう? 私は不死身だと……爆炎に呑まれた程度では、私は死にはせんよ。体の丈夫さだけなら、君たち装甲少女と同じくらいと思ってくれてもいい。何しろ私は科学者だからな」
博士は自信に満ちた口調で語りながら、健在ぶりをアピールする。とにかく無事である事だけは確かなようだった。
「全く……博士はいつも隠し事が多すぎます」
ゆりかは安堵の表情を浮かべながら、呆れたようにため息をついていた。博士が何故不死身なのかを問い質す事は、半ば諦めていた。
「だが結局、今回の踏み込みでは収穫はゼロだった……どうやら後手に回ったようだ。そうと分かれば、ここに長居していても仕方がない。今日は研究所に戻って体を休めながら、今後について話し合うとしよう。もし本当に明日バエルが攻めてくるというなら、万全の状態で臨まねばなるまい」
博士が深刻そうな表情で提案すると、さやか達三人は黙って頷いた。
◇ ◇ ◇
その頃……バロウズの基地と思しき建物の、暗がりの一室。
一体のメタルノイドが、玉座に座る鉄仮面の男に怯えるような口調で報告していた。
『その……バエル様……誠に申し上げにくいのですが、ダムドに続いて蘇生に成功したブリッツも再びやられてしまいました……』
その配下とおぼしき者の報告に、仮面の男は無言で聞き入る。だがやがて何かを決意したように玉座から立ち上がった。
「……慈悲は尽きた」
『は?』
「お遊びはもう終わりだ。明日は私自ら連中の元に出向く」
男の言葉を聞いて、配下のメタルノイドが慌てふためく。
『お……お待ちください、バエル様っ! 何も総統閣下自らがお出にならなくとも! 総統自らが出向くなど、一匹のアリを殺すのに核弾頭で島ごと焼き払うようなものですっ!』
慌てて静止しようとする配下に、仮面の男が冷たく言い放つ。
「その一匹のアリを片付けられないまま、貴重な手札を七枚も失ったのだぞっ!!」
『ぐっ……』
よほど腹に据えかねたのか、その口調は明らかに怒気を含んでいた。
仮面の男に一喝され、配下のメタルノイドは押し黙ってしまう。
「それに……フフフッ」
『それに?』
「それに一度……我に逆らいし小娘共に……特に赤城さやかとやらに、会ってみたくなった」
男はそう口にしながら、仮面の奥で不敵に笑っていた。




