第37話 ザ・アヴェンジャー(中編-2)
ゆりかが白い玉を地面に投げ付けると、辺り一面が眩い光に包まれる。
ブリッツがその光に視界を遮られている間に、ゆりか達三人は何処かへと姿を消していた。
三人を取り逃がした事を内心悔しがるブリッツであったが、そう遠くへは逃げていないと判断し、三人を探し出すために山の中を歩き始めた。
『小娘共ォ……何処行ったぁ……?』
森の木をバキバキと豪快になぎ倒しながら、しらみ潰しに探し回る。
ブリッツが自然を破壊しながら山中を歩き回っていた頃、さやか達は少し離れた場所で見つからないように息を潜めていた。
ゆりかの右手には何か黒い玉のような物が握られている。
その玉を中心としてドーム状のバリアが発生して、三人を包み込んでいた。
「ゆりちゃん、その玉は……?」
さやかがそっと小声で話しかける。
「これは休憩中に博士から受け取った物……白い玉は敵から逃げるための閃光弾……黒い玉はメタルノイドのセンサーに探知されないバリアを発生させる装置。このバリアの中にいる間は、奴らに発見されないようになってる……博士がそう言っていた」
ゆりかが玉の性能について詳しく語る。彼女は右手に黒玉を持ったまま、左手だけでバイド粒子を使ってミサキの火傷を治療していた。
「すまない……私などのために……」
体中の火傷を治療してもらいながら、ミサキが申し訳無さそうな顔をする。味方の足を引っ張ってしまったという思いが彼女の中にあった。
「気にする事ないわ……仲間だもの。それよりも、これからどうするかを考えないと……」
そう言って戦いをどう乗り切るか必死に考えるゆりかであったが、妙案は思い浮かばなかった。
ゆりか達がそうしてバリアの中でじっとしていた頃、三人を探して山中を徘徊していたブリッツが、ついに痺れを切らした。
『ええい、面倒だっ! こうなったら森ごと全て焼き払って、ヤツらを燻り出してやるっ!』
そう言うや否や、手のひらから炎を噴射させて、周囲の森を一気に焼き払いだした。
炎は瞬く間に燃え広がっていき、森の大半が灼熱の業火に包まれてゆく。黒焦げになった木がメキメキと音を立てて倒壊していき、森の動物がパニックに陥って四方八方へと逃げ惑う。
『ヒャァーーーッハッハッハァッ! 燃えろ燃えろぉっ! 何もかも全部焼け落ちて、全て無くなってしまうがいいッ! こんな森など全て焼き払って、二度と草木の生えない荒れ地へと変えてくれるわぁっ!!』
阿鼻叫喚の地獄と化した森に、邪悪な笑い声が響き渡る。紅蓮の炎に焼かれて燃え朽ちていく森を眺めながら、ブリッツは破壊の喜びに浸っていた。
その姿からは、森の木や動物の命を奪う事への躊躇は微塵も感じられなかった。まさに世界を地獄の炎で焼き尽くす悪魔の姿そのものだ。
「ああっ!」
「何という事だ……」
無惨に森が焼かれていく光景に、さやかもミサキもたまらず悲痛な声を上げる。
ミサキがふとブリッツの足元に目をやると、そこには倒壊した木に挟まれて動けなくなっているリスの親子がいた。ミサキが拾い与えたドングリをおいしそうに食べていた、あの親子だ。
リスの親子は彼女が気付いた次の瞬間、火炎放射器の炎に呑み込まれてしまった。
「や……やめろぉおおおーーーーーっ!!」
ミサキはつい我慢できずに大声で叫ぶと、バリアの外に飛び出して、ブリッツの元へと走り出した。
ブリッツも彼女の存在に気付いて振り向くが、ミサキはブリッツには目もくれずにリスの親子がいた場所へと慌てて駆け寄る。
彼女が駆け付けた時、既にリスの親子は黒焦げになって息絶えていた。
焼死体となった親子を大事そうに抱き抱えながら、ミサキはブリッツの方に振り返る。
「何故だ……ブリッツ! お前の狙いは、あくまでも私たち三人だけだろう! なのに、何故無関係な命まで手にかけようとするっ! 何故だぁっ!」
怒りを込めた口調で、キッと睨み付けながら問いかけた。高ぶる感情で顔は真っ赤に紅潮し、瞳にはうっすらと涙を浮かべている。ミサキは森の動物を巻き込んでしまった事に、深い悲しみと責任を感じていた。
『クククッ……俺はなぁ、ミサキ……美しいもの、形あるものを破壊して……メチャクチャにして、全部ブチ壊して台無しにしてやるのが大好きなのさぁ……ヒャハハッ』
ブリッツがねっとりとした、いやらしい口調で語る。表情は変わらないのに、まるで邪悪な笑みを浮かべているかのようだった。
『俺だけじゃない……メタルノイドは全員そうさ。俺達は正義や信念や友情なんて、くだらないものの為に戦っちゃいない。破壊……殺戮……暴力……略奪……形あるものを破壊して、命ある者が泣き叫んで絶望して死んでいく姿を見るのが大好きな、イカれたサイコ野郎の集団なのさ……ッ!!』
語っている間にも、火炎放射器の砲身をミサキに向けようとする。
『そしてミサキ……お前達三人も、ここで無様に焼かれて死んでいくのだぁっ!!』
ブリッツがそう叫んだのとほぼ同時に、手のひらから灼熱の業火が放たれる。
攻撃が来る事を読んでいたミサキは、すかさず後ろにジャンプして炎が届かない位置まで退いた。
「ミサキっ!」
黒玉のバリアを解除したゆりかとさやかが、慌ててミサキの元へと駆け寄る。もうこれ以上姿を隠し通せないとの判断からだった。
二人が駆け付けると、ミサキはリスの親子の亡骸をそっと地面に置く。その顔には深い悲しみの表情を浮かべていた。
「さやか……ゆりか……教えてくれっ! どうすればアイツを……あの冷酷非道な、悪魔のような化け物を倒せるっ!」
苦悩を滲ませながら、藁にもすがるような思いで問いかける。
そんなミサキに、何か妙案を思い付いたのか、さやかが一つの提案をする。
「ゆりちゃん……ミサキちゃん……私にアイツをブチのめす、いい考えがあるよ。ちょっと耳貸して……ごにょごにょ」
さやかはブリッツに聞こえないような小声で、二人に耳打ちする。
そんなさやか達に、ブリッツが一歩ずつ近付いていく。
『小娘共ォ……何を話していたか知らんが、無駄なあがきだ。どのみちお前達に勝算など、ありはしないのだからな……ハハハッ。諦めて炎で焼かれて、黒焦げになって、絶望と後悔と屈辱にまみれて、嘆き苦しんで息絶えて死ぬがいいッ!!』
彼がそう言って炎を放とうとした時、三人の中からゆりかが真っ先に飛び出してきた。
その顔は揺るぎない勝利への確信に満ち溢れている。
「ブリッツ……貴方の相手は私がするわ! 捕まえられるものなら、捕まえてみなさいっ! 貴方に私は捕まえられない……絶対にっ!!」
ゆりかはブリッツの前に立つと、すぐに右腕のボタンに手を触れた。
「エア・ナイト……ブースト・モードッ!!」




