第36話 ザ・アヴェンジャー(中編-1)
協力者の隠れ家とおぼしき廃病院に辿り着いた博士。しかし院長室に仕掛けられていた爆弾が爆発し、建物ごと炎に呑み込まれてしまう。
「はっ……博士ぇぇえええええーーーーーーーっっ!!」
さやかがたまらずに悲痛な叫び声を上げる。脱出する間もなく一瞬で炎が吹き上がり、直後に建物が崩れていく光景を目にして、博士の死を疑う余地は無かった。
「そんな……博士……」
「何という事だ……」
ゆりかとミサキもまた博士の死を確信し、ショックのあまり呆然と立ち尽くす。ゆりかの瞳からは悲しみの涙がこぼれ落ち、ミサキは無念さに打ちひしがれるように顔をうつむかせて下唇を噛んでいた。
『……あっけないものだな。これが世に名を馳せた伝説の天才科学者、ドクター・ゼルの末路とは。馬鹿な男だ……大人しくバロウズに従っていれば、もう少しマシな最期を迎えられたものを……』
廃病院が瓦礫の山と化したのを見届けながら、ブリッツが感慨にふけるように呟いた。互いに憎むべき怨敵ではあったが、その最期には彼なりに思う所があったようにも見えた。博士が前に口にしたように、かつては志を共にする同胞であったというのか。
「ゼル……博士……」
博士の死という悲劇に直面して、さやかは悲しみと絶望に打ちひしがれる。かけがえのない大切な仲間を失い、もう二度と会えないという現実が、彼女の心を強く打ちのめした。それでも悲しみをグッと堪えて立ち上がると、ブリッツの方に向き直る。
「……ブリッツ! 私はアンタを……いやアンタ達、全てのメタルノイドを絶対に許さないっ! 人殺しを何とも思わないアンタ達は、全員私が地獄に叩き落としてみせるっ! たとえこの身は返り血に染まり、魂は地獄に落ちようとも……ッ!!」
さやかは怒りを込めた口調で、改めて宣戦布告するかのように言い放った。
……彼らを許せないという思いは、これまでも確かにあった。だが今回の事で更に、より一掃強く認識させられるに至ったのだ。もはや彼女の中では、バロウズは人の命を虫ケラとしてしか扱わない悪魔の集団と化した。
「さやか……そうね、落ち込んでなんていられないわ」
「まずはブリッツを倒す事……それこそが、死んだ博士への手向けとなるだろう」
彼女の強い決意に後押しされるように、ゆりかとミサキもまた気持ちを切り替える。
戦意を取り戻したさやか達三人を前にして、ブリッツが小馬鹿にするように鼻で笑った。
『フンッ……俺を倒すだとぉ? クククッ……笑わせてくれる。やれるものならやってみろ、小娘共……これが避けられたらなぁッ!!』
彼がそう叫ぶや否や、全身の装甲が一斉に開いて、大量の小型ミサイルが一度に発射される。最初からさやかだけを標的と定めていたのか、ミサイルは他の二人には目もくれずに彼女だけを狙って一直線に突っ込んできた。
「その技は私にはもう効かないっ!」
さやかが確信に満ちた口調で叫ぶと、彼女の左肩に一門のビームキャノンが出現する。
キャノン砲はミサイルの群れに砲身を向けて角度を調整すると、ギュィィンと音を立てて、急速にエネルギーを溜め始めた。
「うらららららぁぁああああーーーーーっっ!!」
さやかが大声で吠えると、それに応えるようにキャノン砲が火を噴いた。迫り来るミサイルに向けて、赤く光るビームをフルオートで何発も発射し続ける。
ミサイルが以前と同じ性能ならば、これで迎撃できるはずだった。だが……。
「……!?」
……その光景を目にして、さやかは驚くあまり目を丸くさせた。
ブリッツが放ったミサイルは、まるで盾でも装備していたかのようにビームを物理的に弾いたのだ。だが見た限り、バリアのような障壁を張っている形跡は無い。
どうやってビームを弾いているのか、その時のさやか達には分からなかった。
ミサイルはビームに当たっても減速すらせずに、そのままの勢いで彼女に向かって直進する。
「くぅううっ!!」
さやかはミサイルの群れをギリギリまで引き付けて、素早く横に避けて全弾をかわす。撃ち落とせないと判断しての、咄嗟の行動だった。
ミサイルは地面に着弾しても爆発せずに、そのままズブズブと地中に潜っていった。
「何……っ!?」
ミサイルが爆発せず地中に潜っていった事に、さやかが異変を感じ取る。
このミサイルは以前ブリッツが使用していた物とは、明らかに性能が違っていた。先程ビームを弾いた事も、その一つだ。
性能の違いにさやかが戸惑っていると、ミサキが慌てて駆け寄ってくる。
「さやか、危ないっ!!」
大声で叫びながら体当たりし、さやかとミサキが共に横っ飛びになって地面に倒れる。
その直後地中からミサイルの群れが一斉に飛び出し、先程さやかが立っていた空間を集中攻撃するように飛び交っていた。
もしミサキが突き飛ばさなければ、ミサイルの餌食になっていた事は明白だった。
一歩間違えば命を落としていたかもしれない事実に、さやかは背筋がゾッとする思いがした。
「あ……ありがとう、ミサキちゃん」
命を救われた事に心から感謝し、お礼の言葉を述べる。
「気にするな……それよりも、あれを見ろっ!」
ミサキに促されてさやかが見ると、ミサイルの先端がドリルのようになっている。
無論、以前ブリッツが使っていた物とは異なる形状だ。明らかに、再戦に向けて特殊な改造を施した事が見て取れるものだった。
『フハハハハッ……ようやく気付いたかッ! そのミサイルは着弾して爆発するタイプのものではないッ! 先端にバイド粒子を高速分解する特殊な金属を加工したドリルを搭載し、地面や壁に着弾しても爆発せずにそのまま掘り進んで、一度ロックオンした相手を死ぬまで追いかけ続ける追尾式ドリルミサイルよッ!』
ミサイルの性能について得意げに語るブリッツ。更に言葉を続ける。
『エア・グレイブ……赤城さやかッ! 貴様はドリルに体中をグチャグチャにえぐられて、見るも無惨な肉片になって死んでいくのだッ! そして魂は奈落の底に落ち……俺様の復讐は果たされるッ!!』
力強く語りながら、拳をググッと握り締める。
彼のその意思を反映するかのように、ミサイルは再びさやかに迫っていく。
「だったら……これで防ぐわっ!」
ゆりかはすかさず前に出ると、両の手のひらを前に掲げて、ドーム状に青色のバリアを展開させた。
ミサイルはバリアにぶつかって一度制止するものの、先端のドリルを高速で回転させて、バイド粒子のバリアを掘り進むように急速に分解していく。
「くっ……バリアが……っ!!」
バリアを少しずつ削られていく事に、ゆりかが焦りを覚える。
このまま張り続けていてもミサイルの餌食になる事は避けられないが、かといってバリアを解除すれば、即座に集中砲火を受ける事になる。
少しでも生存の時間を引き伸ばすためには、このままバリアを張り続ける事しか出来なかった。
「避けても防いでもダメなら……切り落とすまでだっ!」
ミサキは決意を固めたように口にすると、刀を手にして自らバリアの外に飛び出していった。
「でぇぇえやぁぁあああああっっ!!」
気迫の篭った雄叫びを上げながら豪快に刀を振り回し、ミサイルを次々に切り裂いていく。
刀で斬られて真っ二つになったミサイルは飛行能力を失い、ボトボトと地面に落下して動かなくなる。やがてバリアの外にあったミサイルは、全て切り落とされていた。
『ミサキ……貴様ぁっ!!』
ミサイルを全て破壊された事に、ブリッツが声を荒げて激昂する。彼女さえいなければ復讐を果たせたのに、という思いがあった。
一方のミサキは敵の技を破った喜びで、自信に満ちた笑みを浮かべていた。
「いかに無限追尾するミサイルと言えど、真っ二つになればただの鉄クズと化す……ブリッツ、お前にもう勝ち目はないっ! その命、私がもらい受けるっ! あの世で博士に詫びるがいいっ!」
完全に勝利を確信すると、自ら止めを刺すべくブリッツに向かって走り出した。
「冥王秘剣……烈風斬っ!!」
刀の間合いに入った瞬間ミサキがそう口にすると、彼女の動きが一瞬だけ二十倍の速さになり、一陣の風となって高速で駆け抜ける。
その瞬間、目にも止まらぬ斬撃がブリッツの脇腹に叩き込まれていた。
「……っ!!」
刀を振り下ろした姿勢のまま立っていたミサキが、驚愕のあまり絶句する。
斬り付けた瞬間刀越しに腕に伝わった振動は、ブリッツの装甲が斬撃に耐えた事を明確に彼女に悟らせたからだ。
ミサキが後ろを振り返り、刀で斬り付けた箇所に視線を向けると、装甲の表面は微かに傷が付いただけであった。
「馬鹿な……」
……そんな驚きの言葉が口から漏れる。
ブリッツの装甲の硬さは、彼女の想定を遥かに上回っていた。かつてブロディを倒した一撃にブリッツの装甲が耐えた事は、俄かに受け入れ難い事実であった。
驚愕と絶望にまみれた顔のミサキを見て、ブリッツは愉快でたまらなかった。
『ハーーッハッハッハッハァッ! オメガ・ストライクに耐えられる強化装甲が、貴様のなまくらな刀ごときで切断できる訳が無いだろうっ! 馬鹿めぇっ! 霧崎ミサキっ! ここで死ぬのはお前の方だぁっ! あの世で弟と仲良く暮らすがいいっ!』
大声で笑いながらミサキに両の手のひらを向けると、手の中心から何か砲身のような物が突き出てくる。
『六千度の炎で焼かれて死ぬがいいッ! イグニッション・ファイヤァァアアーーーーッ!!』
ブリッツが大声で叫ぶと、手の砲身から大量の炎が放出されて、彼女の全身を一瞬にして呑み込んだ。
「ぐぁぁあああああーーーーっっ!!」
全身を灼熱の炎に包まれて、体を焼かれる痛みにミサキがたまらずに悲鳴を上げる。あまりの痛みに意識を失いそうになるものの、それでも必死に正気を保つと、急いで近くの湖に向かって走り出して、湖に飛び込んだ。
「ミサキっ!」
「ミサキちゃんっ!」
バリアを解除して、湖に向かって慌てて走り出すゆりかとさやか。
二人が駆け寄ると、全身ずぶ濡れになったミサキが湖からゆっくりと這い上がってきた。水場に入った事によって火は消えたものの、体中のあちこちには痛ましい火傷の跡が残っている。
「大丈夫だ……このくらいでは死にはしない」
ミサキは二人を心配させまいと、必死に痩せ我慢するように作り笑いをする。
さやかはそれでも心配そうな表情で見つめ、ゆりかは彼女の傷をバイド粒子で治そうとする。
だがそんな三人に向かって、ブリッツが一歩ずつ前進してくる。
『ミサイルだけが俺の武器だと思ったら、大間違いだ……万が一ミサイルが破られた時のための備えとして、六千度の業火を放つ火炎放射器を仕込んでおいたのだよ。お前達はここで死ぬ……俺の炎に焼かれてバーベキューになって、死ぬ運命にあるのだ……』
殺意に満ちた口調で、さやか達に死を宣告する。何としてもここで三人を殺すという、揺るぎなき執念を漂わせていた。
そんなブリッツを前にして、ゆりかが決心したようにキッと睨み返す。
「残念だけど……ここで貴方に殺される訳にはいかないわっ!」
そう口にしながら背中のバックパックから白い玉のような物を取り出すと、それを地面に向かって勢いよく投げ付けた。
白い玉が地面に叩き付けられると、辺り一面が眩い光に包まれる。
『何ぃッ!?』
そのあまりの眩しさに直視できず、ブリッツは咄嗟に右手で目を覆い隠す。
やがて時間の経過と共に光が薄れて消えてゆくと、そこにはさやか達三人の姿は無かった。
彼女達を見失った事に困惑して、しばらくの間周囲をキョロキョロと見回す。
(クソッ、逃げられたか? ……いや、こんな短時間ではそう遠くまでは逃げられないはずだ。その場凌ぎで何処かに身を隠しているだけだろう。ならば……)
ブリッツは物思いにふけて落ち着きを取り戻すと、何処かに身を隠した彼女達を探し出すべく山の中を歩き始めた。




